マスクはジョブズの再来か? あり得ないレベルで物事を突きつめ、無茶苦茶なのに成果を上げる二人の共通点とは

2025年3月26日(水)4時0分 JBpress

 小さなガレージで生まれたパソコンメーカーのアップルを世界的ブランドに育てたスティーブ・ジョブズ。1985年に社内対立で退職したあとNeXTやピクサーを成功に導き、1997年にアップルへ戻るとiMac、iPod、iPhoneなど革新的な製品を次々と世に送り出した。本連載では『アップルはジョブズの「いたずら」から始まった』(井口耕二著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集し、周囲も驚く強烈な個性と奇抜な発想、揺るぎない情熱で世界を変えていったイノベーターの実像に迫る。

 今回は、今、世界が最も注目する企業家の一人であるイーロン・マスクとスティーブ・ジョブズに共通する経営マインドや考え方を紹介する。


イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズの再来か

 ここ数年、世の中を騒がせている経営者といえばイーロン・マスクだろう。2023年秋に出版された彼の公式伝記『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著、文藝春秋)も私が翻訳を担当させてもらったのだが、訳しながら思ってしまった——ある意味、スティーブ・ジョブズと似ているな、と。

 ジョブズは細かなところまで突きつめた。Macintoshではウィンドウの角をどう丸めるのかにまでこだわった。iPodでは曲や機能に3クリック以内で直感的に到達できるようにしろと開発陣の尻をたたきまくった。ケースの内側やプリント基板の配線パターンなど、ユーザーから見えないところにまでこだわっている。

 マスクも、「要件はすべて勧告として扱い、要・不要から問い直せ」「部品や工程を減らしてシンプルにしろ。最終的に、減らしたものの10%以上を元に戻さなければならないところまで減らせ」とふつうにはあり得ないレベルで物事を突きつめていく。

■ パワハラ魔神

 人は「賢人」か「ばか野郎」しかいないし、その仕事は「最高」か「最低最悪」しかないとジョブズは考えていた。しかも瞬間的に判断し、だめだと思った相手はその場でクビにしたりした。

 だから、暫定CEOとして彼がアップルに復帰したころ、製品のプレゼンをしろと呼ばれるのを社員はみんないやがった。製品が切りすてられるかもしれなかったから。自分も一緒に、だ。エレベーターに一緒に乗るのもいやだ。ドアが開くころにはクビになっているかもしれないから。これを避けようと階段に切り替えた社員もいたという。

 マスクも似たようなことをする。現場で製造の問題を検討しているとき、なにがどうなっているのか、エンジニアが明快に答えられないと、「お前はばかやろうだな。出てけ。戻ってくんな」とその場でクビを切ったりしている。

 ジョブズは言う。Aクラスのプレイヤーだけでチームを作ればすごい仕事ができる、だがそのためにはBクラスやCクラスの社員を切り捨てる必要があり、それは自分の仕事だからつらいけどやったのだ、と。

 マスクは言う。自分の仕事をきちんとこなせていない社員に優しくするのは、自分の仕事をきちんとこなしている何十人もの社員に対して優しくしないことに等しい、と。

■ 限界まで働かせる

 優秀な人を好条件でつなぎ止めるのではなく、限界ぎりぎりまで働かせる点、優秀であり、かつ、限界まで働く人だけを集めようとする点もよく似ている。

 アップルに返り咲いたとき、ジョブズは、長期休暇はキャンセル、蒸留酒、タバコ、ペットは禁止、高価な磁器の食器もありふれた食器に交換と、大企業病だと感じるものをすべて廃止し、敏捷性、活力、度胸に報いる実力主義を導入した。

 マスクは、本気で仕事に取り組めと発破をかける。

「今後、ブレークスルーでツイッター2.0を作り、競争が激化していく世界で成功するため、我々は超本気にならなければならない。つまり、長時間、集中して働かなければならない」——ツイッターを買収した少し後、この考えに賛同する者のみ残れとマスクが社内に流したメッセージだ。その後人員整理に大なたをふるい、結局、社員を75%も減らしている。

■ 性格と成果はセットなのか?

 ふたりともむちゃくちゃなのだが、成果も挙げている。しかも、尋常でない成果だ。

 ジョブズは、コンピューターに音楽、映画、通信の業界を変革し、我々の暮らしは、ジョブズ前・ジョブズ後と表現できるほどに変わった。マスクも、電気自動車と宇宙開発を変革したし、続けて、ロボットに脳埋込み型ブレイン・マシン・インターフェース、AI、SNSにも手を伸ばし、大きな成果を挙げている。

 ああいう性格でなければ、あれほどの成果を挙げることはできないのだろうか。それとも、このふたりがたまたま似ているだけなのだろうか。

 ジョブズは「シンク・ディファレント」広告で「自分が世界を変えられると本気で信じるクレージーな人こそが、本当に世界を変える」と訴えた。マスクも2021年5月8日のサタデー・ナイト・ライブ冒頭、こう語っている。

「感情を逆なでしてしまった方々に、一言、申しあげたい。私は電気自動車を一新した。宇宙船で人を火星に送ろうとしている。そんなことをする人間がごくふつうでもあるなどと、本気で思われているのですか、と」

 言われてみれば当たり前だ。ふつうの人に挙げられる成果をふつうの成果と呼ぶわけで、逆に言えば、異様なレベルの成果など、異様な人にしか挙げられないに決まっている。言葉遊びに聞こえるが、「ふつう」とはそういうことだろう。だから、あれほどの成果はあのくらい変わった人でなければ挙げられないのだろう。


ジョブズとマスクの共通点は「使命感」と「垂直統合」

「イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズとよく似ている」と指摘したが、それをもう少し掘りさげてみよう。

 ふたりに共通するのは、まず、金銭欲より事業欲が原動力になっていることだ。だから、ふたりとも若くして億万長者になったあと、理想の事業を追求するあまり破産寸前に陥るなど、自らリスクを追い求めるような綱渡りの人生を歩んでいる。

 もうひとつは、製品開発が垂直統合型であること。他社に頼らず、自社で完結する自前主義を貫いている。こちらも、実によく似ている。

■ ユーザー体験に丸ごと責任を持つ

 スティーブ・ジョブズは、徹底的にユーザー体験を追求した。事業で大成功したのはあくまで結果であり、目的ではなかったのだ。その証拠に、公式評伝『スティーブ・ジョブズ』で「僕はユーザー体験に丸ごと責任を持ちたい。金儲けがしたいからじゃない。すごい製品が作りたいからやるんだ」と語っている。

 だから、製品開発においてはクローズド戦略を徹底的に追求した。Macintoshは拡張や改造どころか、裏蓋さえユーザーには開けられなくしたほどだ。ハードウェアとソフトウェアを統合して一体化したし、それもあって、ハードウェアもソフトウェアもライセンス供与を拒み続けた。

 しかも、「シームレスでシンプルなユーザー体験」という最終目標に照らして細かな部分を詰めていくから、アップル製品は完成度が高くなる。その完成度の高さは、いまなお他社の追随を許さない。

■ マスクのテーマは「人類を守る」

 イーロン・マスクもお金のために事業をしているわけではない。彼は大学生のとき、早くも人生の目標を定めている。「人類に大きな影響を与えることがしたいと考えました。思いついたのは三つ。インターネットと持続可能エネルギーと宇宙旅行です」と明確なビジョンを描いたのだ。

 三つめの夢として「宇宙」を挙げたのには理由がある。人類がほかの惑星にも住むようになっていれば、か弱い地球になにごとかあっても、人類の文明と「意識」は生き残れると考えたからだ。

 マスクにとっては、この「意識」が重要だ。広い宇宙のなかで、人類だけが意識を持てたのかもしれない。人類以外、宇宙に意識はないのかもしれない。であれば、それを守り、維持する必要がある。そう考えているのだ。だから、人類を守ることを究極の目標としている。

 そして、マスクは、人類を守る一助となる各種事業を展開し、たくさんの会社を経営することになった。

 地球がだめになったら人類が死滅するから、自動車の電化で温暖化を食い止めたいと考えた結果がテスラだ。小惑星の衝突や核戦争で地球が住めなくなっても人類の意識が残るように、一部でいいから火星に移住させるべきだと考えた結果がスペースXである。

 事業の目的は金ではない。でも、事業が続かなければ「人類を救う」という目標は達成できないし、事業を続けるには金がいる。だから、最終目標が達成できる形で金が儲けられるようにビジネスモデルを工夫する。それがマスクのやり方だ。人類の火星移住を実現するにはロケット事業で儲けを出せなければならない。

 だから、人工衛星の打ち上げや国際宇宙ステーション往復のミッションをNASAなどから受注することにした。さらに、開発したロケットから自前の通信衛星を展開することで宇宙開発の資金を得ようと考えたのが、スターリンクである。

 ちなみに、ロケット業界や自動車業界では、部品をサプライヤーから買うのがふつうだが、マスクはできるかぎり内製化している。コストを重視するし、もともとなんでも自分の思いどおりにしないと気がすまないからだ。

 その結果、ほんの数年で、スペースXはロケット部品の70%を内製するようになり、大幅なコストダウンを実現した。なんでも自分でコントロールしたい、だから垂直統合を追求する。このあたりもジョブズそっくりである。

<連載ラインアップ>
■第1回「シンプルにしろ」iPodの開発会議で、スティーブ・ジョブズが思わず「それだ!」叫び、採用を即決したアイデアとは?
■第2回 「共食い上等、食われる前に食う」iPodを葬ってまでiPhoneを発売したスティーブ・ジョブズの計算とは?
■第3回形だけまねると“イタいプレゼン”に スティーブ・ジョブズ流の高度な説得術とそれを象徴する「有名な一言」とは?
■第4回時価総額20分の1だったアップルになぜ大逆転を許したのか ゲイツとジョブズ、2大巨頭の共通点と真逆の経営哲学とは
■第5回 「飼い犬に手をかまれた」スティーブ・ジョブズがグーグルのアンドロイドに激怒した理由とは?
■第6回 マスクはジョブズの再来か? あり得ないレベルで物事を突きつめ、無茶苦茶なのに成果を上げる二人の共通点とは(本稿)

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筆者:井口 耕二

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