フェイク飛び交うアップルカー情報、開発の現状は?

3月13日(土)6時0分 JBpress

(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役)

 今年2021年に入って早々、米アップルが電気自動車(以下「EV」)「アップルカー」を製造するにあたり複数の自動車メーカーと生産委託の交渉に入っている、との報道が世界を駆け巡り、様々な憶測を産んでいる。

 その発端は1月8日「現在自動車がアップルと自動運転EVの委託生産について検討している」と韓国メディアが一斉に報道したことだ。そして2月初旬に入ると、米CNBCが「アップルと現代自動車ならびに傘下の起亜自動車との協議が最終段階にあり、アップルカーは米ジョージア州ウェストポイントにある起亜自動車の工場で組み立てられる見込みである」と具体的にレポートしたことで話題が一気に沸騰した。

(参考)「Apple and Hyundai-Kia pushing toward deal on Apple Car」(CNBC)

 しかし1カ月後の2月8日、現代自動車と起亜自動車がアップルとの協議を正式に否定すると、韓国株式市場では失望売りが殺到し、現代自動車株は前週末終値に比べて約8%、起亜自動車株も約15%下落した。

 相前後して2月初旬になると、今度はアップルカーの生産を日本のメーカーが受けるのではないかという憶測が広がり、提携先の候補として最有力視されたマツダの株価は2月6日にストップ高(966円と222円もアップ)を記録、同じく候補として名前が上がった日産やその傘下の三菱自動車の株価も急騰した。非対称な契約を強要するアップルからの委託生産では高い利益率は到底期待できないものの、工場稼働率を上げることで業績不振の自動車メーカーはバランスシートを改善できるはずと投資家が踏んだのだ。

 事実、日産は2021年夏にSUVタイプのEV「アリア」(TVCMでキムタクがアピールしていることですでに広く知られている)を投入する予定がありながら、2月9日の決算会見の場において内田誠社長兼CEOがアップルカーの委託生産について肯定的なコメントを発信、協業について含みを持たせることで投資家の関心を惹きつけることに成功した。


すべてはメディアによる勝手な憶測

 ただ注意しなくてはならないのは、いつもながら秘密主義を貫くアップルからは、アップルカーについてはいかなる情報発信もなされておらず、すべてはメディアによる勝手な憶測で少なからず混乱が起きていることだ。

 そもそも自動車はPCやスマートフォンとは違い、セーフティクリティカル(安全性が人間の命に関わる)な商品である。それゆえ自動運転を前提にしたEV開発については、AI導入を前提にした自動運転のソフトウエアや高精度の地図の開発、LiDARなどのセンサー技術、高効率のモーターやバッテリーの開発など、様々な最先端テクノロジーを高い精度で融合させることが必要になる。

 加えて、商品としての自動運転EVを持続可能なビジネスにしていくためには、1車種あたり1000億円程度の開発予算と5年以上の開発期間が必要となる。ひとたび市場導入が決まってもクルマを量産化する生産技術の他にブランディングを中核にしたマーケティング投資、販売とメインテナンス拠点の整備なども不可欠だ。それゆえ、自動運転EVの開発の世界的なトレンドは「複数プレイヤーによる柔軟でオープンな連携と分業体制」が基本となっているのだ。

 もちろん当のアップル自身も参入障壁の高さについては十分に心得ていて、最高経営責任者(CEO)を務めるティム・クックは2017年6月13日に行われた「ブルームバーグ」のインタビューで、アップルは「全てAIプロジェクトの根源として」自動運転を捉え、自動運転のクルマ全体ではなく、自動車メーカーに販売できる「自律システムに焦点を合わせて」開発を進めていることを表明している。

(参考)「Tim Cook Says Apple Focused on Autonomous Systems in Cars Push」(ブルームバーグ)

 1980年代終わりからの古くからのアップルファンで、日常、MacBook Pro、i Pad、i Phone、i Pod、Apple Watchに“包囲されて”生活している著者ではあるが、仮にアップルが「人間の創造力の拡張」という本来の「ジョブ」を超え、アップルカーの生産という形で、リスキーかつセーフティクリティカルな領域に無分別にも踏み込む動きを見せるとしたら、強い違和感を覚えるだろう。

 モノとしてのクルマの生産には踏み込まないというアップル社の基本方針も、ティム・クックの2017年のインタビュー以降、変更がないことを筆者は確信している。その点からも、一連のアップルカー報道には大きな疑問符をつけざるを得なかった。

 そこで今回は、話題先行のアップルの自動運転技術開発の虚と実について取り上げる。自動運転技術の性能の目安となる客観的なデータ(KPI)を明らかにしていくと同時に、アップルカーの委託生産という“フェイクニュース”が発生した背景についても考察してみたい。


そもそも「アップルカー」の正体とは?

 アップルカーのルーツはアップルの創業者であるスティーブ・ジョブス(1955〜2011年)が立ち上げた自動運転プロジェクト「タイタン」に遡る。

 スティーブ・ジョブスのクルマ好きはアップルフリークの間では良く知られている。お気に入りのメルセデスベンツSL55 AMGのリース契約を半年ごとに更新(注)していただけでなく、あろうことか「マイカー」をアップル本社の身体障害者向けのパーキングスペースに駐車していたことは有名なエピソードである。

(注)スティーブ・ジョブスはメルセデスベンツSL55 AMGの美しいデザインが損なわれることを嫌ってナンバープレートの装着をしなかった。当時のカリフォルニア州の法律では購入して半年まではナンバープレートを所定の場所に取り付けなくてもよかったので、リース業者と取引をして半年ごとに新しい車両を提供してもらっていた。リース業者も「スティーブ・ジョブス所有の車両」というプレミアム価値を乗せて販売できたので、まさにWin-Winの関係だったのだ。

 プロジェクト「タイタン」がアップル社内で正式に起動したのは、スティーブ・ジョブスの死後、2014年頃と言われている。2015年以降、テスラと専門人材の引き抜き合戦を繰り返し、訴訟合戦にも発展したが、一時、人員は1000人規模まで拡大したらしい。2016年夏にはプロジェクトの責任者に、かつてiMacやMac Book Airを手がけた元アップル役員のボブ・マンスフィールドが指名されたと「ウォール・ストリート・ジャーナル」で報道された。

 しかし、急転直下、同年秋にはプロジェクトの中断と数十名の社員の解雇の噂がテック業界を駆け巡った。先ほど紹介した、ティム・クックのインタビューが行われたのはちょうどこの方針転換の後の時期に相当する。アップルがカリフォルニア州の公道で自動運転車をテスト走行させる許可を州の車両管理局(DMV:Department of Motor Vehicles)に申請するにあたり、秘密を隠しきれなくなったからだ。

 その後、アップル本体からアップルカーに関する情報は一切公開されておらず、自動運転車開発の進捗は不透明なままである。ティム・クックのインタビューの後、同社のシステムを搭載するレクサスRX 450hがカリフォルニア州の高速道路を走行している様子が度々目撃されていた。

 したがって(夢のない話で恐縮だが)、プロジェクト「タイタン」は継続しているのだが、少なくとも現時点ではモノとしてのアップルカーはこの世の中に存在していない。

 あえて1つだけ、重箱の角を突くように実現性の低い可能性を探すとすると、それは高級EVスタートアップ企業の買収という手口だろう。

 米テスラでモデルSの開発に関わったピーター・ローリンソンが牽引し、「次のテスラ」と有望視されているルーシッド・モーターズに対し、米シティグループ元幹部のベテラン投資家、マイケル・クライン氏が運営するSPAC(特別買収目的会社)が買収の交渉を行っているとの噂が2020年末、まことしやかに広まった。このSPACは運営パートナーとして元アップルCDO(最高デザイン責任者)のジョナサン・アイブが名を連ねていることから、状況証拠的に買収先はアップルではないか、と勘繰る向きもないわけではない。しかし、ルーシッド・モーターズ自体はようやく今春に最初の高級EV「ルーシッド・エア」(価格約1800万円)発売に漕ぎ着けたばかりであり、ピーター・ローリンソンも「5年以内に価格4万ドル台のEV」を何10万台も販売したいと明確なロードマップを描いていること、さらにはルーシッド・モーターズの株式の3分の2はサウジアラビアの政府系ファンドが保有しているとされていることなどから、アップルによる買収というできすぎたシナリオは考えにくい。唯一の淡い期待は「5年以内に発売する価格4万ドル台のEV」の全部もしくは一部がアップルカーになることかもしれないが、高級EVで成功している(はずの)ルーシッド・モーターズがアップルに「スマイルカーブ」の両端を握られてまで旨みのない提携に乗り出すのは正気の沙汰ではないと思われる。

 しかも、アップルにも世の中に存在しない製品を高邁なビジョンを拠り所として自社で開発してきた誇らしい歴史がある。「名前だけのアップルカー」など真のアップルファンは1%も望んでいないはずだ。


疑問符がつくアップルの自動運転技術の実力

 それでは現時点でのアップルのソフト面での自動運転技術の実力はいかがなものなのか?

 有力な手掛かりになるのが、自動運転車開発の中心地、カリフォルニア州の車両管理局(DMV)がホームページで毎年発表している、企業別の自動運転走行距離の集計データである。

 まずはアップルの走行距離の累計と企業別のランキングを経年的に見ていこう。

・2017年 約7500km  11位
・2018年 約12万8000km  3位
・2019年 約1万2000km  12位
・2020年 約3万km  10位

 アップルの自動運転車の走行距離はカリフォルニア州の走行許可を取得した翌年の2018年には飛躍的に伸びているものの、その後は大幅にスケールダウンした。2020年は自動運転の登録台数こそ66台(2020年11月時点)と健闘しているが、走行距離でトップのクルーズ(米GM系)は124万kmを201台の登録車で、2位のウェイモ(米グーグル系)も101万kmを233台の登録者で記録していることと比較すると走行実績では両社の足元にも及ばない(下の表)。

 さらに注目したいのはシステムに対する人間の「介入頻度」だ。これは公道試験中に運転席に座った係員が衝突などを回避するためにハンドルやブレーキなどに操作に介入した回数を示し、自動運転技術の性能の目安となる指標(KPI)である。

 直近の2020年実績でウェイモは2万1000kmあたり1回、クルーズもほぼ同レベルなのに対し、アップルは多少改善されたとはいえ232kmあたり1回と単純計算で90倍くらいの性能格差が認められる。アップルが技術的にウェイモやクルーズよりも高い水準のテストを行っている可能性も否定できないが、一般に「経験の量」と「作業の熟練度」の間に高い正の相関があることを考えると、自動運転技術のトップランナー企業と、2017年になって遅れて参入したアップルの間には、もはや勝負にならないくらいの技術的な隔たり(=セーフティクリティカルなシステムとしての信頼性のレベル差)があると考えて良いだろう。正しく設定した指標(KPI)は決して嘘をつかないのだ。以下に紹介するグーグル系のウェイモの無人タクシー実験の映像から判断すると、トップランナー企業は明らかに別の次元にいるのがわかる。

(参考)「ウェイモの無人タクシー実験の記録映像」(YouTubeより)


なぜフェイクニュースは発生したのか?

 今回のアップルカー騒動の発端となった1月8日の「現在自動車がアップルと自動運転EVの委託生産について検討している」という報道は、よくよく調べていくと韓国東亜日報の地方版がその震源地のようだ。つまり他社の報道はほとんどこの情報をベースにした伝聞や憶測記事である。

 米CNBCや日本経済新聞など成熟した先進国のクオリティメディアが怪しい情報源を十分に検証せず、軽率な報道をしてしまったことで、混乱が加速したと言える。

 しかし一方で、「アップルカー」という論理的に考えれば成立しにくいフェイクニュースに尾ひれをつけてしまった要因として、何点か思い当たる節がある。

 もっとも直接的な要因は、2021年1月12日、完全オンラインで開催されたCES 2021の影響だ。米GMのメアリー・バーラCEOが基調講演に颯爽と登場、2025年までに30車種のEVを投入することを高らかに宣言したインパクトは大きかった。GMのシンボル的な車種「ハマー」のEV化やキャディラックブランド傘下では最初のEVとなる「キャディラック・リリック」の発売が象徴的にアナウンスされたこと、傘下のクルーズのサンフランシスコでの自動運転の実証実験の成功映像がプレゼンテーションの中で紹介されたこと、さらにはイベントのオンライン化で普段はCESに来場できない層にまで一気に情報が拡散したことなど様々な要因が積み重なり、年初から「EV」と「自動運転」が一気にバズワードになった可能性が高い。

(参考)CES 2021報告 コロナ禍でDXは「堅実に」加速した(『JDIR』)

 2つ目の要因はアップルの中長期的な成長戦略に対する、主に投資家筋の懐疑的な見方の広がりである。かつてアップルの売上の7割を占めていたiPhoneの比率がそのイノベーションの縮小とともに低下し現在では5割程度まで落ちていること、10万円を超えるプレミアムな機種の販売比率が下がり、売れ筋がSEなどのお買い得機種に集中していることで、アップルの収益力には翳りが見える。iPhoneに変わるヒット商品の出現が主に投資家の間で期待されているのだ。2016年以降、ガジェット的なネタとしてアップルカーが次のスマッシュヒットとして待望されており、ネット空間にアップルカーという極めて高価格帯のプロダクトに関する情報の蓄積(すべて根拠の疑わしいものばかりだが・・・)があることが、フェイクニュースの拡散を加速させたのではないだろうか。事実、ネット検索をすれば、ルーシッド・モーターズの他にも、過去、BMWや台湾のFoxconn、カナダのMagnaなどの企業が幻のアップルカーの委託生産先として取り沙汰されたことが確認できる。

 そして3つ目は、人間の持つ「認知バイアス」によるものだ。「人は現実の全てが見えるわけではない。多くの人は見たいと思う現実しか見ない」という言葉はユリウス・カエサルが『ガリア戦記』で記した有名な一節である。多くのアップルファンにとって、アップルが「Think Different」な特別な存在であってほしいが、アップルのブランドのモーメンタム(勢い感)はスティーブ・ジョブスがアップルに復帰してから亡くなるまでの10年間に比べると低下していると認めざるを得ない。アップルカーの源流が、スティーブ・ジョブスの肝煎りでスタートしたプロジェクト「タイタン」であることも、ファンの「見たいと思う現実」を強く刺激するのだろう。

 GAFAの陣営ではグーグル系列のウェイモが自動運転技術を文字通り牽引し、アマゾンもEV配送車両や配送ロボットの自社開発を進めているほか、傘下に収めたズークスの進境も著しい。GAFAで唯一のモノづくり企業であるアップルにも起死回生の隠し球があって然るべき、と発想するのは不自然なことではない。

(参考)「アマゾンがズークス買収で塗り替える自動運転の未来」(JDIR)

 以上、3つの要因に加えて、アップルの極端な秘密主義が今回ばかりはいささか悪さをしたように思えてならない。アップルが2021年1月の段階で否定のコメントを出せば、火事の火種は世界に飛び火せずに韓国国内で消えていたはずだ。

 アップルはユーザーの期待や信頼に応えることで強固なブランド価値を構築し、それによってプレミアム価格の維持に成功してきた。DXが進展し、AIやIoTがビジネスの現場や人々の生活に溶け込んで久しいが、今後アップルに期待されるのはデータの利活用をユーザーにわかりやすい形で示し、人間の創造力を刺激する方向でクリエイティブな社会の構築に寄与することだ。モノとしてのクルマづくりは本職のGMやテスラに任せておけば良い。

筆者:朝岡 崇史

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