これほど「壁打ち」に最適な場所はなかった…「喫煙ルームと飲み会」が消滅した日本の企業で起きていること

2025年3月20日(木)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

いい職場とは、どんな職場なのか。企業の新規事業開発を支援する「インキュベータ」代表の石川明さんは「かつてはどこの会社にもあった喫煙ルームは、今考えれば肩書を気にせずに相談できる『壁打ち』の場所でもあった。それがなくなった現代では、上司には『壁打ちしやすい存在』になることが求められている」という——。

※本稿は、石川明『すごい壁打ち』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/mapo
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■「直接話した方が早い」のに、声をかけにくい


組織が大きくなるほど、「直接話せば済むことなのに」と思う場面が増えてきます。しかし実際には、組織の規模が大きくなるにつれ、部署間の壁は高くなり、役職間の階層も厚くなっていく。その結果、人と人とを繋ぐ対話は減っていきます。こういった壁は、単に「もっとコミュニケーションを密に」と呼びかけるだけでは、なかなか低くはなりません。


そこで私が提案したいのが、壁打ちの文化を広めること。特に「違う立場の人との壁打ちこそ価値がある」という考え方を浸透させることで、組織の中の部署や階層の壁を超えたコミュニケーションを増やしていくのです。


わざわざ毎日話す必要はありません。壁打ちをきっかけに一度話したという経験があるだけでも、お互いの距離は縮まります。「直接話した方が早い」と感じたときも、声をかけやすくなるでしょう。


横の繋がりや、上下の関係での、コミュニケーションが増えれば、仕事の質もスピードも自然と上がっていきます。


■「話したら簡単に解決した」は意外と多い


そして、壁打ちが持つ最も大きな効果は、社員を孤立させないことです。「仕事は一人でするものじゃない」とはよく言いますが、実際には誰もが自分一人で問題を抱えてしまい、行き詰まりや停滞を経験します。ただ、抱えた問題を個人の中から表に出してもらうのは、意外と難しいものです。


「一人で抱え込んでいたけど、話してみたら意外と簡単に解決した」、こんな経験を、多くの人がしているはずです。


壁打ちは、「まずは話してみる」「とりあえず聞いてあげる」という至ってシンプルな行為に名前を付けることで、それを実践しやすくしているのです。この方法が組織に根付けば、必ず組織のパフォーマンスは上がっていきます。


本来別々の個人が集まっただけの集団を、一つの組織として機能させるのは、難しいことです。だからこそ「マネジメント」「リーダーシップ」「ファシリテーション」など、さまざまなスキルが求められます。そんな中で、壁打ちは驚くほどシンプルでわかりやすい方法です。人と人とを繋ぎ、一人では生み出せない価値を、最も手軽に作り出せる方法だと私は考えています。


やってみれば意外と簡単な壁打ち。しかし、自然に広まっていくのを待っているだけでは時間がかかります。「やってみよう」と思う人を最初に増やすために、何か工夫ができないでしょうか。最後は、その具体的な方法についてお話ししていきます。


■喫煙ルームが果たしていた“意外な役割”


壁打ちという名前を付けなくても、似たようなコミュニケーションが自然に生まれていた場所があります。それが「喫煙ルーム」でした。


若い方は信じ難いかもしれませんが、30年前なら、オフィスのフロアで普通にタバコを吸う人がたくさんいました。それが次第に喫煙ルームだけに限られるようになり、そこに部署も役職も関係なく、さまざまな人が集まるようになったのです。「うちの会社の重要な決定は、会議室ではなく喫煙ルームで行われている」なんて冗談まで交わされるほどでした。


私も以前は喫煙者でしたが、喫煙ルームが組織の中で貴重なコミュニケーションの場になっていることを実感していました(実は、この価値があまりに大きくて、禁煙を躊躇(ためら)ったほどです)。


今になって考えると、喫煙ルームは壁打ちに最適な場所だったのです。部署や階層を超えてさまざまな人が集まり、会議室にいるときよりもずっとリラックスして過ごせる。肩書を気にせず、個人として自然に話せる。責任の重さに縛られることもないから、会議室では出てこない自由な発想も出やすい。


■「プリンターの配置」で社内の空気は変わる


ただ、時代の流れとともに、喫煙ルームの存在感は小さくなってきました。最近では、「カフェスペース」をオフィスに設ける会社も増えました。これは、かつての喫煙ルームのように、部署や階層を超えた自由な対話を生み出そうという意図が少なからずあるのでしょう。


そもそも「対話」は、予定を組んでわざわざ行うより、たまたま同じ場所に居合わせた人々の間で自然に生まれる方が良いものです。


そのための工夫は、カフェスペースのような特別な場所だけではありません。私が以前勤めていた会社では、誰もが普段使うコピー機やプリンター、リサイクルボックスなどの置き場を、意図的にオフィスの中央に設けていました。


また、営業部門は通常、出入りのしやすさを考えて入口近くに配置されがちです。ところが、この会社ではあえて奥まった場所に置き、外出時にスタッフ部門のエリアを通るような動線を作っていました。


そこで交わされる会話は、「元気?」「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」といった、他愛のないものです。それでも、そんな何気ない言葉の積み重ねが、お互いに声をかけやすい関係を作っていくのです。


■「15分の対話」で部署横断のつながりを生む


日常的な仕事の中で対話することを心がけることに加えて、「顔を合わせて強制的に話す機会」をあえて作ることも有効です。


多くの組織では、決算期や四半期ごとに経営状況や方針を共有する場を持っているはずです。そんなとき、ただ個々に話を聞くだけで終わらせるのはもったいない。参加者同士がグループ対話できる時間を少し設けるだけでも、対話のきっかけになります。


各種イベントの後の懇親会は昔からの定番ですが、最近増えているオンラインイベントでも工夫はできます。例えば、後半15分だけブレイクアウトルーム(小グループに分けたオンライン対話)を設定して、部署を超えた小グループで感想を共有する。そんな簡単なしかけでも、人と人が出会う機会を作れます。


従業員同士が顔を合わせる機会を大切にしている組織では、業務以外でもさまざまな機会を作ろうという取り組みもあります。大きな組織なら、毎月、その月に誕生日のある人だけを集めた誕生日会を開いているところも。そこまで大げさでなくても、会議室で一緒にお弁当を食べるだけでも、十分な機会になります。


写真=iStock.com/SetsukoN
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■テープ一本で区切ったランチ会の驚きの効果


私自身、あるクライアント企業で面白い試みをしたことがあります。


「○月○日、社員食堂の一角で『農業ビジネス』に関心のある人が集まって一緒に昼食を取りたいと思います。興味のある方は自由にお集まりください」と社内に告知したのです。実際は社員食堂の一角をテープで簡単に区切っただけ。そんな簡単なしかけでも、部署を超えて同じ関心を持つ社員が集まって、その中からさまざまな対話が生まれていきました。


大切なのは、組織のコミュニケーションを活性化し壁打ちを広めていこうと思ったら、まず地道に小さな工夫で人と人が出会える場を作っていくこと。


かつては移動中の時間や昼食時など、自然な対話の機会がたくさんありました。オンライン化が進み、直接会う機会が減っている今だからこそ、こういった工夫がより一層重要になってきているのです。


壁打ちの効果を認識した組織の中には、半ば強制的な「仕組み」として導入するところもあります。例えば、上司と部下の間で「1on1」を義務付けたり、「壁打ちタイム」という時間枠を設定したりすることが考えられます。


こういった強制的な施策も、短期的な浸透を図るには確かに有効かもしれません。しかし、本当の意味で長く定着させていこうと思えば、「イベント」や「制度」よりも組織の「風土」として育んでいく視点が欠かせません。


■なぜ義務的な「1on1」では真の対話は生まれないのか


イベントや制度は、確かにきっかけとしては大切です。ただし、単発のイベントでは一時的な盛り上がりで終わってしまいがちです。また、強制的な制度に従って仕方なくやっているだけでは、本当の定着は望めません。風土として根付かせるために最も重要なのは、組織のリーダーたちの日常的な振る舞いです。


では、壁打ちが自然に行われるような目指すべき風土とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。


Googleの研究がきっかけとなって、「成果を生み出し続けるためには、組織の中で心理的安全性が確保されていることが重要」という考え方が、今や多くの組織に広く浸透しています。間違っているかもしれないこと、はっきりしないこと、突飛なアイデアでも、すぐさま否定されたりバカにされたりすることなく、一度は受け止めてもらえる環境。それは、組織の中から新しい発想や変化を生み出そうとするとき、極めて重要な要素となります。


■「自由に発言して」と言う前に耳を傾ける


壁打ちという対話は、まさにそんな性質を持つものです。だからこそ、心理的安全性の確保は欠かせません。


では、そんな組織をどう作っていけばいいのか。ここでは一つの重要なポイントに絞ってお話ししましょう。それは、組織のリーダーの態度です。


「うちの組織は心理的安全性を重視している」「自由に発言してほしい」。そんな言葉をいくら並べても、実際の行動が伴っていなければ意味がありません。むしろ、リーダー自身が良い「壁」となって社員の言葉に耳を傾け、しっかりと受け止める姿勢を見せること。それこそが、「この組織は本当に心理的安全性が高い」と実感してもらえる近道なのです。一人の社員が壁打ちで感じた安心感は、やがて組織全体に広がっていくはずです。


同じ部署の中でも、また部署を超えても、周りの人に関心を持てているかどうかは、組織によって大きな差があります。関心が強い組織には一体感が生まれますが、そうでない組織はいわゆる「タテ割り」になりがちです。


■「効率」と「連携」のバランスをどう取るべきか


どの組織にも仕事の役割分担はありますが、専門性が高まれば高まるほど、この「タテ割り」の傾向は強くなります。確かに、周りを気にせず目の前の課題だけに集中すれば、その時点での効率は上がるでしょう。そんな働き方が広がってしまうのも無理はありません。それでも、より高いレベルの仕事を目指そうとすれば、横の繋がりが欠かせない。このことには、多くの人が納得するのではないでしょうか。


ただし、「横の連携は大切だから、周りにもっと関心を持とう」というかけ声だけでは、なかなか風土は変わりません。


ここで効果的なのは、誰かが率先して周りの人との壁打ちを実践してみせること。その価値を具体的な形で示していくことが、実践的な一歩となるはずです。組織の中のリーダー的存在の方から率先して行動していただきたいです。


■日本人の「正解主義」は学校教育にある


長らく学校教育では、「正解」があり、それにいかに早く正確に到達できるかが評価されてきました。それでも今、社会人の多くが実感しているのは、「正解がわからない」領域が増えているという現実ではないでしょうか。


写真=iStock.com/mapo
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確かに、最近の学校教育は「正解のない問いを探究する」方向に変わってきています。しかし、学校の入試制度をはじめとして、まだまだ「正解主義」は根強く残っています。


そんな環境で育ってきた人にとって、「わからない」ことは隠すべきもの、という意識は自然と身についてしまいます。「わからない」と言えば怒られる、評価が下がる、そんな感覚が染みついていれば、つい「わかったふり」をしてしまう人も出てくるでしょう。


「これからは仮説思考が大切だ」とよくいわれます。しかし、それが具体的にどういうものなのか、イメージしづらい人も多いのではないでしょうか。


実は、壁打ちは「仮説思考」そのものです。まだはっきりといえないこと、本当にそうかどうかわからないこと、自分の中でもモヤモヤしていること、そんな段階の思考を言葉にして、誰かに聞いてもらうことを勧めています。


■モヤモヤした思考を言葉にすることで見えてくる景色


組織の上席者が「壁」となって、未完成の考えを受け止める姿勢を見せること。それによって、「わからないことは必ずしも恥ずかしいことではない」というメッセージが伝わります。


これから先、世の中はますます「正解がわからない」世界に向かっていくでしょう。そんな時代に、「わからないことは恥ずかしい」「正解が出るまで人に話してはいけない」という風土では、物事は前に進みません。まして、「わかったふり」が蔓延(まんえん)する組織は、必ずどこかで道を誤ります。壁打ちを通じて、「わからないことを話せる」という風土を育ててください。これからの組織にはそんな風土が必要不可欠なのです。


組織は上下の命令系統をはっきりさせた方が、正確で素早い運営ができます。「上」の人が指示を出し、「下」の人がそれに従う。そんなシンプルな関係は、わかりやすく効率的でもあります。


しかし、これは「上の人の方が正解をよく知っている」という前提があってこそ成り立つ仕組みです。今のように環境が目まぐるしく変化する時代に、そんな前提は通用するでしょうか。


■優秀な上司は「知恵を貸してくれ」という


未知の領域に踏み込むとき、上の人にも下の人にも、正解は見えていません。確かに上の人の方が経験は豊富かもしれません。ただし基本的には、「どちらもよくわかっていない」状況が増えているのです。


もし部下が「上司は何でもわかっているはず」と思い込んでいたら、そこにズレが生まれます。だからこそ上司は、「自分にもわからないことがある」という姿を、時には見せていくのが効果的です。


もちろん、最後は誰かが決断を下さなければなりません。その役割と責任は、やはり「上」の人が担うべきでしょう。それでも、そこに至るまでの過程では、上下の壁を取り払って意見を交わせた方が、より良い答えに近づけるはずです。


正解が見えない領域では、組織の上下関係にかかわらず、お互いが「壁」となって意見を交わし合う。そんな関係が理想的です。



石川明『すごい壁打ち』(サンマーク出版)

上司からも積極的に部下に「壁打ち」を持ちかけてみてはどうでしょうか。最初は部下も戸惑うかもしれません。


しかし、それは上司自身が「わからないことに真摯に向き合おうとしている」姿を見せることにもなります。そんな姿勢こそが、組織にフラットな対話の文化を根付かせる第一歩となるのです。


壁打ちの活用によって、みなさんの手がけるビジネスがより強く素晴らしいものとして発展していかれることを祈念します。


さぁ、壁打ちを始めましょう!


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石川 明(いしかわ・あきら)
インキュベータ代表
1988年上智大学文学部社会学科卒業後、リクルートに入社。リクルートの企業風土の象徴である、新規事業提案制度「New RING」の事務局長を務め、新規事業を生み続けられる組織・制度づくりと1000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年に総合情報サイト「オールアバウト」社の創業に携わり、事業部長、編集長などを務める。2010年に独立起業。大手企業を中心にこれまで150社、3000案件、6000人以上の新規事業検討に伴走し支援してきた。「壁打ち」の相手になって新規事業の起案者の話を聴く回数は年間1000回を超える。早稲田大学ビジネススクール修了。大学院大学至善館特任教授、上智大学Sophia Entrepreneurship Network運営委員、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科客員教授。経済産業省の起業家育成プログラム「始動」講師などを歴任。著書に『Deep Skill』(ダイヤモンド社)、『はじめての社内起業』(ユーキャン学び出版)、『新規事業ワークブック』(総合法令出版)がある。
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(インキュベータ代表 石川 明)

プレジデント社

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