「シンプルにしろ」iPodの開発会議で、スティーブ・ジョブズが思わず「それだ!」叫び、採用を即決したアイデアとは?
2025年2月27日(木)4時0分 JBpress
小さなガレージで生まれたパソコンメーカーのアップルを世界的ブランドに育てたスティーブ・ジョブズ。1985年に社内対立で退職したあとNeXTやピクサーを成功に導き、1997年にアップルへ戻るとiMac、iPod、iPhoneなど革新的な製品を次々と世に送り出した。本連載では『アップルはジョブズの「いたずら」から始まった』(井口耕二著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集し、周囲も驚く強烈な個性と奇抜な発想、揺るぎない情熱で世界を変えていったイノベーターの実像に迫る。
今回はアップルが初代iPodを発売し、パソコンメーカーからライフスタイル提案型のテクノロジー企業に進化する過程を紹介する。
1000曲をポケットに
アップルらしさを確立したiPod
「こんなに小さいのに1000曲も入るし、ポケットにいれて持ち歩くことができるんだ」2001年10月23日、ジョブズはこう言うと、ジーンズのポケットから真っ白に輝くiPodを取り出し大喝采を浴びた。
これをきっかけに、音楽の聴き方が一変し、音楽業界も根底から変わっていく。アップル社がコンピューターメーカーからテクノロジー企業へと変貌し、企業価値で世界一になっていく第一歩でもあった。
■開発中の記憶媒体を押さえる
音楽を持ち歩いて聴くというアイデアは古くからある。有名なのは、1979年に発売されたカセットテープタイプのウォークマンだろう。
デジタル時代になるとデジタルフォーマットの曲を再生できるポータブル音楽プレイヤーがいくつも登場した。だがどれもできがよくない。記憶できる曲数が十数曲と少なかったり、音楽プレイヤーに曲を転送するのが難しかったりしたのだ。
だからアップルらしい音楽プレイヤーを作れと、ジョブズは、2000年の秋ごろに言い始めた。
最大の問題は、楽曲データの保存方法だ。超小型で使い勝手のいい大容量記憶装置がまだなかったのだ。ダイナミックRAMにすれば安く作れるが、バッテリーが切れたら楽曲も消えてしまう。曲数も限られてしまう。メモリーカードを抜き差しする形ならカードさえ増やせばたくさんの曲が持ち歩けるし、楽曲が消える心配もない。だが、構造も使い方も複雑になってしまう。
解決したのは、開発責任者のジョン・ルビンシュタインである。2001年2月、東芝との定例ミーティング中、雑談で「1.8インチ、5ギガバイトの超小型ハードディスクドライブがもうすぐ完成するのだが、用途が思いつかなくて」と東芝のエンジニアに言われ、ピンと来たのだ。
ちょうどジョブズも東京マックワールドで来日している。すぐさまジョブズの定宿、ホテルオークラへ飛んでいった。
「必要な部品がようやくみつかりました。1000万ドルの小切手さえあれば大丈夫です」
こう言われたジョブズはその場で決断。さすがである。
■ 機能を絞ってシンプルに
開発方針を決める企画会議でもジョブズ流がさく裂した。大きな特徴となるスクロールホイールの提案に「それだ!」と叫び、即決したのだ。
ジョブズは、iPodの開発に深く関わった。要求は「シンプルにしろ」だ。
ユーザーインターフェースをひとつずつチェック。曲でも機能でも3クリック以内でたどり着けなければならないし、どこをクリックすべきか直感的にわからなければならない。どうすればたどり着けるかわからなかったり4クリック以上必要だったりするとどやしつける。
開発チームを率いたトニー・ファデルによると、可能なかぎりのユーザーインターフェースを試したと思っていると、「こういう方法は考えたか?」とジョブズに言われ、目からうろこが何度も落ちたそうだ。
機能も最低限に絞った。そのほうが使いやすくなるとジョブズが考えたからだ。
プレイリストの作成機能もなくした。iTunesで作り、iPodに転送すればいいというわけだ。ハードとソフト、さらには、製品群全体を統合的に考えるジョブズならではの発想である。
オンオフのスイッチもなくした。使うのをやめれば休止状態になり、キーに触れると使えるようになる。それで十分だから、というのがジョブズの考えだ。この決断には、アップル社内にも驚きが走ったという。
こうして従来品とは比べものにならないほどシンプルで使いやすい製品が生まれた。
デザインは、文化的な重みが感じられるものにしたいとジョニー・アイブがこだわりぬいた。本体もイヤホンもコードも電源も、すべて、ピュアホワイト。落ちついているのに存在感が強い。ピュアで静かなのに、大胆で人目を引き、なおかつ、とても地味でもある。
ピュアホワイトの存在感は広告にも生かされた。iPodを聞きながらダンスをしている人のシルエットだ。iPod本体と白いイヤホンコードのうねりが印象的で目を引く。見ているとワクワクして、音楽が聴きたくなってしまう広告だ。
399ドルは高すぎるとの意見もあったが、iPodはすぐ大ヒットになった。
■宿敵ビル・ゲイツも脱帽
このiPodをニューズウィーク誌のスティーブン・レヴィ記者に見せられたビル・ゲイツはしばらくいじったあと、こう言ったという。
「これはすごい製品だと思う」
困った顔だ。
「これは…Macintosh専用なのかい?」
音楽と技術の交差点に立ち音楽業界をひっくり返したジョブズ
「やられたよ」
音楽配信の「iTunesストア」をアップルが発表した2003年4月28日、マイクロソフトのウィンドウズ開発担当役員、ジム・オールチンは4人の役員にメールを送った。全文はわずか2行。もう1行にはこう書かれていた。
「どうやって音楽各社を巻き込んだんだ?」
自社のことしか考えずばらばらだった大手音楽会社が呉越同舟でiTunesストアに乗る——音楽業界の構図が根底からひっくり返る話で、マイクロソフトならずとも首をひねったはずだ。
スティーブ・ジョブズでなければ実現できなかった離れ業である。
携帯音楽プレイヤーのiPodが発売された2001年ごろ、音楽の世界では、ナップスターなどのファイル共有ソフトを使った海賊版の無料ダウンロードが猛威をふるっていた。
これに対抗するため音楽業界は、デジタル音楽のコピーを防止する技術の標準化を進めた。これが成功していれば、音楽会社がそれぞれにオンラインストアを展開する世界線に入っていたかもしれない。だが、大手のソニーが離反。使用料が徴収できる独自規格を選んだのだ。
結果、世の中の音楽はほぼ二分されてしまった。しかも、両方とも購読制で、解約すると曲が楽しめなくなる。著作権管理などからいろいろとややこしい制限もあればインターフェースも不細工。これでは普及などするはずがない。
技術を愛する人々と音楽を愛する人々のあいだに深い溝があり、そこが根本的な問題なのだとジョブズは見抜いた。そして、その両方が大好きで、両者の橋渡しができる自分はきわめて珍しい人材であることも。
<連載ラインアップ>
■第1回「シンプルにしろ」iPodの開発会議で、スティーブ・ジョブズが思わず「それだ!」叫び、採用を即決したアイデアとは?(本稿)
■第2回 「共食い上等、食われる前に食う」iPodを葬ってまでiPhoneを発売したスティーブ・ジョブズの計算とは?
■第3回形だけまねると“イタいプレゼン”に スティーブ・ジョブズ流の高度な説得術とそれを象徴する「有名な一言」とは?
■第4回時価総額20分の1だったアップルになぜ大逆転を許したのか ゲイツとジョブズ、2大巨頭の共通点と真逆の経営哲学とは(3月14日公開)
■第5回 「飼い犬に手をかまれた」ステージ・ジョブズがグーグルのアンドロイドに激怒した理由とは?(3月19日公開)
■第6回 マスクはジョブズの再来か? あり得ないレベルで物事を突きつめ、無茶苦茶なのに成果を上げる二人の共通点とは(3月26日公開)
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筆者:井口 耕二