日本のキッチン導入率はわずか37.3%…子育て期の家事が断然ラクになるのになぜか普及しない家電製品の名前

2025年3月12日(水)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/M-Production

毎日の家事の中でも、負担の多い食器洗い。洗うことから乾かすところまで自動でやってくれる便利な「食器洗い乾燥機」は、欧米では7割ほど導入されているのに、なぜ日本では普及しないのか。生活史研究家の阿古真理さんは「食洗機の普及を阻む要因は5つある」という——。
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■なくても暮らせるがあると便利な食洗機


春、新生活が始まるという人も多いだろう。新居のキッチンに食器洗い機(食洗機)がある人は、どの程度いるだろうか? 内閣府が2024年3月に実施した「消費動向調査」によれば、食洗機の普及率は37.3%。2005年は21.6%だったから、19年で約1.73倍に増えた計算になる。とはいえ、洗濯機や冷蔵庫、電子レンジのように、たいていの家庭にある家事家電と言うにはほど遠い。


気になるのは、「主要耐久消費財」の普及率などを調べたこの報告書では、温水洗浄便座や衣類乾燥機、システムキッチン、カラーテレビは入っているのに、電子レンジは入っていないことだ。衣類乾燥機の普及率は55.0%、温水洗浄便座は82.0%。こうした、なくても暮らせるがあると便利な商品の普及を増やしたい、国の意図が入っていそうな気がする。


二人以上の世帯における、食器洗い機の普及・保有状況。内閣府が令和6年3月に実施した「消費動向調査」をもとに作成。

■子育て期の女性に働いてほしい国は食洗機を普及したい


2021年には、経済産業省が「家事の強い味方、食器洗い機」というレポートを発表している。この調査では、食洗機の「販売数量は2016年以降、上昇傾向にあります」と書いている。その伸びはシステムキッチンの普及率とリンクし、ビルトインタイプが人気になっている。7割程度普及している欧米に比べると「日本の食器洗い機の普及率は低くなっています」とし、食洗機の導入が家事時間の短縮につながると訴える。子育て期の女性にもっと働いてほしい国はやはり、食洗機を導入してもらいたいようだ。より高価なモノが売れれば、経済にも好影響を与える。


メーカーだけでなく、国も普及率を上げたい食洗機。あれば、家事の1つが減る。「誰が皿洗いするのか」でケンカしなくて済むし、食事中に後片づけが気になって憂鬱になることもない。また、手洗いするお湯の温度は40度前後だが、食洗機なら60〜70度で洗浄力も高まる。食洗機を導入した人はよく「ガラスのコップがピカピカになる」と喜ぶ。節水能力も高めだ。


それなのになぜ、普及が遅々として進まないのか。洗濯機のような巨大な食洗機が日本で登場したのが1960年で、家電各社が卓上型を発売したのは1968年、と半世紀以上も歴史がある。そして、2016年以降に食洗機の伸びが大きくなったのは、やはり子どもを産んでも仕事を続ける女性が増えたからだと考えられる。


■普及を阻むのは今も昔もキッチンの狭さ


普及を阻むと考えられる要因は、5つある。1つ目で最大の要因は、今も昔もキッチンの狭さだ。先の経産省のレポートでも、「キッチンに置くスペースがない」と明言している。2003年10月7日に放送された「プロジェクトX」(NHK)では、松下電器産業(現パナソニック)が1990年代に食洗機が売れない要因は置き場所がないこととわかり、30センチ幅の置き型タイプを発売したら売れに売れたエピソードが紹介されている。


番組放送から20年余り経った今も、キッチンが狭い問題は解決しないどころか、むしろ悪化している。昨年刊行した日本におけるキッチンの近現代史を調べた自著、『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)で調べた各種アンケートでも、狭さに悩む人が多いことが判明している。私自身が2021年から2023年にかけて60件を超える賃貸住宅を内見し部屋探しをした際も、キッチンが狭い物件が非常に多かった。


■台所の担い手は、食洗機か収納スペースかで悩む


賃貸住宅の世界では、形ばかりのシンクと1口分のコンロしかないワンルームは当たり前だ。リーズナブルな物件になると、食洗機つきのキッチン自体が少ない。そもそも3LDKのファミリー物件でも、シンクと調理台、コンロがそれぞれ60センチ幅で合計180センチ幅のキッチンが結構ある。最近ではリノベした古い物件で、さらにキッチンの幅を狭めた例も目立つ。食洗機が入っていない賃貸住宅の住人でも、置き型タイプを入れることは可能だが、この状況ではただでさえ狭い調理台がなくなってしまいかねない。


分譲住宅なら自分の判断で食洗機を入れることができ、新築マンションではデフォルトの場合も多い。キッチンのスペースも比較的広い。しかし、不動産価格が上がり過ぎた昨今の状況は厳しい。分譲・賃貸問わず、キッチンのスペースが最も広かった1980〜1990年代と比べ、ファミリー物件のキッチンはざっと見て1畳近く縮小している。食洗機を入れるか収納スペースを確保するか、は持ち家でも悩む場合が少なくないのだ。


狭いキッチンを使う台所の担い手は、「家電置き場が足りない」「食器やストックの食品はキッチンの外に置かざるを得ない」「調理道具を増やせない」「調理中の食材置き場が足りずにいつも苦労する」「食器などを断捨離した」といった悩みを抱え、食洗機どころではない。


たまたま住んだ部屋に食洗機が入っていただけの人の場合、「ストックの食材入れになっている」、「食器棚の一部になっている」といった声はよく聞く。食洗機が、足りないスペースの補充に使われてしまうのだ。それだけ、スペース不足が深刻とも言える。


筆者撮影
著者が過去に住んでいた部屋のキッチンは、幅1.8メートル、通路部分は1メートルしかなく、食洗機どころか、ストックの食材も入りきらなかった。 - 筆者撮影

■そのまま入れても汚れが落ちない、食器が入りきらない


2つ目の要因は、万能ではないこと。使った食器をそのまま入れるならラクだが、入れる前にサッと汚れを落としておく必要があるし、こびりついた汚れが残っていた、という覚えがある人もいる。作家モノなど高級な器は食洗機対応ではなく、うっかり入れてダメにした人もいる。そもそも和食器は入れにくい形が多いなど、欧米生まれの食洗機自体が日本の文化に合わない側面がある。


3つ目は入れ方に工夫が必要なこと。近年引き出し式のビルトイン食洗機が復活しているものの、ここ20年ほどは上から食器を入れるビルトイン食洗機が一般的で、しかも45センチ幅の小さめタイプが多かったことも加わって、入れ方を間違えると食器が入りきらない問題がしばしば起こる。欧米の食洗機は60センチ幅が主流である。


4つ目は、洗浄時間が長いこと。食洗機を稼働させると、乾燥終了まで1〜2時間はかかるので、調理中に出たボウルや鍋などの汚れ物を食洗機で洗うと、食後すぐは稼働中で食器を洗えなくなってしまう。そのため、鍋類は手で洗う人が多い。洗い物から完全に解放はされないし、手洗い派と同じく洗ったモノを干すスペースも必要になる。


■「手洗い上等」家事に対する完璧主義も導入を阻む


5つ目は、長年言われてきた普及を阻む要因で、家事に対する完璧主義だ。「自分で手を動かすのが理想の主婦」という呪いは確かにあったし、今も「さぼりたくない」と導入しない人はいるだろう。しかし、子育てしながらフルタイムで働く女性が増えたこの10年ほどで、SNSやメディアを舞台とする家事をラクにするムーブメントが起きた結果、呪いに囚われた人は減りつつある。


その他、「食洗機自体の掃除が発生するから嫌」、「手で洗う作業自体が好き」という理由で導入しない人もいる。


家事をラクにする方法は、食器洗いの追放だけではない。挙げた5つの要因と自身の事情を考慮したうえで、どちらがラクか考えたうえで決めるのが良い。


そして食洗機の導入が進まない最大の要因、狭さは、キッチンスペースを縮めてきた不動産側の問題である。住宅業界は男性優位の傾向がいまだに強く、家事をしない業界人が多いため、家は「くつろぐ」場であり、家事をして「はたらく」場とはあまり考えられてこなかった。リビングは広くなってもキッチンは狭いまま。そして、使いにくいキッチンを減らすための設計基準を設けてこなかった国にも原因はある。便利なはずなのに、買わない消費者のせいではないのだ。


写真=iStock.com/97
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/97

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阿古 真理(あこ・まり)
生活史研究家
1968年生まれ。兵庫県出身。くらし文化研究所主宰。食のトレンドと生活史、ジェンダー、写真などのジャンルで執筆。著書に『母と娘はなぜ対立するのか』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『「和食」って何?』(以上、筑摩書房)、『小林カツ代と栗原はるみ』『料理は女の義務ですか』(以上、新潮社)、『パクチーとアジア飯』(中央公論新社)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)などがある。
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(生活史研究家 阿古 真理)

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