「配偶者の希望で辞めちゃう人もいる」どこへ行っても仮住まい"超転勤族"の裁判官たちの知られざる苦労

2025年3月27日(木)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

裁判官はどんな日常生活を送っているのか。元裁判官で弁護士の井上薫さんは「転勤を繰り返すため、配偶者の希望で裁判官を辞めてしまう人もいる。単身赴任で妥協している人も少なくないだろう」という——。

※本稿は、井上薫『裁判官の正体 最高裁の圧力、人事、報酬、言えない本音』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


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■派手な夫婦げんかは聞こえてしまう


裁判官も夫婦げんかをすることがあります。ただ、周囲の手前、あまり派手にはやらないでしょうか。でも、中には派手にやる人もいます。喧嘩の原因まで聞こえちゃうこともあります。落語に出てくる長屋のような状態ですね。聞く方も「今日の○○さんは理論的だったなー」などと感想を覚えています。それは別に裁判官だからということではなくて、裁判官でも普通の人と同じように夫婦げんかもやるのだなと思えばよろしいわけです。


3年で転勤していますから仮住まいといってもいいでしょう。もちろん本当の意味の一時というわけではない。旅行で宿に泊まっているというよりは長いですが、3年経てば引っ越しだと思っていると、やはり心の底では仮住まいだなと思いながら生活することになります。めったに使わない道具などは、結局、そこの官舎では一度も開けないでまた引っ越しということになってしまいます。


引っ越しのことを考えると、あまり使わないような品物は買わないのが一番ということで、そういう意味で消費生活にも影響が出てきます。引っ越しのない生活を送っている人にはちょっとわからない特殊な感覚が身につくみたいです。


■官舎の外の人々との付き合いはあまりない


官舎に入っていると、仮住まいだという気がして官舎の外の近所の方々との付き合いはあまりしなかったですね。どこに行っても町内会がありまして、官舎の人たちにも町内会に入ってもらいたいという意向があるように聞きましたけれども、現実的に入っていないです。別天地というか、そこだけ浮いているというか、周囲に溶け込むまでもないというような感覚でした。近所付き合いをしたらいけないという決まりではありませんが、あまりそこまでやらないで通り過ぎた感じがします。


子どもの教育をはじめ、家族の考え方の違いなどから家族全員で引っ越すというのではなくて、裁判官だけ単身で赴任するということもかなりあります。そうなると、割と広い官舎に一人で住むということになります。寒い地域など冬は一段と寒さが身にしみるかもしれませんね。家族といっても、妻も仕事を持っているとか、趣味がやめられないとかあると、単身赴任の可能性が高くなります。場合によっては、配偶者の希望で裁判官が辞めちゃうという話も聞きますから、単身赴任で何とか妥協が成立しているという場合も少なくないのではないかと思います。


■仕事場と自宅の往復で終わりの人もいる


郵便局とか銀行とか住所を書面に書いて提出するような場合には、受け取った職員たちは住所だけ見ると裁判所の官舎の人だなと分かることもあるそうです。具体的な不利益までは受けていないものの、知らないうちに身分がばれているのはおもしろくありません。東京のように大きなところではそんなことを考えていないかもしれませんが、中程度の街になるとあるんですね。


別にだからどうというわけではないですが、いちいち裁判官の名刺を配って歩いているわけではないのですが、結果として似たような状況になっているのです。それと分かってもその本人にわかったよと言うとは限りませんので、なんとなく知られているという場合もかなりあるだろうと思います。


役所で仕事をして家に帰って私生活を営む人となり、睡眠をとるというのは自然のこと。官舎からその他に出かけない。官舎に帰って判決ばかり書いているという人もいます。そうすると、仕事場と自宅の往復で終わりということになってしまいます。何が楽しくてああいう人生を送っているのかと他の人は思うかもしれませんが、俺はきっちり仕事をやっているんだという満足感があるのかもしれないし、あまりこれといって趣味がなくて、いわば仕事が趣味みたいだという人もいるのかなと思います。


写真=iStock.com/serggn
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■「庁用車に乗ってください」をむげに断れない


裁判所の車(もちろん裁判所職員の運転する)で出勤したり帰ってきたりという裁判官もいます。おおむね判事になってから乗れるようになります。あまり乗りたくないときでも乗ってくれといわれることがあります。


庁用車があるということは担当の運転手もいるわけで、乗ってくれないと仕事がなくなるというので、せっかく庁用車の運転手も確保しているんだから乗ってくださいといわれるとむげにも断れないと乗ったのはいいが、どこか寄りたいなと思っても思うようにはいかないということもありました。もっとも、今日は庁用車に乗りませんといえば、それでいいんですけれども、タイミングがうまくいくとは限らず、ちょっとどうしようかなと思ったこともありました。


■趣味の定番は囲碁とテニス


趣味の話をしてみましょうかね。人間は普通趣味がありますよね。仕事だけじゃなくて、好きなことがいくつかあって、趣味としてやっているということはあると思います。それはもう限りなく種類はありますから、いちいち挙げるわけではありませんが、裁判官がやっているのを見ると地味なのが多いですね。特に目立つとかということもないように思います。裁判官の生活があまり人の話題になったりするのは好ましくないと思って、地味なことをやっているのか、あるいは地味なことが身の丈にあっているような性格の人だけが裁判官になっているのか、微妙なところです。


具体的には囲碁とテニスが裁判官の趣味として多いように感じました。囲碁はもちろん高尚な趣味で結構ですが、裁判官同士で対局している分には適当なところですね。本人も満足するし、これといって不都合なことが起こるとも思いませんので、なかなか良い趣味だろうと思います。アマの高段者が少なくないのです。


スポーツの中ではテニスが多い。これもどうということはないのですが、裁判所の中で裁判官同士でやっているというものも多いです。裁判所と無関係に外部でテニスをやっている人がどのくらいいるのかについては私は詳しくはありませんが、趣味としてはこのようなところです。


■カラオケが好きな裁判官もいた


裁判官の中にもカラオケが趣味という人がいます。たくさんの歌を知っていて、私など思いもよらない、こういう歌をどこで覚えてくるんだろうと思うような人もいますね。若い人たちは選ぶ歌が全く違うので、いよいよ分かりません。カラオケが好きな裁判官もいました。



井上薫『裁判官の正体 最高裁の圧力、人事、報酬、言えない本音』(中公新書ラクレ)

カラオケスナックに行って歌うのですが、順番待ちでなかなかマイクが回ってこないから、お客の少ない雨の日だけ狙っていくとかいう人がいて、世の中そんなものかなと思ったことがありました。また官舎の中に防音装置を備えて自宅でやっているとかミラーボールを備えているとか聞いたことがあります。確認しに行ったことはありませんが、中にはそういう趣味の裁判官もいるようです。


当然のことながら、転勤してしまうと続かない趣味もあります。習い事をやっていてもその続きができなくなっちゃう可能性もあります。私もそういうのをいくつか経験しました。いろんな偶然でその場限りの経験だったような気がします。ということは裏を返すと、転勤したら終わりだと思って何か一時的な趣味としてやっているという傾向が強くなります。


ずっと一生貫く趣味、囲碁などはそうだろうと思いますけども、そうでないと、やはり環境によってできるかどうか差が出てくる場合もあります。したがって、趣味といっても、仕事に近いような熱のこもった趣味であれば、転勤にも影響があるのかもしれません。


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井上 薫(いのうえ・かおる)
弁護士
1954(昭和29)年東京都生まれ。東京大学理学部化学科卒、同修士課程修了。司法試験合格後、判事補を経て1996年判事任官。2006年退官し、2007年弁護士登録。著書に『司法のしゃべりすぎ』『狂った裁判官』『網羅漢詩三百首』など。
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(弁護士 井上 薫)

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