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「この世界の片隅に」あなたはなぜ出資したんですか?(後編)

文春オンライン3月20日(月)11時0分

 昨年秋に公開され、国内の映画賞を総ナメにする勢いのアニメ映画「この世界の片隅に」(監督:片渕須直、原作:こうの史代)。この作品の大ヒットの要因のひとつとして挙げられるのが、3374人から約3900万円を集めたクラウドファンディングの存在だ。


 いしたにまさき(ブロガー、ライター、内閣広報室IT広報アドバイザー)、松島智(ウェブデザイナー)、藤村阿智(イラストレーター、ライター、同人作家)、山口真弘(ライター)の出資者4人が、出資を決めてから現在までを回顧する座談会の後編は、今回のクラウドファンディングで得た満足感、そして「クラウドファンディングでヒットした」と報じられることへの違和感などについて取り上げる。




©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会


「クラウドファンディングでヒットした」への違和感


山口真弘(以下山口) 「この世界の片隅に」がヒットした要因として、クラウドファンディングが挙げられることがよくありますけど、実際にクラウドファンディングに出資した制作支援メンバーの一人として、皆さんはどう思います?


いしたにまさき(以下いしたに) うーん、言いすぎかな。一要素にしか過ぎない。


藤村阿智(以下藤村) 別にこれがなかったとしても、試写で観た人が「いいよ」って言った力で、ある程度のところまで来るんじゃないかな。少なくともクラウドファンディングだけではないと思いますね。


松島智(以下松島) ぼくもクラウドファンディングはそんな大きな要素ではないと思いますね。クラウドファンディングなどそれまでの経緯を記したデータがウェブにたくさんあったのは、映画が流行り始めたあと、この映画はなんだろう、この原作漫画ってなんだろうって調べた人には良かったのかもしれないですけど。


いしたに 映画にしてもプロダクトにしても、物がほぼ出来上がった状態で、はいスタートっていうところから口コミもスタートなんですよ。だから、口コミは少し遅れる傾向がある。でも、あれは前からやっているので、口コミも始まりが早かった。


 これは僕の専門領域になりますけど、口コミにはシーディングとバズの二局面が必要なんですよ。シーディングは熱量を込めるということで、熱量のないものにどんなに予算を投下してもバズらない。普通はそれをリリース後にやるから、時間差でバズがちょっと遅れるんですが、あの映画は(クラウドファンディングによって)シーディングが全部終わっているので、その効果はものすごくあった。ただ、ドーンとブレイクするところにあれが効いたかというと、ちょっとハテナです。


山口 なるほど。皆さんの話を聞いても、クラウドファンディングの出資をしてから公開までの間に何をやったかっていうと、みんなほとんど何もしてないんですよね。もちろんネットとかで熱心に宣伝されているファンの方はたくさんいますけど、クラウドファンディングで出資した全員が、東奔西走して宣伝したかと言われると、ちょっと違う。



山口真弘:ライター。電子書籍端末のほかPC周辺機器・サービスなどをIT関連のレビューを手掛ける。文春オンラインではPC・スマホを中心としたハウツー記事を連載中


いしたに ないないないない(笑)。


藤村 それはないですね。ただ、単に応援しているというだけの映画であれば、1回観に行って「ああよかった。いいのができた。あとは円盤を待とう」ってなるぐらいで、9回も観に行っていないと思うんですよね(編注:藤村氏はこの座談会が行われた2月上旬までに延べ9回、劇場に足を運んでいる)。


いしたに その、1回か2回で終わっていたはずのものを9回にしてしまうのがシーディングの力だと思うんですよね。


山口 クラウドファンディング以外で、ヒットの要因は、なんだと思いますか。


藤村 私はのんちゃんがすごかったと思います。


いしたに いや、のんちゃんだと思いますよ。


藤村 のんちゃんだったからこそ、NHKがあれだけ報じたんでしょうし。朝ドラに出ていた人の知名度ってすごいですからね。おじいちゃんおばあちゃんから私たちの親世代、60代ぐらいの人まで、みんな朝ドラで見て知っているんですよね。


いしたに 桁が違うんですよ。「あまちゃん」以降ヒット作に恵まれていなかった能年玲奈が、本当にピッタリはまって。


藤村 初日に行ったユーロスペースの舞台挨拶回で、よく片渕監督が言っている「娘40代お母さん70代」みたいな娘さんとお母さんが隣にいたんですね。で「この映画はクラウドファンディングなんだって」「どんな話なんだろうね」って言っていて、うちの夫がすごく不思議がっていたんですよ。初日の舞台挨拶を見に来るような、しかもチケットの争奪が結構激しかった回に来るような人が、映画について詳しく知らないのはなぜだろうと。今思えば、のんちゃんの舞台挨拶があるから来たんだろうなと。


いしたに 僕の周りでも、そんなにアニメを見ない人たちの感想が、もう全部判で押したように一緒で、のんちゃんがすごかったっていう。みんなが知っているピースが一つあるのは、口コミにおいてものすごく強力ですからね。



©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会


山口 僕はのんさんに決まったと聞いた時点で、最初「えっ」て思ったんですよ。というのは、作品をヒットさせるために、タレント個人の人気にすがる方向にいっちゃったのかなと。実際、作品のアウトラインができあがってからはめ込むには、あまりに大きすぎるピースでしたし。ところが、最初から監督の構想にあったんだと聞いて、ああそうだったのか、疑ってすみませんでしたと(笑)。本編を観ても、演技にはケチのつけようもなかった。


いしたに でも正直、あの段階で選ぶのはリスクテイクしかないですよ。だって彼女を呼んだ時点で結構テレビの扱いが悪くなりますから。普通の映画の文法でいうと嫌いますよね。でも、干されている期間があって、今回カムバックみたいな感じじゃないですか。持っている人っていうのはこういうものなんだなと正直思いましたね。


 あと、僕は本や製品を出す立場にいるんですけど、クラウドファンディングのあの段階で、あの情報しかない時点でお金を出して支えてくれる人たちがあれだけいたのは、スタッフの方の心の支えとしては強いものがあったと思いますよ。そもそもアニメーションや漫画で、作者に対して直接お金を払う方法ってあまりないんですよ。どんなに気に入っても、単行本を100冊も買わないじゃないですか。1万円を出そうと思ってもなかなかその方法がない。だからいい落とし所であったとは思います。金額的にも内容的にも、とてもいいバランスだったなと。



クラウドファンディング体験として高い満足感


山口 今回のクラウドファンディングに対する満足度は皆さんどのくらいですか。


藤村 すごく満足していますね。渋らずにもう1万円を出せばよかったです(笑)。うちは夫婦それぞれで片渕監督のTwitterをフォローして毎日チェックしているうちにすっかりファンになってしまって。


 あと、第2弾のクラウドファンディングで資金が集まりすぎた時に、片渕監督が「これ以上は結構です」と言ったのにはすごく感激しましたね。クラウドファンディングでありながら、要らないお金まで集める気はないという。その後ファンの方から「集まり過ぎちゃったお金をこう使ったらどうですか」という提案にも、「用途が決まっているのでそれ以外には使えません」ってきっぱりおっしゃったのもすごいなと。浮足立つこともなく、原作もクラウドファンディングの出資者も大事にしつつ、作品をこうして世に出してくれたので、クラウドファンディング体験としてはすごく満足感があります。



藤村阿智:イラストレーター、ライター、同人作家。現在「旬刊経理情報」で文房具コラム連載中


山口 今度同じようなクラウドファンディングがあった場合、参加しますか。


藤村 内容を見て考えますね。片渕監督のファンだというだけで参加するわけでもないですし。もし次の作品も困っているという話が出れば参加するでしょうけど、でも次はたぶん困らないですよね(笑)。


いしたに まあ、そう思いますよね(笑)。


藤村 なのでいきなり乗っかることはないですけど、納得できる内容で、片渕監督もそれを希望されるなら参加してもいいかなと思います。


山口 例えば、今回カットされた原作のリンさん絡みのエピソードを入れて再制作するためにクラウドファンディングをあらためてやるとしたらどうです?


藤村 そこはクラウドファンディングで募集するものではないんじゃないかなと思いますね。ここの線を越えちゃいけないというのを分かっていそうな片渕監督が、それは駄目だ、というのをコントロールしてもらえたらいいんですけど。


いしたに 節度をもってやらないと、すぐばれますからね。



©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会


山口 それは本当にそう思いますね。松島さんはクラウドファンディングの満足度はいかがですか。


松島 自分の出資が映画を作る助けになったのなら本当にうれしいですし、出来上がった映画にも不満はないんですが、クラウドファンディングで応援した人たちとしてエンドロールに載っているのが一部の人だけというのはすごく居心地が悪かったですね。もちろんクレジットされる出資コースとそうでないコースがあったのですが、映画の中身が、一人一人がそこにいる、という内容なのに、名前の出ている人がすべてではないという事実とは違うかたちで残ったように見えるので。せめて最後に「ほか」とついているだけでも違った気がします。


山口 なるほど。舞台挨拶ではいつも具体的な人数にまで言及されていますけど、エンドロールのクレジットでもそうなっていればもっとよかったんじゃないかと。


松島 はい。もし1000年後に誰かが見た時に「この人たちだけか」と思われるのは嫌だなと。そこは細かいところも書いてほしかったですね。


いしたに 確かに「他、何名の皆さま」とか、出資者の総数は入ってもよかったのかもしれない。


山口 今後、同じようなクラウドファンディングがあった場合はどうですか。


松島 これも藤村さんと同じで、今回はこの作品ということもあったし、監督もあの人かと想像できる方だったので出資したのであって、次も同じように個別の判断になるかなと思います。ただ、この映画に関わったという記憶はあっても、クラウドファンディングは面白いと言えるほどの印象はあまり残っていないですね。



松島智:ウェブデザイナー。電子書籍をウェブに埋め込んで公開できるフリーソフト「BiB/i」ほかで受賞も


山口 いしたにさんはどうですか。


いしたに 満足度でいうと、正直100倍界王拳ですよね(笑)。あんなポジション(編注:いしたに氏の名前は10人が横に並ぶエンドロールの先頭左上、非常に目立つ場所に配置されている)に出させていただいたら、そりゃ関係者と勘違いされるわな、みたいな。たぶんBlu-rayでもあのポジションは維持されるだろうし、観るたびに、いしたにという名前を人様にお見せしているのが、大変申し訳ないなあと思っています(笑)。


山口 (笑)。次にクラウドファンディングがあった場合は。


いしたに ポジション的に目立ってしまって、すごくプラスをいただいた負い目はあるので、もしまた次に同じ座組があれば付き合うと思います。


 僕はクラウドファンディングについては、いいところも悪いところも分かっているつもりで、出資する時もこの人は過去にどういうことをやったのか、これは技術的に無理では、という下調べは必ずしていますし、その姿勢はあまり変わらないですね。


 ただクラウドファンディングのあり方が、特に日本というマーケットでは変質してきていて、いわゆる集金装置になりがちなところでぎりぎり踏みとどまっている感じなので、この先どう変質していくかはしっかり見ていきたいですね。特に今回のは、金額的にも大きな成功例になってしまったので。


山口 僕も日本のクラウドファンディングには懐疑的なんですが、今回のクラウドファンディングは正しい目的で使われた稀有な例だと思っていて(笑)、かつ作品も素晴らしくて、不満があろうはずもない。そもそもエンドロールだけでなくパンフレットにまで名前が載っている時点ですでにサプライズでしたし、もうお腹いっぱいです(笑)。本当にありがとうございますと言いたいですね。



「モノが届いて終わり」のクラウドファンディングとの違い


山口 ところで、クラウドファンディングの第2弾(編注:世界15ヶ国での上映にあたり片渕監督を現地に送り出すための渡航費用・滞在費用を支援するプロジェクト。支援者へのリターンには海外渡航報告会イベントの参加権またはレポートが用意されている)は、皆さん参加されました?


いしたに 僕は参加していないです。



いしたにまさき:ブロガー、ライター、内閣広報室IT広報アドバイザー。「ひらくPCバッグ」で2016年グッドデザイン賞受賞。


藤村 私も参加しなかったです。途中で片渕監督がもうこれ以上は結構ですっておっしゃったので、監督の意に沿わないんだったらいいやって思って。その分劇場に映画を見に行こうと。


いしたに クラウドファンディングのそもそもの成り立ち方と合ってないんですよ。まだ評価が定まっていないからお金がつかないものに対してベットするか否かなので、評価が定まった作品に追加するというのは、クラウドファンディングの思想的にはなしなんですよ。


山口 確かに、第2弾のクラウドファンディングを見ていると、中の人もまだクラウドファンディングの使い方や意義をよく分かっていない気がして、ちょっと不安ではありますよね。少なくとも、最初のクラウドファンディングに比べるとかなり異質に感じますし。


いしたに そもそもクラウドファンディングは、どうなるか分からないけどお前のこのアイデアは面白いから出すっていうのがベースで、おまけは本当におまけなんですよ。だから物が届かないと怒っている人がよくいるんですけど、当たり前なんですよ。僕は一番届かなかったやつは4年届かなかったのがありますから(笑)。



支援者に届いたハガキ


山口 僕も出資して届かないまま2年を迎えようとしている品物がありますね(笑)。松島さんはクラウドファンディングは何かほかにされています?


松島 今回が初めてでしたね。自分が出資するというのはどういうことなのかを考えたのも初めての体験でしたし。結局考えたのは、これは応援のためのものであって、リターンは本当におまけであると。いしたにさんがおっしゃっていたとおりですね。その作品に対して自分が影響を及ぼしたいわけではなくて、出資したあとはずっと見守っていようという感じですね。


いしたに 自分の意見を出したいんだったら1万円では足りなくて、あとたぶん3桁ぐらい足りないんですよ(笑)。スポンサーになりなさいっていう。


山口 もうコースですらない(笑)。個人的には、へんなスポンサーがついて作り手の意に沿わないストーリー展開やキャスティングをねじ込んでくるのを回避できるならもっと出資してもいいなと思いますけど、プラス3桁は無理(笑)。



©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会


藤村 私は周りにクラウドファンディングをやっている方がたくさんいて、成功例も失敗例も見てきたので、それほどクラウドファンディングに期待をしていなかったんですよ。ただ今回は額はそれほど大きくなく、しかも募集の時点で成否にかかわらず映画は作ると書いてあったので、そんなに迷わなかった。出来上がってみんなで見る映画と、物自体が届くというのはちょっと毛色が違うと思うので。だから次、これにお金を出してみようというのは、今のところないですね。


 そういえば、さっきもお話した、『この世界の片隅に』を知らずに舞台挨拶回に来ていたお二人の女性が、「これクラウドファンディングでやったって聞いたのだけど」「出資すると鑑賞券がもらえたり、ヒットしたらお金がいっぱいもらえたりするのよ」みたいなことを言っていて、そんなふうに思われているんだと思って(笑)。


山口 (笑)。でも確かに、クラウドファンディングが映画に貢献したと報じられても、どんな役割を果たしたのか分からないですよね。この4人ですら向き合い方はバラバラですし、仮にほかの制作支援メンバーを呼んで同じような座談会をやったら、たぶんぜんぜん違う話になるはず。そういう、出資者それぞれが自由なスタンスで作品と向き合えたのが、モノが届いて終わりのクラウドファンディングとは違う、「この世界の片隅に」におけるクラウドファンディング体験の特徴だったのかなと思いますね。






いしたにまさき

ブロガー、ライター、内閣広報室IT広報アドバイザー。2002年メディア芸術祭、2011年アルファブロガー・アワード受賞。「ひらくPCバッグ」で2016年グッドデザイン賞受賞。

ブログ:https://mitaimon.com/

Twitter:@masakiishitani



藤村阿智

イラストレーター、ライター、同人作家。現在「旬刊経理情報」で文房具コラム連載中。

創作同人誌即売会「コミティア」参加歴12年。


サイト:http://www.blackstrawberry.net/

Twitter:@AchiFujimura



松島智

別府移住を目論む温泉好きのウェブデザイナー。パートはボーカル。読まれるもののデザインが好きで、電子書籍をウェブに埋め込んで公開できるフリーソフト「BiB/i」ほかで受賞も。

Twitter:@satorumurmur



山口真弘

ライター。電子書籍端末のほかPC周辺機器・サービスなどをIT関連のレビューを手掛ける。文春オンラインではPC・スマホを中心としたハウツー記事を連載中。

Twitter:@kizuki_jpn






映画作品以外の写真=松本輝一/文藝春秋



(山口 真弘)

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データ提供元:アニメキャラクター事典「キャラペディア