41年間「石」を拾い続けた警察官、辿り着いた答え

4月6日(土)6時14分 JBpress

「警察官」とは一体どのような職業なのか知っているだろうか? 北海道から上京し、一介の巡査から捜査1課長まで務め上げた元・刑事が、外側からは分からない警察官の実像を明かす。30万人を擁する巨大組織のなかで蓄積された、41年間のノウハウと心構えとは!?(JBpress)

(※)本稿は『警察官という生き方』(久保正行著、イースト・プレス)の一部を抜粋・再編集したものです。


「警官」ではなく「警察官」と呼ばれたいわけ

 私は地元の北海道を出て、1967年に警視庁に入庁して以来、捜査第一課を中心に警察官として41年務めました。警察という組織は、努力すれば誰でも階級を上げていける(出世できる)、公平な人事制度が敷かれています。私も交番勤務の一介の巡査から始まり、のちに警視庁捜査第1課長や第7方面本部長の職を務めました。

 警察の階級を図に示します。図によれば、警視庁での「課長」や「方面本部長」の階級は「警視正」であるということです。

「警察官」は「警官」と略して呼ばれることがありますが、当の警察官たちはこの略称を嫌います。というのも、警察の「警」には「いましめる」という意味が、「察」には「人の心を察する」という意味が込められています。「察」が抜けてしまえば、高圧的にいましめるだけの存在ということになってしまうからです。

 実際のところ、警察官は「人の心」を汲み取る力がなければ、仕事になりません。たとえば交番勤務には、職務質問という重要な仕事があります。街にいる人のほとんどは善良な市民ですが、なかには罪を犯して逃げている者、今にも事件を起こそうとしている者が、現実にいます。それをただボーっと眺めているだけでは、何の検挙にもつながりませんし、犯罪の抑止に役立つこともありません。

 私が新米警察官だったころ、職務質問をしようとした瞬間に逃亡した男がいました。その男を追いかけて押さえたところ、強盗犯だったことがあります。ですから、相手に嫌がられても、わずらわしく感じられても職務質問は欠かせません。ただ、「察」なしで高圧的に出てしまっては、守るべき対象である市民から反感を買うだけでしょう。


聞き込みは雨の日に?

 これは、刑事になってからの聞き込み捜査でもそうでした。事件現場周囲の住民に話しを聞いて回る「地取り」と呼ばれる捜査は、ドラマのようにすんなりとはいきません。住民にしてみれば、聞き込み捜査によって自身の日常生活が中断されるわけです。無愛想な刑事がやって来て「話を聞かせてくれ」と言われても、喜んで対応する人は少ないでしょう。

 あくまでコミュニケーションとして話しかけ、詳しい事情を聞く姿勢が大事なのです。まずは人として接する。しっかりと挨拶し、世間話をしながら相手との共通点を探る。たとえば聞き込み相手が、自分と同じ出身地だったらしめたものです。そこから徐々に、相手の警戒心を解きほぐしていきます。何も「聞き込み」だからといって、特別なことをする必要はないのです。

 私の場合、あえて雨の日に訪問するというようなこともしました。なかなか口を開いてくれない相手の場合、雨の日に行くことがプラスになることもあります。雨の日に一生懸命、聞き込みをしている様子を見てもらえばこちらの誠意が伝わり、あまり言いたくないことも言ってくれるかもしれません。「犯人を何とか検挙したい」という真摯な気持ちが伝わると、貴重な情報を話してくれることもあります。やはり、これもコミュニケーションの技術です。


成功からしか学べない職業

 警察官の職務において特徴的なのは、失敗が許されないという点でしょう。たとえば、犯行現場の捜査では、まず鑑識活動によって「犯人の痕跡」を探しあて、そこから調べを進めていきます。ですから、刑事が先走って現場を荒らすなど、もってのほかです。地道に、緻密に、証拠や証言を積み上げて捜査していきますから、ほんの些細なミスでも、すべてが無に帰してしまう可能性があります。

 それに被害者の無念、被害者遺族の悔しさを、警察官は背負わなければなりません。「今回は失敗したけど次回はそれを踏まえて頑張ろう」というわけにはいかないのです。どんな事件であっても、1つ1つが「必ず解決をしなければならない」事件です。

 つまり警察官の仕事は、成功からしか学べないのです。よく「失敗は成功の母」などと言われますが、こと警察官にはその言葉は当てはまりません。私も、いわゆる「未解決」となってしまった事件を担当したことがあります。具体的にミスを犯したり、いい加減な捜査をしたりしていたわけではありません。必死になって追いかけましたが・・・それでも検挙に至りませんでした。

 退官した今でも「こういう手も考えられたのでは?」「こうしていれば逮捕につながったのでは?」という自責の念に、不意に襲われることがあります。成功(=事件解決)していれば、真実も鮮明になっていきますが、失敗(=未解決)だと、捜査に問題がなかったかどうかも確かには言えません。その意味でも、警察官に「私は全力を尽くしました」という言い訳は成立しないのです。


誰かのために拾い続ける「石」

 私が北海道にある新設校の高校生だったとき、昼休みに番長格の先輩に呼び出され、河川敷にあるグラウンドの石拾いをさせられました。私は柔道部員でしたので、「グラウンドを使わないのに」と不満を持ちました。しかし「新設校だぞ。俺たちがやらなきゃ。新たに入ってくる後輩が、怪我をしたらどうする」と言われ、その言葉に心を打たれました。

 拾っても、拾っても終わらない作業。しかし、一生懸命に石拾いをしていくと、わずかながらグラウンドが整地されていきます。卒業する頃には、グラウンドはかなりキレイになっていました。私はその経験から「限りなき挑戦」という信条を胸に、東京に出て警察官になりました。

 警察官の仕事も、同じことではないかと思うのです。次々と発生し、永久に終わらないように思える事件捜査。けれども1つ、また1つと解決することによって治安は少しずつ良くなり、前よりも少し平和になるのです。私は警視庁の捜査1課を中心に働きましたので、いわば「大きな石」を拾ってきました。全国の警察官たちは、今日も大小さまざまな「石」を拾い続けています。

 もしかしたら近い将来、捜査技術の進歩やAIの導入などにより、警察官という言葉が持つ意味や、その在り方が、少しずつ変化していくかもしれません。それでも、変わらないものもあります。人間を相手にする以上、捜査は人間が行わなければなりません。拾い上げた「石」は社会から隔離するのみでなく、社会で貢献できるように磨いていただきたいのです。

筆者:久保 正行

JBpress

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