「ゴーン氏長期勾留」が見せつけた司法制度の欠陥

3月9日(土)6時14分 JBpress

カルロス・ゴーン被告。仏首都パリにて(2017年10月6日撮影)。(c)ERIC PIERMONT / AFP 〔AFPBB News〕

舛添要一:国際政治学者)

 3月5日、東京地裁はカルロス・ゴーン被告の保釈を決めた。保証金は10億円である。この決定を受けて、ゴーン被告は、「私は無罪であり、この無意味で根拠のない罪に対し、公正な裁判を通じ強く抗弁する」との声明を出している。


海外からの批判を気にして異例の保釈決定

 ゴーン被告は、保釈金を納付し、108日間の勾留の後、6日午後に東京拘置所を出た。

 3度目の請求でやっと保釈が認められたが、その背景には新しく選任された弘中惇一郎弁護士の戦略がある。元東京地検特捜部長の大鶴基成弁護士は、2度にわたって保釈を請求したが、それが実らなかったために弘中弁護士に代えたようであるが、ゴーン被告は元の古巣と対決する「ヤメ検」の限界を感じたのかもしれない。つまり、「ヤメ検」では、検察の土俵の中で動くのみで、新しい発想が出てくることが期待できないからである。

 弘中弁護士の戦略は、日本国内に住み、住居の出入り口に監視カメラを設置する、海外渡航を禁止する、日産幹部など事件関係者との接触を禁止する、日産取締役会への出席には裁判所の許可を必要とする、パソコン・携帯電話の使用を制限するなどの保釈条件を提示したことである。

 これを裁判所は評価したものと考えられるが、公判前整理手続きが始まる前の保釈決定は異例であり、東京地検は決定を不服として準抗告したが棄却された。検察側は、このような保釈条件について、工夫をすれば証拠隠滅が可能となるのではないかと、その実効性を疑っているのである。

 刑事訴訟法上は、証拠隠滅や逃亡の恐れとともに被告の人権保護を考慮することになっている。今回の「異例」の決定には、長期勾留に対して海外から厳しい声が寄せられていたことがある。

 たとえば、家族が面会できる可能性が少ない、取り調べに弁護士が同席できないことなどが問題視された。とくに、検察の主張を否認し続ければ保釈されないというのが通常であり、これが「人質司法(hostage justice)」制度として厳しい批判に晒されている。長期の勾留に耐えきれずに、検察側の作成した調書に署名するケースがあり、それが冤罪にもつながっているからである。

 ゴーン被告の妻は、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチに書簡を出し、日本の拘置所における夫の「過酷な扱い」を指摘し、「長期勾留によって自白を引き出そうとする手法」や「弁護士の立ち会いのない取り調べ」は先進国ではあってはならないと主張した。

 さらに、3月5日のルモンド紙は、ゴーン被告の家族が日本の司法制度を批判し、「日本の勾留は、中世のような」残酷なものだと批判する申し立てを国連人権理事会に提出したと報じている。

 日本では、司法は聖域となっており、一切の批判から免れてきた。検察は、無罪の村木厚子厚労省局長を逮捕した事件(障害者郵便制度悪用事件:この件も弘中弁護士が弁護を担当した)のような不祥事を起こせば、国民の批判を受け権威が失墜する。しかし、裁判所については、冤罪判決であることが後で判明しても、権威が失われるということはない。裁判員制度の導入で、普通の国民の目線が入り、少しは改善の芽が出てきたが、負担が重すぎて裁判員になることを躊躇する人が多い。裁判員制度もまた、見直すべきときに来ている。

 だから、司法のような聖域は、今回のゴーン逮捕劇のような「外圧」がなければ揺るがない。幕末に到来した黒船と同じである。各国はそれぞれ独自の司法制度を持っており、一長一短があるので、日本の制度が「中世のように」遅れているわけではない。しかし、他の先進民主主義国では当然の仕組みは取り入れる努力が必要であろう。


地裁の発信力不足も国際的批判を招いた原因

 具体的には、家族との接見を容易にする、取り調べに弁護士の立ち会いを許可することくらいは実現させたらどうであろうか。また、最近は随分改善してきたが、裁判所が検察の主張を鵜呑みにして、安易に勾留を長期化させることも問題である。日本人は、検察に対して絶大な信頼を持っており、検察も逮捕し、勾留した以上は必ず有罪にするという信念を持っている。この「無謬性の神話」が問題である。

 そのため、自白偏重ということになってしまう。2018年6月に司法取引制度が日本でも導入されたが、この制度を活用すれば、事前に証拠を集めることが容易になるので、自白に頼る必要がなくなる。ゴーン逮捕も、日産の現幹部と検察との間で司法取引を行われた結果であるが、アメリカと違って日本では司法取引はまだ馴染みが薄い。それは、司法取引が日本人の心情にあまりそぐわないからであろうが、自白偏重を是正するメリットについては、もっと評価されてよい。司法取引の功罪についても、国民的議論が必要である。

 以上のような司法制度の問題点については、普通の国民は専門的すぎて関心を持ちにくいが、今回のゴーン事件はこれをお茶の間の話題にしたのである。司法制度見直しの絶好の機会である。

保釈後、訪れた担当弁護士の事務所を後にするカルロス・ゴーン被告(2019年3月6日撮影)。(c)AFP/Kazuhiro NOGI 〔AFPBB News〕

 ところが、永田町も霞が関も及び腰である。基本的人権の擁護という点で、せめて先進国の水準にまで改革することが不可欠だと思う。そうでなければ、経済事件ですら長期勾留される国だというイメージが世界に拡散され、ビジネスを展開するために来日しようという優秀な外国人は減ってしまう。

 今回、被告の長期勾留が国際的に批判されたが、東京地裁の国際的発信力の欠如も問題であった。たとえば、12月20日に東京地裁が検察の勾留延長要求を却下した翌日、検察は被告を特別背任罪で再逮捕したが、その際に世界に向かって、できれば英語で事情を説明すべきであった。この再逮捕もまた、日本の司法に対する国際的批判を招くことになった。

 とくに、クリスマスの直前であり、「サンタクロースのプレゼント」を期待していた人々の失望を買ってしまった。これが、キリスト教国で日本の司法に対する批判をさらに激化させることにつながったのである。


「黄色いベスト」かと思ったゴーン氏の変装姿

 ルノー・日産・三菱自の提携関係については、今後、3社及び日仏両政府間で調整がなされるであろうが、フランス政府はゴーン被告を「切り捨てて」おり、保釈が今後の方針に影響することはないであろう。新会長には、既にジャン=ドミニク・スナール氏が就任しており、日産との関係修復にも着手している。ティエリー・ボロレCEOも、日産との関係について「危機のピークは過ぎた」と述べている。

 ゴーン被告が東京拘置所から出るとき、作業員に変装し、作業用の軽ワゴンに乗り込んだが、すぐに本人だとばれてしまった。背広姿で堂々と日産の高級車に乗ったほうがよかったのであろうが、私は、自分を見放したフランス政府に抗議するために反政府デモ隊の「黄色いベスト」を着用したのかと思ったくらいである。

付き添いを受けながら東京拘置所を後にする、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(中央、2019年3月6日撮影)。(c)AFP / Behrouz MEHRI〔AFPBB News〕

 裁判には時間がかかるので、仮にゴーン被告が無罪を勝ち取っても、それが3社関係を根底から揺るがすことにはならないと思われる。しかし、ゴーン被告の供述次第では、今回の逮捕が日産側のクーデターであるという説が再燃し、それがフランスの世論に影響する可能性も否定できない。

 しかし、時間の経過とともに、3社の経営から退いたゴーン被告の存在自体が忘れられていく。過酷なものである。そして、日本の自動車メーカーにとっては、今やイギリスのEU離脱(Brexit)の行方のほうが気がかりの状況となっている。

筆者:舛添 要一

JBpress

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