「五代目瀬川」は1億4000万円で身請けされたが…伝説の花魁の人生に影を落とす盲目の大富豪の"あくどい錬金術"
2025年3月16日(日)7時45分 プレジデント社
小芝風花・2020年オスカープロモーション晴れ着撮影会。東京都港区の明治記念館 - 写真=時事通信フォト
■おもわず心が震えたた五代目瀬川と蔦重の別れ
小芝風花が演じる五代目瀬川が、盲目の富豪、鳥山検校(市原隼人)に身請けされる日がいよいよ近づいてきた。ついにその日を迎えると、蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)は松葉屋に瀬川を訪ね、自分が完成させたばかりの錦絵本『青楼美人合姿鏡』をはなむけに手渡した。NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の第10回「『青楼美人』の観る夢は」(3月9日放送)。
写真=時事通信フォト
小芝風花・2020年オスカープロモーション晴れ着撮影会。東京都港区の明治記念館 - 写真=時事通信フォト
花魁たちを描いたこの錦絵本には、吉原を去る瀬川も描かれていた。蔦重は瀬川にいった。「俺ぁここを楽しいことばかりのとこにしようと思ってんだよ。売られてきた女郎がいい思い出いっぺえ持って、大門を出てけるとこにしたくてよ」。それこそが、自分と瀬川がいだいてきた夢じゃないのか、というのだ。
「俺と花魁(瀬川のこと)をつなぐもんは、これしかねえから。俺ぁその夢を見続けるよ」という蔦重の言葉に、「そりゃあまあ、べらぼうだねえ」と返した瀬川は、涙をぬぐった。ジーンとさせられる場面だった。
「売られてきた女郎が」と語っている蔦重は、女郎たちが人身売買の被害者であると認識している。だが、この時代、どう認識しようと、一介の町人には女郎たちを救う手だてなどなかった。せめて「楽しいばかりのとこにしよう」というのは、蔦重の立場でできる最善のことだっただろう。むろん、女郎にできることもそれ以上ではなかった。
「俺と花魁をつなぐもんは、これしかねえ」というのが、時代状況を考えても理に適っているから、なおさらジーンとさせられるのだろう。
■「夫」の化けの皮
その後、白無垢の豪華な花嫁衣裳に着替え、最後の花魁道中に臨んで、晴れ姿を吉原に詰めかけた人々に見せたあと、瀬川は大門の外で待っている鳥山検校のもとに向かった。
女郎は貧しい親の手で妓楼、すなわち遊女屋に、年季証文と引き換えに売られていた。楼主、すなわち妓楼の主人は、自分が買い取った「商品」である女郎を、原則10年(それはさまざまな理由で延ばされた)の年季が明けないかぎり、滅多なことでは解放しなかった。
広重『名所江戸百景 廓中東雲』,魚栄,安政4. 国立国会図書館デジタルコレクション(参照:2025年3月14日)
そんな状況下で、客が妓楼に身代金を支払って年季証文を買い取り、身柄を引き取ってくれる身請けは、女郎にとって堂々と吉原を離れられるほぼ唯一の道だった。しかし、よほどのスターでもないかぎり、客も高額の身代金など支払わない。1400両(1億4000万円程度)という、江戸中で話題になるほどの巨費と引き換えに、富豪のもとに落籍した五代目瀬川は、ほかの女郎たちの羨望の的だったに違いない。
瀬川としても、ほかの女郎たちに希望を見せたつもりだったろうが、残念なことに「夫」の化けの皮は、しばらくして剥げることになった。
■「検校」の意味
第9回「玉菊燈籠恋の地獄」(3月2日放送)で、蔦重は瀬川に身請け話を断るように懇願し、鳥山検校について、幕府の優遇策に乗じて大金を稼ぐあくどい奴だ、という旨を伝えていた。これがどういう意味か、まず説明したい。
身請けした人物が「検校」であったことにヒントがある。「検校」とは名前ではない。平安時代や鎌倉時代には荘園や社寺を監督する役職名で、室町時代からは盲官を指す言葉になった。なかでも盲人の最高位がそう呼ばれた。男性の盲人の互助組合「当道座」が設定していた官位で、最高位の検校の下に別当、勾当、座頭の計4官があり、さらに16階73刻に細分化されていた。
この「当道座」は幕府公認の組織だった。当時は医学が未発達で衛生状況もよくなかったため、病気や栄養不良が原因で視覚障害を起こす人が少なくなかった。だから、幕府も盲人への優遇策の一環として、このような組織を認めていた。
当時の盲人は仕事をするにもおのずと制約があり、平曲や地歌、筝曲(そうきょく)の演奏のほか、按摩(あんま)や鍼灸以外に道はほとんどなかった。だからこそ互助組織が必要で、幕府も盲人にできる職業の独占権のほか、一定の自治権や裁判権もあたえたのである。
■なぜ鳥山は大儲けできたのか
この組織を通じて盲人に地位や名誉を保証したのが、検校以下の官位だった。だが、最低位から最高位まで少しずつ上がるには、原則として「官金」という免許料を幕府に上納する必要があった。しかも、73段階を上がって検校に上り詰めるまでには、719両(7200万円程度)もの金額が必要だった。
しかし、支払われた官金は、座の運営費などを差し引いた残りが、配当として検校や別当、勾当に分配され、官位が高いほど多くの配当が得られた。営業権の保証という特権も官位次第で得られた。なにしろ、トップの検校になれば、得られる利権は小さな大名を超えるといわれたほどで、巨費を投じてでも官位を得たい盲人は多かった。
そのうえ幕府は元禄(1688〜1704)のころから、盲人保護の手段として、金貸しによる利殖を認めていた。たとえ元手がなくても、座の積立金の一部を借りて貸し出すことまで認められた。こうして盲人による高利貸しが盛んになったのだが、鳥山検校もまた、金貸しによって大儲けした盲人の一人だった。
しかも、その手口はまさに「あくどい」という言葉がふさわしいものだった。検校たちが貸し付けたのは、幕府からの禄が少なく生活苦を強いられている弱小の旗本や御家人のほか、財政的に窮している大名家までふくまれた。貸し付ける際は、利息分や礼金など一定額を前引きしたうえで、年3割とか6割といった法外な利息を課したという。
「人倫訓蒙図彙」に描かれた検校の姿[蒔絵師源三郎] [ほか画]『[人倫訓蒙図彙] 7巻』[2],平楽寺 [ほか2名],元禄3 [1690]. 国立国会図書館デジタルコレクション(参照:2025-03-14)
■身請けから3年目に起きた出来事
結果として相手が返せないと、武家屋敷の玄関先に札を立てて座り込んだり、周囲にくまなく聞こえるような大声で催促したりと、相手を自死寸前まで追い詰めるほどの苛烈な取り立てをしたという。
蔦重の時代、人目もはばからず毎日のように吉原で豪遊する検校などの盲人が目についたそうだが、豪遊の資金はいみじくも蔦重がドラマで指摘したように、こうして「幕府の優遇策に乗じて」稼いだ「大金」だった。むろん、瀬川を身請けするための身代金も、幕府の保護政策を悪用して得たものだ。
延享元年(1744)生まれの鳥山検校は、瀬川を身請けした安永4年(1775)にはまだ30歳そこそこだった。しかし、1400両(1億4000万円程度)など楽に支払えたのである。
検校たちのこうした実態を、幕府もそれなりには把握していたようだが、盲人優遇策は家康以来の幕府の政策なので、手出しをしにくかったようだ。
ところが、瀬川の身請けから3年して、鳥山検校の人生は一挙に暗転した。きっかけは旗本の森忠右衛門が、借金を返済できずに妻らとともに夜逃げをしたことだった。結局、忠右衛門は息子に説得されて出頭し、町奉行所の取り調べを受け、高利貸しによる多額の負債について吐露した。
さすがに幕府も、有事の際に真っ先に将軍のもとにはせ参じるべき旗本が、借金苦のために逃走したとあっては、もはや放置できない。ついに検校らが摘発されることになった。
■没収された財産は100億円以上
こうして鳥山検校以下、8人の検校をはじめとする悪徳の高利貸しが捕らえられた。翌安永8年(1779)には、獄死した名護屋検校を除く7人の検校に追放処分が下されている。
なかでも鳥山検校は、高利貸しだけでなく、吉原での豪遊や、瀬川の身請けについても糾弾された。すべては幕府の優遇策を逆手にとったものだったのだから、当然だろう。結果として全財産没収のうえ、江戸そのほかから追放となった。むろん検校職も奪われ、当道座も除名になり、財産だけでなくすべての特権を失うことになった。
このとき鳥山検校が没収された財産は、日本橋瀬戸物町の家屋敷のほか、10万両(100億円程度)と貸付金1万5000両(15億円程度)だったという。
こんな男に身請けされても、瀬川は女郎たちの希望だったといえるのだろうか。彼女のその後については、喜多村信節という国学者による『筠庭雑考(いんていざっこう)』に、深川に住む武士の妻となって2人の子を産み、夫の没後は髪を下ろし、本所の大工と連れ添ったと記されている。
喜多村信節『筠庭雑考』[1],写. 国立国会図書館デジタルコレクション(参照:2025年3月14日)
もっとも、この本が成立したのは天保14年(1843)で、鳥山検校の処分から60年以上を経てからの記述だから、信憑性は疑わしい。だが、せめて瀬川のその後の人生が幸せであったことを願ずにはいられない。
----------
香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
----------
(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)