東大"現役合格率37%"日本一の聖光学院…校長が生徒に求める「氷が解けたら何になる?」へのレべチな回答事例

2025年3月18日(火)10時15分 プレジデント社

撮影=市来朋久

神奈川県の聖光学院高校の東大合格者数は2024年100人、25年95人。特筆に値するのは開成や灘を超える現役合格率(両年とも37%台)。同校の校長・工藤誠一さんが、同じくめざましい合格実績を残している渋谷教育学園渋谷高校の校長・高際伊都子さんとの対談で「これからの社会で活躍する子に必要なもの」を語った——。(前編/全2回)

※本稿は、『プレジデントFamily2025春号』の一部を再編集したものです。


■聖光×渋渋 進学実績が伸びる理由があった


——これからの社会で活躍するために、子供たちに必要な力を教えてください。


【工藤誠一:聖光学院中学校高等学校校長(以下、工藤)】「氷が解けたら何になる?」と子供に質問したとしますよね。ほとんどの子供は「水」と答えるでしょうし、まあ、それが正解でもありますよね。


【高際伊都子:渋谷教育学園渋谷中学高等学校校長(以下、高際)】ええ。AI(人工知能)にその質問をしても、「水」と答えるでしょうね。


【工藤】でも、「春になる」と答えた子供がいたとしたらどうですか?


【高際】すてきですね。


【工藤】でしょ? 私は、これからの時代はそういう独特の感性を持った子供を育てていかなければならないと思っています。かつての日本は、みんなが共通の答え「水」と答えることを是としてきた。


撮影=市来朋久

【高際】高度経済成長時代にはそれが望まれていたんですよね。


【工藤】自動車を1社で全部造ってきたから、同じ価値観の人間のほうが良かったんです。でも、それでは電気自動車は造れない。コンピュータやカメラの専門家と手を組まないとできません。iPhoneだって、写真やテレビやいろんな技術を集めて作っている。それぞれ異なる背景を持つ人たちがチームを組んで新しくイノベーションを起こしていく時代です。だから、特徴ある発想、違いがあるってことが大事になる。


【高際】ますます変化が激しくなるとが予想されます。


【工藤】そう。みんな同じ答えでは創造性が広がらず、世界から取り残されます。一人一人の個性を認め、特徴あるものとして生かしていく、例外をつくっていく。多様性に満ちた子たちを認めていくことが教育にも子育てにも大事だと思います。


■「揉める経験」「価値観の衝突」こそが大事


【高際】同感です。中学、高校の時期は、意見の違いから友達と揉もめたり、先生や親が期待する考えと違うことを言ったりできる、貴重な期間ですよね。社会へ出ると、他人とぶつかる意見は言いづらくなってくる。だからこそ、そういう経験をもっと大事にしてほしいと思います。


【工藤】ほんとに、そうですね。


【高際】揉めるときって、クラスで力を合わせて何かに取り組むときが多いんです。いろいろな意見を出し合っているときに、「部活に行きたいから、こんな話し合いはやめたほうがいい」と発言する生徒がいるかと思えば、「いや、大事なことだからちゃんと話し合わないと」と言う生徒が出てきて、本来の議題と別の問題で揉め始める(笑)。


撮影=市来朋久

【工藤】まさにそれだな。


【高際】でもそれって、生徒たちが何を大事にしているかという“価値観のぶつかり合い”なんですよね。そのときに、大人が何か大義のようなものを持ち出して一刀両断にするのではなく、ぶつかり合いの中で彼らなりの答えが生まれてくるまで考える時間を与えてやりたいと思っています。今の子供たちが活躍する未来というのは、いろいろな価値観が今以上にぶつかり合う世界になります。そのときに、誰かが決めたことに従うだけの人間でいいのか、と。


【工藤】ただ、一方で最近の子供たちは、ぶつかり合って、時間をかけて一つの結論を導き出すということに慣れていない面もあります。便利なツールに頼って安易に答えを出す傾向にある。


【高際】疑問があるとAIに答えを聞くようになりました。検索すらしないこともあります。コスパもタイパもいいんだそうです(笑)。答えを見つけるのに時間をかけないのがスマートだと思っていますね。


一方で、たとえば人間関係を構築するときに、「SNSで発信しておけば、相手も同じ気持ちで受け入れてくれる」と過信しているようにも見えます。直接会話をしていれば、相手の表情を見て気持ちを推し量ることもできますが、インターネット上ではそれがわからない。「あれ? SNSではわかり合えていたと思っていたけど、実際に集まってみると、なんか違うな」みたいな。


【工藤】「いいね!」をもらうと賛同してくれたと思ってしまうんだね。でも、あれって今や「読んだよ」程度の意味でしょ?(笑)


【高際】直接会って意見や思いを伝えるという経験自体が不足しているし、リアルとバーチャルを橋渡しする能力もまだ備わっていない。人としてわかり合うことがどういうことか、もっと揉まれて学んでほしいですね。


【工藤】何かを発信するのがうまい子もいれば、どちらかというと待ち受けタイプの子もいる。でも最近は、大人もですが、待ち受けタイプが生きづらい世の中になっているよね。


YouTubeとかInstagramとかTikTokとかで発信して目立つ子が人気者になっている。学校は、そういういろいろなタイプの子供たちそれぞれに生きる場所を提供する場でありたいと思っています。


一方で人間関係がわずらわしいから一人で学ぶ、と子供が広域通信制高校に流れちゃうみたいな傾向もある。


【高際】増えているようですよね。


【工藤】確かに自分のやりたいことだけをやれる人間関係をつくればいいわけだから楽だろうけど、実際の社会に出たらそういうわけにはいかない。面倒でも時間がかかっても、人間関係とか社会のあり方とか、そういうものも学んでほしいと思います。


【高際】答えを早く、正確な道筋で出すとかいう以外の学びですよね。


【工藤】そうそう。


【高際】自分で何かを学ぶ力を身付けたり、自分にどんな特技があるのかに気づいたりするには時間もかかります。親御さんも学校もそれを待つ余裕があるといいですね。そのことが将来、その子のいろんな力になっていくはずですから。


【工藤】冒頭に言った“感性”も、育んでいくには時間がかかるしね。


【高際】こういうものが美しいとか、こういうものが心地いいとか、感性を磨いてほしい。ただ、放っておいても感動する力は育まれません。そこはやはり、さまざまな体験をしたり、感動できる場所に出合えるようサポートすることも必要です。自分の心を動かすということは、文字で教えるわけにはいきませんから。感動できる体験ができたとき、子供は素直ですからリアクションも大きい。高校生になっても、本当に感動すると声を上げて泣きますよ。


■学校以外での学びを応援したい


——子供たちの感性を育むために、学校ではどんな取り組みをしていますか。


【高際】最近では高校生のうちから大学のゼミで指導を受けたり、外部のさまざまな専門家にお話をうかがったりする機会がすごく増えています。そうなってくると、子供たちが学外で「やってみたい」「挑戦したい」と望むことに対して、学校がどこまで寛容に、それを応援できるかが大切だな、と私は思っています。


【工藤】まさにそう。子供を学校に縛り付けない、ということですね。


撮影=市来朋久

【高際】そうですね。これはご家庭にもお願いしていることですが、どこで何を学び、体験するか、子供に選ばせてほしいと思っています。もちろん、その選択が安全で、かつ最適なものであるかどうかという判断は、ある程度すべきですが、大人がすべてお膳立てするのではなく、子供たちが選ぶべきだと思います。


【工藤】賛成ですね。


【高際】今の子供たちはすでに世界中の人とつながっています。ロシアの侵攻を受けていることから、「ウクライナの人と話がしたいのですが、学校に予算はありますか?」と言ってきた生徒もいます。詳しく聞いてみると、ネットでキーウ在住の方とつながったようで、学校を会場にして、その人と生徒との対話をしてみたい、というんですね。


【工藤】ほう。


【高際】すでに、段取りは全部済んでいるし、日本にいるウクライナの学生さんも呼んでいると。ただ、指定してきた日が、ちょうど学校の都合でその日は無理だと伝えたら、結局、会場も自分で探してやり遂げたようです。


【工藤】全部英語でやりとりしたんでしょ? 頼もしいよね。


【高際】はい。


【工藤】うちの生徒にも、スイスで行われる国際環境シンポジウムに参加したいという子たちがいた。ただ、時期が6月で、ちょうど期末試験と重なっていてね。


【高際】どうしたんですか?


【工藤】どうぞ、どうぞと、公欠扱い(欠席としないこと)にして行かせました(笑)。6月は世界的には夏休み。そのシンポジウムには各国から高校生が集まってくるようなんですが、日本は世界のスタンダードと違うので、それによって彼らのチャンスを奪うのはかわいそうですからね。


【高際】この4月にも、聖光の生徒さんに声をかけてもらって、渋幕(渋谷教育学園幕張中学校・高等学校)の生徒さんがヒューストンに行くらしいですね。


【工藤】そうそう。



『プレジデントFamily2025春号』(プレジデント社)

【高際】私が「らしい」と言うぐらい、生徒主体になってきています(笑)。ただ、渋渋でも公欠扱いにはしますが、優遇はしません。期末テスト受けられないのであれば中間テストでがんばるとか、提出物を計画的に出すとか、そこは自分でマネジメントするように指導しています。


【工藤】うちの生徒は去年、「能登にボランティアに行きたい」と言うから、5人乗りのワンボックスカーを2台借りて、教師同行のうえで6人が行きました。そしたら、彼らが現地の人たちとネットワークをつくってきたようで、今度は「能登から商品を仕入れて、学園祭で売りたい」と。


【高際】広がっていますね。


【工藤】ほかにもウクライナから避難してきた子供たちを学園祭に呼んでコンサートをしたいとか、ウクライナの工芸品を作るコーナーを設けたいとか、とにかくいろんなアイデアを出して、自分たちで企画しました。アフリカのフェアトレードコーヒ豆を売りたいので、現地まで行きたいっていう子もいたけど、さすがにそれは治安の問題で諦めさせました。


【高際】コーヒー豆については、うちの生徒も「売り上げを現地の子供たちの医療支援に役立てたい」とがんばっていましたが、なかなか現地に行けないのでやきもきしていましたね。それでも何かやりたいと、ニュースレターを作って、多くの人に知ってもらう活動をしています。最近では、こういった体験をもとに自分たちで教材を作って、近くの小学校の探究学習の時間に、出前授業をしている生徒もいます。(以下、後編へ続く)


(プレジデントFamily編集部 構成=田中義厚)

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