携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか

3月5日(金)6時0分 JBpress

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 菅義偉首相の長男の接待から始まった総務省のスキャンダルは、ついにNTTに波及した。今週発売の『週刊文春』(3月11日号)によれば、NTT(持株会社)の澤田純社長などが総務省の谷脇康彦総務審議官や山田真貴子前内閣広報官などに高額接待を繰り返していた。これは国家公務員倫理法に違反する疑いがあるが、本質的な問題はそこではない。

 NTTが接待した2018年9月は、澤田氏が新社長に就任した直後だが、そのころ菅官房長官(当時)は「携帯電話は4割値下げする余地がある」と発言した。その言葉どおり2020年にNTTはドコモを完全子会社にし、大幅値下げを行った。その責任者が谷脇氏である。つまり電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ。


高額接待で何が話し合われたのか

 谷脇氏はNTT側との会食の事実を認め、NTTも認めた。他にも文春の記事にはNTTの鵜浦(うのうら)博夫前社長や総務省の巻口英司国際戦略局長なども登場するが、本筋は谷脇氏である。彼の受けた接待はこれまでわかっているだけで3回で、合計58万円だが、これ自体は贈収賄に問われるような額ではない。問題は、そこでどんな話し合いが行われたかだ。

 この接待は菅官房長官の「4割値下げ」発言が出た直後だが、日本の携帯電話料金は原則として自由なので、政府が決めることはできない。値下げを実現できるかどうかが「ポスト安倍」の有力候補とされていた菅氏の政治力を示すことになる。

 この問題を解決するために、総務省はNTTの社長人事に介入した。NTTの社長は「技術系」と労務・人事などの「業務系」が交代で就任する慣例があり、2018年6月まで6年間、業務系の鵜浦氏が社長をつとめていた。

 次は技術系の順番だったが、持株会社の主な仕事は政府との交渉で、技術系にはそういうプロが少ない。そこで鵜浦氏が会長になって総務省との窓口をつとめると思われていたが、鵜浦氏は相談役に退いて代表権を失い、会長にも技術系の篠原弘道氏が就任する変則的な人事になった。

 これはNTTの出した当初の会長人事案を総務省が認可しなかったためといわれたが、鵜浦氏に失点があったわけではない。むしろ彼は「NTT政治部長」と呼ばれて政治家や官僚と人脈があり、総務省としては手ごわい存在だった。

 2015年に安倍首相が携帯料金の引き下げを求め、高市早苗総務相がNTTに値下げを要請したときも、鵜浦氏が抵抗して値下げは実現しなかった。そこで総務省は彼を外し、政治に疎い技術系の会長・社長を支配下に置こうとしたのだろう。


ドコモを「植民地化」したTOB

 2018年7月の人事で、谷脇氏は通信行政を統括する総合通信基盤局長になった。彼は若いときから事務次官候補といわれた通信行政のエリートで、菅氏が第1次安倍内閣で総務相をつとめたときの担当課長で、菅氏の信頼も厚い。

 彼の課題はNTTドコモを支配下に置くことだった。NTTはドコモの株式を66%保有していたが、時価総額はドコモとほぼ同じだった。これはドコモ以外のNTTグループ会社の企業価値を合計しても、ドコモの33%にもならないことを示す。

 歴史的に郵政省は、ライバルのNTTを分割して弱体化し、通信業界に対する支配力を強めようとしたが、NTTはそれに抵抗してきた。第2次臨時行政調査会は「分割・民営化」を答申したが、中曽根政権は1985年に民営化だけを行った。

 その結果、分割論争が1990年代になっても続き、1992年にはNTT移動通信網(現在のドコモ)が設立された。これはNTT本体を分割する代わりに、利益の出なかった無線を分割したものだ。

 ところが皮肉なことに携帯電話は爆発的に成長し、グループの営業利益の7割を稼ぐようになり、上場して日本有数の高収益企業になった。持株はその利益を吸い上げて他のグループ会社の赤字補填にあてたが、ドコモの経営陣はこのような「植民地化」に抵抗した。このため持株は社長を派遣して支配したが、今では親会社と子会社の力関係が逆転したので、完全子会社にしようとした。

 しかし世界的にみても通信ビジネスの中心は無線であり、低収益の固定通信と合併するのは不合理である。競合他社からも「競争条件をゆがめる」という批判が強く、総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。

 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた。この結果、日本最大級のTOB(公開買い付け)が実現し、菅政権のできた2020年11月に持株はドコモを4兆2500億円で買収し、ドコモは完全子会社になった。

 問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう。


「再国有化」されるNTT

 ドコモが2020年12月に発表した料金プラン「ahamo」は、毎月20GBで2980円という衝撃的な低価格を出し、ユーザーをあっといわせた。それに続いて他社も2000円台のサービスを発表し、携帯電話の料金は菅首相のもくろみ通り大きく下がった。

 この競争を実現したのが谷脇氏である。彼は改革派であり、今まで日本の携帯電話業界に競争を導入してきた功績は大きいが、今回の値下げは価格競争によるものではなく、法改正によるものでもない。人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ。

 そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。

 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ。

 谷脇氏はこの談合を菅首相の政治力で変えようとしたのかもしれないが、ミイラ取りがミイラになり、自分も談合の輪の中に入ってしまった。これは社会主義の中で改革を実現しようとしたソ連のゴルバチョフ書記長に似ている。

 社会主義をその枠内で変えようとすると、抵抗勢力が出てきて大混乱になり、結局は社会主義そのものが崩壊してしまう。今回の接待事件で電波行政の談合体質が明らかになり、電波社会主義が崩壊するとすれば、谷脇氏はゴルバチョフのように歴史に名を残すことができるかもしれない。

筆者:池田 信夫

JBpress

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