「女性管理職のロールモデルだ」会社は手のひら返し…育休復帰で「部下37人→0人」にされた社員が選んだ行動

2025年4月3日(木)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thitima Uthaiburom

誰にでも裁判沙汰になる可能性はある。社用チャットに職場の愚痴を書き込んでいたIT企業の女性は、会社側からテレワークの禁止とオフィス勤務を命じられたことをきっかけに、会社と争うことになった。また、外資系の大手企業に勤める部長職の女性は、育休明けに部下のいない電話営業を指示されたことで、裁判を起こすことになった。それぞれのエピソードを紹介しよう——。

※本稿は、日本経済新聞「揺れた天秤」取材班『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Thitima Uthaiburom
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■「会社を辞めたほうがよいかと思います」社長からのメール


在宅勤務という新たな働き方は、互いの姿が見えない故にトラブルの火種もはらむ。社用チャットに職場の愚痴を書き込んでいたことを会社に知られた女性。テレワークの禁止とオフィス勤務を命じられ、応じられないとして退職した。出社命令は無効だと提訴した女性に対し、会社側は在宅での勤務報告に虚偽があったと訴え返し、双方の主張は真っ向から対立した。


会社を辞めたほうがよいかと思います——。2021年3月。午後3時半ごろ、いつものように自宅で仕事をしていた女性のもとに勤め先のIT(情報技術)会社の社長から1通のメールが届いた。添付されていた1枚の画像。開いてみると、自身と同僚がチャットツール「スラック」で交わしたメッセージの画面だった。


周囲の目の届かない環境が不満をエスカレートさせたのだろうか。「有休消化という概念はこの会社にはないんですかね」「育て方、下手ですよね」「馬鹿なの」。従業員規模300人ほどの社内で当時、女性の周りだけでも5人以上の社員が相次いで離職していた。高まっていた職場や社長への愚痴が当事者しか見られないダイレクトメッセージで飛び交った。


■同僚の退職でスラックが社長の目に触れた


だが、やりとりをしていた同僚も退職することになり、会社にパソコンを返却。社長が中身を確認し、予期せぬ形で本人の目に触れた。「辞めるつもりはない」という女性に、社長は「これでどうやって信頼関係を築けばいいのか」とにべもない。その日の夜、「管理監督」を理由にテレワークを禁じ、オフィスでの勤務を命じる通知文が届いた。


女性はデザイナーとして営業資料などの作成を担っていた。フルリモート勤務で、20年5月に転職してからオフィスに出向いたのはわずか2回。夫婦共働きで子どもを保育園に送迎していた上、当時は妊娠中だった。埼玉県の自宅から東京都内の職場まで電車で片道1時間半かかる。女性は命令を拒んだ。


2週間後、会社側は無断欠勤が続いたとして女性を退職扱いとした。その後、自ら退職を申し出た女性は、出社命令は無効だったとして退職までの賃金支払いなどを求めて提訴。会社側は逆にこれまでの在宅期間を遡り、勤務時間の報告に虚偽があったとして給料の一部返還を求める反訴を起こした。


■女性の働き方に疑念を持った会社側


コロナ禍を受けて一気に広がったテレワーク。


女性のように通勤が困難な事情を抱える人でも働くことができ、通勤のストレスがないなどの恩恵が大きい一方で、課題も浮かび上がる。


転職相談サービスのライボ(東京・渋谷)が運営する「Job総研」が23年1月、テレワークでマネジメントを経験した約300人に難点を尋ねたところ、37.6%が「コミュニケーション」、20.1%が「業務進捗の管理」と答えた。一方で、従業員は874人のうち65%が「テレワーク中にサボったことがある」と回答している。


訴訟で会社側はパソコンの操作記録などをもとに約103万円分の給料が払いすぎだったと主張した。女性は「操作記録がないのはデザイン業務の仕方からすれば当たり前だ」と反論した。アイデアを考える際にパソコンを使わずラフスケッチを描くケースも多かったという。ただ、具体的な成果が上がるまでのプロセスが見えにくい中で、会社側が女性の働きぶりに疑念を持ったのも無理からぬことかもしれない。


写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

■社用チャットへの安易な書き込みの危うさ


東京地裁は22年11月、女性側の訴えを支持する結論を導く。会社側がそれまで女性の勤務形態に異論を述べなかったことなどを踏まえ「出社命令は業務上の必要性はなかった」と判断。会社側に約45万円の支払いを命じた。虚偽報告という主張は「デザイナーはパソコン作業をしないこともある」と退けた。


敗訴した会社側と、訴えの全額は認められなかった女性側の双方が控訴した。約4カ月後、会社側が女性に解決金を支払い、互いに誹謗中傷しないことなどを条件とする和解が東京高裁で成立。裁判は終結した。


訴訟はリモートでの業務管理の難しさとともに、社用チャットへの安易な書き込みの危うさも映し出す。いさかいの発端となったやり取りについて、女性は「地位や責任からすれば、社会生活上、甘受すべき範囲内」と述べたが、地裁判決は「(社長を)やゆする内容が含まれ、不快に感じた点は理解できる」と言及した。


仕事の仕方が変わっても、画面の向こうにいるのが生身の人間であることに変わりはない。在宅勤務で顔を合わせなくなった相手と、久々に対面した場が法廷という事態を避けるためにも、改めて肝に銘じておきたいものだ。


■育休から復帰したら37人いた部下がゼロに


外資系の大手クレジットカード会社で、30代にして部下37人を率いる部長職だった女性。産休・育休が明けて職場に戻ると、指示された業務は部下のいない電話営業だった。「こんなに休む人は他にいない」と言い放った会社の幹部。妊娠や出産を理由とした「不利な扱い」は男女雇用機会均等法などが禁じている。女性は会社側を相手取って損害賠償を請求した。


女性は28歳で外資大手に応募し、契約社員として入社した。全国1位の営業成績を獲得するなどして正社員に昇格。その後もスピード出世を続け、2014年1月に34歳で営業部門のチームリーダーとして部下を束ねることになった。当時、既に1児の母。「小さい子を持つ女性も活躍できると示したい」と奮起していたさなか、第2子を妊娠した。


つわりや切迫早産による体調不良で、まもなく傷病休暇を取らざるをえなくなった。そのまま産休と育休に入り、休職期間は1年半以上に及んだ。


■電話営業を指示され700件のリストを渡された


「産休・育休を取るとリーダーを外されるのではないか」。心配したのには理由がある。以前、食事の席で女性副社長が「自分は家庭を犠牲にしてこの地位を築いた。それこそが女性が活躍する姿だ」と力説し、休業前の面談でも「時短も取ってリーダーもするのは欲張り」と言われた。


時短勤務の予定はなく、チームリーダーに戻れると信じていたが不安はまもなく現実となる。16年8月に復帰すると組織変更の余波で率いていたチームは消滅していた。任じられたのは新設部門のマネジャー。役職こそ部長級で変わらなかったが、部下はひとりもつかなかった。電話営業を指示され、上司に700件の電話先リストを渡された。


降格ではないか——。女性は会社側に説明を求めたが、男性の上司から「1年半以上もブランクがある人にチームリーダーは任せられない」と突き放された。基本給は休業前と変わらなかったが、営業成績に連動していた給与は大きく減った。「リーダーシップ」の人事評価項目は3段階で最低の「3」。好成績を収めて順調にキャリアアップを果たしてきた女性が、初めて見たスコアだった。


写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■東京高裁で会社側に220万円の賠償を命令


男女雇用機会均等法と育児・介護休業法は妊娠や出産、育休取得などを理由とする解雇や降格、不利益な取り扱いを禁じている。施行されたのは女性の社会進出や核家族化が進み「男は仕事、女は家庭」といった価値観が揺らいでいた1980〜90年代。その後も働き方の変化に伴い、改正が重ねられてきた。


女性は改善を求めたが、会社側は譲らなかった。一連の処遇は不利益な取り扱いで違法だとして、約2800万円の損害賠償を求めて女性が会社側を訴える事態に発展した。


会社側は訴訟で「同じ等級の役職への異動で降格ではない」「給与が減少したのは営業努力を怠った結果。業務に消極的だったため人事評価も下がった」などと説明した。東京地裁は2019年11月の判決で会社側の主張を受け入れ「通常の人事異動」と判断。女性の訴えを退けた。


23年4月に東京高裁が導いた結論は逆だった。「直ちに経済的な不利益を伴わない配置変更でも、業務内容の質が著しく低下し、将来のキャリアに影響を及ぼしかねないものは不利な処遇に当たる」と指摘。部下のいない電話営業への従事は「妊娠、出産、育休などが理由」と認めた。


その上で「実績を積み重ねてきた女性のキャリア形成を損ない、不利益な取り扱いで公序良俗に違反する人事権の乱用」として会社側に220万円の賠償を命令。判決はそのまま確定した。


■「女性管理職のロールモデル」から手のひら返し


出産や育児をきっかけにフルタイムで働けなくなった女性がキャリアコースを外れることは「マミートラック」と呼ばれる。仕事と家庭を両立させるために自ら選択する人がいる一方で、本人の希望と関係なく、残業できないなどの理由で責任ある仕事を任されなくなるケースもある。



日本経済新聞「揺れた天秤」取材班『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)

21世紀職業財団が子どもを持つ1980〜95年生まれの共働き夫婦に聞き取りした2021年の調査で「現在マミートラックにある」との回答は女性約1400人のうち46.6%に上った。その中で4人に1人が「現在の仕事に納得していない」と答えた。


裁判で闘った女性は第1子の出産後に育休を約5カ月取得し、復帰した後に全国トップレベルの営業成績で社内表彰を受けた。当時の男性副社長をして「出産して戻り成果を出した。この会社の女性管理職のロールモデルだ」とまで言わしめた。


しかし、会社側は裁判で手のひらを返し「(2回目の)復職後の仕事の取り組みが芳しくなく、もともとリーダーシップに難点があった」とまで主張した。女性に失望したと言わんばかりの態度だが、そうした会社側の姿勢は、同社で働く多くの女性たちの目にどう映っただろうか。


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日本経済新聞「揺れた天秤」取材班
日本経済新聞電子版にて2023年7月より連載開始。複雑な世相を映し出す刑事や民事の裁判、法廷から見た現在の社会や当事者たちの姿を描く。
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(日本経済新聞「揺れた天秤」取材班)

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