「ストレスだらけの人」ほど実は老けにくい…慶應大名誉教授が伝授「老後もイキイキしている人の秘密」
2025年3月26日(水)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wavebreakmedia
※本稿は、伊藤裕『なぜストレスフルな人がいつまでも若いのか ストレスを使いこなす! 6つの金のメソッド』(Gakken)の一部を再編集したものです。
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■外部刺激が病気の原因という「大発見」
そもそも、「ストレス」とは何なのか。医学的にひもといてみたい。
医学の世界でストレスという言葉が使われるようになったのは、それほど古いことではない。1930年代から40年代にカナダ人の生理学者、ハンス・セリエ博士(1907〜1982)が発表し広まった「ストレス学説」がきっかけだ。
ハンス・セリエ(写真=ジャン=ポール・リウ/モントリオール大学情報部門/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
ストレスは英語のstressで、「力」「強調」などの意味の言葉だ。英語の発音で強くアクセントをつける印を「ストレス記号」というが、あれである。
それまで学術的には、主に物理学の分野で用いられていた言葉で、たとえば、水平に置かれた板の中心に圧力をかけると、板がゆがむ。このゆがんだ部分のことをストレス(状態)と呼び、ゆがませた外的な刺激(圧力)のことを「ストレッサー」と呼ぶ。近年は「ストレス」「ストレッサー」の概念をひとくくりにして、「ストレス」と総称されることが多い。
セリエ博士は、外的な刺激、つまりストレッサーの影響で、体内に特定のホルモンが増え、さまざまな反応が起こることを突き止めた。当時の医学界では、病気の原因は病原体であると考えられていたので、外部刺激から病気が引き起こされるという説は、大きな変革をもたらした。
■ラットを使った動物実験で分かったこと
セリエ博士は、実験動物のラットを2つのグループに分けて、一方のグループに卵巣や胎盤の抽出液(エキス)を注入して、体内にどのような変化が起こるのかを調べた。そして、もう一方のグループには、外傷、高温、低温、拘束、過剰な運動負荷など、さまざまな刺激を与えてみた。すると、物質を注入したグループと、刺激を与えたグループとで、体内に同じような変化が起こったのである。
これらを観察し、セリエ博士は、ヒトの病気の発病初期によくみられる症状である、舌の荒れ、発熱、胃腸障害、身体の痛みなどは、原因はなんであれ、同じ仕組みで発症するのではないかと考えた。
セリエ博士は、多種多様な刺激によって実験動物に一定の変調が表れることを観察し、「生体に作用する外からの刺激に対して、身体に生じたひずみの総称」をストレス状態とし、その刺激を「ストレッサー」と定義した。
■「ストレス=悪」ではなく、よい面もある
「外部刺激によっても、体の中で生じる病気を起こす原因(病因)と同じような反応が引き起こされる」という研究は当時、非常に注目された。のちにセリエ博士はノーベル賞を受賞する。
この説は非常に画期的ではあったが、「ストレスは病気を引き起こすものだ」という部分が衝撃的だったために、その部分が独り歩きしてしまった。
後にセリエ博士は自身の理論を修正し、「よいストレス」(ユーストレス、eustress)と「悪いストレス」(ディストレス、distress)という概念を導入した。
ストレスそのものが悪いわけではなく、ストレスの種類やその対処方法が重要であると強調した。また、ストレスにはよい面もあり、人間の成長や適応、創造性を引き出し、健康にプラスに働く面もあるとも主張した。
適切なストレスは健康や幸福感の向上に関与する可能性があるという考えもしばしば語り、「ストレスは人生のスパイスである」という言葉も残している。
ストレスは生きていく活力を生み出し、人生をイキイキと輝かせてくれる調味料のようなものだというのだ。
■人間が持っている「火事場の馬鹿力」
身体がなんらかの変化を感じると、それに反応し、対応しようとする。
その反応は、ストレスへ抵抗しようとして起こっているもので、「元の状態に戻そう」──つまり、「よくなろう」として起こっているものである。
刺激を感じると、体は大急ぎでエネルギーを出して、平常の状態に戻そうとする。それが、身体機能をパワーアップさせ、われわれの行動を促すのである。
小さい動物が天敵に出くわし、必死で逃げる様子を想像してほしい。恐怖や危険を感じると、行動力を高めるアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され、血流をよくしようと心臓がドキドキと早打ち、血圧を上げ血管を収縮させる。そして、集中力や判断力が高まる。そうしてエネルギーが集中し、脱兎のごとくというが、信じられないスピードで逃げ去っていく。
われわれ人間も、危険を感じると、心臓が脈打ち、呼吸が速くなり、思ってもみなかった力──「火事場の馬鹿力」と呼ばれるようなとんでもない力が出ることがあるのだ。
■体が痛くなるのはストレスのせい?
読者のなかには、「ストレス」を感じると、体のどこかが痛くなるという人も多いと思う。よく聞くのが、仕事が立て込んでくると、肩こり、腰痛に悩まされるというものだ。休日になると楽になるので、ストレスのせいに違いないと思われるのだろう。
しかし、ストレス自体は痛みを持っているものではない。刺激によって、全身の神経、感覚が敏感になっているため、痛みも感じやすくなるのだ。入学試験の会場などで、他の受験生のわずかな動作、小さな物音が気になってしまった記憶はないだろうか。
ストレスという刺激によって、感覚が研ぎ澄まされ、もともとの腰痛や肩こり、頭痛も、より痛みをくっきりと感じられるようになるのである。
■ストレスのない状態は老いに直結する
もしストレスがまったくなくなったら、私たちはどうなるのだろうか。
ストレスがない生活は現代人には憧れかもしれないが、ストレスがない状態では、目標達成や困難を克服する経験が少なくなり、達成感や充実感を得ることが難しくなる。
これらの感覚が不足すると目標への意欲を失い、やる気をなくしてしまう可能性がある。
やがて、停滞感や退屈感が生まれる。常に快適で刺激のない状況は、成長や学びを停滞させる要因となりえる。脳への刺激が不足し、脳の活性化を阻害する可能性がある。脳は、常に新しい情報や課題にさらされることで、活性化し、成長する。ストレスがないと、脳の老化にもつながる。
写真=iStock.com/Radachynskyi
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ストレスは人を動かし、筋肉や骨を鍛え、心肺機能を向上させる。ストレスがない状態によって、身体機能が不活発化し、新陳代謝が減っていき、身体機能の低下につながる。
身体に変化や刺激を与えるストレスは、生きる上で必要不可欠な力なのだ。これが少なくなり弱まっていくことは、ひいては老いや弱化に直結する。
■ストレスフルな人ほど若々しい理由
「あの人はあんなにストレスフルな生活を送っているのに、いつも元気だ」「なにかに挑戦している人がなぜか若い」ということは身近にあるだろう。
逆に、仕事を辞めて悠々自適になった途端に、「あれ、ふけたな」と感じることもあるのではないだろうか。
ストレス状態にあることと若々しさには相関関係があるのだ。
伊藤裕『なぜストレスフルな人がいつまでも若いのか ストレスを使いこなす! 6つの金のメソッド』(Gakken)
ストレスという刺激を受けると、全身にエネルギーがあふれ、フルスロットルの状態になる。免疫力が高まり、病気から身を守る力が増す。全身がリズム感を持って振動し、新陳代謝が促進され、若返りが促される。豊かな感覚も得られる。もしストレスがなければ、細胞や生体は衰えていくばかりだ。
目標を達成した時、がんばってよかったと思うと同時に、自分が強くなったと感じることがあるだろう。実際に身体は強くなっている。ストレスフルな時、本人はへとへとに疲れているかもしれないが、体内は活気づいてイキイキとしている。
ストレスは、新しいことに挑戦したり、目標を達成したりしようとする意欲を高め、成長を促す。私たちの身体を鍛え、心身を強くする上で重要な役割を果たす。ストレスを悪者とせず、積極的に受け入れることで、私たちはより強くなっていき、健康で、幸福な人生を送ることができるのだ。
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伊藤 裕(いとう・ひろし)
慶應義塾大学名誉教授、同大学予防医療センター特任教授
京都市生まれ。1983年京都大学医学部卒業、米国ハーバード大学、スタンフォード大学医学部にて博士研究員。京都大学医学部助教授を経て、慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授。2023年より現職。医学博士。専門は内分泌学、高血圧、糖尿病、坑加齢医学。世界で初めて、臓器同士がつながりあって疾患が広がる「メタボリックドミノ」を唱えた。高峰譲吉賞、日本高血圧学会栄誉賞など受賞多数。元日本内分泌学会代表理事、日本高血圧学会理事長。著書に、『なんでもホルモン』『幸福寿命』(朝日新書)、『「超・長寿」の秘密』『いい肥満、悪い肥満』(以上、祥伝社新書)、『からだに、ありがとう 1億人のための健康学講座』(PHPサイエンス・ワールド新書)『ほっこり』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。NHKスペシャルなどメディア出演多数。
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(慶應義塾大学名誉教授、同大学予防医療センター特任教授 伊藤 裕)