「10万円の商品券」で自爆…首相自ら「政治とカネ」問題を再燃させる石破政権に決定的に欠けているもの
2025年3月18日(火)6時15分 プレジデント社
記者団の質問に答える石破茂首相=2025年3月13日深夜、首相公邸 - 写真=時事通信フォト
■予算案は自公維の賛成で年度内成立へ
重要政策の方針の二転三転による混乱、政治とカネにまつわる不信感は、いずれも政権にとって命取りになりかねない問題だ。3月に入ってこれらの災いが参院で予算案を審議中の石破茂政権に振りかかっている。野党はそろって首相の進退に言及し、内閣不信任決議案の行方が焦点に再浮上している。7月の参院選を控え、首相の求心力は一気に低下し、与党内からも批判の声が高まっている。
写真=時事通信フォト
記者団の質問に答える石破茂首相=2025年3月13日深夜、首相公邸 - 写真=時事通信フォト
少数与党の石破政権が大きな関門の一つとされた2025年度予算案の衆院通過に漕ぎつけたばかりだった。内閣が提出した予算案と税制改正関連法案の両修正案は3月4日の衆院本会議で、自民、公明の与党と日本維新の会などの賛成多数で可決され、参院に送付された。これで4月2日の自然成立(年度内成立)にメドがつき、石破首相らも一息つけるはずだったが、落とし穴が待っていた。
■「私の判断が間違いだった。申し訳ない」
まずは、医療費が高額になった場合に患者の負担を抑える「高額療養費制度」について、8月から自己負担上限額を引き上げる方針の見送りに至る迷走である。
当初の方針は野党や患者団体の批判を受けて2度の軌道修正を図ったが、公明党や参院自民党の「7月の参院選に影響する」との危機感を受け、3月7日に首相が8月からの引き上げ見送りを表明するという3度目の軌道修正に追い込まれたものだ。
石破首相は3月13日、予算案の参院での審議中に特例で開かれた衆院予算委員会で「私の判断が間違いだった。大変申し訳ない」と陳謝した。この間に露見した首相の決断力のなさ、政府・与党内調整のもたつきは、政権運営を不安定化させる要素を含んでいる。
そこに追い撃ちを掛けたのが3月13日に発覚した、石破首相が3日に首相公邸で開いた自民党当選1回の衆院議員15人との会食に際し、首相の秘書が事前に1人10万円分の商品券を配布していた問題だ。首相は13日深夜、記者団に配布を認め、「政治資金規正法上の問題はない」などと釈明に追われた。
野党は一斉に反発した。予算案修正案の衆院採決で賛成した維新の会の前原誠司共同代表は14日の記者会見で「一種の買収だ」と非難し、予算案の参院での賛否について「党内で話し合いをしたい」と述べるにとどめた。
派閥のパーティー収入の不記載事件で失った信頼の回復途上にある自民党は、総裁が自ら引き起こした政治とカネの問題で、国民世論からも見放されようとしている。
■「合意できなかったのは納得いかない」
予算案の衆院審議では、自公両党は、国民民主党との修正協議が財源論で行き詰まると、維新の協力を得る戦略に切り替えた。自公維3党は、高校授業料の無償化拡大や「年収103万円の壁」の見直しによる減税で合意し、修正案は当初案より3400億円減額して可決された。
当初予算案が国会で修正されたのは1996年度の第1次橋本龍太郎内閣以来29年ぶりで、減額での修正は55年度の第2次鳩山一郎内閣以来70年ぶりだった。
自公国3党の税調会長会談で2月21日、公明党が提示した新しい与党案(財務省案)は、年収850万円の上限を設けたうえ、段階的に基礎控除額を上乗せし、非課税枠を最大160万円に引き上げる内容だった。減税額は6200億円で、納税者の8割強が対象となる。
国民党の古川元久税調会長が「年収によって非課税枠に差をつけるのは不公平だ」とし、先の衆院選で掲げた、年収要件なしに178万円に引き上げる案(減税額7.6兆円)に固執したため、会談は2月26日、物別れに終わった。
公明党の赤羽一嘉税調会長は記者団に対し「課税最低限を160万円に引き上げたのは、画期的な改善だ。幅広い所得層まで減税が行き渡るよくできた仕組みを考えたのに、そこが合意できなかったのは非常に残念で、正直言って納得いかない」と無念さをにじませた。
古川氏は「現状では新年度予算案に到底賛成できるものではない。中途半端な妥協はしない」とも述べた。この後、国民党は石破政権への対決姿勢にシフトする。その方が参院選にも有利だと計算したのだろう。
■森山、前原、遠藤3氏が水面下の交渉
この自公国3党協議と並行して行われていたのが、自公維3党協議だった。維新の会は高校授業料無償化を訴え、前原氏が鉄道ファン仲間として交流がある首相と1月22日夜に首相公邸で密かに会談するなどした一方で、自民党の森山裕幹事長にパイプを持つ馬場伸幸前代表や遠藤敬前国会対策委員長にも協力を求めた。これを受け、森山、前原、遠藤3氏が1月27日夜に都内で会食し、自民、維新両党の水面下の交渉が動き始めた。
2月17日の衆院予算委員会で、石破首相が前原氏の質問に対し、新年度から国公私立を問わず年間11万8800円の就学支援金の収入要件を撤廃し、公立高を実質無償化するため、25年度予算案を修正する意向を示したことから、自公維3党協議が急速に進んだ。
2月20日には自公維3党の政調会長会談で、高校授業料無償化についての自公案を維新が容認し、社会保険料の負担引き下げも条件に予算案に賛成する方向になった。社会保障改革は3党の協議体を設置し、早期に可能なものは26年度から実施することで合意した。
国公私立を問わない授業料無償化は高校教育の質やあり方を変容させる恐れがある。現に大阪で私立高の無償化によって公立高の質が低下するなど、政策効果を検証する必要性が生じているが、これらは後回しにされた。
■「試行錯誤、暗中模索のところがあった」
自民党の石破総裁、公明党の斉藤鉄夫代表、日本維新の会の吉村洋文代表(大阪府知事)の3党首が2月25日に交わした予算案修正の合意文書には、予算案と税制改正関連法案について「所要の修正を行ったうえで、年度内の早期に成立させる」と明記された。
維新の会は3月1日、都内で開いた党大会で、7月の参院選について「与党の過半数割れを実現し、さらなる公約の達成を目的とする」とした25年の活動方針を採択した。
維新は、党内に「与党に協力しすぎる」との批判もあったが、3月3日の両院議員総会で、多数決で与党の税制修正案に賛成することを決めた。自公維3党幹事長は即日、合意文書に署名し、「年収の壁」を178万円を目指して25年から引き上げる、ガソリン税に上乗せされた暫定税率の廃止することで、自公両党が「誠実に対応する」と明記されている。
首相は3月4日、予算案の衆院通過に当たって記者団に「試行錯誤、暗中模索みたいなところがあった」と他人事のように語った。案件ごとに連携相手が異なる与野党協議について、首相は自民党の森山幹事長や小野寺五典政調会長、宮沢洋一税調会長らに任せきりで、自らリーダーシップを発揮する場面はほとんどなかった。一連の協議では、財源や政策効果の議論は棚上げされたまま、野党が減税や給付を求めて世論受けを競い、与党は一方的に妥協するばかりだったのである。
■「これでは持たない。押し通せない」
「高額療養費制度」の負担引き上げ見送りも、政権のガバナンスの問題を露呈した。昨年12月に決定した8月からの負担上限額の引き上げ方針は、2月14日に長期治療が必要な患者の負担を据え置くとの修正がなされた。国会では、立憲民主党の野田佳彦代表らが衆院の予算審議の段階から、患者の声を聞かずに制度を変えるべきではない、8月からの引き上げを「凍結」すべきだと主張していた。
石破首相は「大切なセーフティーネットを将来にわたって堅持し、保険料負担の抑制につなげることが必要だ」と説明し、引き上げる意向を示したが、周辺に「この答弁では持たない。押し通せない」と弱音も吐く。
2月28日には8月から引き上げるが、26年以降は対応を再検討するとの2度目の修正案(財務省案)が示された。森山氏が前日27日に引き上げ見送りを提案したが、首相は、厚生労働省からの報告で患者団体も立民党も理解に至ったと判断し、森山氏の提案を退けたらしい、とされている。
見送りに向けて石破首相の背中を押したのは、公明党だった。斉藤代表が3月5日に首相官邸を訪れて「凍結」を進言したほか、6日の参院予算委員会で、谷合正明参院会長が「命にかかわることだ。多様な国民の声を聞いて判断してもらいたい」と申し入れ、首相が「丁寧な説明が十分でないとの反省は持っている」と応じていた。
3月7日朝、首相官邸で首相、林芳正官房長官、加藤勝信財務相、福岡資麿厚生労働相らが協議し、この場で見送りを決まったが、森山、小野寺両氏ら党執行部と事前の調整ができず、異議が出る場面もあったという。
高額療養費制度見直しに関する患者団体と面会する石破首相 出典=首相官邸ホームページ(令和7年3月7日、総理の一日)
■「パンチの効いたメッセージはなかった」
後半国会では、年金改革関連法案、選択的夫婦別姓制度の導入、企業・団体献金の見直しなどをめぐる議論が始まっている。
自民党は3月9日に党大会を開き、石破首相肝いりの地方創生や防災庁の設置準備を重点政策に掲げた25年の運動方針を決定した。首相が演説で「国民一人ひとりに最も近い政党でありたい。もう一度原点に立ち返りたい」と党の立て直しを訴え、6月の都議選や7月の参院選に向け、「私も先頭に立ち、必ず勝ち抜く」との決意を述べた。
この演説について、総裁選を争った高市早苗前経済安全保障相は11日、自身のX(旧ツイッター)に「パンチの効いた政策メッセージは打ち出されなかった」と投稿した。小林鷹之元経済安保相も9日、記者団に「どういう国造りを目指していくか、発信していくことが重要だ。参院選に向け、そういうメッセージはあまり感じられなかった」との見解を示し、高額療養費制度見直しをめぐる政府・与党の迷走についても苦言を呈した。
高市早苗前経済安全保障相の2025年3月11日のXの投稿をキャプチャー
翌10日の読売新聞は自民党大会に関連し、「党は少数与党、党員減少、党勢低迷の『三重苦』に直面し、首相の政権運営には批判の声が公然と上がり始めている」と報じた。
実際、少数与党に転落してから「石破カラー」は封印され、予算案審議などで野党の要求を次々とのまされている。党員は24年末現在102万人と前年から6万人減少した。内閣支持率は、3月のNHK世論調査(7〜9日)で36%と前月より8ポイントも下落した。トランプ米大統領との首脳会談(2月7日)の予想外の「成功」で5ポイント上昇したが、その後の米国の関税攻勢を免れていないこともあって、元の水準に戻ったと言える。
■「政治資金規正法に触れる可能性がある」
こうした世論を踏まえたのか、旧安倍派の西田昌司参院議員が3月12日、国会内での党参院議員総会で「参院選は今の体制のままでは全く戦えない。新たなリーダーを選び直さないといけない」と予算成立後の首相退陣を公然と求めた。総会後、新総裁候補として記者団に高市氏の名を挙げている。
石破首相の商品券問題を朝日新聞電子版が報じたのは13日夜だった。首相はその深夜、公邸で記者団に「会食のお土産代わり、家族へのねぎらいの観点からポケットマネーで用意した」と弁明した。個人から政治活動に関する政治家個人への寄付を禁止する政治資金規正法21条2項に触れることはないのかと問われ、首相は「政治活動に関する寄付ではない」と説明し、首相退陣を否定するなど、火消しに必死だった。
首相公邸での会食には、林芳正官房長官や衆参の官房副長官も参加していた。首相には新人議員の家族をねぎらいたい気持ちがあっただろうが、商品券を受け取った全員が返却したことからも「政治活動ではない」という強弁が通用するとは思われない。
立民党の野田代表は14日の記者会見で「政治資金規正法に抵触する可能性がある。政治活動の寄付としか思えない」と指摘した。国民党の玉木雄一郎代表は「疑惑の払拭ができなければ、首相の職を続けることは困難になっていく」と突き放す。維新の吉村代表も読売新聞を通じて「出処進退を含め、自ら厳しく律してもらいたい」と塩対応を取った。
■「自民党から首相を選べるかどうか」
公明党の斉藤代表は14日の記者会見で「報道を聞いた時、耳を疑った。国民の感覚と大きくずれている」と苦言を呈する。自民党の坂本哲志国対委員長は「『政治とカネ』の問題が言われている時に軽率だった」と語った。
自民党は、旧安倍派参院議員27人を次々と参院政治倫理審査会に出席させているほか、2月27日の衆院予算委で旧安倍派の会計責任者だった松本淳一郎氏に対する参考人聴取にも応じ、不記載の還付を再開させた派幹部が下村博文元文部科学相だとにおわせる証言をさせるなど、参院選を前に「政治とカネ」の問題にけりをつけようと躍起になっていた。
そこに水を差した石破首相は、3月14日の参院予算委員会で、過去にも10回ほど商品券を配布したことを明らかにしたうえで、陳謝を繰り返し、野党から国民感情とのズレを問われて「感覚を失っていることを深く反省している」と平身低頭するしかなかった。
自民党内では、西田氏が「予算を成立させたら、使命を果たしたことになる。退陣するのが正解だ」と記者団に述べ、改めて首相交代を主張したが、同調する動きは限られる。
森山氏は、14日のTBSのCS番組で「少数与党だから、顔を替えて(首相指名選挙で)自民党から首相を選べるかどうかはファジー(不確か)だ」と述べ、首相退陣論を牽制した。
今後、野党が内閣不信任決議案を提出し、賛成で足並みをそろえれば、可決することが可能になる。首相に衆院解散か、内閣総辞職かを迫ることになるだけに、当面、与野党間で神経戦が続く。
野田氏は16日、青森市で講演し、「内閣不信任決議案提出や退陣を求める声があるが、私は簡単に求めない。政倫審で説明を聞こうではないか。何回やったのか、歴代首相もやっていたのか」と述べ、自民党の政治文化についても説明責任を果たすよう求めている。
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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018〜2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)