首都直下地震「犠牲者最大2万3000人」は楽観的すぎる…地震工学の権威がはじき出した「最悪の被害シナリオ」
2025年3月27日(木)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/leolintang
※本稿は、三浦房紀『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
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■国がまとめた首都直下地震の被害想定
首都直下地震の被害想定は、過去何度も行われています。前回の被害想定は2013年12月にまとめられています。それから10年以上が経ち、その見直しをすべく、2023年から内閣府によって首都直下地震の再検討が行われています。
しかしながら被害想定結果の公表はまだ行われていませんので、ここでは2013年12月に、国の中央防災会議の中の「首都直下地震対策検討ワーキンググループ」が取りまとめた『首都直下地震の被害想定と対策について』(最終報告)にあるものを用いて説明を進めていきます。
このワーキンググループは、1600年以降の関東地方で起こった地震を詳細に調べ、それに基づき今後起こる可能性があるM7クラスの地震を19種類に分類して想定、そしてそれぞれに対して震度分布や予測される被害を算出しています。図表1にその19の地震の震源(活断層など)を示します。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
■国の試算「死者2万3000人」は少なすぎる
それら19の地震の中で最も被害が大きいと想定されるのが、「都心南部直下地震」で、その震度分布と震源となる断層の位置を示したのが図表2です。これによると地盤の軟らかい東京湾の沿岸部、そして荒川水系や多摩川水系周辺では内陸の方まで高い震度が分布しています。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
この地震が「冬・深夜」、「夏・昼」、「冬・夕」の3つの季節・時間帯に起こったとして、原因ごとに死者数をまとめたのが図表3です。南海トラフ巨大地震との大きな違いは、津波による犠牲者がいないこと、その反対に火災による犠牲者が多いと予想されることです。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
「冬・夕」に地震が起これば、最悪の場合約2万3000人の死者が出るという結果(表の⑦)になっています。この数字を皆さんはどう思われるでしょうか。
私は首都直下地震についても2万3000人の死者数では到底すまないと思っています。
■10万人はくだらない犠牲者が出る
ここで注意が必要なのは、図表にある壊れた建物に閉じ込められ自力で脱出できない人の数⑨です。救助が進まない場合、残念ながらこの数字は死者数に加算されます。この数を死者合計数⑦に加えると、⑦+⑨は最悪の場合、「冬・深夜」で約9万人、「冬・夕」で約8万1000人、最も少ない「夏・昼」でも約6万人となります。
さらには負傷者数が10万人前後。この人たちも、特に重傷を負った人たちは医療体制が崩壊すると命を失うことになります。これらを考えると10万人を超える犠牲者が出ることが考えられるのではないでしょうか。
どの場合も死因で最も多いのが火災です。どこで火災による被害が大きいかを示したのが図表4です。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
この図表は冬の夕方、風速8メートル/秒のときの全壊・焼失棟数を示したものです。ほぼ中央にある皇居は被害がなく、JR山手線の内側もそれほど被害は大きくありません。しかしながら山手線の外側は多くの全壊、焼失家屋が広い範囲にわたって分布しています。東京タワーや東京スカイツリー、東京都庁の展望室などから東京を眺めると、山手線の外側には木造住宅が密集していることがわかります。これが被害が大きくなると予想される理由です。
■古い木造住宅を中心に犠牲者が出るおそれ
東京消防庁は、ポンプ車、救急車、はしご車等の消防車両、消防艇、消防ヘリコプター、消防ロボットなど約2000台(2023年4月現在)を配備して災害に備えていますが、地震によって同時に多くの場所から出火した場合、この数では不十分です。
しかも山手線外側の木造住宅密集地には、消防車が入れないところがたくさんあります。地元の人による初期消火に失敗した場合、燃えるに任せるしかありません。その場合、火災によって多くの犠牲者が出ることになります。
関東平野の冬は空気が非常に乾燥し、強いからっ風が吹くことがあります。想定の風速8メートル/秒以上の風が吹く可能性は十分あると考えられます。
またこの図表4では、工場地帯である東京湾沿岸部は無被害となっていますが、これは被害がないのではなく、データが少ないので想定できないのです。これらのことを考えると、もっと犠牲者が増えることが危惧されます。
■都が想定する犠牲者は最大6150人
図表5は建物被害、ライフラインの被害をまとめて示したものです。人だけでなく、物にも甚大な被害が生じることが想定されています。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
首都直下地震が起こると、最悪の場合直接被害だけでも113兆円を超えます。その経済的損失の影響は長期間にわたり、20年間で731兆円にも及ぶとの調査結果もあります。東京都の被害想定2022年5月25日に東京都が都の被害想定を公表しています。
東京都は2012年に「首都直下地震等による東京の被害想定」を策定し、その想定に基づき、様々な防災対策を推進してきました。その間、住宅の耐震化や不燃化などの取り組みが進められてきました。その一方で、高齢化の進行や単身世帯の増加など人口構造や世帯構成が変化してきたため、この10年間の様々な変化や最新の科学的知見を踏まえて、被害想定を見直しました。
図表6は全壊・焼失家屋の被害および人的被害を要因別にまとめたものです。この被害想定によると、倒壊した建物の下敷きになるなどで死者が一番多いのは冬の早朝で約4920人、火災は冬の夕方で約2480人、合計で一番多いのが冬の夕方で約6150人です。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
これはこれで大変な数字なのですが、1995年の阪神・淡路大震災のときの約6430人より少ない数字となっています。皆さんはこの数字を多いと思うでしょうか、少ないと思うでしょうか。
■都の数字はあくまで「地震発生直後」の数
もう少し詳しく見てみると、地震が起こると約8万2200戸の家が揺れや液状化で壊れるのに対して、大半の人が寝ている冬の早朝に地震が起こると、死者が約4920人、また火災で2万7410戸焼失するのに対して死者が約670人となっています。
ストーブ、台所で火を使うなども含めて最も火をよく使う冬の夕方は火災による焼失棟数が約11万8730棟に上るのに、火災による死者は約2480人と想定されています。
いかがでしょう。多分読者の皆さんは死者がこれくらいの数で済むのだろうか、という疑問を持たれると思います。その感覚は正しいと思います。実は、これは地震発生直後の数字なのです。時間の経過とともに間違いなく犠牲者の数は増えていきます。
表には⑪重症者数、⑬自力脱出困難者も示しています。救助活動をすぐに行うことができないと、また消火活動が追いつかず火災が延焼すると、この人たちは命を失うことになり死者数は増えていきます。さらに閉じ込めにつながるエレベータの台数も約2万2000台前後ですから、複数人が乗っている場合もあるため、自力脱出が困難な人数は台数では計り知れないものがあります。
■生存率が著しく低下するのは24時間
よく自力脱出困難者は72時間が限度と言われています。しかし、日本の場合必ずしもあてはまりません。1985年にメキシコ地震が起こり、メキシコシティの高層ビルが多く倒壊しました。そのとき、倒壊したビルの中に閉じ込められた人たちの生存率が72時間で急激に低下しました。それ以来72時間が限度と言われ出したのですが、日本の木造家屋は倒壊するとほぼぺしゃんこ状態になり、生存できる空間がほとんどありません。実際、阪神・淡路大震災では、24時間で急激に生存率が低下しています。
写真=iStock.com/hxdbzxy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hxdbzxy
さらには、避難者数が最大で約299万人、帰宅困難者数が最大で約453万人と想定されています。迅速な救助活動には道路が、消火活動には水道が使えるということが必須条件となります。しかしながら結論から言うと、残念なことに道路も水道も期待できません。
図表7にライフラインの被害想定結果をまとめて示しました。道路の被害想定は橋の被害だけが計算されています。その結果が9.4%。これだけでまず道路は使えないでしょう。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
■閉じ込められた人は救助できず、帰宅困難者も大量発生
さらには建物が道路に倒壊する、液状化が起こる、そして交通事故を起こした車が道路にあふれる、といったことは想定には入っていません。たとえ道路が使えたとしても断水率は26.4%、これでは消火活動も思うようにできないでしょう。
通信の不通回線率は4%とありますが、これはハード的に通信できなくなる回線数で、地震直後は通話が殺到してまず通話はできません。ということはどこにどれだけ閉じ込められた人がいるか、ということも掴めません。残念ですが、閉じ込められた人たちの多くは命を落とすことになるでしょう。
救助活動だけではありません。物資の輸送も困難を極めるでしょう。最大約299万人の避難者、約453万人の帰宅困難者の食料、水などは確保できるでしょうか? またトイレはどうなるのでしょうか?
吉村昭著『関東大震災』には「東京中が臭かった」という記述があります。当時はまだ街中でも土の場所が多く穴を掘ることができたでしょうが、今はアスファルトとコンクリートに覆われ、穴を掘れるところはほとんどありません。想像するだけで恐ろしくなります。
■犠牲者が多い区ワースト10
図表8に犠牲者の多い順に上位10区を示します。これには併せて死因、さらには重症者数、自力脱出困難者数も示しています。これらの区の多くは荒川沿い、および多摩川沿いにあります。これらの区はいずれも両河川沿いで地盤が軟らかく、図表4で全壊・焼失家屋の多い区と見事に一致しています。なお、23区及び多摩地区の市町村の被害想定は、東京都「首都直下地震等による東京の被害想定」(2022年5月)にありますので、興味のある方はこちらを参考にしていただけたらと思います。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
ここで、阪神・淡路大震災との比較をしてみます。図表9がその比較結果です。
出典=『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』
まず、火災発生件数は都心南部直下地震の方が阪神・淡路大震災の3.2倍、焼失家屋数は15.8倍になっています。阪神・淡路大震災の発生時はほとんど無風状態でした。それに対して都心南部直下地震は風速8メートル/秒ですから、かなり延焼することが考えられます。
次に火災による死者数を比較すると4.4倍と、焼失家屋数の15.8倍に対してかなり少なくなっています。さらに全死者数は0.96倍と、想定される都心南部直下地震の方が少ない数になっています。犠牲者数は少ないにこしたことはありませんが、火災による死者数、全死者数ともに少なすぎるのではないかと感じるのは私だけでしょうか。
■複雑すぎて数字には表れない要素
以上の数字は、数字で表されるものだけを用いて計算されています。実際は、地震被害は非常に複雑で、数字に表されない要素がたくさんあります。以下にその例をいくつか紹介します。
①道路の被害に関して
救急活動や消火活動、物資の輸送に欠かせない道路ですが、被害想定に考慮されているのは道路の橋梁部分の落橋や亀裂、橋脚部分の亀裂等の被害箇所数であり、道路に隣接する街区での建物や電柱の倒壊、延焼火災や土砂崩れ、液状化などによる道路の閉塞、車線の逸脱や衝突等による交通事故等の影響は入っていません。
②鉄道の被害に関して
道路と同様に高架橋及び橋梁が対象となっており、沿線の建物倒壊、延焼火災に伴う架線の焼失、土砂崩れによる線路の閉塞、走行中の電車の脱線事故等の被災は入っていません。
③停電に関して
停電の想定には、発電所、変電所、および基幹送電網などの拠点的な施設・機能の被災は入っていません。
④水道の被害に関して
水道の被害には、水道管路以外の浄水施設などの基幹施設や、受水槽や給水管など利用者の給水設備の被災は入っていません。
三浦房紀『これから首都直下、南海トラフ巨大地震を経験する人たちへ』(KADOKAWA)
⑤通信の被害に関して
通信に関しては、通信ビルなどの拠点施設や携帯電話基地局の被災、非常用電源の喪失等の被災は入っていません。
⑥沿岸地帯の工業地帯、コンビナートの被災に関して
沿岸地帯の工業地帯、コンビナートの被災も想定には入っていません。東日本大震災のときに千葉のコンビナートのタンクが爆発、タンク半分の破片は海の方へ飛びました。もしこれが陸側だったら大変な災害になっていた可能性があります。
これらのことを考えると、とても死者が約6150人で済むとは思えません。
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三浦 房紀(みうら・ふさのり)
山口大学名誉教授
1950年生まれ。京都大学防災研究所助手を経て山口大学名誉教授。一般財団法人アジア防災センター センター長。専門分野は地震工学、防災工学、衛星リモートセンシングの防災への利用。国土交通省や宇宙航空研究開発機構などの防災施策に貢献。受賞歴は文部科学大臣賞(科学技術賞)、内閣総理大臣賞(防災功労)など。
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(山口大学名誉教授 三浦 房紀)