「プーチンはトランプを操っている」…"ホテル6軒破産"ダメ実業家のトランプ氏が大統領になれた本当の理由
2025年3月27日(木)17時15分 プレジデント社
米ニューヨーク州アトランティック・シティにあったトランプ・タージ・マハール 。1991年破産、その後紆余曲折を経て、現在はハードロック・ホテル&カジノとして営業〔2003年撮影〕(画像=Jrballe/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)
※本稿は春名幹男『世界を変えたスパイたち』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
米ニューヨーク州アトランティック・シティにあったトランプ・タージ・マハール 。1991年破産、その後紆余曲折を経て、現在はハードロック・ホテル&カジノとして営業〔2003年撮影〕(画像=Jrballe/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)
■1990年代にトランプが陥った「ホテル危機」
プーチンはなぜ、トランプに目をつけ、大統領選挙で支持したのか。「不動産王」と呼ばれたトランプとロシアの接点はどこにあったのか。冷戦後の1990年代からトランプが展開してきた、ビジネスの状況から点検していきたい。
米国民が2016年当時トランプに抱いたイメージは「大成功したビジネスマン」だったとみられる。だから、彼に思い切った政治を期待する、と考えて投票した米国民が多かったようだ。
しかし現実を見ると、意外な事実が浮かび上がる。トランプが倒産させた主要なケースは以下の通りだ。いずれもホテル、ないしはカジノ・ホテルである。
1991年 トランプ・タージ・マハール(ニュージャージー州アトランティックシティ)
1992年 トランプ・プラザ・ホテル&カジノ(同)、トランプ・キャッスル・ホテル&カジノ(同)、プラザ・ホテル(ニューヨーク)
2004年 トランプ・ホテルズ&カジノ・リゾーツ
2009年 トランプ・エンターテインメンツ・リゾーツ
トランプ自身はこれらの倒産について『ニューズウィーク』誌に「(債務減らしの道具として)破産法をうまく使っている」と発言している。
現実には、1980年代には70行以上の銀行がトランプに約40億ドルを貸し付けていた。しかし1990年代の連続破産で米銀行は手を引き、取引銀行はドイツ銀行とドイツ・バイエルン州の銀行の2行だけになったと言われる。特別検察官は2018年、ドイツ銀行を召喚、捜査している。
■トランプをロシアに近づけた「謎の男」
そんな窮状を救った謎のユダヤ系ロシア人ビジネスマンがいる。米露の情報機関とも関係を維持するこの男がニューヨークのトランプタワー24階に事務所を置いたのをきっかけに、トランプのビジネスは上向き、モスクワにトランプタワーを建設するプランが浮上するなど、トランプとロシアの関係がぐっと近くなるのだ。
ニューヨークのトランプ・タワー(画像=Bin im Garten/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
この男フェリクス・セイターは8歳の時に、一家でイスラエル経由で米国に移住。ニューヨーク・ブルックリンで育ち、米国籍を得た。父は米国でマフィアの一員になったと言われる。本人は大学を中退し、ウォール街で証券会社の電話セールスの仕事に就いたが、若いころはならず者で、1991年に酔っ払って喧嘩し、マルガリータが入ったグラスで相手を殴り、禁錮1年の刑に服したことがあった。
その後証券会社を設立、いかがわしい株取引やマフィアとの関係が連邦捜査局(FBI)に探知され、取り調べを受けた。有罪を認め、ウォール街で暗躍する組織犯罪グループに関する情報をFBIに提供するのと引き換えに、禁錮刑を逃れ、2万5000ドルの罰金刑を受けただけで済んだ。
■FBIやCIAのエージェントとしても活躍
この間、セイターはFBI、さらに米中央情報局(CIA)のエージェントとして、アフガニスタンに残留していた米国製の肩掛け式スティンガー・ミサイルの回収作業に協力。9・11米中枢同時多発テロの首謀者、ウサマ・ビンラディンの衛星電話の番号も入手したといわれる。後の米司法長官ロレッタ・リンチは議会証言で「セイターの情報は国家安全保障にとって重要で、非常に役に立った」と証言している。
また一時、「ニューヨークの銀行家」と称してロシアに戻り、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)の高官やロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の関係者と知り合ったという。恐らく米露情報機関を二股にかけた二重スパイと言えるだろう。
■ロシア・マネーがトランプを「成功者」にした
セイターがテブフィク・アリフという、カザフスタン出身の元ソ連政府高官でクロム鉱で儲けた人物と共同でトランプタワーに事務所を置いたのは、「ベイロック・グループ」という不動産開発会社だ。アリフがカザフスタンなど旧ソ連諸国のお金持ちから巨額の資金を集め、トランプが売り出したフロリダ州の別荘などに投資させた。
2005年に発売された46階建ての「トランプ・ソーホー」は、トランプの新しいビジネスモデルを展開するきっかけとなった。トランプはただ名義を貸すだけで、トランプ本人に15%、長女イバンカと長男ドナルド・トランプ・ジュニアに各3%の所有権が与えられた。
写真=iStock.com/Coprid
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Coprid
米大統領選挙の前に、モスクワにトランプタワーを建設する計画が持ち上がり、セイターはイバンカとジュニアとともにモスクワに同行、クレムリンのプーチン大統領の執務室を見学、その際大統領の椅子に腰かけたと米紙では伝えられた。
トランプは2004年から『アプレンティス(徒弟)』と題するテレビのリアリティ番組に出演、「ユウ・アー・ファイアード(君はクビだ)」の決まり文句とともに有名になった。トランプはロシア・マネーのおかげで、「ビジネスの成功者」というイメージを売り出すのに成功した。
それでは、ロシア情報機関も加わって、いつの時点でロシアが支援してトランプが大統領選挙に出馬するプロジェクトがまとまったのだろうか。2016年の大統領選挙に対するロシアの介入を捜査したロバート・ミュラー特別検察官は、セイターも調べたが、その経緯はつかめなかったようだ。
■トランプタワーで行われた米露8人の会合
もう一つのルートがある。それは2013年11月9日にモスクワでミスユニバース世界大会が開かれ、トランプはその主催者として司会をし、多くのロシア関係者と知り合いになったことだ。トランプが特に親しくなったのは、ロシアの大手不動産会社「クロカス・グループ」のアラス・アガラロフとその息子らのグループだ。
この人脈が、2016年大統領選挙中の6月9日にトランプタワーで行われた、米露の計8人の会合につながったとみられる。米側はトランプの長男、ドナルド・トランプ・ジュニア、娘婿のジャレド・クシュナー、選対本部長のポール・マナフォートら。ロシア側は、プーチン側近の一人ユーリー・スクラートフ元検事総長に近い女性弁護士ナタリア・ベセルニツカヤ、元タブロイド紙記者ロブ・ゴールドストーン、米露二重国籍の元ソ連軍情報将校でロビイストのリナート・アフメトシンらがいた。
その際、ヒラリーの不祥事についてロシア側から情報を得る約束について話をしたようだ。それ以外に具体的な工作を話し合う「謀議」があったかどうかは不明だ。
■誰も知らないトランプ=プーチン会談の中身
トランプは2017年の大統領就任から2年間、世界の5カ所でプーチン大統領と非公開の米露首脳会談を行ったことが公式発表で明らかにされた。だが問題がある。両首脳のやりとりの内容は米政府内でも一切明らかにされていないのである。このため外交安保政策を担当する米政府当局者でも、CIAや世界最大の盗聴機関である国家安全保障局(NSA)などの情報機関に問い合わせ、同時に会談後のロシア大統領府の対応に関する情報を参考に会話内容を類推するという奇妙な状態が続いている。
写真=iStock.com/Douglas Rissing
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Douglas Rissing
実は、トランプとプーチンの会話は面と向かった会談が5回、公開された電話会談は第1期の大統領就任から2019年1月初めまでで9回とされている。2024年10月に発刊されたワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者の新著『WAR(戦争)』によると、トランプが2020年大統領選に落選して以後も、2人は電話で7回程度の会話を交わしており、2016年大統領選挙に当選以後の会話と会議の総回数は25回を超えているとみられる。
■自国の情報機関よりプーチンを信頼
トランプは会話の内容が公開されないよう極めて神経質になっていることが分かる。
第1回の会談となった2017年7月7日のドイツ・ハンブルクでは、トランプは会談後、通訳からノートを取り上げた上に、聞いたことは誰にも口外してはならないと命じたという。
そんな経緯にミュラー特別検察官も米議会民主党も関心を持ち、通訳官らに対してノートの提出を求める動きがあったが、現在はノートが存在するかどうかも明らかではない。
2018年7月16日、フィンランド・ヘルシンキでの公式の米露首脳会談は野党民主党の強い批判を浴びた。1対1で約2時間、通訳だけが同席したこの会談の終了後の記者会見で、トランプは2016年米大統領選挙へのロシアの介入について「プーチン大統領はロシアじゃないと言っている。ロシアである理由が見当たらない」とプーチンの主張を鵜呑みにする発言をした。CIAは「プーチンが介入を指示した」とする判断をしており、米大統領が自国の情報機関を信頼せず、ロシア大統領を信頼するというおかしな現実が明からさまになった。
■トランプを「操る」プーチンの狙い
2人が非常に親しいことは、ウッドワードの新著『WAR』からあらためて明らかになった。コロナ感染の最盛期に、トランプはコロナウイルスを検出する検査機器をプーチンに贈ったという。また、フロリダ州の別荘でトランプは、自分の部屋でプーチンに電話をする際には、人払いをし、側近にも会話内容を聞かせないようにしているという。
トランプがこれほどの神経質な態度を示していることもあり、ダン・コーツ元国家情報長官やストローブ・タルボット元国務副長官ら元米政府高官は、「プーチンはトランプを操っている」との見解で一致している。
ではプーチンは、トランプを使って何をさせようとしているのか。
プーチンとしてはまず、NATOの拡大を止めたい。具体的にはウクライナのNATO加盟阻止、米国のウクライナへの軍事援助停止、米国のNATO離脱を実現したいと考えてきたに違いない。
■今もトランプが口にする「米国のNATO離脱」
トランプは第1期政権の2018年以降、ホワイトハウス内で数回、米国の「NATOからの離脱」を口にしたと伝えられる。最初にそれを言い出した時は、本気かどうか分からなかったが、何度も言及するので高官らは不安を募らせたという。大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジョン・ボルトンらが証言している。
米国がNATOから離脱すれば、NATO体制は崩壊する。米国という核超大国あってのNATOだ。米国が離脱すれば、米国が西側諸国に対する支配的地位を維持して世界平和を保つという戦後の「パックス・アメリカーナ」も終焉の時を迎える。プーチンは米国の支配体制を崩壊させようとしていると、「エスタブリッシュメント」の米政府高官らは警戒している。
しかし、トランプは「NATOからの離脱」と口にしただけで、ジョン・ケリー首席補佐官、ジョン・ボルトン/ハーバート・マクマスター両補佐官(国家安全保障問題担当)らの猛反対に遭い、引き下がった。トランプはこれらエリート官僚を「ディープステート」と呼んでいる。意訳すれば「地下政府」とも言える。「秘密結社」と誤解させて、陰謀論につなぐ意図があるかもしれない。
トランプは今なおこの言葉を使い、2025年1月からの第2期政権では、これらエリートを一掃して、新たに5000人の同志を入れるとも発言していた。
■2019年にもウクライナ支援を止めようとしたトランプ
米国からウクライナへの軍事援助を、トランプが止めようとしたこともあった。
2019年7月、トランプは約4億ドルの対ウクライナ軍事援助の執行差し止めを国務・国防両省に指示した。その1週間後、トランプはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に電話し、翌年の大統領選挙に出馬するライバルのバイデン前副大統領の次男の不正事件などを捜査すれば、軍事援助を執行するという趣旨の発言をした。
春名幹男『世界を変えたスパイたち』(朝日新書)
この事実を内部通報したのはCIA要員だった。だがトランプの側近の一人スティーブン・ミラー補佐官は「ディープステート工作員」の仕業と非難。トランプ自身は「彼らは自分を狙う反逆者」と罵った。
議会で決めた援助を大統領が差し止めるのは違法であり、野党民主党が厳しくこの問題を追及したため、同年9月11日にトランプは「執行」を関係省庁に連絡した。この問題はトランプ大統領弾劾の動きにまで発展した。
ウクライナへの軍事援助は、共和党の一部がバイデン政権の援助継続に反対し、大きい問題になったが、トランプ第1期政権では曲がりなりにも継続してきたのだ。
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春名 幹男(はるな・みきお)
国際ジャーナリスト
1946年京都市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て、ワシントン市局長。2007年退社。07〜12年名古屋大学大学院教授、同特任教授。10〜17年早稲田大学大学院客員教授。『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA)『仮面の日米同盟 米外交機密文書が明かす真実』(文春新書)など著書多数。
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(国際ジャーナリスト 春名 幹男)