献血後に「あなた様の血液には…」というものものしい手紙が届く「2000人に1人の特別な血液」の正体

2025年3月26日(水)12時15分 プレジデント社

写真提供=オヤツダさん(X投稿)

献血をした後に日本赤十字社から手紙が届くことがある。内科医の名取宏さんは「手紙が届くのはB型肝炎ウイルスに強い大変貴重な血液の持ち主で、こうした人からの献血が薬を作るのに使われている」という——。
写真提供=オヤツダさん(X投稿

■日本赤十字社からの手紙


先日、SNSのX(エックス)で、献血後に日本赤十字社から「あなた様の血液にはB型肝炎ウイルスに対する強い免疫力がある」という手紙が届いたという投稿が注目を集めました(※1)。


この手紙には「免疫力というのは抗体と呼ばれるタンパク質で、B型肝炎を防ぐ効果があること」、だから受け取った人は「B型肝炎になるおそれがないこと」、その血液は「B型肝炎の発症を予防する薬の材料となること」が書かれていて、「今後も献血(血漿成分献血)をお願いしたい」という旨で締めくくられています。


なお「免疫力」という言葉は正式な医学用語ではありませんが、わかりやすく伝えるために使われているのでしょう。この場合は、B型肝炎ウイルスに対する防御抗体である「HBs抗体」を指していて、手紙の中でも説明されていました。


こうして献血された血液から、B型肝炎の発症を予防する薬が作られているのは、医療関係者にはよく知られている話です。ところが、長年にわたって献血を続けている方からも「知らなかった」という声が上がるほど、一般にはあまり知られていません。そこで、今回はB型肝炎と、献血によって作られるB型肝炎の予防に役立つ医薬品について書くことにします。


(※1)togetter「献血したら『あなた様の血液にはB型肝炎ウイルスに対する強い免疫力がある』という手紙が来た→似たような経験がある人もちらほら


■B型肝炎ウイルスとは何か


B型肝炎というと、「B型肝炎ワクチン」を思い浮かべる人も多いでしょう。ワクチンで免疫力——つまり防御抗体(HBs抗体)ができれば、B型肝炎ウイルスに感染しません。インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)と違って、B型肝炎ウイルスはワクチンの標的となる表面抗原の変異が比較的少ないため、一度免疫を獲得すれば長期間にわたって感染を防ぐことができます。B型肝炎ワクチンは30年以上も使用されており、安全性や有効性に関しても十分な実績があります。


そのため、B型肝炎ワクチンは、世界の多くの国々で乳幼児期の定期予防接種として導入されています。日本でも2016年以降、全ての乳児を対象にB型肝炎ワクチンが定期接種となりました。それ以前に生まれた方でも、医療従事者など特定のリスクがある場合には接種が推奨されていました。私も、今から30年ほど前、医学生のときにワクチンを接種しています。実習で患者さんの血液・体液に接する機会があるからです。


B型肝炎ウイルスは、血液や体液を介して感染し、その名のとおり肝臓に炎症をひき起こします。具体的な感染経路は、性的接触、針刺し事故、歯ブラシや剃刀の共有などです。握手やハグ、トイレやお風呂といった日常的な行動で感染することはありません。B型肝炎ウイルスに感染すると、急性期には倦怠感や食欲不振、発熱といった症状とともに黄疸が生じることもあります。


■致命率の高い重症の「B型急性肝炎」


もしもB型肝炎ウイルスに感染しても、成人における多くのケースでは免疫系が防御抗体を産生しウイルスを排除しますが、一部の症例では有毒な物質を解毒・排泄する肝臓の機能が失われる「急性肝不全」になったり、感染が持続して「慢性肝炎」になったりします。


特に昏睡にいたるような重症の急性肝不全(いわゆる劇症肝炎)は、非常に致命率が高い病気です。抗ウイルス薬の投与、血漿交換、血液透析などの内科的治療を行いますが、改善しないときは肝移植が検討されます。内科的治療は市中病院でもできますが、肝移植は大学病院でしかできません。


私が大学病院に勤務していたときにも、何例かの急性肝不全を診た経験があります。転院初日に昏睡に陥り、内科的治療にはまったく反応しなかったのに、外科に転科して肝移植を受け、退院日に歩いてあいさつに来てくださった20歳台の患者さんのことはよく覚えています。外科のすごさを思い知らされました。


また、ドナーが見つからず、肝移植ができないまま大学病院から紹介元の病院に転院していった50歳台の患者さんもいらっしゃいました。厳しい現実ですが、肝移植ができない場合は、他の患者さんのために大学病院のベッドを空けなくてはなりません。その患者さんは、残念ながら転院してまもなく亡くなりました。


■肝がんの原因になる「B型慢性肝炎」


一方のB型慢性肝炎は、肝硬変や肝がんを引き起こす病気で、こちらも注意が必要です。日本における肝がんの原因のうち、B型肝炎が占める割合は1割強とされています。初期は無症状なので診断されないまま見過ごされ、症状が出たときにはかなり進行しているケースも少なくありません。


例えば、肝がん破裂のため救急搬送された60歳台の患者さんは、それまでまったく自覚症状がありませんでした。肝実質には痛覚がなく、肝臓の内部でがんが大きくなっても痛くはありません。しかし、がんが破裂し、出血して肝臓の被膜を刺激すると強い腹痛をひき起こし、同時に血圧低下をもたらします。輸液や鎮痛剤投与を開始し、放射線科の先生に血管内治療による止血をしてもらいましたが、残念ながら救命できませんでした。


写真=iStock.com/anilakkus
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/anilakkus

すでにB型慢性肝炎と診断されている患者さんは、肝がんをできる限り早く発見し、早く治療を開始できるよう、定期的に腹部超音波検査や腹部CT検査を受けていただきます。定期検査を受けていれば「発見したときには手遅れ」ということはありませんが、それでも油断はできません。抗ウイルス薬が進歩した現在はだいぶん改善されたものの、肝がんの治療は長丁場になります。がん組織を「外科的切除」や「ラジオ波焼灼術」で取り除いても、ウイルスに感染した細胞は取り除けません。よって肝がんのリスクは高いままで、再発しやすいのです。肝がんが再発するたびに治療を繰り返すのですが、だんだんと肝臓の機能が弱まり、積極的治療ができなくなっていきます。


■B型肝炎の予防に使われるワクチンと防御抗体


以上のように、B型肝炎は命に関わることもある恐ろしい病気です。近年では抗ウイルス薬の進歩により肝炎の進行を抑えることが可能になり、また肝がんに対する治療の選択肢も増えてきたとはいえ、最初から感染を未然に防ぐことが最も望ましいでしょう。しかし、B型肝炎ワクチンを接種していない人、接種しても十分な防御抗体を産生できない人が存在するため、ワクチン接種だけではB型肝炎の完全な予防は困難です。


十分な防御抗体を持たない医療者が、針刺し事故などでB型肝炎の患者さんの血液に曝露した場合、できるだけ早くB型肝炎ウイルスに対する防御抗体を高濃度に含む血液製剤「抗HBs人免疫グロブリン」を投与します。これが冒頭で出てきた「B型肝炎の発症を予防する薬」です。同時にワクチンも接種しますが、免疫系が抗体を産生するまで時間がかかります。その間に感染が成立する可能性があるため、すぐに防御抗体を投与することで感染を防ぐわけです。


他に防御抗体が投与されるケースに、B型肝炎のお母さんから生まれた新生児があります。出生時、新生児は母親の血液に触れるため、ウイルスに感染するリスクが高いとされています。さらに、新生児期に感染すると成人に比べて慢性化しやすいのです。生まれてからできるだけ早く防御抗体を投与し、B型肝炎ワクチンを接種します。やはり、ワクチンによる免疫が働くまでの間に感染が成立するのを防御抗体で防ぐことを目的とします。


■献血が必須となる貴重な医薬品


このように献血で集められた「B型肝炎に対する防御抗体を豊富に含む血液」から、医療者や赤ちゃんを守る貴重な薬が作られています。現在の技術では、B型肝炎に対する防御抗体を人工的に大量生産することは困難なため、献血された血液を原料として作る以外に方法がないのです。冒頭の手紙を受け取った方は、その後も献血に通われていると聞きました。


写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

また、献血によって集められた血液から作られるのは、B型肝炎の予防に用いられる医薬品だけではありません。貧血の治療に必要な「赤血球製剤」、血小板減少症の治療に投与される「血小板製剤」、大量出血や凝固異常の治療に使われる「血漿製剤」、低アルブミン血症に対する「アルブミン製剤」、血友病の治療に不可欠な「血液凝固因子製剤」も、献血された血液から作られています。さらに献血によって提供された血液は、病気や手術、事故で治療を必要とする患者さんに輸血されることで、その命を支えています。


ですから、献血によって集められた血液はすべて誰かの役に立つのです。医師として、日頃から献血にご協力くださる方々には心から感謝しています。この原稿を読んで少しでも興味が湧いたという方がいたら、ぜひ献血へのご協力をお願いいたします。


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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)

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