「試しに一回使ってみる」機会をいかに生み出すか…花王「めぐりズム」シリーズがロングセラーになれた理由
「めぐりズム 蒸気でホットアイマスク」 - 画像提供=花王
■「めぐりズム」シリーズは20周年を迎える
蒸しタオルを目にあてたような温かい心地よさが感じられる「蒸気でホットアイマスク」に代表される花王「めぐりズム」シリーズは、2025年で誕生からちょうど20周年を迎えるロングセラー商品だ。めぐりズムは、現在でも類似商品がほとんど出てこないほどに新しい市場を開拓し、着実に市場を拡大させて右肩上がりの成長を続けている。アイマスクの累計出荷数は21億枚(2007年1月〜2023年6月のアイマスクメーカー出荷枚数)を超えている。
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「めぐりズム 蒸気でホットアイマスク」 - 画像提供=花王
花王は、健康や清潔、美などを包括する「きれい」という価値の提供に重点を置いて、洗剤・オムツ・化粧品などを幅広く手掛ける生活消費財メーカーだが、その1つに「ヘルスケア」というジャンルを持つ。日々の生活の中で手軽に無理なく利用できるヘルスケア商品の中に、入浴剤の「バブ」やオーラルケアの「ピュオーラ」と共に位置するのが、「めぐりズム」だ。
なぜめぐりズムはロングセラーシリーズとなったのか。花王 ヘルスビューティーケア事業部門 パーソナルヘルス事業部 ブランドマネジャーの仲田実沙希さんに話を聞いた。
■誕生の背景には「アタック」や「メリーズ」が…
めぐりズムは、花王が研究開発してきた4つのカテゴリーの技術や知見をベースに開発された商品だ。洗濯用洗剤「アタック」と柔軟剤「ハミング」における界面活性剤の技術、オムツ「メリーズ」における通気シートの技術、そして、かつて製造していたフロッピーディスクで扱っていた鉄粉。この4つのカテゴリーの技術と知見を用いて温熱シートを開発していく過程で、配合ミスでたまたまシートから蒸気が発生したことをきっかけに、この蒸気を活用した商品として2005年に誕生した。
めぐりズムの最初の商品になった「蒸気温熱パワー(当時。現在は「蒸気の温熱シート」に改名)」は、シート内の鉄粉が空気に触れて発する酸化熱が生む約40度の蒸気が、シートを貼った肩や背中、腰、足を温めて「気持ちよさ」を生み出し、人の副交感神経を優位にすることで血行を良くする医療機器として発売された。しかし、最初から順調にヒットできたわけではなかった。発売からしばらくの間は苦戦を経験することになる。これまでにない新しい商品であるがゆえに、消費者に商品を理解してもらい、試しに使ってみてもらう一歩目に高い壁が立ちふさがったのだ。
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現在販売中の「めぐりズム 蒸気の温熱シート」 - 画像提供=花王
■2010年のテレビ番組、2014年以降のインバウンド需要が追い風に
当初は、中高年の女性をメインターゲットにして、肩こりや腰痛、疲れや不調を、血行促進で改善させる医療機器として位置付けられていた。それが思うように広まらない苦境を打開するため、働く女性をメインターゲットに変更し、蒸気温熱による気持ちよさや癒やしを追求する商品として、2007年、新たに雑貨として開発されたのがアイマスク・タイプの「蒸気でホットアイマスク」である。ターゲットや訴求ポイントを変更した新商品を発売し、試しに一度使ってもらう体験機会を強化するマーケティングを通じて、少しずつ成果をあげていった。
そうした中で、めぐりズムは2つの好機を得て、成長軌道に乗ることになる。1つは、2010年、テレビ番組で芸人のケンドーコバヤシさんがめぐりズムを紹介し、「このアイマスクをつけると新幹線の移動中に10秒持たない(※すぐ眠くなる)」といったコメントで絶賛したことだ。これをきっかけに、試しに使ってみる消費者が急増した。もう1つは、2014年以降、インバウンドの爆買いブームの対象になったことで、観光客からお土産としての人気が高まったことだ。
2020年からのコロナ禍の期間には、日常にさまざまな制限がかかる中で、自宅での楽しみや癒やしの需要の高まり、そして心身の健康意識の高まりを受けて、めぐりズムの利用はさらに伸びていった。その後、反動で「健康疲れ」が生じたアフターコロナにおいても、手軽に無理なく続けられる唯一無二のヘルスケア商品として、めぐりズムは成長を続けている。
撮影=プレジデントオンライン編集部
花王 ヘルスビューティーケア事業部門 パーソナルヘルス事業部 ブランドマネジャーの仲田実沙希さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■機能的価値を多面的に広げることに成功
ビジネスをヒットさせるうえで、技術とマーケティングは「両輪」と言える存在だ。めぐりズムは、花王が持つ広範囲にわたる技術で商品を開発し、巧みなマーケティングで消費者のニーズを広げて普及させることで、ロングセラー商品になっている。
2005年の誕生以来、「めぐりズム」シリーズの商品は、多岐にわたって展開されている。一般医療機器として販売されている「蒸気の温熱シート」をはじめ、管理医療機器の認証を受けた「メディカルアイケアマスク」、香りのバリエーションを増やした「蒸気でホットアイマスク」、夜用の首に貼るシート「蒸気でグッドナイト」、蒸気が足を包み込む「じんわりスチーム足パック」などがある。特に注目したい点は、めぐりズムが新たな機能性を作り、消費者に提案し、広めることで成功を収めている点だ。
めぐりズムは、商品の機能的価値を多面的に広げることに成功している。例えば、商品の使用目的においては、発売当初の「蒸気温熱パワー」はコリ解消や疲労回復がメインだったが、「蒸気でホットアイマスク」など雑貨にも商品の幅を広げ、温かい蒸気を感じることによるコンディションの維持や調整、睡眠導入の促進、リフレッシュとその後の集中力の向上、などが加わった。
2022年の「蒸気でホットアイマスク」のリニューアルでは、コロナ禍が続き、リラックスや気分転換が求められている状況を踏まえて、目に触れる不織布の感触が「ふわふわ」になるように改良した。
■ターゲット層を広げ、使用場面も増やしている
商品の対象となるメインターゲット層も、当初の中高年女性、現在のメインユーザーである20代〜30代女性に加え、男性にも広がりを見せている。商品を使用する部位は、目、首、肩、腰、おなか、足など多岐にわたる。商品を使用する時間や場面は、自宅で寝る前、帰宅後すぐの休息中、職場の昼休み、大事な仕事の直前、などと増えている。
近年の使用機会における新たな提案としては、「オフィスめぐりズム」として、めぐりズムをオフィスに置いて体験機会をつくる取り組みや、予備校の京都医塾、大正製薬との企画「合格祈願応援キット」への参加などが挙げられる。
このように、商品を使用する目的、対象、部位、時間・場面のそれぞれの要素を拡張し、それらを組み合わせることで、めぐりズムの提供できる機能的価値を多面的に拡大させる提案が続けられている。そして、そうした提案を受けた消費者が「たしかに便利」「一度使ったら手放せない」と共感・納得することで、新たなニーズの開拓に成功している。
■「爽快感の提供」を新たな柱に
めぐりズムは、これまで蒸気による「温かさ」を提供する商品を展開してきたが、2023年には「ひんやりめぐりズムシリーズ」も発売した。従来のアイマスクやシートの他、頭皮用スプレーやローションのタイプも用意され、新たなめぐりズムとして普及が進められてきた。
2025年3月末には「めぐりズム 貼る炭酸シリーズ」を発売。「ジェルパック HEAD&NECK」「ジェルパック FOOT」として、頭・首用と足用を展開する。炭酸をジェルパックに配合しており、メントールなどの成分を配合したシートで爽快感を提案する商品だ。
画像提供=花王
「めぐりズム 貼る炭酸 ジェルパック HEAD&NECK」 - 画像提供=花王
これまでのめぐりズムは、通年商品とはいえ、「温める」という特性上、秋冬シーズンの利用の方が多かった。そこで、春夏にも利用しやすい爽快感を訴求する商品を加えることで、1年を通じた使い続けやすさの向上が図られている。仲田さんは、「温める商品と爽快感のある商品を2本柱にして、めぐりズムをさらに広げていきたい」と語っている。
めぐりズムは、消費者からの認知度が高く、よく知られているが、蒸気でホットアイマスクの使用率は約30%、使用経験率は約50%に留まっているという。そのため、国内市場の伸びしろは大きい。また、アジアを中心に海外市場への展開も進められており、中国ではキッズタイプの「蒸気でホットアイマスク」も展開している。今後さらなるブランドの成長が見込まれる。
■現代のマーケティングでは情緒的価値が重視されやすい
現代のマーケティングでは、商品の機能性にもとづく機能的価値は、他社から模倣・後追いを受けやすく、また消費者のニーズや好み、流行や飽きのスピードが加速していることもあり、すぐ手詰まりになりやすいと考えられる傾向にある。そのため、色や香りのバリエーション、デザイン、コラボレーションなどを通じた、消費者の気持ちや嗜好性を満足させる情緒的価値を早くたくさん作っていくことが重視されやすい。
しかし、昔も今も、商品の本質は機能的価値にある。そして、機能的価値の開拓や拡大は、もっと追求することができる。機能的価値の追求をすぐに諦めて、情緒的価値ばかりを偏重してしまうと、短期的には乗り切れても、長期的に見れば、商品・ブランドの寿命が短く終わってしまいやすくなる。
■技術とマーケティングの組み合わせで機能的価値は増やせる
めぐりズムは、もちろん情緒的価値についても強化している。特にアイマスクは、バリエーション豊富な選択肢から好みを選べる香りの展開や、眠りを楽しむゲーム「ポケモンスリープ」とのコラボのような期間限定の取り組みなど、消費者を楽しませる情緒的価値も数多く提供されている。
ただ、商品の土台となる強みは、機能的価値の追求・拡充にこそある。前述のように、次々に新商品を開発して機能的価値を多面的に拡大していることに加えて、既存商品のバージョンアップも著しい。アイマスクの発熱時間は、もともと約10分だったものが、改良の結果、倍の約20分まで持続できるように進化している。また、蒸気の力でシートがこれまでの約2倍に膨らむように改良し、やわらかく膨らんだシートが目元に密着するようになった。
「めぐりズム」のように、社会やライフスタイルの変化を察知しながら、技術力とマーケティング提案を巧みに組み合わせることによって、商品の機能的価値は増やしていくことができる。こうした機能的価値の多面的拡大ができれば、日本のものづくりには、まだまだ多くの発展の余地が見つけられるだろう。
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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部教授
専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『
マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『
分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)などがある。
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(高千穂大学商学部教授 永井 竜之介)