だから「引っ越し難民」が急増している…「キツイのに稼げない」で人が逃げ出す引越業界の構造的問題
2025年3月12日(水)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Lordn
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■「キツイけど稼げる」はもはや昔話
実は筆者は、元引越会社トラックドライバーである。と言っても30年も前のことだが、この30年間で引越業界において変わったこと、変わっていないことを観察すると、「引っ越し難民」の根本的な原因と、引越業界の構造的課題が見えてくる。
筆者が引越会社で働いていたときは、「引っ越しの仕事は、キツイけれどもお金が稼げる」と言われていた。しかし今や、それも昔話となってしまったようだ。
引越ドライバー、引越助手の給料は、当時からほぼ横ばい状態と思われる。
まずは引越助手の待遇から確認しよう。
アルバイト情報サイトを眺めると、大手引越会社の引越助手は、時給1200円〜1400円程度が相場のようである。
■物価上昇の中、30年前と変わらない給料
当時、筆者の在籍していた引越会社では、引越助手(アルバイト)の基本日給は7500円。そこから午後便と呼ばれる引っ越しを1件行うごとに2000円が加算された。
1日の引越件数が1件で終わることはあまりなかったから、事実上の最低日給が9500円で、(時期にもよるが)3〜4日に1回は3件の引っ越しをこなし日給1万1500円を得ており、さらに4件以上引っ越しを行える日もあった。(アルバイトドライバーの場合は、さらに1件1000円の運転手当が支給された)
対して、時給1200円で8時間働いたとすると9600円、時給1400円だと1万1200円。
つまり、引越助手の対価は、ほぼ30年間据え置きされていることになる。
では、正社員ドライバーの場合はどうか?
引越作業においてリーダー役を務める正社員ドライバーの場合は、概ね年収400〜500万程度と言われている。筆者がアルバイトから正社員へと変わったときの年収はこの範囲に入っていたから、これまた30年間据え置きされていることになる。
現実的には、物価上昇や平均賃金の上昇なども考慮すると、待遇は悪化しているというべきだろう。
■重い荷物を運ぶ負担も改善されていない
もうひとつ変わっていないのが、引越作業そのものだ。
一般貨物輸送では、パレット輸送のような省人化施策も推進されているが、引越作業においては、人が荷物を一つずつ手作業で運ばざるを得ず、それこそ人型ロボットが実用化されないかぎり、現在の技術では自動化・機械化を進めるのは難しい。
腰痛などから作業員を守り、少ない力で荷物を持ち上げられるアシストスーツもあるが、広さに余裕がある倉庫などと違い、狭い室内では使いにくいというデメリットもあり、引越業界では普及していない。
一方、30年前と変わったこともある。
まず挙げるべきは、引越見積比較サイトの登場だろう。
当時はインターネットも普及していなかったし、引越会社を探すとなれば、電話帳(タウンページ)が主流だった。余談だが、引越会社に、やたらと「ア」から始まる社名が多いのは、当時の名残である。
しかし今は引越見積比較サイトから、かんたんに相見積もりを行うことができるようになった。当然、引越料金は低下していく。
■普及したオンライン見積りの精度は…
少し話がズレてしまうのだが、当時の引越見積もりといえば、基本的には引越会社の営業がお客さまの自宅を訪問したうえで家財をチェックして物量を算出、見積もることが基本だった(当時から、単身者など荷物が少ない場合に限って、お客さまから申し出のあった家財量をベースに算出する引越サービスは存在したことは付記しておく)。
2023年、筆者自身が引っ越したときには、Zoomで家の中を引越会社営業に見せるというオンライン見積もりを行った。
見積結果については、「時代だなぁ。でも、もうちょっと物量は多い気がするんだけど、30年前の感覚だから、私が間違っているのだろう」と感じたのだが、結局、物量は筆者の感覚が正しく、見積もりよりも大幅に多かった。当日作業に来てくれたドライバーと作業員の皆さまに予定外の負担を掛けてしまったことは申し訳なく思う。
一方で、「手を抜いてZoom見積もりなんてやるから、こんなことになるんだよ」とは思ったが、引越会社側にも利益確保のためいちいち営業訪問などしていられないという切実な事情があるのだろう。
■「会社の強み」がなくなり、価格勝負に
ちなみに筆者が引っ越しした際は、3社から相見積もりを取った。
2社は大手、1社は不動産屋から推薦された、名前を聞いたことがない中小引越会社だった。
この中小運送会社の営業は、元大手引越センターの所長だという50代の男性だった。
「貴社の強みを教えてください」と言ったところ、この男性が語ったのは、古巣である大手引越センターの悪口と、「ウチのドライバーと助手は優秀です」という、根拠のないアピールだった。
筆者が引越ドライバーであった30年前は、まだ引越サービスの内容には各社差があった。
お客さまに代わって荷詰め・荷解きを行う梱包・開梱サービス。
家具・家電を安全安心に運ぶための包装サービスと、その裏付けとなる専用資材の充実度。
TVや洗濯機などのセッティングも、行うところ、行わないところと、各社ばらつきがあった。
しかし、現在ではどこの引越会社も作業内容が(よく言えば)標準化され均一になった。
引越会社としてもサービスの差別化が図れず、また消費者としてもサービス内容から引越会社を選ぶことができない。結果、引越見積比較サイトの台頭もあって、見積金額の多寡だけで取捨選択されてしまう。
写真=iStock.com/pocketlight
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■もっと楽に稼げる仕事がたくさんある
さらに考えられるのが、人集めで競合する業界・職種との比較である。
例えば、アルバイトとして競合すると考えられる、工場・倉庫勤務は、確かに30年前であれば時給600〜800円程度だったかもしれないが、今は引越助手と同等か、それ以上の時給を出しているところも少なくない。
身体に対する負担は現場次第だが、自動化が進み、ロボットとともに働くような物流センターだと、歩き回ることも重たいものを持たされることもなく、身体への負担も少なくて済む。
もうひとつ、自動化・ロボット導入が進む現場だと、人と話すことを最低限で済ませられるというメリットもある。引越助手、工場・倉庫勤務といったブルーワーカーとして働くことを希望する人の中には、「飲食や販売などのような、見ず知らずの人と話し、しかも愛想まで振りまかなければならないような仕事は無理!」と人見知りを自認する人も少なくない。
■スタッフのやる気を支えていた「チップ文化」
しかし、引っ越しの仕事においては、コミュニケーションが実は極めて重要である。
仕事に出たら、丸一日、見ず知らずの他人とチームを組み、移動中は狭いトラックのキャビンで過ごさなければならないし、お客さまとまったく会話をせずに仕事をすることは難しい。
実は筆者も新人の頃は、毎日初対面のドライバーと一緒に働かなければならないのがとても苦痛だった。慣れてくれば、気のおけない仲間と過ごす車内での時間はとても楽しいものに変わるのだが……。
さらに言うと、チップ(祝儀・心付け)という慣習が廃れつつあるという問題もあるのではないだろうか。
筆者が引越ドライバーだった頃は、お客さまからチップをもらえないという日はあまりなかったように記憶している。最低でも昼食代程度、多いときには5千円から1万円以上のチップ(「万祝(まんしゅう)」と呼んでいた)をもらえることもあった。
筆者の同僚は、毎日もらったチップをせっせと貯めた結果、半年で70万円になったそうだ。
だが最近はチップを引越ドライバー・引越作業員に渡す人も金額も減っているようだ。
引越会社の営業の中には、わざわざ「当社のドライバーや作業員にチップを渡す必要はありません」という人もいると聞く。
「そんな現場のモチベーションが下がるようなことを、わざわざ言うことないだろう」と、筆者は思ってしまうのだが、これも時代の流れなのだろう。
■仕事の魅力が下がり、実績も低下傾向
昨今の「引っ越し難民」は、人手不足が引き起こしている。
もちろんその原因となる要素の中には、トラックドライバーの残業時間を規制した「物流の2024年問題」もあるだろう。
しかし、引越作業においてはドライバーだけでなく、助手も必要であって、助手は「物流の2024年問題」の影響は受けない。
ゆえに、引越難民問題における「物流の2024年問題」の影響は限定的であって、根本的な原因は魅力ある収入を引越ドライバー・引越助手に提供できていないことに加え、日本社会全体の人手不足によって、相対的に引っ越しという仕事の魅力が下がっていることにある。
全日本トラック協会による大手引越会社6社へのヒアリング調査では、2021年3月の引越件数は35万件弱だったが、2024年3月の実績は30万件に届いていない。
コロナ禍を経て、引越業界で働いてたフリーターらが離脱してしまった可能性はあるが、人手不足はそれだけ深刻になり、かつ引越業界自体のキャパシティも減っている可能性がある。
■ピークが「1年のうち2カ月」という課題
自動化・ロボット化などができない引っ越しという仕事だからこそ、引越難民問題の解決には、引越ドライバー・引越助手らの収入アップが不可欠である(当然、これは引越料金の上昇という形で、消費者に痛みをもたらす)。しかし一方で、収入アップを果たせば必ず解決するというものでもないところが悩ましい。
引越産業は、繁忙期が3月4月に集中するという構造的な課題を抱えている。
国土交通省「分散引越のお願い」より
4月を除けば、他の10カ月は最大の繁忙期である3月の半分以下の件数しか引越は行われていない。企業経営を考えれば、繁忙期に合わせて正社員やフリーターを抱えることはできない。したがって、これまでの引越業界は、3月4月に短期アルバイトを大量雇用することで繁忙期を乗り切っていたのだが、それが難しくなりつつあることは既に述べたとおりだ。
国土交通省「大手引越事業者の月別引越件数」より
■「引っ越し難民」を避ける裏技なんてない
「引っ越し難民」を解消するためには、3月4月に引っ越しが集中する原因となる社会慣習を見直すしかない。そうしなければ、今後この問題はさらに深刻になることはあっても、解消することはないだろう。
例えば国土交通省では、3月15日〜4月15日の間に限り、赴任しなければならない期間を、従来の「単身者の場合8日以内」「家族持ちは11日以内」から14日以内へと長くすることを発表した。もうちょっと余裕を持たせてもいいんじゃないかと思わぬでもないが、まず物流政策を司る国土交通省がこのような取り組みを行い、社会に範を示すことは重要だ。
元引越ドライバーの筆者は、この時期、TV・ラジオなどから引越難民問題に対するコメントを求められる機会が多い。番組デイレクターの中には、「そうは言っても、何か引っ越し難民になることを避けるための裏技はあるでしょう?」としつこく尋ねてくる人がいるのだが、そんな都合の良い裏技などない。
むしろそれだけ人手不足と、そして物流クライシスが深刻になりつつあることの象徴的な事案として、「引っ越し難民」を捉えてほしいものだ。
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坂田 良平(さかた・りょうへい)
物流ジャーナリスト、Pavism代表
「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。物流ジャーナリストとしては、連載「日本の物流現場から」(ビジネス+IT)他、物流メディア、企業オウンドメディアなど多方面で執筆を続けている。
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(物流ジャーナリスト、Pavism代表 坂田 良平)