ようやく対中防衛策の第一歩を踏み出した防衛省

3月21日(木)6時0分 JBpress

空対艦誘導ミサイル(XASM-3)。射程を400キロメートル以上に延伸する新たな開発が行われる。写真は超音速空対艦誘導弾用推進装置に関する研究時のもの(出所:防衛装備庁ホームページ)

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 防衛省が最大射程距離400キロメートル以上の航空機発射型空対艦ミサイルを開発する方針を決定したと報じられている(参考「『相手の射程外から攻撃可能』戦闘機ミサイル開発へ」読売新聞、など)。遅ればせながら、スタンドオフミサイル(敵のミサイルの最大射程圏の外側から敵を攻撃するミサイル)の取得に踏み切るわけである。

 日本は空対艦ミサイル(ASM)のみならず可及的速やかにスタンドオフミサイルを手にしなければならない状況に陥っているのであるから、国防当局の決定は極めて妥当であるといえよう。ただし、スタンドオフ空対艦ミサイルを日本で開発した方が早く手にすることができるのか? 輸入した方が早く手にすることができるのか? という問題は別の論点である。


直視されてこなかった中国海洋戦力の脅威

 スタンドオフASMを手に入れる決定を防衛省が行ったということは、中国海洋戦力が「張子の虎」などではなく深刻な脅威になっていることを公式に認めたということを意味する。

 中国海洋戦力が「虚仮威し(こけおどし)にすぎない」と考えたがる傾向は日本だけでなくアメリカ軍当局者たちの間にも存在していた。

 中国海洋戦力の情報分析を主たる任務にしている米海軍情報局関係者の多くは、すでに10年ほど前から中国海洋戦力(海軍艦艇、空軍航空機、海軍航空機、ミサイル、海軍陸戦隊、海警局巡視船、海上民兵)が強化されている状況を機会あるごとに警告してきた。筆者が属するグループを含めて少なからぬシンクタンクなどでも、中国海洋戦力が自衛隊はもとより米海軍などにとっても極めて深刻な脅威となるとの予測分析を提示し続けきた。

(本コラム2013年12月12日「中国の『張り子の虎』空母が生み出す将来の脅威」、2015年1月29日「『日本の海自にはまだかなわない』謙遜する中国海軍の真意とは?」、2016年1月28日「日米両首脳はなぜ中国の脅威から目を背けるのか」など参照)

 しかしながら米軍当局や多くのシンクタンクなどでは、「どうせ中国の艦艇や航空機などは見せかけだけで、米海軍や米空軍と比較するにも及ばない代物に違いない」と考えられており、中国の海洋戦力が米海軍とその同盟軍にとって深刻な脅威になると分析していた「対中強硬派」の警告には、あまり耳を貸そうとはしなかった。

 何と言っても、その当時、アメリカの主敵はアルカイダなどのイスラム原理主義テロ集団であった。そのため、ワシントンDCの軍首脳や政府首脳それに政治家にとって、中国海洋戦力の脅威などは関心ごとではなかったのだ。

 そのような状況であったからこそ、太平洋沿岸のアメリカの同盟国や友好諸国の海軍が2年ごとにハワイを中心に集結して実施されている多国籍海軍合同演習「RIMPAC(リムパック)」に、仮想敵海軍である中国海軍を参加させることになってしまったのである。

(本コラム2013年7月18日「『中国封じ込め』にブレーキをかけるアメリカ海軍」参照)。当然「対中強硬派」は猛反発し、公の場で中国による対日攻撃「短期激烈戦争」の可能性まで公表するに至ったが、無駄であった(本コラム2014年2月27日「『中国軍が対日戦争準備』情報の真偽は?足並み揃わない最前線とペンタゴン」参照)

 しかし、リムパックでの中国海軍の行動や、南シナ海に人工島まで築いて軍事化を強化する動きなど、さすがのアメリカ国防当局や政府首脳も中国海洋戦力の強大化に危惧の念を抱き始めた。

(本コラム2014年7月24日「ホノルル沖に出現した招かれざる客、中国海軍のスパイ艦『北極星』」、2016年8月4日「リムパックで海上自衛隊を露骨に侮辱した中国海軍」、2016年9月26日「パールハーバー並みに大きかった中国の人工島基地」、2018年4月26日「米海軍提督の危惧『海洋戦力は次第に中国が優勢に』」)

 さらに2017年には東アジア海域で米海軍艦艇が続けて4件も衝突事故を起こし多数の死傷者を出すに至って、アメリカの海軍力は大丈夫なのか? という危惧が表面化してきた。それと連動するように、「対中強硬派」を煙たがっていた陣営も、中国海洋戦力の強大化が「張子の虎」などと言っていられない状況に至っていることをいよいよ受け入れざるをえなくなってきたのである。

(本コラム2018年5月31日「とうとうリムパックから閉め出された中国海軍」、2019年1月3日「そろそろ現実を直視せよ、米中の海軍戦力は逆転する」参照)


中国海軍など「張子の虎」!?

 このような米軍関係者たちの中国海洋戦力に対する認識の変化が日本国防当局が伝染したのかどうかは定かでないが、スタンドオフASMの開発という方針は、もはや現在の自衛隊海洋戦力では中国海洋戦力に対応しきれないと判断したからに他ならない。

 もっとも、中国の隣国である日本では、アメリカ以上に中国海洋戦力を「見かけ倒しの虚仮威し」とみなす、というよりはみなしたがる傾向が強い。そのような感情は、軍事音痴の多くの政治家たちや国民の間に幅広く浸透してしまっているようである。

 そのため、中国軍の新鋭艦艇や新鋭航空機をはじめとする各種装備は「アメリカの兵器の猿真似で、外観はそれらしいが、中身は空っぽのようなもので恐るるに足りない」「いくら中国が多数の戦闘機や軍艦を作り出しても稼働率が低い上、将兵の練度も低い。練度も高く稼働率も高い自衛隊の相手ではない」といった論調がまことしやかに語られ、拍手喝采されている。

 しかし、すでに中国海洋戦力の脅威を真剣に直視し出した米軍関係者やシンクタンクなどでは、「中国軍艦や中国軍用機の稼働率」あるいは「中国軍将兵の練度」などが話題に上がることは皆無に近い。

 かつて日本と戦った際、「猿真似の日本軍戦闘機などまともに飛べるのか」とバカにしていたマッカーサーの米フィリピン防衛軍は日本軍に完膚なきまでに叩きのめされ、米軍史上最大の敗北を喫した。このような歴史の教訓をもとに、米軍では敵の稼働率や練度などは米軍と同等と考えているのだ。


それでも「攻撃兵器」などと言っていられるのか

 スタンドオフASMの開発に踏み切る日本国防当局の方針に対して、おそらく日本では、またぞろ長距離ミサイルなどは「周辺諸国に脅威を与える」「専守防衛に合致しない攻撃的兵器だ」といった批判が向けられるであろう。

 しかし、そのような批判を口にする前に、2020年のオリンピック・パラリンピック終了時期における日中の戦力差を直視すべきである。その頃、日本の航空自衛隊の戦闘機保有数はF-35Aが20機ほど、F-2が87機、F-15J(近代化された機体)が102機、F-15J(近代化できない機体)が99機、合計308機である。それに対して中国軍は、空自の近代化できないF-15Jと同等以上の性能を有する戦闘機(戦闘攻撃機、戦闘爆撃機を含む)を空軍が少なくとも898機、海軍が少なくとも320機、合計1218機以上保有していることになる。

 現代戦では重要性が著しく高まっている無人航空機に関しては、中国軍と自衛隊では比較することすらできない状況だ。現代の国際標準では軍用無人航空機とは呼べないレベルの無人ヘリコプターしか保有していなかった自衛隊は、ようやく無人航空機の重要性に気がつき、アメリカから無人偵察機グローバルホークを3機調達することになった。これに対して中国では数百社にのぼるベンチャー企業が無人航空機の開発と売り込み競争を繰り広げており、中国軍は少なくとも6000機以上の無人偵察機と無人攻撃機を保有している。

 戦闘機や無人機だけではない。早期警戒機、電子戦機、空中給油機、爆撃機、それに潜水艦、攻撃原潜、航空母艦、“中国版イージス”駆逐艦、ミサイルフリゲート、高速ミサイル艇などが航空自衛隊や海上自衛隊の戦力を圧倒しているだけでなく、日本各地を灰燼に帰すことができる長距離巡航ミサイルと弾道ミサイルを6000発以上手にしているのだ。

 このような状態でも、スタンドオフASMの開発が「周辺諸国に脅威を与える」「攻撃的兵器」などと本気で口にすることができるのであろうか?


防衛省の方針はベストな方策の1つ

 すでに中国軍に大差をつけられてしまっている軍用機や軍艦の戦力を挽回し、逆転するにはかなりの年月と莫大な予算が必要だ。その間、中国海洋戦力の脅威に対抗するためにベストな方策の1つは、今回防衛省が打ち出したスタンドオフミサイルを身につける方針である。

 ただし、スタンドオフASMだけでは、戦闘攻撃機数がわずか87機と少ないために、不十分である。陸上自衛隊にもスタンドオフ地対艦ミサイルを装備させ、海上自衛隊にもスタンドオフ艦対艦ミサイルを装備させ、国防当局が打ち出したスタンドオフミサイル戦力を身につける方針をより徹底して実施していくことが急務といえよう。

筆者:北村 淳

JBpress

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