「僕はギャンブラー」祖業の抵抗器から半導体事業へ転換して大勝ちした、ローム創業者・佐藤研一郎氏の勝負眼とは?

2025年3月4日(火)4時0分 JBpress

 マッキンゼー・アンド・カンパニー出身のコンサルタントらが行った調査によると、40年前に「超優良企業」と呼ばれていた企業群のうち、現在までに約4分の1が破綻もしくは買収を経験しているという。栄枯盛衰が激しいビジネスの世界において、輝き続ける企業とそうでない企業との違いは何なのか。本連載では『超利益経営 圧倒的に稼ぐ9賢人の哲学と実践』(村田朋博著/日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集。成長を続ける経営者たちの思考や哲学を元に、現代の経営に求められる教訓を探る。

 今回は、ローム創業者・佐藤研一郎氏を紹介。成功確率の低い半導体事業への参入を成功に導いた勝負強さに迫る。

ローム創業者 佐藤研一郎氏
ピアニストからの転身。ニッチを見極め「賭け」に勝利した経営者

■ 真似できないニッチの見極め——ピアニストから経営者へ

 佐藤研一郎氏は立命館大学で学んだ技術者です。同時に、学生時代には日本を代表するコンクールで準優勝するほどの技量を持ったピアニストでした。しかし、ピアニストでは1位になれないと判断、ピアノに鍵をかけ、その鍵を川に投げ捨てました。そして、自宅の風呂場で電子部品(抵抗器)を開発、起業しました。

 もしあなたが著名コンクールで準優勝するほどの技量を持っていたら、ピアニストの道をあきらめられるでしょうか? まず間違いなく、ほとんどの人があきらめられずに過ごすでしょう。天賦の才に決別し、別の道を選択した氏の決断、すなわち、ニッチ(自身の適性)の見極めに感服せざるを得ません(この点については第3章でも改めて議論します)。

 ロームを世界的な企業に育てあげた佐藤氏は、自身の持ち株を活用し、音楽財団ローム ミュージック ファンデーションを設立しました。同財団はロームの株式の約10%を保有し、年20億円程度の配当を受け取っています。佐藤氏は自身がピアニストになることは断念したのですが、音楽家の支援・育成に力を入れたのです。

 その佐藤氏から学んだ最大のことは、①冷徹な客観視、②ニッチ、③勝負時の見極めです。

■「僕はギャンブラー」——大勝負① 巨大企業への挑戦

 ロームの売上高のほとんどは半導体で、祖業である抵抗器の売上高は全社の5%程度になっています。社名のローム(ROHM)は、R=Resistor(抵抗)、OHM=オーム(抵抗の単位Ω)の組み合わせですが、現在のロームは一般には半導体メーカーとして認知されています。

 抵抗器は、地味ですが電子回路には欠かせない電子部品です。パソコン、テレビ、携帯電話、自動車、どんなものにでも抵抗器は必ず使われています。ただ、市場規模は半導体(6000億ドル程度)の100分の1ほどで、時代の寵児ともいえる半導体と比較して、抵抗器は必要不可欠ですが目立たない「縁の下の力持ち」のような部品です。

 50年ほど前、全く新しい技術であった半導体産業が立ち上がりつつあり2、抵抗器の機能をも半導体が担ってしまうのではないかとの見方がありました(結果的にはその危惧は杞憂に終わりましたが)。そのとき佐藤氏は、「半導体という暴風雨が襲ってくる。頭を低くしていても将来はない。この暴風雨に立ち向かうしかない」と強い危機感を持ちました。

 半導体は電子部品に比べると設備投資の大きさがケタ違いで、そのため手掛けようとしていたのは日立製作所、NEC、東芝といった巨大企業でした。しかし、ロームは暴風雨を追い風に変えて、電子部品のみならず半導体でも主要な企業のひとつに飛躍したのです。

 半導体への参入にあたっては、米国の赤字の半導体企業エクサーを買収しています(1971年)。いまであれば企業買収は珍しいことではありませんが、50年前、しかも米国企業、しかも赤字企業を買収するなど、凡人にはできない判断です。当時のエクサーは、製品によっては不良率80%、社員の平均勤続年数は1年未満など、惨憺たる状況であったようです。

 佐藤氏は自ら米国に乗り込んで、品質管理の徹底、社員との信頼関係の構築等によって見事同社を立て直し、発展させました(エクサーはその後、米国で上場も果たし、最終的にはロームとの資本関係はなくなっています)。

 抵抗器に集中して成功する選択もありえたわけです。例えば、KOAは抵抗器の専業として売上高751億円、営業利益102億円(2023年3月期)、売上高648億円、営業利益33億円(2024年3月期。顧客の在庫調整の影響を色濃く受け減益)と立派な業績をあげています。

2. 1956年のノーベル物理学賞は、半導体に関する優れた研究成果を残したウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンの3氏に授与されました。ショックレー氏が所長を務めたショックレー半導体研究所が、その後のシリコンバレーの隆盛につながったといわれます。また、江崎玲於奈氏はソニー社員時代に開発した半導体技術によって、日本人として4人目のノーベル賞を受賞しています。

 ロームが半導体に進出せず抵抗器に集中していれば、KOAと鎬(しのぎ)を削る企業になっていたかもしれません(こればかりは誰にもわかりません)。半導体産業への参入という乾坤一擲の勝負をした結果、数千億円の売上高、そして、東芝に3000億円出資する規模になったわけですが3、もちろん、破綻していた可能性もあります。

 例えば、半導体が急成長したころ、異業種からの参入が相次ぎました。特に鉄鋼産業は積極的で、新日本製鉄(当時)、川崎製鉄(当時)、神戸製鋼所などがこぞって参入しましたが、すべて撤退しました。巨額の資金と多くの社員を抱える鉄鋼企業でさえ失敗した事業を成功させた佐藤氏は偉大です。

 佐藤氏は冗談めかして「僕はギャンブラー」と発言しています。ピアニストの道を捨て起業をしたのも、無謀ともいえる半導体に挑戦したのも、まさにギャンブラーならではのものです。成功確率は極めて低いのですが、このような起業家が社会を豊かにするのでしょう。

■ 大勝負② 正当な対価の要請

 ロームの1991年3月期の上期(半年間)の営業利益率は2%まで低下。佐藤氏には許しがたい数字でした。調査したところ、原価割れの製品や過剰サービス(顧客要求に応じた無節操な品種の増加等)が多数あることを発見した佐藤氏は、営業に値上げを指示しました。

 当時、同業各社からは、そんなことをしたら顧客が離反し大きく占有率を落とすだろうとみられていたようです。この時代、電子部品は格下にみられていた産業でした。下請け産業が値上げを申し出るなどありえない、というのが常識でした4

 さて、興味深いのは、佐藤氏の勝負の結果です。ほとんどの顧客は値上げに応じたのです。

 佐藤氏は次の株主総会で、収益悪化の責任があると判断した取締役5人を更迭します。このことによって、「収益性が大切である」という認識が確立したのでしょう。営業利益率は、翌年度の1992年3月期には11%に急回復、同期を含む10年間の平均ではなんと23%になっています。まさしく賭けに勝ったのです。

 確かに、価格引き上げを顧客に要請すると仕事を失う恐怖を覚えます5。しかし、よく指摘されるように、日本企業の利益率は欧米企業に比べて低く、付加価値以下の価格で提供している可能性があるかもしれません。

 また、佐藤氏は一般の社員には穏やかに接しましたが、幹部には厳しい方でした。「役員は船長のようなものだ。安心して乗っている船員を無事に港まで届ける義務がある。 船長が間違ったら沈没する」と述べています。まさにその通りですが、実際にはその逆の企業があるように思います。

3. 50年前に、「50年後、ロームが東芝に出資しますよ」と言ったら、「えっ? 逆でしょ?」と言われたことでしょう。

4. 時が下って2001年になっても、アルプス電気の片岡政隆社長(当時)が「EMS企業〈電子機器の生産を受託する企業〉の契約条件は酷い。村田さん(=村田製作所の村田泰隆社長)も公の場でもっと発言してくださいよ」(「週刊ダイヤモンド」2001年11月17日号)と発言したほどなのです。多くの顧客の製造を集約することで強大な購買力を持ったEMS企業は、在庫リスクの部品メーカーへの転嫁、出荷後の価格引下げ、キャンセル自由などを要求し、部品メーカーは苦境に立たされていました。

5.値上げが浸透したのは、主力製品においてロームが高い占有率を持っていた(すなわちニッチ企業であった)こと、また、同社製品の品質の高さへの信頼があったことも大きいと思われます。

<連載ラインアップ>
■第1回「僕はギャンブラー」祖業の抵抗器から半導体事業へ転換して大勝ちした、ローム創業者・佐藤研一郎氏の勝負眼とは?(本稿)
■第2回 虎の子の設計図を完全開示「競争を楽しむ」が信条のマブチモーター創業者・馬渕隆一氏の非凡人的な発想の原点とは?
■第3回破綻寸前のルネサス エレクトロニクスを奇跡の復活へと導いた「最後の男」作田久男氏が修羅場で見せた胆力とは?(3月18日公開)
■第4回「キーエンスはつんく♂である」創業から50年にわたり驚異の粗利益率80%を維持する製品企画力の源泉とは?(3月21日公開)
■第5回 「ブラック・スワン」を見逃さない ジョンソン・エンド・ジョンソンが新事業の使い捨てコンタクトで成功できた理由(3月25日公開)
■第6回 20年間停滞し続けたミネベアミツミ、中興の祖・貝沼由久氏はいかにして業績5倍に成長させたのか?(4月1日公開)

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筆者:村田 朋博

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