ついに「楽天モバイル値上げ」も見えてきた…ドブ板営業で「5年ぶり営業黒字」を達成した三木谷社長の次の狙い
2025年3月12日(水)10時15分 プレジデント社
人工知能(AI)を活用したチャットサービスの発表で記者会見する、楽天モバイルの三木谷浩史会長(楽天グループ会長兼社長)=2024年10月31日、東京都世田谷区 - 写真=時事通信フォト
写真=時事通信フォト
人工知能(AI)を活用したチャットサービスの発表で記者会見する、楽天モバイルの三木谷浩史会長(楽天グループ会長兼社長)=2024年10月31日、東京都世田谷区 - 写真=時事通信フォト
■楽天グループが5年ぶりに営業黒字
楽天グループ(以下楽天)が2024年12月期の連結決算発表で、営業損益で529億円の利益を計上して(前期は2128億円の損失計上)、5年ぶりに営業黒字となったと発表しました。これは同社がモバイル事業に参入した20年決算以降、初の営業黒字となります。
また、24年12月にはモバイル事業のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)ベースでも、初の単月黒字23億円の利益を計上しました。モバイル事業そのものは、依然として2353億円の営業赤字ですが(前年同期は3358億円の営業赤字)、ひとつのマイルストーンに到達した楽天の経営努力はすばらしいと思います。
何よりモバイル契約数の伸びは注目に値します。全回線契約数(BCP含むMNO、MVNE、MVNOの合計)は、2024年1年間で177万回線増加して830万件に達したといいます(2024年12月末時点)。回線数とともに収益改善の鍵となるARPU(契約者あたり月平均収入)については、24年第4四半期で2856円、12月単月では念願といえる3000円を超える3019円となって、発表ベースでは明るい材料目白押しの決算となりました。
■まだまだ安心できる決算内容ではない
ただこれで楽天に明るいバラ色の未来が開けたのかというと、それは少し違うという印象です。というのは、まず楽天の24年12月期決算には一部特殊要因といくつかのギミック的な要素が含まれているからです。最大のトピックとなった営業黒字化ですが、その中身を見てみると、楽天が出資する米国の通信衛星サービス会社ASTスペースモバイルが、決算上で持分法適用会社から外れたことに伴って時価評価をし直し、約1000億円の評価益を計上したことがその一要因になっているのです。営業利益は529億円であり、これがなければ24年12月期も営業赤字が続いていたのです。
またモバイル事業のEBITDAベースでの単月黒字23億円についてですが、ここには楽天ならではのギミックがあります。楽天は、モバイル事業の利益に契約者がグループの他のサービスを利用した際の利益の一部を算入するという、独自の計算方式を突如24年11月から導入しました。詳しくは以下ARPUの説明で触れますが、これが今回モバイル事業の利益かさ上げに寄与しています。
加えて昨年12月の「楽天モバイル最強感謝祭」と銘打った各事業での割引やポイントアップ施策実施による、Rakuten Linkの広告収入増加分も計上しており、期末に向け駆け込みで単月黒字化を演出した感が漂っているのです。
■モバイル事業の「真の黒字化」とは
さてARPUについてですが、決算資料から24年12月の3019円の内訳をみると、本来のARPU構成要素といえるデータ通信、通話、オプションでの利用額合計は2078円であり、これに他事業への貢献収入額755円と広告収入分186円(キャンペーンのなかった24年7-9月期実績では36円)が加わっているという構成になっているのです。
アプリの広告収入はキャンペーン分を含めて百歩譲ってモバイル収入と解釈できたとしても、他事業への貢献収入は逆方向となる他事業のモバイルに対する貢献収入も存在するわけで、一方向のみカウントするのは少し強引な印象があります。
それを意識してか、決算発表では独自基準での正味ARPUなる指標も公表されています。その数値では23年10-12月期が2350円で24年同期は2408円と、年間伸び率はわずか2.5%弱、かつ官製値下げ実施後の最高正味ARPUである23年7-9月期の2464円にもまだ及んでいないという状況なのです。
三木谷浩史社長は以前より、モバイル事業の黒字化目安として、「契約数1000万件×ARPU2500〜3000円」を掲げてきました。モバイル事業の真の黒字化に向けては、今回の「かさ上げARPU」での3000円ではなく、この正味ARPUでの3000円到達が最低限の目安になるように考えます。
楽天モバイルパーク宮城 外観(写真=Hotta Akahane/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
■三木谷社長みずからが「ドブ板営業」を展開
しかしこのハードルは、一筋縄ではいかない問題をはらんでいるのです。契約数に関しては、24年における177万回線増加という、驚きのがんばりがあったといえます。その貢献要因のひとつは、楽天が複数事業で抱える90万社超とされる法人取引先に、三木谷社長みずからが先頭に立って創業期に立ち返ったかのようなドブ板営業を展開したことです。
契約における個人、法人の内訳比率は公表されていませんが、社長旗振りの下で法人の比率が上がったことは予想できます。せっかく増えた法人契約ですが、低単価で付随サービス契約が見込みにくく、ARPU貢献度は低いという難点があるのです。
個人契約の新規獲得に関しては、全グループ社員を対象として24年入りを前にスタートした「従業員紹介キャンペーン」が、推進エンジンとなっている様相です。このキャンペーンは、楽天グループの社員がSNSなどに設置したキャンペーン紹介サイトからの新規申し込みで、楽天ポイントが最大1万4000ポイント付与(MNP)されるというものです。三木谷社長みずからもキャンペーン受付サイトを作って精力的に推進したことから、通称「三木谷キャンペーン」とも呼ばれています。社員に対しても獲得による楽天ポイント・インセンティブ付与をセットすることで、モチベーション維持をはかっている模様です。
■「契約者あたり月平均収入」が低迷しているワケ
しかしこの「三木谷キャンペーン」の新規契約も、実はARPU貢献度が低いのです。キャンペーンの新規契約は、市場飽和状態下で主回線ではなく2回線目契約であるものが多く、やはり低単価かつ付随サービスが見込みづらいという弱点があります。さらに、決算会見で三木谷社長も公言しているように、楽天は他キャリアに比べて若年層に強いという特徴がありますが、この特徴は裏を返せば契約者の可処分所得が低いということでもあり、ARPU低迷の主要因になっている点が否めないのです。
契約数は増えてもARPUが上昇しない、ここが楽天モバイル「真の黒字化」に向けた大きな課題であるといえそうです。
ARPU以外にも楽天には大きな課題が存在しています。5年前のモバイル事業スタート時には約6000億円を想定していた設備投資が、結果的に1兆円を超えなおも年間1000億円を超える設備投資が続く状況下で、依然として約2兆円にも迫る有利子負債を抱えていることです。特に社債には償還期限があるわけで、25年は4700億円もの償還を迎えます。これについては、昨年12月のドル建て永久劣後債826億円の発行や基地局資産のリースバックによる1700億円調達によって、資金は手当て済みと報告されています。
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse
■楽天に課された「最大の経営課題」
しかしこれらを借り換えたとしても、26年以降も巨額の社債償還は続々到来します。それとともに、年間約400億円に及ぶと思われる利払い、社債配当金の支払い負担も重くのしかかっています。今後、有利子負債残高をいかにして減らしていくのか、償還とは名ばかりの借金を新たな借金で返済するという自転車操業状態からいかに抜け出すのか、それこそが楽天に課された最大の経営課題であるといえるでしょう。営業黒字を計上しながら、2年連続無配とせざるを得なかったことからも、厳しい資金繰り環境がわかります。
巨額社債負担の影響は、金融子会社の切り売りという事態も招いています。23年に株式上場した楽天銀行への持株比率は49.26%、みずほ証券に株式売却した楽天証券は同51%となっており、これ以上の株式売却をすれば連結対象から外れることにもなりかねません。
そして昨年11月にはついに、ポイントサービスの観点から楽天経済圏の中核的存在である楽天カード株も、みずほFGに15%売却するという発表がされています。これらはすべて、資金繰り面からの苦しい決断であることは間違いありません。これ以上の切り売りは、楽天の将来利益を手放すことになりかねない、そんな危機感すら感じられるところです。
■タブー視してきた「カード」を切るのか
苦しい台所事情は、モバイル事業の進展にも影響を及ぼしています。一昨年ようやく念願のプラチナバンドを手にしていながら、その基地局整備には消極的にならざるを得ないというジレンマがうかがわれます。楽天のプラチナバンド基地局整備に関する10年計画では、7割以上の投資は後半5年に集中しています。目先では新たな投資を極力抑えたいが故に、通信の「質」の改善を後回しにせざるを得ない状況にあるわけです。新規のモバイル契約者数が増える一方で、その「質」の改善がついていかなければ、せっかくの獲得顧客を逃がすことにもなりかねない、そんな危惧も感じられるところです。
このようなジレンマ的状況を脱するためには、グループの利益を食いつぶしているモバイル事業の「真の黒字化」を実現させ巨額負債の返済原資をつくること、すなわち正味ARPUの3000円台への引き上げこそがなにより重要である、という命題に戻ってくるわけなのです。
現状で先行3大キャリアの半分強というARPU状況を脱するには、いよいよこれまでタブー視してきた値上げというカードを切らざるを得ないのではないかと思っています。他キャリアも昨今の電気代などの高騰を背景として、値下げ競争を終息させ値上げ局面に入るムードが感じられています。楽天もモバイル事業スタートから5年、1000万回線契約が見えてきた今、追いかける立場での安売り戦略からの転換タイミングが迫っているように思えるのです。ひとつのマイルストーンであったグループ黒字化を経て、三木谷楽天がこの先どのような戦略に打って出るのか、注目して見守りたいと思います。
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大関 暁夫(おおぜき・あけお)
企業アナリスト
スタジオ02代表取締役。1959年東京生まれ。東北大学経済学部卒。1984年横浜銀行に入り企画部門、営業部門のほか、出向による新聞記者経験も含めプレス、マーケティング畑を歴任。支店長を務めた後、2006年に独立。金融機関、上場企業、ベンチャー企業などのアドバイザリーをする傍ら、企業アナリストとして、メディア執筆やコメンテーターを務めている。
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(企業アナリスト 大関 暁夫)