開学20周年を迎えたものつくり大学(埼玉県行田市)建設学科の三原研究室の学生らが、プレハブ住宅の原点「ミゼットハウス」を卒業研究・設計・制作で復元。ロイヤルホテル能登(石川県羽咋郡)にて、学生が組み立てて寄贈

3月15日(月)20時5分 Digital PR Platform




ものつくり大学(埼玉県行田市)建設学科の三原研究室の学生たちが、大和リゾート株式会社が運営するロイヤルホテル能登(石川県羽咋郡)に、プレハブ住宅の原点と言われる「ミゼットハウス」(大和ハウス工業株式会社)を卒業研究で復元し、2021年3月9日(火)に現地で組み立てて寄贈した。ホテル創業者の生誕100年も記念して、今後ホテルで展示され、来館者に公開される。




開学20周年を迎えたものつくり大学(埼玉県行田市)の三原斉(みはら ひとし)建設学科教授の研究室では、工業化工法序開の建築構工法を知るにあたって、住宅の工業化を加速させ、その後住宅革命と呼ばれるイノベーションを起こした「ミゼットハウス」(大和ハウス工業株式会社が開発)を最も適切な実習教材として、2015年4月から2020年3月までの5年間学んできました。この度、復元に成功した「ミゼットハウス」を大和ハウスグループの大和リゾート株式会社が運営するロイヤルホテル能登(石川県羽咋郡志賀町矢蔵谷ラ-1)に寄贈いたしました。組立てには学生7人が関わり、当時と同じ3時間で完成させました。コロナウイルス感染拡大防止対策に十分配慮した会見も行われ、大和リゾート株式会社よりものつくり大学に感謝状が贈呈されました。今後、ミゼットハウスはホテル内に展示され、来館者に公開されます。


教材としてのミゼットハウス

ミゼットハウスは、現在の建設業界において、「住宅の工業化」を加速させ、日本の住宅そのものを大きく進歩させました。それはまさに「住宅革命」と呼べるイノベーションでした。未来の建築物の構工法(「ありよう」と「やりよう」)を考えるにあたって、まずは、工業化工法序開の建築構工法を知ることが重要かつ必要でした。工業化工法序開の建築構工法を知るにあたって、2015年4月から2020年3月までの5年間に、三原研究室の学生たちは、最も適切な教材がミゼットハウスであり、現存しているミゼットハウスを現地調査(大和ハウス工業(株)総合技術研究所)することと、文献調査(「箱の産業」松村秀一、森田芳朗、江口亨、権藤智之、佐藤考一 共著)、ヒアリング調査(東京都内「白金(しろがね)工業」元ミゼットハウス施工管理技術者)を行い、当初の設計図面を作図し再現しました。
また、設計図面に基づき、1/10の模型も忠実かつ精巧に制作しました。次に、作図した設計図面および1/10模型等に基づき、材料を拾い出し、三原研究室で制作できるものと、鉄骨部材等の鉄骨工場でしか制作できないものに手分けをして、各部材を制作しました。最後に、内外装仕上および木製建具制作および取付けを行い、2020年3月にミゼットハウスを完全再現させることに成功しました。ここでは、学生3〜4人で、3時間で組立てることができました。これを実現できたことは、当初のプレハブ構工法の斬新さを身をもって体験し、型にとらわれない発想と行動力により、建設マーケットを活性させることが可能であることを理解することに繋がりました。最後に、ミゼットハウスの構工法を通暁することは、今後のプレハブ構工法や建築生産システムの発展に必要であり、将来の建設業界に寄与することができるものと考えて継続研究を行っています。


<参考>ミゼットハウスとは


「ミゼットハウス」は、戦後、1947年に始まったベビーブームで急激に家族数が増え、「学校の教室が足りない」という社会問題が発生し、また、手狭になってしまった住宅問題を解決するために、母屋の庭に離れの勉強部屋として1959年に発売されました。当時の建築生産の常識では考えられない3時間という速さで建てられることと、坪4万円以下(11.8万円/3坪(6畳)以下)に抑えた価格設定でデパートの屋上で販売したところ、爆発的に売れました。ちなみに当時の国家公務員の大卒初任給は1万200円でした。このミゼットハウスが、今日のプレハブ住宅の原点であり、プレハブ住宅の礎となりました。

当時の住宅は、新築も増築も木造軸組工法で工務店が建てるのが当たり前で、鉄骨造のプレハブ工法で建築物をつくろうとするのは常識外れでした。ミゼットハウスは、当時、建築材料として流通し始めた軽量形鋼と、オイルテンパー(油を浸透させて加熱処理)したハードボードを使ったパネル工法とすることで工期の短さと、鉄骨造で中級木造住宅並みの坪単価を実現したと同時に、大量に供給できるように部材を工場生産し、2tトラックに積んで工事現場へ届けられるように設計されていました。



ミゼットハウスのデザインは、小さいながらも「子どもの家」であるため、外観デザインに配慮して屋根勾配や軒の出を工夫し、当時憧れの両開き窓は、欧米の暮らしを連想させるものでした。「ミゼットハウス」は、住宅問題を解消する子ども部屋にとどまらず、トイレを付けてほしい、台所がほしいという要望を受け、新婚世帯向けの「スーパーミゼットハウス」の開発につながり、その後、本格的なプレハブ住宅に発展していきました。



ミゼットハウスの開発は、これまでの一棟ごとに受注する一品生産から、少品種大量生産して建築を提供するスタイルが消費者に受け入れられることを証明しました。それを知った異業種の企業がプレハブ建築に続々と参入し、プレハブ建築のために乾式工法等の建築部材を提供するメーカーも次々に生まれ、今日のプレハブ住宅産業を創出することとなりました。日本のプレハブ住宅の原点となった「ミゼットハウス」は、その後も技術開発を重ね、戸建住宅や仮設住宅、店舗などさまざまな商品へと展開していきます。





※写真については記念撮影、会見での解説時のみマスクを外させていただいています。

▼本件に関する問い合わせ先
ものつくり大学 広報地域交流係
TEL:048-564-3906
メール:koho@iot.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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