だから時間はかかっても組織に適応して生き残れる…転職して成功する人が「新しい職場で絶対口にしない言葉」
2025年3月10日(月)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra
■日本は人間関係がマネジメントに与える影響が大きい
マネジメント理論はアメリカ発のものが多く、古くは20世紀初頭のテイラーの科学的管理法(テイラーシステムとも呼ばれる)に始まり、1970年代から始まった人的資源管理(Human Resource Management:HRM)、2000年代に入ってからのタレントマネジメント論など様々なものがある。
こうした理論では、マネジメントの対象となる人材はジョブ型雇用であり、仕事に必要とされる知識・スキルを持っていることが前提で、人材育成の観点は薄い。また、組織と人は契約関係で結びついており、人間関係はあまり考慮されていない。
しかし、日本では、即戦力とはなりにくい新卒一括採用と、職種も勤務地も固定しない総合職制度が中心であり、人材育成もOJT(On the Job Training)中心であることから、上司・部下、組織内、組織間の人間関係がマネジメントに与える影響が大きい。
人間関係については、個人の経験則に基づく、必ずしも汎用的で再現性があるとは限らないようなビジネス書も多数あるが、ある程度の理論化が行われている。
■山本五十六の格言に見られる「日本の特殊性」
太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官だった山本五十六の有名な格言は日本のマネジメントの特殊性をよく言い表している。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
(Wikiquote 山本五十六より)
「やってみせ」ということは、上司は部下の仕事ができることを示しており、「させてみせ」ということは部下が最初はその仕事ができないことを示している。戦前からOJTが前提だったわけだ。
「話し合い」ということは、トップダウンばかりではないことを示しており、「任せてやらねば」ということは柔軟に権限委譲することを示している。戦前から、トップダウンではなく、組織内での役割が流動的だったことを示している。
欧米式の理論では、上司は部下に命令することが役割であり、上司が部下の仕事を肩代わりすることは自明ではなく、当然、上司は部下の仕事ができるとは限らない。部下はその仕事をするだけの能力があるから採用されているだけだ。
■「命令と報告」だけでは成り立たないことが多い
組織で仕事を進める時に最も重要なのは、上司が部下に何をやるかを命令することだ。
組織にはなんらかの目的があり、その目的を達成するために、いくつかの目標が設定され、その目標に向かって必要なことに取り組んでいく。
この時、上司が部下に、目的と目標を示したとしても、部下は何をやればいいか分からないことも少なくない。
そのため上司は、目標を達成するために必要な仕事を分解し、一つ一つを部下に割り当て、実行させる必要がある。割り当てられた仕事を実行することができる部下であれば、結果の報告を受けるだけで良いが、割り当てられた仕事が実行できない部下には、上司がやり方を教える必要がある。
写真=iStock.com/Nonwarit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nonwarit
米国では割り当てられた仕事ができない部下は解雇され、できる人材を新たに採用することも多いが、日本ではOJTとして「やってみせ」「させてみせ」「ほめてやる」ことになる。
さらに、OJTの途中でも、進捗状況を管理し、必要な支援を行い、場合によっては仕事を代替することもあり、動機付けが必要なことも多い。
命令し報告を受けるだけで済むなら、人間関係はあまり影響しないだろうが、管理、支援、代替、動機付けまでやる必要がある場合は、当然だが当事者同士の信頼関係が重要になる。
学生のグループワークやマンションの管理組合、町内会がうまくいかないのは、組織としての上下関係がなく命令が機能しないからだ。上下関係がなく命令が機能しないとなると意思決定が人間関係によって行われるようになり、フリーライダーが生まれ、一部の人に都合のよい運営が行われるようになる。
■「嫌いだが信頼できる上司」は存在する
リクルートでは、「お前はどうしたい?」と問い、具体的な命令をあまりしないように言われているらしいが、上司が具体的な命令ができない時の便利な言い訳になっていることもある。
そもそも、「お前はどうしたい?」は、誰かが2010年以降に作ったもので、元々は「君はどう思う?」だ(※生嶋誠士郎(2007)『暗い奴は暗く生きろ リクルートの風土で語られた言葉』のp.170に「問い続けよ 『君はどう思う?』と」書かれている)。
「どうしたい?」と「どう思う?」は全然違う。
「どうしたい?」という問いには、「やりたくありません」という回答があり得る。これはめんどくさい。一方「どう思う?」というのは、やりたいかやりたくないかを聞いているわけではなく、今、目の前にある仕事に対して、どうするのが最適かを問うている。
そして、「どう思う?」には当然、上司は「こうするといいと思うのだが」という答えを持っている。
単に命令するだけではなく、山本五十六の「話し合い、耳を傾け」という意図が含まれているのだ。
そして、命令が具体的で適切であり、かつ自分の意見も聞いてくれて、それが成果に繋がれば、自ずと信頼関係が生まれていく。
仕事の信頼関係とは、飲みに行って作られるものではなく、良い仕事の結果としてあるものなのだ。
そして、仕事の信頼関係とは好き嫌いとは関係がない。嫌いだが仕事のできる、信頼できる上司は存在しえるものだ。
■人事評価が信頼関係を破壊する
仕事がうまくいけば好き嫌いにかかわらず一定の信頼関係を構築することができるが、信頼関係を壊すのは意外にも人事評価だ。
dodaの「転職理由ランキング2023」では、転職理由の1位は給与が低い・昇給が見込めない、2位は社内の雰囲気が悪い、3位は人間関係が悪い/うまくいかない、4位は尊敬できる人がいない、で、5位が会社の評価方法に不満があった、になっている。
1位から4位までは、仕事がうまくいっていれば上司がなんとかできるが、評価方法は上司にはどうにもできない。
なぜなら、日本の多くの企業では、人事評価が相対評価になっているからだ。誰かの評価を上げれば誰かの評価を下げなければならず、これは一上司にはいかんともしがたい。
相対評価だから、この連載の2回目で書いたように、人事評価に納得できるという人は2.8%しかいないということになる。
写真=iStock.com/mohd izzuan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mohd izzuan
■相対評価の必然性はあまりない
上司自身が納得できない評価をせざるを得ない場合は、上司は「オレは評価してるんだけどね」と言い訳するしかなくなる。そして、上司も部下に嫌われたくはないから、評価は上振れ傾向になり、人事部が机上で設計した制度は思想通りには運用されなくなっていく。
給与配分という観点では、評価制度は、できる人だけをピックアップすれば良く、相対評価する必然性はあまりない。
昇進昇格という面でも、良い評価を得た人を任用していけばよく、相対評価する必然性はやはりあまりない。
近年、ノーレイティングという人事制度が広がりつつあるのも、相対評価による人事評価に限界を感じている組織が多いからだろう。
ただし、ノーレイティングにも様々な定義があり、いちばんしっくりくるのは、人と比べるのではなく、過去の自分と比べるというものだろう。簡単に言えば、例えば1年前と比べて、何ができるようになったか、と問うというものだ。
■良いリーダーは、良い部下で良い同僚
昔からリーダーシップはどの場面でも注目されてきた。新卒採用の面接でも、「副部長」や「バイトのリーダー」はものすごく多い。
リーダーシップにはもちろん、ビジョンや目標を提示する能力、熱意や率先垂範する姿勢などが重要だが、リーダーシップが単独で成立するわけではない。
より広い概念として、リーダーシップ(指導性)、フォロワーシップ(補佐性)、パートナーシップ(協調性)の3つの要素から構成されるメンバーシップというものがある。
リーダーシップが成立するためには、少なくとも、リーダーシップに呼応するフォロワーシップが必要であり、フォロワー同士のパートナーシップも重要な要素になる。
一人のリーダーがいたとして、あるところではうまくいっても、あるところではうまくいかないケースがあるのは、リーダーシップの問題だけではなく、フォロワーシップの問題がある。
そして、組織のトップでなければ、管理職は必ず、部下に対するリーダーシップだけでなく、上司に対するフォロワーシップ、同僚に対するパートナーシップを発揮する必要がある。
良いリーダーとは良い部下であり、良い同僚でもあるわけだ。
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke
■上司型マネジャーと芸能人型マネジャー
一般的にはマネジャーとは上司のことであり、部下に対して命令し、報告をうけ、必要な支援を行い、時には仕事を代替し、動機付けも行う存在だ。
しかし、そうした上司型マネジャー以外に芸能人型マネジャーも存在する。
最近では、上司型マネジャーではない、部下の主体性を尊重し、部下へのサポートを重視したサーバントマネジメントも注目されている。しかし、部下を上司がマネジメントする、という観点ではサーバントマネジメントも本質的には上司型マネジャーと変わりない。
一方で、芸能人のマネジャーは芸能人の上司ではない。あくまで主役は芸能人としてのタレントであり、マネジャーは一切の雑務を引き受け、タレントの才能が最も発揮できる環境整備に注力する。
この形は、実は1975年に発行された『人月の神話』というコンピュータ開発に関する書籍で「外科手術チーム」として記載されている。プロフェッショナルな外科医とプロフェッショナルなプログラマを同一視して、そのプロフェッショナルを支えるチームを作る、というものだ。
芸能人型マネジャーは、マーケティングや商品開発、データサイエンスやプログラミング、デザイナーやプランナーなど、プロフェッショナルなクリエイターに対しては非常に有効なマネジメントスタイルであり、逆に言えばプロフェッショナルに対して、その能力のない上司が権力を振りかざしてもマネジメントは成立しない、ということでもある。
■誰もが経験する「組織社会化」のプロセス
最後に、組織社会化について触れておきたい。
組織社会化とは、個人が組織の一員になるためのプロセスのことで、重要なプロセスとして以下の5つがある。
一つ目は学生が社会人になる時の組織社会化だ。学生の間は横の人間関係が中心だったものが、社会人になるといきなり縦の人間関係が中心になり、慣れるのは大変だ。しかも、勉強は個人プレーだったが、仕事の多くはチームプレイで、新入社員は一番下っ端で苦労することも多い。
二つ目は、管理職になる時だ。管理職になれば、業務に関する命令、人事異動や評価といった権限を持つことになるが、その使い方に慣れるのには時間がかかる。日本のように組織内での信頼関係が必要な場合はなおさら使い方は難しい。
三つ目は、転職の時だ。それまで所属していた組織とは文化や慣習、人間関係が全部違う。例えば自由な雰囲気のスタートアップからメガバングに転職すれば、ストレスだらけだろうし、逆の場合は積極性が足りないと言われるだろう。
四つ目は、一定規模以上の組織のトップになる時だ。トップ以外はたとえ副社長だろうが専務だろうが、上司と同僚がいるが、トップには上司も同僚もいない。その孤独にトップは耐え、慣れなければならない。
五つめは、仕事を辞めたときだ。特に男性の場合は、仕事の人間関係が一気に失われ、地域社会や友人、家族との関係が残る。この時、仕事をしている時のように上司風を吹かせれば、うまくいくわけがない。この気持ちの切り替えは想像以上に難しい。
こうした組織社会化で最も重要なのは、学習棄却だ。簡単に言えば、過去の成功体験にとらわれないということで、例えば転職しても、「前の会社では」とは絶対に言ってはいけない、ということだ。
そして、学習棄却とは、新たに学び直す、ということでもある(※組織社会化、学習棄却等については、中原淳(2021)『経営学習論』に詳しい)。
学んだことを捨て、新たに学ぶ力があれば、そしてそれを繰り返すことができる力があれば、場所や仕事が変わっても、少し時間はかかるかもしれないが必ず適応して、生き残ることができるのだ。
----------
宗 健(そう・たけし)
麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
----------
(麗澤大学工学部教授 宗 健)