なぜロレックスでなくアップルウォッチを選び、インスタで“匂わせる”のか?「マウント回避」と「特別感」の正体
SNSの普及で人々の承認欲求が肥大化する中、「他者よりも優れた自分を演出したい」という欲望が、今や消費行動の大きな源泉になった。「モノ」や「コト」の枠を超え、どうすれば優越感に浸れる「マウンティングエクスペリエンス(MX)」を提供できるのか。『「マウント消費」の経済学』(勝木健太著/小学館)から内容の一部を抜粋・再編集し、実例を挙げながら「マウント消費」のメカニズムに迫る。
「アップル信者」と呼ばれるファンは、なぜ同社製品を購入し続けるのか。デザイン性だけではない価値の本質とは? 「インスタ映え」を狙うインスタグラムユーザーの心理と合わせて分析する。
Apple:世界中のApple信者に対して「所有すること自体が価値となる」魅力的なプロダクトを提供する、テクノロジー界のトップランナー
アップルは、革新的なプロダクトを次々と生み出し、世界中のファンを魅了している。その製品群は、iPhoneやMacBookといった機能性とデザイン性を完璧に両立させたアイテムで構成されている。しかし、真の魅力は性能やスペックの域にとどまらない。「アップル製品を所有すること」自体が持ち主のアイデンティティを強化し、他者との差異を際立たせるためのステータスシンボルとして機能している。この特別感こそが、世界的なブランドの象徴として君臨し続けている最大の理由である。
同社の製品を手にすることは、「自分のセンスの良さ」や「時代の最前線を生きる自分」をさりげなく演出し、周囲に印象付けるための洗練された自己表現の一部となっている。新製品の発表に際してアップルストアの前に並ぶ長蛇の列や徹夜で順番を待つファンの姿がニュースを賑(にぎ)わすのは、まさにその象徴的な光景だ。
彼ら/彼女らにとって、新製品をいち早く手に入れることは利便性や機能性を追求すること以上に「自分は他者とは違う特別な存在だ」という優越感を得るための象徴的な儀式にほかならない。アップル製品はガジェットとしてだけではなく、「所有することで自分の価値を証明し、他者との差異を際立たせるためのアイコン」としての確固たる地位を築いているのである。
中でも、アップルウォッチはMXの観点から特筆すべき製品である。従来の腕時計が「良い時計を所有している」というステータス競争の象徴であったのに対して、全く異なる価値観を提示している。それは「私はスマートで効率的、そして機能性を重視する人間です」というライフスタイルを示す手段としての役割である。
ロレックスやパテックフィリップといった伝統的な高級時計が所有者の財力や社会的地位を誇示するものであるのに対して、アップルウォッチは「高級時計に興味がない」という洗練された一貫性を持つ自己像を表現するためのツールとして機能している。
この点で、従来の高級腕時計市場における終わりなきマウント競争から解放されたいと願う一部の消費者にとって、優越感ではなく「マウント回避」の象徴としての役割を果たしている。この新しい価値提案が、スマートウォッチ以上の存在たらしめているのだ。
アップルの戦略の根底には、創業者スティーブ・ジョブズの哲学が深く息づいている。ジョブズは「デザインの天才」として知られるが、その卓越性は美しいプロダクトを生み出すことにとどまらない。彼の真の才能は「所有すること自体を特別な体験へと変える仕組み」をデザインする能力にあった。
同社の製品は、機能的なツールとしてだけではなく、ユーザーが「自分の価値を再認識し、他者との差別化を図る」という体験を提供するためのプラットフォームとして機能している。その結果、アップルはプロダクトを通じて消費者の深層心理に深く響くMXを確立し、技術革新を凌駕した本質的な価値を創造しているのだ。
製品を所有することで得られる特別な満足感──これこそが、唯一無二のブランドへと押し上げた真の原動力である。その背後には、スティーブ・ジョブズが遺した「他者とは異なる自分を演出する」という哲学が脈々と息づいている。ガジェットを提供するのではなく、「所有することそのものに価値を宿す」プロダクトを創り出している。この独自の価値観こそが、優れた企業を超えた文化的象徴として異彩を放つ最大の理由なのである。
消費者に対して「自分は特別な存在だ」と実感させる力そのものをアップルは提供している。この特別な体験を提供し続ける限り、未来においても他に類を見ないブランドとして、その地位を揺るぎないものにし続けるだろう。
Instagram:「インスタ映え」という社会現象を生み出し、世界最大級のユーザー数を誇るSNSプラットフォーム
写真共有アプリのインスタグラムは、ユーザーが自己表現を行い、「自分らしさ」を際立たせるための洗練されたプラットフォームへと進化を遂げている。その本質は、日常の一瞬を「特別な体験」として切り取り、他者との差別化を図る仕組みにある。かつて「インスタ映え」と呼ばれた社会現象は、2025年現在も進化を続けており、世界最大規模のユーザー数を誇る自己表現のための場となっている。
たとえば、「#入籍しました」や「#新しい家族」といった投稿は、喜びの共有に見えるが、その裏には「こんな幸せな瞬間を迎えた自分」という特別感を漂わせる意図がある。
こうした投稿は、個人的な出来事を報告するだけでなく、見る人に自分の価値を再認識させるための巧妙な手段となっている。「#幸せな時間」や「#仲良し夫婦」といったハッシュタグを添えることで、日常が瞬時に「自己ブランディング」のツールへと変わる。このような仕組みこそが、インスタグラムを特異な自己表現の場として際立たせているのである。
また、強みの一つは、そのビジュアル性だ。高級ホテルのプールサイドや瀟洒(しょうしゃ)なレストランで撮影された写真は、「こんな贅沢な体験を楽しんでいる自分」というメッセージを強く発信する。
「#自分へのご褒美」といったタグを添えることで、その写真は思い出の共有から、プレミアム感をさりげなくアピールするためのマウンティングツールへと昇華される。このように、消費行動と自己表現が密接に絡み合う場として、着実な成長を遂げているのである。
「匂わせマウント」文化も見逃せない。カフェで撮影した手元の写真に「#大切な人と」などの曖昧(あいまい)なハッシュタグを添えることで、ただならぬ関係性をほのめかし、フォロワーの想像力を刺激する。具体的な詳細を排除することで「特別感」を演出できるこの手法は、同アプリの独自の美学と絶妙に調和しており、自己表現の奥行きをより一層深めている。
さらに、インスタグラムではプロフィール欄に象徴的な情報を載せることが一つの「ステータス」として定着している。結婚式を挙げた場所、愛用している高級ブランド、新婚旅行で訪れた国、出産した産院の名前など、私的な情報を公開することで、一部のユーザーは「特別な自分」を強調し、他者との差別化を図る。それと同時に、ライフスタイルを社会的証明として提示し、その価値を強化している。
そして、インスタグラムの進化を象徴するのが、ストーリーズ機能である。24時間限定で消える投稿は、気軽に「今、この瞬間」をシェアする場を提供し、フォロワーの注目を集める絶妙なバランスを保つ。
特に「#今日のハイライト」や「#○○な瞬間」といったお題機能は、ユーザーの「自分をもっと知ってほしい」という欲求を満たし、自己表現を楽しむためのきっかけを提供している。これにより、コミュニケーションと自己表現を融合させたユニークなプラットフォームへと進化している。
もはや写真共有アプリのジャンルを超越した、現代社会における「自己表現の文化」を形作る中心的な存在となったインスタグラムは、その多彩な機能を駆使し、何気ない日常を特別なものに発展させ、ライフスタイルや価値観を他者と共有するための新たな手段を提供している。このプラットフォームは、今後も自己表現の舞台として、時代の空気を反映させ、絶え間ない進化を続けるだろう。
<連載ラインアップ>
■第1回 なぜロレックスでなくアップルウォッチを選び、インスタで“匂わせる”のか?「マウント回避」と「特別感」の正体(本稿)
■第2回一度乗ると価値観が変わる? 高級車同士の「優越感争い」を超えたテスラの「環境マウンティング」とは
■第3回「俺は自由だ」ワルの愛車ハーレーダビッドソンは、ユーザーの自己肯定感をどう高め、新旧ファンを虜にするのか(4月9日公開)
■第4回他の同窓会とは一味違う「慶應三田会」 圧倒的な結束力と社会に張り巡らされたネットワークが持つ影響力とは?(4月16日公開)
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筆者:勝木 健太