形だけまねると“イタいプレゼン”に スティーブ・ジョブズ流の高度な説得術とそれを象徴する「有名な一言」とは?

2025年3月12日(水)4時0分 JBpress

 小さなガレージで生まれたパソコンメーカーのアップルを世界的ブランドに育てたスティーブ・ジョブズ。1985年に社内対立で退職したあとNeXTやピクサーを成功に導き、1997年にアップルへ戻るとiMac、iPod、iPhoneなど革新的な製品を次々と世に送り出した。本連載では『アップルはジョブズの「いたずら」から始まった』(井口耕二著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集し、周囲も驚く強烈な個性と奇抜な発想、揺るぎない情熱で世界を変えていったイノベーターの実像に迫る。

 今回は、世界のビジネス界に影響を与えたジョブズ流のプレゼンと、“評伝嫌い”のジョブズが自分から執筆を依頼した公式評伝の誕生経緯を紹介する。

■ジョブズのプレゼン手法を身につける

 ジョブズの登場でプレゼンは大きく変わったという。あれを見て、その効果を実感すれば、自分も同じようにしたいと思うのが当然だろう。

 だが形だけまねてもイタいプレゼンになってしまう。特に控えめを美徳とする傾向の強い日本でへたにやると悲惨なことになりそうだ。

 じゃあ、あきらめるしかないのか。大丈夫だ。悲観することはない。

 形ではなく、その考え方、構成の仕方など、エッセンスを分析し、まねればいい。いや、分析はプロがしてくれているので、それを学んで身につければいい。

 そんなうまい話が現実となるのが『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』(日経BP)だ。コミュニケーションコーチのカーマイン・ガロがジョブズのプレゼンを細かく分析し、練習によって身につけられる要素に分解してくれている。効果は保証付き。ガロがさまざまな人に教え、効果が確認されているからだ。

 この本を訳したあと、一部テクニックを活用してみた。私がやるプレゼンは翻訳業界向けセミナーなのでどうしても文字が増えがち、説明ばかりになりがちだ。正直なところ半信半疑だったのだが、意外なほど使える。聞いた人の評判も上々だ。

■ 誰かを説得したいと思うときすべてがプレゼンとなる

 最後にもうひとつ。プレゼンというとスライドを使ってしゃべることを想像するが、それは狭い意味のプレゼンだ。広くとらえれば、誰かを説得したいと思って話をするとき、すべてがプレゼンとなる。製品の売り込み、就職や転職における自分の売り込みなど、仕事に関連するものはもちろんだが、それに限る話ではない。説得というのは、私生活を含めてさまざまな場面で登場する。

 そういう意味では、ジョブズがジョン・スカリーをペプシコから引き抜いた一言、「一生、砂糖水を売り続ける気かい? それとも世界を変えるチャンスに賭けてみるかい?」もすばらしいプレゼンだったと言えるだろう。

 このくらい気の利いた一言が放てれば、私も家庭内のあれとかこれとか、いろいろ有利に展開できそうに思うのだが、こちらはうまくできずに四苦八苦している。妻とのコミュニケーションだって、広い意味ではプレゼンのひとつだ。しかし、こちらはジョブズ並の才能がないと、決定打となる一言をその場で思いつくのは難しいのかもしれない。

iPhone4のトラブル対応に
息子のリードを帯同、生きた教材に

 スティーブ・ジョブズが亡くなったのは、2011年10月、はや13年も前のことだ。ニュースでも報じられたし追悼番組もたくさん作られたので、見た方も多いのではないだろうか。

 私はニュースこそ見たものの、追悼番組をリアルタイムに見ることはできなかった。そのころは、初の公式評伝『スティーブ・ジョブズ』の翻訳に追われていたからだ。

■ 物書きがきらいなジョブズ

 スティーブ・ジョブズの伝記はいくつも書かれているが、この本以外は、すべて、非公認となっている。物書きなんて、新しくなにかを生み出すわけでもなく、他人のことを好き勝手書くだけ。そう考えるジョブズは、伝記への協力は断るし、友人や部下が伝記の取材に応じることさえ激しく反対するのが常だったからだ。書くのは止められないが、オレは認めないよ、ということだろう。

 その結果、せっかく取材しても表に出せず、捨てざるをえなかったネタが山のように出てしまったと『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』の著者、ジェフリー・S・ヤングも、原注冒頭で嘆いている。

■ 断られてもくり返し執筆を依頼

 そんなジョブズが自分から頼んで書いてもらったのが、このとき私が翻訳していた『スティーブ・ジョブズ』である。

 政治家や実業家の評伝は礼賛本が多い。本人が認めた公式本なら、当然そうだろう。ちまたには、そう予想する向きも少なくなかった。

 だが、この本は、ジョブズのいい面も悪い面も余すところなく描いている。そのあたりは、アマゾンの書評で「偉大な人物」と「嫌なヤツ」とジョブズの評価が真っ二つに割れていることを見れば明らかだ。それもそのはず、著者は、大物伝記作家ウォルター・アイザックソンなのだ。好きに書いてくれという条件であっても、頼んだら書いてくれるような人ではない。実際、ジョブズも断られている。何度も、だ。

■ なぜすべてを赤裸々に?

 なぜ、アイザックソンなのか。ジョブズは「話を聞きだすのが上手だろうと思ったからだ」としている。

 ジョブズは有能だが、エキセントリックな面があって敵も多い。きつく当たられて恨んでいる人もいる。そういう人からも話を聞きだし、書いてしまうとわかっていて彼に頼んだわけだ。しかも、本の内容に口ははさまない、出版前に見せてもらう必要もないと宣言して。

 プライドが高い。プライバシーをかたく守る。敵が多い。そんな人物が、自分を丸裸にしてくれと頼んだわけだ。すごいことだと思う。

 なぜ、そんなことをしたのか。

 年とともに経験を積み、人間的に成長したのかもしれない(性格が丸くなることはなかったようだが)。がんで死と向きあい、思うことがあったのかもしれない。推測する以上のことはできないが、理由はいろいろあったはずだ。

■おやじの姿をまるごと息子に

 大きな理由のひとつとして、息子のリードにうそ偽りのない姿を見せたかったのではないかと、私は思っている。

 2010年、アップルは、アンテナゲートで大揺れに揺れた。新型のiPhone4に、持ち方によってうまく通話できないことがある不具合がみつかったのだ。徹底的に調べて解決しようとジョブズは幹部を招集。その対策会議にリードを同席させた。「僕が仕事をしているところをリードに見せるためなら、あの騒動を最初からやり直してもいい。おやじがどういう仕事をしているのか、息子にはそれを見せてやらなきゃいけない」と言って。

 がんと診断されたときも、ジョブズは、息子の高校卒業までなんとしても生きると決め、それをぎりぎり実現した。だが、大人になった息子に自分の背中を実際に見せるのは無理だ。せめて、伝記という形で見せたい。そう思ったのではないだろうか。

<連載ラインアップ>
■第1回「シンプルにしろ」iPodの開発会議で、スティーブ・ジョブズが思わず「それだ!」叫び、採用を即決したアイデアとは?
■第2回 「共食い上等、食われる前に食う」iPodを葬ってまでiPhoneを発売したスティーブ・ジョブズの計算とは?
■第3回形だけまねると“イタいプレゼン”に スティーブ・ジョブズ流の高度な説得術とそれを象徴する「有名な一言」とは?
■第4回時価総額20分の1だったアップルになぜ大逆転を許したのか ゲイツとジョブズ、2大巨頭の共通点と真逆の経営哲学とは
■第5回 「飼い犬に手をかまれた」ステージ・ジョブズがグーグルのアンドロイドに激怒した理由とは?
■第6回 マスクはジョブズの再来か? あり得ないレベルで物事を突きつめ、無茶苦茶なのに成果を上げる二人の共通点とは(3月26日公開)

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筆者:井口 耕二

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