「小麦は体に悪い」はウソだった…管理栄養士が「朝ごはんはパンより白米を」という説を信じないでという理由
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baibaz
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■グルテンフリー食とは何か
近年、「グルテンフリー食」が美容や健康にいいと流行しています。本来、グルテンフリー食は、日本人には特にめずらしい病気である「セリアック病」のための除去食です。ところが、有名スポーツ選手やモデルなどが、グルテンフリー食により「健康になった」「やせた」「パフォーマンスが向上した」などと発信したことがきっかけで、広くもてはやされるようになりました。
そもそも、グルテンとはなんでしょうか。グルテンというのは、小麦や大麦、ライ麦などの穀類に含まれるタンパク質「グリアジン」と「グルテニン」が絡まり合ってできたものです。小麦粉に水を加えてこねることで粘性や弾力が増すのは、このグルテンの性質によるもの。グルテンを成形し、加熱したものはお麩として利用されています。また、グルテンはパンを膨らませたり、麺にコシを与えたりもしています。
このグルテンを食事から抜いたグルテンフリー食には、ダイエット効果や美肌効果、糖の吸収を抑え細胞の糖化を防ぐなどの効果が期待できるとか。中にはグルテンには麻薬のような中毒性があるので、小麦食自体が有害であるという主張もあるようです。実際にそのような事実があるのでしょうか。真偽を検証してみましょう。
■頭痛や睡眠不足、倦怠感
なんらかのグルテンフリー食品の広告、また個人発信をみると「グルテンの摂取をやめたら、これまで悩んできた原因不明の頭痛や不眠症、倦怠感が改善しました」などという体験談が無数に出てきます。こうした体験談は本人にとっては真実でしょうが、グルテンフリーの効果を謳うための根拠としては不十分です。それでも体験談を信じ、実際にグルテンフリー食を開始したら体調がよくなったという体験をした人も多く存在します。
その理由の一つは「平均への回帰」と呼ばれる現象によるもの。例えば、風邪が悪化したからと風邪薬を飲んだら、次の日には体調がよくなったとします。「風邪がよくなったのだから薬が効いたに違いない」と考えがちですが、多くの風邪は治療せずとも安静にしていれば快方に向かいます。ところが、風邪症状のピークに薬を飲むことが多いため、その後に軽快することになり、薬のおかげだと考えてしまうわけです。原因不明の体調不良も、何もしなくても自然と治ったかもしれません。しかし、グルテンフリー食を試したあとに状態が改善すると、グルテンフリー食のおかげだと誤認しやすいのです。
また、体に悪いことをしたというネガティブな思い込みが体調不良の要因になる「ノセボ効果」、体によいことをしたという思い込みが体によい影響をあたえる「プラセボ効果」も影響しているかもしれません。つまり、グルテンが体に悪いと思い込んでいる場合、食べると体調が悪くなり、食べるのをやめると体調がよくなることがあります。
■消化機能やアレルギーの改善
グルテンフリー食にしたら「腹部の不快感がなくなって消化機能が改善した」という体験もよく見聞きします。セリアック病による胃腸症状はグルテン除去食を行うことで改善されますが、それ以外の人では症状改善は期待できません。上記同様に「平均への回帰」や「プラセボ効果」などの影響でしょう。
また「アレルギー症状が改善した」という体験談もよくあります。グルテンを含まない食事にすることで、小麦アレルギーの発症を防げるという理由のようです。一見正しいように思えますが、グルテン除去食は小麦アレルギー対応食と同じではないことに注意が必要です。グルテンは小麦アレルギーの原因タンパク質ではありますが、小麦に含まれる別のタンパク質にアレルギー反応を示す人もいるため、グルテン除去の代替食でもアレルギーを起こしてしまうリスクがあります。
そして、ここからが重要です。食物アレルギーの場合、医師による適切な指導の下、アレルギー反応が生じない範囲で経口摂取を行って少しずつ耐性をつけることで、食べられる食品の幅が広がることがわかっています。完全除去が第一であるセリアック病の食事療法とは全く違うのです。「アレルギーがあるから」「アレルギーがあるかもしれない」と素人判断で除去食を行うと、間違って口にした際に却って危険なほどのアレルギー反応が起こるリスクもあります。
■ダイエット効果と美肌効果
さて、グルテンフリーといえば、ダイエット効果や美肌効果も謳われがちです。やせていて肌艶のいいモデルや芸能人がいうと、本当のことに思えますが、実際はどうでしょうか。
写真=iStock.com/mapo
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ダイエットにいいというのは「グルテンフリーだと食後の血糖値の上昇が抑えられ、インスリンの分泌が減ることで脂肪を溜め込みにくくなり、体重減少効果がある」という理屈のようですが、これは事実誤認です。同じ穀類の白米に比べ、小麦からつくられるパンやうどんはグルテンなどのタンパク質量が白米よりも多いため、消化吸収に時間がかかり、食後の血糖値の上昇も緩やかであることがわかっています。ですから、よく「朝食にはパンより白米を」といわれますが、好きなほうを食べたらいいのです。
そもそもセリアック病の場合は、グルテンを摂取すると消化吸収不全で体重が減少します。つまり、セリアック病でない場合もグルテンが悪いのであれば、理論上それを取り除くことで体重が増加するはずです。
美肌効果については、「グルテンフリーなら有害物質が発生しないため、腸の炎症が抑えられ、腸内環境がよくなるために美肌効果がある」と説明されているようです。でも、セリアック病のような稀な腸疾患を患っていないのなら、グルテンは腸内環境を壊す食品ではありません。つまり、グルテンの摂取をやめたからといって美肌になることはありません。
■どうしてこんなことになったか
こうして根拠のないグルテンフリー食がすすめられる背景には、二つの要素があります。一つは冒頭に出てきた「セリアック病」についての誤解、もう一つは「小麦有害論」です。
セリアック病は、グルテンによって引き起こされる「自己免疫疾患」です。グルテンを多量に継続的に摂取することで自己免疫反応による小腸の炎症が引き起こされると考えられています。小腸の慢性炎症が続くと、小腸の機能が損なわれ、栄養素の消化吸収の不全や慢性の下痢、抑うつなどの精神症状など様々な症状を呈することが知られています。ただし、遺伝的要素が強く、また小麦粉を多く摂る地域に多い病気で、日本人には本当にまれです。普通の人が小麦粉を少し多く摂ったからといってかかる病気ではありませんが、そこを勘違いされているのかもしれません。
もう一つの小麦有害論は、小麦に含まれるグルテンは人間にとって有害であり、消化管症状を引き起こしたり、自閉症の原因になるという言説です。小麦のグルテンには麻薬のような依存性があり、体に悪いと分かっていても食べ続けてしまうという恐ろしい説もあります。これはグルテンが分解された時にできる物質の中に、神経にある麻薬などが結合する受容体(※1)に、麻薬などと同じく結合できるものがあることが発見されたことが元ネタと考えられます。でも、その後の検証で、グルテン分解物は脳神経まで移行しないことがわかり、現在はグルテンに麻薬様作用があるという「エキソルフィン説」は否定されています(※2)。グルテンによって腸が傷つき、有害物質が血中にばらまかれるとされる「リーキーガット説」も同じく根拠がありません。
写真=iStock.com/IakovKalinin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IakovKalinin
■不要なグルテンフリーはもったいない
セリアック病のような除去食が必要な人でもない限り、グルテンフリー食にはほとんどメリットがありません。そして治療のためにグルテンフリー食にしているセリアック病患者であっても、グルテンフリー食が食費を圧迫すること、美味しさや栄養バランスを保つのが難しいことに不満を抱きがちであると報告されています。
小麦は安価で美味しく、しかも栄養価が高くて有用な穀物であり、私たちの生活に欠かせない重要な農産物の一つ。それなのに根拠のないグルテン有害説を信じて、小麦のような素晴らしい食品を遠ざけてしまうのは本当にもったいないことです。
そもそも、健康上のリスクになる要素が一つもない食べ物は存在しません。ジャガイモの皮や芽には人体にとって有害なソラニンが含まれていますが、少量なら問題ないため、キチンと処理をすれば安全に食べることができます。食塩も摂りすぎれば血圧を上げて健康を損なう要因となりますが、生命維持に必要不可欠な栄養素でもあります。
食品の有害成分によるリスクを下げるためには、さまざまな食品をまんべんなく、多様な調理法で食べることが大切です。特定の食品を悪者にする「おかしな健康情報」に騙されることなく、食事を楽しみましょう。
※1 モルヒネ、アヘン類の麻薬などを含めたオピオイドと結合するオピオイド受容体。
※2 欧州食品安全機関の見解
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成田 崇信(なりた・たかのぶ)
管理栄養士、健康科学修士
管理栄養士、健康科学修士。病院、短期大学などを経て、現在は社会福祉法人に勤務。主にインターネット上で「食と健康」に関する啓蒙活動を行っている。猫派。著書に『新装版管理栄養士パパの親子の食育BOOK』(内外出版社)、共著書に、『薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)、『謎解き超科学』(彩図社)、監修書に『子どもと野菜をなかよしにする図鑑 すごいぞ! やさいーズ』(オレンジページ)がある。
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(管理栄養士、健康科学修士 成田 崇信)