そんなに甘くない! 中小企業「働き方改革」の現実

3月20日(水)6時0分 JBpress

(野崎大輔:組織人材開発コンサルタント)

 この4月から、昨年成立した働き方改革関連法の適用が始まります。

 企業に義務付けられる内容を簡単に言えば、「労働時間の削減」、「5日間の有給休暇の消化」、「同一労働同一賃金」などです。

 これらを中小企業の経営者はどう受け止めているか。多くの中小企業と付き合っている経験から言えば、ほとんどの経営者の本音は「そんなの関係ねえ」です。そもそも中小企業は、絶対的な人手不足という状況にあります。もし業績が上がっているような会社であれば、なおさら人手が足りていないので、社員に休んでもらってはいっそう困る。つまり、中小企業は人手が足りないので働き方改革に手を付ける余裕はない。それが現実です。


「働き方改革」で自宅に仕事を持ち込む社員が続出?

 だから経営者は、社員の労働時間を削減する前に、「全然採用ができない現状をどうしようか」で頭がいっぱいです。働き方改革をニュースなどで取り上げていることは知っていても、自分の会社で実施しようなんて、ほとんど考えていません。

 もちろん大企業は違います。働き方改革を進めなかったら、社員から「うちの会社のコンプライアンスはどうなっているんだ」などと不平が出ます。だから大企業はやるのです。従業員の数も多く、経営的な体力もあるのでさまざまな対応が可能です。でも中小企業は同じようにはできません。なにしろ社員がいないのですから。

 監督する労働基準監督署だって、いちいち中小企業を個別にチェックすることはできません。「ウチの会社、ものすごい違反がある」などと社員からの通報でもあれば調査に来るでしょうが、そうでもなければ「有給休暇を5日間消化させているかどうか」なんて分かりません。

 そもそも社長の視点で見れば、休んでいる日にも給料を支払う有給休暇は「コスト」でしかありません。もちろん、社長の意識も変わってきているので、「休みを取らせよう」という風潮は以前に比べればだいぶ出てきてはいますが、「有給休暇100%消化」というところまではまだいっていません。私が関わっている企業の経営者にも、「世の流れも変わってきていますから、できる範囲で、なるべく休みを取れるようにしてきましょう」という現実的な対応をしているのが実態です。

 しかし、だからといって中小企業で働き方改革が実現できないというわけではありません。ごく一部の会社は、働き方改革も進んでいます。

 上手くいかない会社は、働き方改革の本質を見ないで取り組みを始めています。「働き方改革=労働時間削減」という発想で、「残業しちゃダメ」「6時には帰れ」と号令を発してしまうのです。

 こういう取り組みが招く結果は目に見えています。まず社員が抱えている仕事が終わらなくなります。なにしろ、仕事の量は今までと変わらないのです。だから6時で退社しても、自宅に仕事を持ち帰ることになります。あるいは帰宅途中の喫茶店でパソコンを叩いたりしているかもしれません。

 だから単に退社時間を早めさせただけでは、会社として体裁を保つことはできても、裏側で社員にしわ寄せが行ってしまいます。

 有給休暇だって同じです。いくら社長が「有休をとれ」と言っても、社員の方は「俺がやらないと終わらないんだから」といって、出勤記録上は休んだことにしながら、実際は出社して仕事をしていたりする。

 これが「働き方改革」が上手くいかない会社の典型例です。「うちは残業禁止、有休消化を社員に徹底させています」なんていう会社ほど、裏で社員が帳尻合わせをさせられている。これでは無意味どころか害悪です。

 そこで、中小企業の社長さんたちには「働き方改革」の本質を考えてもらいたい。それは何かと言ったら「生産性の向上」なんです。だって、いままで10こなしてきた仕事を8に減らしていい、ということじゃない。仕事量は10のまま、労働時間を減らそうということなんです。とすると、社員一人ひとりの能力を高めなきゃいけないわけです。

「そんなこと分かってんだよ! じゃあどうすればいいんだ」

 そんな怒声が聞こえてきそうですので、結論を急ぎます。最初に取り組むことは、まず「社員が離職しないようにすること」です。


輸血の前に止血を

 最初にも書きましたが、そもそも中小企業は人手が足りないのです。しかし一方で、大企業に比べたら社員の離職率も高い。だから、社員を増やすことを考える以前に、社員が辞めないようにすることが大事なんです。

 辞めずに働き続けてくれる社員は仕事のスキルも上がっていきます。経験値が増していきます。当然、生産性も上がっていくのです。逆に、社員の入れ替わりが激しいと、スキルの向上がなされず、それだけで生産性が下がります。ベテランを付けて教育係にさせたりすると、さらにベテランの生産性も下がってしまう、という悪循環に陥ってしまいます。だから誤解を恐れずに言えば、中小企業では、まず「辞めさせない」ことが大事なのです。

 社員が辞めなければ、仕事はなんとか回ってきます。そこがスタートで、そこから業務改善が進み、そして「休みをどうしようか?」という話になるのです。そういう順番で進めずに、いきなり「休みを取れ」では失敗します。

 ゆえに私は、支援先の会社に伺って、離職率が高いようであれば、まず辞めないような職場作りから始めてもらいます。「輸血する前に傷口をふさいで出血を止めろ」ということです。

 そこで必要なのが、「社員教育」です。実例を出して説明しましょう。

 私は最近、複数の動物病院の経営改善に関わっています。実は動物病院は離職率が非常に高い業界です。社員が辞めてしまう主な理由の一つは、院長との人間関係です。

 流行っている動物病院はトリマーなどを抱えているところも多く、多くのスタッフを抱えるようになってきているのですが、動物病院の院長は、大学で獣医師としての知識・技術は学びますが、人材のマネジメントは習ってきていません。勢い、どうしてもスタッフのマネジメントが下手なのです。

 お客様も増えて売り上げは伸びてきているけれど、組織作りと人材で悩んでいる動物病院の院長が多いのです。

 動物病院は女性社員も多く、男性とは違ったマネジメント法が求められるのに、男性の院長は、声の掛け方や気配りに無頓着で、スタッフからの信頼を得られないというケースが多いのです。

 そうした中で6年前から関わっている病院は、当時社員6人でしたが、今は30人にまで増えています。動物病院の中ではかなり大きい病院です。この3〜4年に限れば、辞めた人は一人もいません。

 入社時には何もできない新入社員も、病院が新入社員の受け入れ体制を整えられていますし、先輩の仕事に取り組む姿勢を見習いながら、徐々に育っていきます。

 先輩が後輩に教える時間はコストになります。定着率が高ければ先輩スタッフが何度も同じことを教えるということはなくなりますので、それだけでも生産性は下がることはありません。業務に支障が出ないようにシフトを組んで有休もちゃんと消化しています。職場での人間関係も良いので今のところ病院を嫌で辞めるスタッフが出ておらず、毎年数人採用してきた結果、気づいたら人数が増えていたという感じです。定着率が高くなり、生産性も少しずつ高くなってきたことでできることが増えてきたということになります。

 このようなことが自然にできていることが働き方改革の本質だと思います。


社員自ら課題解決していく習慣づけを

 では、辞めないような職場づくりのために、私がクライアント企業にやってもらっていることは何か。難しいことじゃありません。まず最初に全社員に、自分の会社の問題点を紙に書いてもらうんです。「理想とする職場のイメージ」、「現状」、「組織の課題」、「自分の課題」。この4つを書いてもらいます。

 非常にシンプルなことですが、実はこれをやるだけで会社の問題点と課題が相当クリアに見えてきます。「職場の課題」が明確になれば、何をやるかが決まってきます。そこで、「そのために自分は何をすればいいのか」を自分たちで考えてもらうのです。

 例えば「スタッフ間のコミュニケーションが悪い」という課題が出てきたら、どうすれば改善するかを自分たちで考え、その改善法を自分たちで実践していく。それが仕事を通じて社員が成長できる教育なんです。これを継続的にやらせるということが教育になる。自分たちで考え、実行し、失敗すれば改善法も自分たちで考える。つまりPDCAを繰り返していくわけです。

 自分達で会社の課題を整理し、出てきた課題を自分たちで一つずつ解決していく。上手くいかなかったら新たな改善策を実践する。そしてこの作業を繰り返す——これが人材育成において重要なプロセスなのです。

 一般的に、「社員教育」といえば、研修を受けさせたりということになるでしょうが、これだと効果は一過性になってしまうことがほとんどで、業務改善にはあまり結びつきません。でも自分たちで考え、自分たちで実行する習慣を身につければ、PDCAは無限に回っていきます。

 社内の問題を解決するにあたりコンサルタント主導ではなく、社員主導型の自社改善で進めていくと最初は進みが遅いですが、結果的には早く良くなっていきます。そして社内の良い気質は、常に改善をしていくことでより強固な土台となっていきます。

 この手法で職場の課題解決をしていけば、職場の環境・雰囲気はどんどん良くなっていきます。職場が良くなれば社員も辞めなくなります。よって生産性が向上し、「残業廃止」「有休消化」も達成できるというサイクルが生まれるのです。

(次回に続く)

筆者:野崎 大輔

JBpress

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