池上彰が新人時代に"文章力"を養った方法

4月4日(木)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです(写真=iStock.com/anyaberkut)

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人に伝わる文書を書くにはどうすればいいか。ジャーナリストの池上彰氏は、新人時代、先輩記者の原稿をひたすら丸写ししたという。なぜそんな方法をとったのか——。

※本稿は、池上彰『伝える力』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。


■まず自社のフォーマットをよく知る


ビジネス文書の書き方について、技術的な話をしましょう。念頭に置くのは、報告書や提案書、企画書の類です。




※写真はイメージです(写真=iStock.com/anyaberkut)

これらの文書には、企業や職場によるでしょうが、一般的には「フォーマット」が存在します。フォーマットとは、日本語でいえば、「一定の形式」のことです。


たとえば、報告書の場合は、「目的」「経緯」「結論」などが必須項目になります。報告書などをまとめる場合は、まず自社のフォーマットを知り、それに沿って文書を作成することが求められます。それだけで、ある程度の文書は書けるようになるものです。


次にすべきは、よき文書を書くための努力。そのためには、先輩や上司が書いた文書を見せてもらって研究することです。何人もが書いた幾種類もの文書を読み込んでいくと、それぞれの文書のよい面と悪い面が徐々に見えてくるようになります。説得力の有無、論理展開の優劣、わかりやすさ、文章のリズム、誤字脱字など、気づくことは多いでしょう。


■優れた文章を書き写す


次には、できれば文章を書き写すことです。そうすることで、読んだだけではわからなかったそれぞれの文書のよい面、悪い面が、より明瞭に見えてきます。


私はNHKの記者時代、ニュース原稿を数え切れないほど書きました。しかし、入社当時は何をどう書いたらよいのか、さっぱりわかりませんでした。経験がなかったのですから、当たり前です。


そこでとった行動は、先輩記者が書いた原稿を書き写すこと。


私が最初に配属されたのは島根県の松江放送局でした。そこで、先輩記者が書いた原稿をひたすら丸写ししたのです。いったん帰宅した後、深夜に局に戻り、先輩たちが書いた原稿のつづりを引っ張り出し、一字一句を書き写していきました。


当時は、パソコンはおろかワープロもない時代でしたから、鉛筆でひたすら書き写すのです。島根県庁担当、島根県警担当、松江市役所担当などなど、それぞれの先輩が書いた原稿を書き写しながら、ニュース原稿の書き方を頭と腕に叩き込んでいったのです。



■ラジオニュースを録音して書き起こした


さらに、NHKラジオの全国放送のニュースを録音し、それを書き起こしました。松江放送局にある原稿は島根県のニュースばかり。全国レベルのニュース原稿を、こうして人手し、自分なりに研究したのです。




池上彰『伝える力』(PHPビジネス新書)

この方法は何も私の専売特許ではありません。作家をめざす人も、自分が好きな作家の文章を丸写しして、文章力を磨く練習をすることがよくあるようです。浅田次郎さんも「文章修業のため、川端康成谷崎潤一郎らの文章を書き写した」と発言しています。


先輩や上司が書いた文書を書き写す作業は時間がかかりますが、読み込んだ中から「これは」と思うものを選び出して書き写してみると、学べることは多いはずです。


その際には、私の実感としては、キーボードで打ち込んでいくよりは、鉛筆やペンを使って手で書き写していくほうが、より勉強になるような気がします。


■報告書を意識して現地で「素材」を探す


ニュース原稿を書く場合は「5W1H」、すなわち「When=いつ」「Where=どこで」「Who=誰が」「What=何を」「Why=なぜ」「How=どのように」したのかを押さえることが基本であるといわれます。私たちが取材をする際は、この「5W1H」を常に意識しています。


私は、ジャーナリストの「5W1H」に相当するものが、報告書などにおける「フォーマット」であると理解しています。


ある報告をするために現地にリサーチに行くとします。この場合、漫然と現地に赴くようでは、ビジネスパーソンとして失格です。事前に報告書のフォーマットを確認し、頭に叩き込んで、それを常に意識しながら現地調査をすることが大切です。


もちろん最低限の下調べをしていくことは必須条件。フォーマットが決まっているということは、料理にたとえれば、料理の手順が決まっているということです。その手順に当てはめるための「素材」を探すのが現地調査。


だから報告書をまとめる際には、素材を手順に当てはめていけば、基本的には十分な報告書が出来上がるはずです。



■提案書はA4用紙1枚に収められる


NHKでは、番組の企画を提案する場合、提案書をまとめます。番組の規模には関係なく、10分程度の短時間の番組も1時間半のスペシャル番組も同様に、A4の用紙1枚に書きます。内容は「仮タイトル」「ねらい」「構成要素」「結論」などです。


提案書の分量自体は大したことがありませんが、取材をしっかりしていないと、構成要素はなかなか書けません。反対に、取材は十分にしても、提案者の頭の中が整理されていないと、多くの要素が詰め込まれていて、どういう番組を作りたいのか、不明瞭になってしまいます。


取材を徹底的に行なった上で、要点をしっかりと整理すれば、提案書や報告書はA4の用紙1枚に十分に収められるというのが私の実感です。もちろん業種や職種によって多少の違いはあるでしょうが、これは多くの仕事で共通しているのではないでしょうか。


調査を十分にした上で、要点を伝えるのが提案書や報告書の持つ意味合いなのですから、必要なことを簡潔に書く必要があります。


■演繹法か、帰納法か


報告書などをまとめる場合、論理学でいうところの「演繹法」と「帰納法」の考え方が参考になります。


演繹法や帰納法といわれても、「そういえば、そんなこと、昔、習ったな」くらいの意識で、具体的な意味は忘れてしまっている人が多いかも知れません。少しおさらいしておきましょう。


演繹法とは、ある事柄を前提として、具体的な一つの結論を得る推論方法のことです。これに対して帰納法とは、個別具体的な事例から、一般的な規則を見出そうとする推論の方法です。


こう言っても、まだピンとこないかもしれません。少し例をあげて説明しましょう。


たとえば、「バラにはトゲがある」という前提から出発して「ハマナスはバラの仲間だから、ハマナスにもトゲがあるだろう」と推論するのが演繹法です。これに対し、観察した100本のバラすべてにトゲがあったとします。そこで、「バラにはトゲがある」という結論を出すのが帰納法です。


ごく簡単にいえば、先に結論ありきが演繹法で、いろいろと情報を集めて結論を構築していくのが帰納法です。



■理想的なのは「帰納法」だが……


報告書や提案書をまとめる場合、どちらがよいかといえば、帰納法に決まっています。現地や現場を調べた結果をまとめるからです。ジャーナリズムでいえば、下調べを十分に行なった上で、さらに取材を繰り返して掘り下げ、結論を導き出す。こうした積み重ねがスクープや充実した記事に結びつきます。


だから、帰納法が理想です。学者が現地調査(フィールドワーク)をするといった場合も、帰納法です。


しかし、多くのビジネスパーソンには、そこまでの時間はないのが現状です。現実問題として、帰納法だけで取り組むと、膨大な取材が必要で、とてつもない時間がかかりますから、少なくとも帰納法だけで報告書をまとめるのは非現実的といえます。


そこで、お勧めしたいのが「緩やかな演繹法」です。


■「仮説」を立ててのぞむ重要性


「緩やかな演繹法」とは、演繹法と銘打っているのですから、基本的には演繹法です。ただ、状況によっては、帰納法を取り入れるのです。その意味で「緩やかな」と断わっています。


演繹法では、先にも書いたように、個別具体的な結論を得るように試みます。


そのためには、まずは下調べ。そこで仮説を立てます。「きっと○△ではないか」と。さらに「▽□というストーリーがあるのではないか」と。


その上で現地に行ってみて、その通りであれば、仮説が立証されたことになります。仮説の通りだったわけですから、報告書や提案書はまとめやすいはずです。


ところが、実際に現地に行ってみると、下調べをして、仮説を立てていたこととは違った部分も見えてくるものです。いやむしろ、何かしらの発見をするために現地に行くわけですから、何も気がつかないようでは、行く意味がありません。


ですから、演繹法といっても、仮説にがんじがらめになってはいけません。ジャーナリズムの世界でいえば、「初めに結論ありき」ではいけないのです。取材前に立てた仮説を前提に取材を進めていると、実際には、その仮説とは違った現実があることに気づくはずです。



■結論ありきの“まとめ”は捏造


しかし、すでに作られているシナリオ通りに進めないと、上司やプロデューサーから叱られてしまう。期限も迫っている。今さら新たなシナリオを作るのは、時間的にも予算的にも難しい。よし、じゃあ、仮説通りのストーリーにしてしまうか、という誘惑に駆られる恐れがあります。


最初から決めている結論が出るように事実関係を捻じ曲げてしまったら、それは捏造です。以前、大問題になった関西テレビの番組『あるある大事典』の捏造問題にも、一つには、こうした背景があったと思います。


これは、ジャーナリズムに限ったことではないでしょう。市場調査をして、その結果をまとめようとしたけれども、仮説と大幅に違っていた。しかし、見聞きした通りに報告書をまとめるほどの時間的余裕はない。さあ、困った。ここは、立てた仮説を少しアレンジして、報告書を作成しようか。こんな“悪魔の誘い”を受けたことのあるビジネスパーソンも、少なからずいるのではないでしょうか。


■仮説があれば軌道修正は容易になる


では、下調べをして仮説を立てることは無駄なのでしょうか?


いいえ、仮説を立てたことは決して無駄にはなりません。むしろ非常に有効に働きます。土台があるからです。


何もない白紙の状態から調査をして、文書をまとめるのは、文字通りゼロから積み上げるわけですから、大変な手間と時間がかかります。しかし、仮説を立てて現場に臨めば、たとえ仮説とは状況が大きく異なっていたとしても、土台があるので、軌道修正をすれば、対応は比較的容易にできるのです。


つまり、白紙の状態で調査を開始するよりも、効率はずっとよいといえます。


それにそもそも、仮説を立てて現地に臨んで、その仮説とは違った、あるいは上回る事実や情報が仕入れられたら、それこそが現地調査に行った甲斐があるというもの。喜ぶべきことです。


現地に行けば、仮説とは違う現実があるもの。それを最初から念頭に置き、どこが仮説と異なるのかを調べようとすることが、効率的な調査に結びつくのです。事前準備をしっかり行ない、仮説を立てて現地に臨みましょう。


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池上彰(いけがみ・あきら)

ジャーナリスト

1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。報道記者、キャスターとして活躍。『週刊こどもニュース』のお父さん役で大人気に。2005年に退職。『おとなの教養』『はじめてのサイエンス』『見通す力』『世界を変えた10冊の本』など著書多数。『伝える力』は200万部を超えるベストセラーになった。

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(ジャーナリスト 池上 彰 写真=iStock.com)

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