「カテナX」を立ち上げた欧州自動車業界の思惑、追随する日米各社が「越えるべき壁」とは?

2025年3月27日(木)6時0分 JBpress

 社会のデジタル化が進む中、社内に埋もれたデータに新たな命を吹き込み、企業の成長や新規事業開発に利活用する「データマネタイゼーション」の動きが広まっている。この取り組みについて、日本経済新聞社 情報サービスユニット 上席担当部長の三木朋和氏は「データマネタイゼーションのチャンスは、業種や規模を問わず幅広い企業に広がっている」と話す。2024年11月に書籍『データマネタイゼーション 企業の情報資産で稼ぐための教科書』を出版した同氏と、共著者のクニエ 新規事業戦略チーム シニアマネージャの天野秀俊氏に、データマネタイゼーションの最新潮流と取り組み事例について聞いた。(所属・肩書は取材時点のものです)


「埋もれたデータ」を資産に変える企業戦略

──著書『データマネタイゼーション 企業の情報資産で稼ぐための教科書』では、社内に埋もれたデータを活用し、企業の新たな資産に変える「データマネタイゼーション」について解説しています。データマネタイゼーションとは、具体的にどのような取り組みを指すのでしょうか。

三木朋和氏(以下敬称略) 一言でいえば「データをマネタイズする」(monetize:収益化する)こと、つまり「データで稼ぐ」ことを意味します。

 事業規模の大小や業種・業態の種類を問わず、どんな企業であっても日々の事業活動の中で多くのデータを生み、保管・蓄積し続けています。例えば、顧客との取引記録や従業員に関する情報、財務データ、製造設備の検査データ、マーケティングの効果測定データなどです。

 これらのデータは経営の意思決定や課題解決、業務改善などに役立てられますが、その役目を終えた後には自社システムの奥底に放置され、埋没してしまっている例もあるでしょう。こうした「埋もれたデータ」を掘り起こして加工や分析を加えることで、新たな企業の「資産」としてビジネスに活用する取り組みが、本書のテーマであるデータマネタイゼーションです。

──データマネタイゼーションの定義として、狭義と広義の2つを挙げていますが、それぞれどのようなものでしょうか。

三木 データマネタイゼーションの狭義の定義は、「企業などの組織がデータを顧客に提供・販売して対価を得ること」です。

 例えば、部品メーカーが自社工場の製造設備に「IoTセンサー」を設置し、そこから取得した稼働状況や消費電力などの計測データをリアルタイムにモニタリングできるシステムを構築し、異常検知が可能になったとします。ここで同社が得たデータや分析ノウハウを活用し、他社に向けたソリューションとして提供するようなケースがデータマネタイゼーションの一例です。

 この他にも、食品スーパーが自社のPOSデータを加工・分析して食品メーカーに販売することで新たにマーケティング支援事業を始めるようなケースもあるでしょう。

 こうした狭義のマネタイゼーションに加えて、広義の意味として「社内業務の高度化・効率化により、収益や財務の面で貢献すること」があると考えています。例えば、ある企業がデータ活用によって組織全体の業務時間を削減し、収益や財務の面でプラスが生じるような場合です。

 いずれにしても、長年にわたってデータは「本業の副産物」という位置付けであり、利活用の用途も多くは自社内にとどまっていました。しかし、昨今の急速なデジタル化も相まって、データに加工や分析といった付加価値を加えることで、社外に販売したり、自社の次の成長を担う新規事業として育てたりすることが可能になってきました。データマネタイゼーションはそうした『古くて新しいテーマ』といえます。


ここ10年間で数倍に増えた、日本企業の「ある部署名」

──近年になってデータマネタイゼーションが広まってきた背景には、どのような要因があるのでしょうか。

天野秀俊氏(以下敬称略) 要因は複数考えられますが、企業戦略の側面から見ると「新規事業に対する見方の変化」が挙げられます。

 2010年代以降、新規事業開発に力を入れる日本企業が増えてきました。日本の大企業で「新規事業」という名の付く部署の数を調べてみると、ここ10年間で数倍に増えていた、という統計もあります。

 その背景にあったのが、2010年前後における「デザイン思考」「リーンスタートアップ」といった米国発の新たな価値創出手法の流行です。これらはいずれも顧客の潜在的なニーズに光を当てることで、新たな創造的価値を生み出すアプローチといえます。

 当時、多くの日本企業がそれらの目新しい手法を競って学び、新規事業開発にチャレンジしたものの、業界をけん引するような新規事業はなかなか生まれませんでした。結果として、それらの手法は日本企業には合わないのではないか、という見方が広まりました。

 そこで注目され始めたのが、自社の既存アセット(資産)を利用した新規事業開発です。「既存ビジネスで築いた強みを生かしたアプローチ」と言い換えることもできます。その中でも、デジタル技術が進化する中で注目されたアセットが、自社の中に蓄積されているデータだったのです。データを活用して自社の新規事業を生み出そう、という動きが出てきたことで、データマネタイゼーションが注目されるようになりました。


欧州で広まる「自動車業界の共通プラットフォーム」

──著書ではデータマネタイゼーションの発展・拡大の背景として、経営戦略の変化に加えて、社会環境の変化にもスポットを当てていますね。

三木 社会環境の側面から見ると「データ量の爆発的増加」と「データ連携の拡大」という、2つの大きな社会的変化があります。

 1つ目の「データ量の爆発的増加」は、昨今「DXの進展」「IoT機器の増加」などにより、日々大量のデータが生み出されていることに関係しています。事実、世界で生成されるデータの総量を見ると、飛躍的に増加しています。

 増え続けるデータと向き合い、自社の成長戦略にいかに活用するか、という「データ戦略の在り方」が企業経営の命運をも左右しかねない状況になっており、その延長線上にあるのがデータマネタイゼーションなのです。

 2つ目の「データ連携の拡大」は、複数の企業間でデータを融通し合ったり、連携させたりする『データ連携基盤』という新たな動きが世界的に活発化している、というものです。かつてのデータは、自社だけで独占することに意味がありました。米ビッグテックなどはそれで成長してきたといえます。しかし今、データを独占するのではなく、広く企業間で融通・連携させることにより、社会全体の課題解決につなげようとする取り組みが世界的に広がっています。

 その背景には、世界的な2つの規制があります。1つは、個人データに関する規制強化の動きです。今、特定企業が個人データを独占的に使用することへの社会的批判が高まっており、それに関連する規制が作られています。具体的には、欧州連合(EU)の「一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)」や米カリフォルニア州の「消費者プライバシー法(CCPA :California Consumer Privacy Act)」などです。こうした規制は日本企業への影響も大きく、今後の広がりを注視すべき動きだと思います。

 もう1つは、環境問題への対応強化の動きです。環境対策は地球規模の課題であり、企業1社で対応できるものではありません。場合によっては、業界も国も越えたサプライチェーン全体での取り組みが必要になってきます。

 このように大きな領域での課題解決に向けて、企業の枠組みを超えたデータ連携基盤が広がりを見せています。データ連携基盤の代表例として世界的に注目されているのが、欧州の自動車業界における共通プラットフォームである「カテナX(Catena-X)」です。


全世界に広まる「データ連携基盤」の拡大

──データ連携基盤の拡大の代表例であるカテナXとは、どのような取り組みなのでしょうか。

三木 カテナXは、欧州の自動車業界で2021年に始まった、官民の枠を越えたデータ連携基盤の取り組みです。「カテナ」は、ラテン語で鎖の意味を持つ言葉です。自動車のサプライチェーンを構成する完成車メーカーや部品メーカー、物流パートナー、リサイクルパートナーまでが鎖のようにつながって、各社のさまざまなデータを企業横断で利活用する取り組みです。

 一般的にデータの仕様や形式は各社で異なります。そのため、そのままではデータの連携や共有はできません。そこでカテナXでは、仕様や形式が異なるデータを連携・共有するためのインタフェースツール(コネクター)や技術標準(ルール)を提供しています。こうした仕組みにより、業界全体でのデータ融通・連携を可能にし、各企業の新たな価値創出を促すことで、社会全体における生産性やレジリエンス、サステイナビリティーの向上を目指しています。

 このような動きは欧州内だけでなく、日本・アメリカ・中国・インドなど全世界に広がっています。例えば、テック企業や自動車メーカーなど、全世界100 以上のさまざまな企業・組織が加盟する国際コンソーシアム「MOBI(Mobility Open Blockchain Initiative)」では、電気自動車に使う車載バッテリーに関するデータ(電池性能、再利用可能レアメタルの使用状況データなど)をブロックチェーン技術の活用を進めながら共有・連携しようとしています。

──データ連携基盤に参画する企業のメリットとしては、どのようなことが挙げられますか。

三木 参画企業のメリットとしては、自社だけでは得ることのできない外部データを取得できる、という点が挙げられます。そのことにより、自社だけでは気付かない新しい価値創出につながる可能性もありますし、自社だけでは対応が難しい環境問題への貢献にもつながるでしょう。

 一方で、今まで自社だけで持っていたデータを他社と共有することから、各社の社内でもさまざまな反対意見が出てくると予想されます。データの仕様や形式に関しても、データ連携基盤のプラットフォームにおける全体方針に合わせる必要がありますから、やりづらさや対応の手間もあると思います。

 そうした企業としてのメリット・デメリットを踏まえた上でデータ連携基盤に参加するか否か、各社の経営方針を踏まえた意思決定が求められます。

筆者:三上 佳大

JBpress

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