現役学生「東大医学部の4割が医者ではない道を選ぶ」という衝撃…過熱する医学部受験ブームで起きていること

2025年3月29日(土)17時15分 プレジデント社

『現代日本の医療問題』(星海社新書)より[*1 石原賢一、(2015)「I.医学部入試の変遷と今後の方向」、日本内科学会雑誌、104(12)、2490-2497]

医学部の受験熱が過熱している。慶應義塾大学医学部の木下翔太郎特任助教は「各大学の医学部には、強い医師志望ではなく成績が良いだけで医学部を受験する生徒がいる。大学受験における競争の頂点である東大理三も例外ではない」という——。(第1回)

※本稿は、木下翔太郎『現代日本の医療問題』(星海社新書)の一部を再編集したものです。


■25年前から偏差値が17もあがった医学部


日本の医療に関しては今後の課題など暗い話題が多く、制度なども大きく変わりつつある時期になっています。一方で、そうした事情を知らずか、あるいは知った上でなお、医学部を志望する学生は多く、受験競争の厳しさが続いていることはご承知のとおりかと思います。そうした状況が続いていることは果たして医療にとってよいことなのでしょうか。


日本に限らず、医師という仕事は他の高収入の職業と比べて景気変動に左右されにくいことが認識されています。日本における医学部人気の高まりは、バブル崩壊以降の長期の経済停滞の中で、不況に強い職業として医師の人気が高まり、医学部入試の受験競争が過熱化していったためとみられています。


なお、この間で医学部全体の入学者の定員は大きく増加しており、防衛医科大学を除いて1990年度には全国で7685人だったのが、2015年度には9134人まで増えています。しかし、それによって医学部入試が楽になったということはなかったようです(図表1)。


現代日本の医療問題』(星海社新書)より[*1 石原賢一、(2015)「I.医学部入試の変遷と今後の方向」、日本内科学会雑誌、104(12)、2490-2497]

■医学部に優秀な人材が集まるデメリット


本書では特に受験の細かい内容には踏み込まないため、あくまで参考程度の情報としてご覧いただければと思いますが、河合塾が作成した入試難易予想ランキング表(2024年11月18日更新時点)に基づく、医学部の入試難易度を図表2に示しました。


現代日本の医療問題』(星海社新書)より

ご存知の方も多いかと思いますが、基本的にどの総合大学においても医学部が最難関学部となっており、東大・京大・早慶などの難関大の理系学部と同等以上の偏差値の医学部が複数あることがわかるかと思います。


また、医学部内の偏差値の違いについては、国立・私立ともに歴史が古い大学の偏差値が高くなる傾向にあること、私立の場合は学費が安い大学の偏差値が高くなる傾向にあることが知られています。


このように医学部の受験競争が激しいことについては、入学後も多くの勉強を求められる環境に適応しやすい優秀な学生が集められる、というプラスの見方をしている医療者は少なくありません。しかし、現実問題として、他の理系分野よりも医学部に人材が集中することのデメリットもあります。


昔からよく指摘される点としては、勉強ができて親や教師にすすめられたから、勉強ができることを証明したいから、といった理由だけで、医学部を目指す学生が出てくる、という批判です。


■医者志望だから医学部を受けるわけではない


例えば、医大生の日常を描いた漫画『Dr.Eggs ドクターエッグス』では、医療に興味のなかった主人公が勉強ができるという理由だけで、高校の担任に強引にすすめられ、縁もゆかりもない地方の国立大学医学部を受験するところからスタートします。


そのような主人公を設定した理由として、作者の三田紀房先生は「地方の国立大学医学部には、成績が良いだけで受験しにくる学生もいる」という話を医学部の教授から聞き、その意外性がおもしろかったからだとしています。


実際、こうした理由で医学部を受験するケースはあります。筆者は開成高校という極端に東大志望者が多い進学校の出身でしたが、国立の前期は医学部ではない東京大学の理科一類・二類を受けるのに、「学力的に見合ってるから」といった理由で私立大の医学部も受験するといった例はよく目にしましたし、そうした例で、東大に落ちてしまった結果、合格していた私立大の医学部に進学する人もいました。


また、現役生の時には医学部に興味を示さず東大の理科一類・二類志望だった学生が、浪人中に「せっかく浪人して勉強頑張ったからもっと上を目指したい」と医学部志望に鞍替えして旧帝大や慶應などの医学部に進学していく例もありました。


■最難関の東大理三の意外な実情


とはいえ、入学後に医療の世界の奥深さに目覚め、結果として良い医者になるケースも多いので、これらが全て問題だというわけではありません。しかし、もし他に医学部以外の理系で偏差値の高い・入試難易度の高い大学・学部があった場合、彼らはそちらの道に進んでいたかもしれない、ということは考えてしまいます。


他に、こうした文脈でよく槍玉に挙げられるのが東大医学部・理科三類です。入学者のほとんどが東大医学部へ進学する東大理科三類は、大学受験における競争の頂点です。そのため昔から、勉強ができるから、という理由で目指す人が最も多い医学部であるとみられています。


東京大学医学部2号館、内田祥三(1936年)(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

そしてその結果、必ずしも強い医師志望でない学生が一定数おり、卒業後に医師以外の道に進む人が他の医学部よりも多いことが知られています。


例えば医学部の世界で知られている話としては、医師国家試験合格率の話があります。医学部卒業後、初期臨床研修医になるためには医師国家試験に合格する必要があります。


新卒の合格率は全医学部の平均で、例年95%弱程度であり、大学間の差はそこまで大きいものではないのですが、新卒合格率100%の学校は例年少ないため(2024年は群馬大・名古屋大・自治医科大・東海大、2023年は徳島大・福島県立医科大・順天堂大・愛知医科大・久留米大、2022年は自治医科大のみ)、業界では多少話題になったりします。


■全国平均よりも合格率が低い


こうした医師国家試験の新卒合格率において東京大学がランキングの上位にくることはほとんどなく、むしろ、全国平均を下回る年も珍しくありません。


そのため、東京大学では医師になることへの高いモチベーションをもたず、勉強時間を十分に確保していない学生が一定数いるのではないか、という見方をされることがあります。


とはいっても、この医師国家試験の合格率の背景には色々と考慮すべき事情もあり、例えば大学によっては進級基準や卒業試験を厳しくして、医師国家試験に合格の見込みがある学生しか卒業・受験させなかったり、大学の講義や提携プログラムの中で医師国家試験対策を充実させていたり、といったことをやっています。


そうした合格率向上の取り組みをあえて東大がやっていないだけかもしれませんが、大学受験時点の学力ではトップだったはずの東京大学医学部の学生たちが、医師国家試験において、全国平均よりも合格率が低いということは、直感的には理解しづらい事象です。


もちろん、医師国家試験は良い医師を育成する上での通過点でしかないため、他の指標などで総合的に比較検討した方が良いテーマではありますが、少なくとも、他の100%合格の大学の顔ぶれを見る限りでも、単に大学受験において学力の良い学生を集めることが、卒業後の医師国家試験の合格率に必ずしも直結しないということはいえるかもしれません。


写真=iStock.com/Sam Edwards
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sam Edwards

■4割が医学ではない道を選ぶ


他の事例として、2009年に東大医学部の学生40名近くがコンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーの就職説明会に参加していたことについて、文部科学省の検討会で紹介されたことは話題になりました。


マッキンゼーは、2024年に公表された東洋経済オンラインの調査で「入社が難しい有名企業」で2年連続1位となっているなど、人気の外資系企業として知られていますが、医療・ヘルスケア分野の企業というわけではありません。そうした一般企業の説明会に学生が大勢参加するというのは、東大医学部ならではという印象をもちます。


また、最近の事例でも、2024年7月に公開された、東大医学部の現役学生へのインタビューでは、次のような発言がされています。


東大医学部は、医師にならない人が一番多い医学部かもしれません。東大医学部卒の人たちの5割以上は臨床医になり、1割程度は研究医になりますが、その他の人たちは民間企業に就職したり、起業したりと、さまざまなキャリアを歩んでいます。

ご存知の方も多いかもしれませんが、医師養成課程である医学部を卒業して、医師の道に進まない、という学生は医学部全体でみればほんの僅かであり、特に東大以外の大学では非常に稀です。


■東大医学部やその学生を批判する意図はない


例えば、本書の冒頭でも紹介したとおり、筆者は医学部卒業後すぐに初期臨床研修をせずに行政の道に進むという特殊な選択をとりましたが、100名程度の同級生で卒業直後に研修医にならなかったのは筆者1人だけでした。


とはいえ筆者の進路は行政分野だったので、社会医学系の先生方からは温かい激励の言葉をいただいたりもしましたが、卒業後に研修医にならない、と言うと、多くの同級生や教員から怪訝な顔をされたことを覚えています。



木下翔太郎『現代日本の医療問題』(星海社新書)

このように医学部においては、学生が医師になることが前提とされた仕組み・文化となっているため、東大医学部のそれは医学部全体の中ではかなり特殊といえます。これは東大医学部が受験競争の頂点であることと無関係とはいえないと思います。


ここまで、読者が具体的にイメージしやすいミクロな事例として東大医学部の話題を紹介させていただきましたが、東大医学部やその学生を批判する意図は全くありません。


本稿で紹介してきた事象は、医学部人気の流れと、東大を頂点とする日本の大学序列という背景が組み合わさった結果、受験トップ層が東大医学部に集中してし続けていることにより生じているものであり、筆者が取り上げたいのは、この医学部人気というトレンドについてです。


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木下 翔太郎(きのした・しょうたろう)
慶應義塾大学医学部特任助教、医師、博士(医学)
1989年生まれ。千葉大学医学部在学中に国家公務員総合職採用試験に合格し、卒業後は内閣府で高齢社会対策、子育て支援などに従事。内閣府退職後、東京女子医科大学東医療センター、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室を経て、現在、慶應義塾大学医学部ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座特任助教。社会医学、デジタルヘルスなどの研究に従事するほか、在学中の東京大学大学院学際情報学府博士課程では科学技術社会論を専攻。著書に『国富215兆円クライシス 金融老年学の基本から学ぶ、認知症からあなたと家族の財産を守る方法』(星海社新書、2021年)などがある。
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(慶應義塾大学医学部特任助教、医師、博士(医学) 木下 翔太郎)

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