ネズミ混入問題「すき家」24億円売上減の「全店一時休業」を決断した"外食王"の知られざる素顔
2025年4月2日(水)18時15分 プレジデント社
すき家の看板、ロゴ。=2024(令和6)年10月16日、神奈川県 - 写真提供=日刊工業新聞/共同通信イメージズ
写真提供=日刊工業新聞/共同通信イメージズ
すき家の看板、ロゴ。=2024(令和6)年10月16日、神奈川県 - 写真提供=日刊工業新聞/共同通信イメージズ
■「すき家」「なか卯」「はま寿司」外食王の試練
牛丼チェーン「すき家」で相次いだ異物混入問題。ネズミやゴキブリといった衛生上の深刻な事態を受け、親会社のゼンショーホールディングス(HD)は国内約1970店のほぼすべてを一時休業させる異例の対応に踏み切った。食品業界でこれほどの規模で営業を止める決断は極めて稀だが、外食にとって「清潔さ(クレンリネス)」の欠如は命取りとなる。
会長兼社長の小川賢太郎氏は、「全勝(ゼンショー)」をモットーに、数々の挫折を糧に外食王国を築いてきた人物だ。過去には「ワンオペ(一人での店舗運営)」批判の集中砲火を浴びたこともある。その反省は今回の判断にどう生きたのか。試練の最中にあるリーダーの真価が問われている。
問題の発端は2025年1月。鳥取市内の「南吉方店」で提供されたみそ汁にネズミが混入していたことが発覚した。X(旧Twitter)に画像が投稿されると、瞬く間にSNSで拡散し、衝撃的なビジュアルがすき家のブランドを揺るがした。
すき家は3月22日、公式サイト上で謝罪文を発表。「建物構造や周辺環境が影響した個別の事象」と説明したが、限定的な対応との印象を与え、消費者の不信を払拭するには至らなかった。
すき家公式サイトより
ねぎ玉牛丼 - すき家公式サイトより
■ネズミの次はゴキブリ混入の報告が…
そして3月28日、今度は東京都昭島市の「昭島駅南店」で弁当にゴキブリの一部が混入していたとの報告が寄せられた。2件目の発覚により、ゼンショーHDは「偶発的ではない」と判断。3月31日午前9時から4月4日午前9時まで、全国の「すき家」店舗を一斉に休業するという前例のない措置に踏み切った。
■一斉休業で24億円の損害が
この判断による売上減は約24億円にのぼると見られるが、小川氏は「損失より信頼回復が最優先」と語った。すべての店舗で清掃・消毒・点検を行い、マニュアルの再確認、設備点検を徹底するとしている。
小川氏は石川県出身。都立新宿高校から東京大学に進学するも、全共闘運動にのめり込み中退。その後は港湾労働者として汗を流し、労働運動に身を投じた。外食業界に足を踏み入れたのは、1978年に吉野家に入社してからだ。
再建中の吉野家で現場から経営を学び取る一方、吉野家が経営悪化する中、再建を主導するメンバーの方向性と自身の理想にギャップを感じて退社。1982年にゼンショーを創業する。当初の資本金はわずか500万円。横浜・生麦の倉庫にベニヤと角材で「本部」を設け、弁当販売からスタートした。
牛丼業態「すき家」を立ち上げたのはその後。小川氏は当時「牛丼は駅前の男性向け」という常識を打ち破り、「日本のハンバーガー」として牛丼の可能性を再定義。テーブル席の導入やファミリー対応で、郊外型牛丼チェーンという新たな市場を切り開いた。
■吉野家出身、小川賢太郎という男
ゼンショーHDは2024年3月期(連結)に売上高9657億円(前期比23.8%増)、営業利益は537億円(同147.1%増)と過去最高を更新。25年3月期は売上高が国内外食企業としては初となる1兆円を達成した模様だ。主力の外食事業では「すき家」「なか卯」「ココス」「はま寿司」など20超のブランドを持つ。特にすき家は国内外に拡大し、国内牛丼業界で最大店舗数を誇る。海外進出も積極的で、アジアや中南米、欧州にも「SUKIYA」ブランドを展開する。
小川氏のビジネス人生には幾度も試練があった。2004年にはBSE問題で牛丼の販売を中止し、豚丼(とんどん)など新メニューでしのいだ。2010年代には「ワンオペ勤務」による過酷な労働環境が批判を浴び、「ブラック企業」と名指しされた過去もある。
■「全勝(ゼンショー)」男の企業姿勢がいま問われる
今回の異物混入問題では、「ワンオペ」の教訓がどこまで活かされたのか——という視点が問われる。人手不足のなかで、業務の効率化と衛生管理の両立は業界全体の課題だ。ゼンショーはその最前線にある企業であり、構造的な改善が求められている。
ゼンショーの社名は「善い商売」「禅の精神」「全店黒字化」を意味する「全勝」から来ている。小川氏はココスやビッグボーイなどのM&Aも成功させ、商品力とオペレーションを武器に再成長を実現した。
すき家公式サイトより
牛カレー - すき家公式サイトより
その背景には「飢餓と貧困をなくす」という企業理念がある。「食のチェーン化により、安価で良質な食事を届けること」が経営の根幹であり、小川氏の経営は思想と直結している。
「資本金はなかったが、志は世界一だった」と語る小川氏は、すき家を手始めに、ファミリーレストランのココスやビッグボーイ、回転寿司のはま寿司など次々と業態を拡大。2000年代には年数百店を出店する成長企業にのし上げた。
多ブランド、多業態の経営を支えてきたのが、小川氏独自の「サッカー型経営」だ。従来の縦割り構造ではなく、ポジションに縛られず柔軟に攻守を切り替える——サッカーのように流動的な組織運営を目指した。さらに現場では、厨房や接客の動線を徹底的に見直す「動作経済の原則」を導入。人の動きの無駄を極限まで削ることで、省力化とサービス品質の両立を追求してきた。
近年は国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)会長として教育や国家観にも言及するなど、経営者とは違った顔も持つ。
■全国一斉休業はどう評価されているか?
今回の全国一斉休業には、驚きとともに一定の評価も寄せられている。「一度信用を失ったら終わり」「対応が早くて誠実」といった声もSNSで多く見られ、現場の従業員からも「リセットの機会にしたい」との前向きなコメントがある。
消費者は、問題が発覚すること自体よりも、その後の企業姿勢を見ている。「隠すより、見せる」「逃げずに正す」——このゼンショーの対応は、他企業の危機管理にも一石を投じたといえる。
一連の騒動を経て、「すき家」の客足が戻るかどうか。その答えは現場の厨房とカウンターにある。再発防止策や教育体制の整備、透明性のある情報発信——これらがどこまで徹底されるか。日々の一杯の積み重ねこそが、信頼の再構築につながる。創業以来、数々の逆境を糧にしてきた“外食王”は今、新たな壁に向き合っている。
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
流通科学大学商学部経営学科教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)