虎の子の設計図を完全開示「競争を楽しむ」が信条のマブチモーター創業者・馬渕隆一氏の非凡人的な発想の原点とは?
2025年3月11日(火)4時0分 JBpress
マッキンゼー・アンド・カンパニー出身のコンサルタントらが行った調査によると、40年前に「超優良企業」と呼ばれていた企業群のうち、現在までに約4分の1が破綻もしくは買収を経験しているという。栄枯盛衰が激しいビジネスの世界において、輝き続ける企業とそうでない企業との違いは何なのか。本連載では『超利益経営 圧倒的に稼ぐ9賢人の哲学と実践』(村田朋博著/日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集。成長を続ける経営者たちの思考や哲学を元に、現代の経営に求められる教訓を探る。
今回は、マブチモーターを世界的企業に発展させた創業者・馬渕隆一氏の経営者としての類いまれな思考を紹介する。
マブチモーター創業者 馬渕隆一氏
数多の試練を乗り越え、たどり着いた理念の経営者
■ 出会いと学び
マブチモーターの創業者で当時社長であった馬渕隆一氏に初めてお目にかかったのは、千葉・松戸市の本社でした。いまでは吹き抜けが開放的な美しい社屋に建て替えられていますが、当時は素朴な社屋の和風な一室。
隆一氏はマスコミにはほとんど登場せず、この面談も同社の広報部門に頼み込んで実現したものでした。一代で高収益企業を築き上げた経営者というイメージからは想像できないほど、穏やかな方でした。
マブチモーターの起源は、共同創業者である隆一氏の兄・馬渕健一氏が発明した、世界初の新型のモーター(それまでの電磁コイル式ではなく永久磁石を用いた「馬蹄型マグネットモーター」)です。技術に強い健一氏と、技術に加えて経営の才も兼ね備えた隆一氏の兄弟で、マブチモーターを世界最強のブラシ付きモーター企業に育てあげました。
隆一氏からは多くのことを学びましたが、なかでも心に響いたことは、①原理原則に基づいた合理的な判断、②自分を律すること、③「潮の満ち引き理論」です。
■ 経営理念と実践
マブチモーターの経営理念は「国際社会への貢献とその継続的拡大」です。教科書に出てくるような言葉ですが、同社の場合、その理念が言葉だけではなく実践されていると感じました。
例えば、当時としては革新的であった電子制御のモーターの生産を海外にシフトするにあたって、台湾企業との合弁である生産子会社が設計図の開示を求めてきました。製造業において最重要情報である設計図を開示することは通常ありえず、事実、隆一氏も悩んだそうです。しかし、「マブチモーターの存在意義は社会貢献である。人間の知恵は無限であり、設計図の開示ぐらいで競争力を失うのならば当社の存在価値はない」と判断し、完全開示に踏み切りました。凡人にできる判断ではありません。
■ 競争、試練を楽しむ
隆一氏は、「競争を『楽しむ』」と言います。
例えば、アジアのメーカーが自社よりも安値で製品を売り出したときに、「ああ、もう駄目だ」と感じるようでは失格だと、隆一氏は考えるそうです。「どうしてそのような安値を実現できるのか」を考えることにより、自社の弱点を発見することができるからです。問題や障害の発生は、自分の弱点を改善できる好機と捉えるべきであり、競争があるからこそ切磋琢磨し、発展することができるのであって、「競争が厳しい」と言うようではまだまだなのだと。確かにその通りですが、これも凡人にはできない発想です。
試練についても同様です。隆一氏は創業以来50年間の経営のなかで、工場の火事、歩留まりの急低下、労働争議(戦後日本においては一時期、企業家が悪とみなされる時代があったようです。日本企業の社史には、多くの企業で労働争議について書かれています)、同業者による事実無根の風評、他社の追い上げ… などなど、さまざまな困難を経験したそうです。
それらのストレスは想像を絶するもので、胃潰瘍になり、体重は激減、薬を常時服用する時期もあったといいます。しかし、40歳のころ、「問題や障害は自分が成長するための糧である」と悟り、その後は、精神的な余裕を持って臨めるようになったとのことでした。
■ 予防の哲学——「潮の満ち引き理論」
隆一氏は次のような例を挙げて、地道な努力の重要性を説いていました。
「潮が引いて海岸がゴミで汚れていたとしても、潮が満ちてゴミが隠れてしまうと、人は問題を忘れてしまう」
これは、自身が40代で病気を患った経験も反映されているとのことでした。病気にならないようにするにはどうすればよいか? 日頃から予防をすればよい。企業経営も同じで、「病気」にならないように意思決定をすればよい。小さな問題と侮っておろそかにしておくと、やがて制御不能な問題になってしまう、というわけです。
例えば、海外生産移管もそのひとつの証左といえます。1990年代、製造業に携わる日本企業の多くが生産をアジアに移管し始めましたが、マブチモーターは1990年には既に海外生産比率100%への移行を完了していました。他に手立てがなくなり慌てて海外移管する企業との差は大きいといえます。
さらにいえば、第3章で述べる、本当に優れたリーダーとは問題を解決するリーダーではなく、問題を起こさせないリーダーである、を実践した経営者なのです。
■ 価格決定にも理念——浮利を追わず長期視点
京セラ創業者の稲盛和夫氏がいみじくも発言されているように「値決めは経営」(最も重要な意思決定事項のひとつ)といえます。顧客に満足を与えつつ、自社の利益を極大化することは非常に重要ですが、価格設定はとても難しいことです。
価格設定を大きく分ければ、①供給企業視点での設定(コスト + 適正な利益)、②顧客視点からの設定(顧客にとってその製品を使うことで享受できる価値)の2つになるでしょう。
例えば、後述するキーエンスは、明らかに②の顧客価値基準です。顧客にとって同社製品の価値が500万円(例えば、キーエンスのセンサーを導入することで、顧客は生産ラインの人員を1人減らすことができる)であれば、キーエンスの原価にかかわらず500万円を若干下回る値付けが合理的です。
一方、隆一氏の基本的な考え方は①供給企業視点、すなわち、その製品の提供にあたって必要なコストに適正な利益を上乗せするというものでした(ただし、ここでいうコストは最大限努力した結果のコストという条件が付きます)。
マブチモーターにおいては、過去に次のような事例がありました。
あるモーターについて、同業他社の販売価格は1400円、顧客の希望価格は1000円でしたが、マブチモーターは200円で販売しても十分な利益が見込めるとして同業他社や顧客の希望価格よりも大幅に低い価格を設定しました。社内では、もっと高い価格で販売すべきという意見もありましたが、隆一氏は認めませんでした。
なぜでしょうか? 隆一氏は次のように発言しています。
「短期的には利益が増えるが、過剰な利益を得られる価格は新規参入を招く。努力によりコストを削減し、さらに価格を下げることにより市場は広がり、新規参入も防ぐことができる」
「働き以上のご馳走を食べてはいけない。麦飯が一番だ」
「下り坂を自転車で下るのは楽だが待っているのは谷底だ」
「試練を楽しむ」「予防の哲学」同様、隆一氏の思考・姿勢がマブチモーターを世界的企業に発展させたと感じます。
■ 競争力の源泉である標準化とそれを支える仕組み
マブチモーターの競争力の源泉のひとつが標準化であることはよく知られています。隆一氏に取材をした2002年度における生産量は17億個程度と膨大な数でしたが、その70〜80%が標準品であり、(外観で区別可能な)製品数は50程度しかないとのことでした。即ち、1製品当たりの生産量が大きく、競合企業が追随することを難しくしていました。
1960年代の急成長期において、生産量の急増、製品数の増加、顧客ごとの仕様の増加など対処すべき問題が生じ、その解決策として健一氏と隆一氏は製品を標準化することを決めたそうです。
もちろん、標準化は諸刃の剣でもあります。模倣を容易にするからです。標準化による少品種大量生産とそれぞれの顧客に対応した多品種少量生産の、どちらが正しいということではなく、方針が明確でかつ徹底していることが重要だと思われます。
また、生産においても、世界の工場の生産方法を標準化しています。これにより、自社グループ内の複数の工場がお互い競争相手として切磋琢磨する。製品や工程が標準化されているため、工場ごとの生産性の比較がしやすいのです。また、筆者が2000年代前半に中国・大連工場を訪問した際に面白いと思ったのは、労働者の契約期間を1年、4か月、3か月と異なるものにして、需要変動に対応しやすくしていることでした。このようなちょっとした工夫をできるか否かが、企業の競争力を左右するように思います。
<連載ラインアップ>
■第1回「僕はギャンブラー」祖業の抵抗器から半導体事業へ転換して大勝ちした、ローム創業者・佐藤研一郎氏の勝負眼とは?
■第2回 虎の子の設計図を完全開示「競争を楽しむ」が信条のマブチモーター創業者・馬渕隆一氏の非凡人的な発想の原点とは?(本稿)
■第3回破綻寸前のルネサス エレクトロニクスを奇跡の復活へと導いた「最後の男」作田久男氏が修羅場で見せた胆力とは?
■第4回「キーエンスはつんく♂である」創業から50年にわたり驚異の粗利益率80%を維持する製品企画力の源泉とは?(3月21日公開)
■第5回 「ブラック・スワン」を見逃さない ジョンソン・エンド・ジョンソンが新事業の使い捨てコンタクトで成功できた理由(3月25日公開)
■第6回 20年間停滞し続けたミネベアミツミ、中興の祖・貝沼由久氏はいかにして業績5倍に成長させたのか?(4月1日公開)
※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
筆者:村田 朋博