経済絶好調なドイツの"報道されない貧困"

4月6日(金)9時15分 プレジデント社

ドイツの社会は、政治家やマスコミ、大手企業の経営者が見ようとしない「不都合な真実」に囚われている――トラックや入り口に「ナチ」と落書きされたエッセンの「ターフェル」の前で、食料の配給開始を待つ人々(写真=AFP/時事通信フォト)

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ドイツ経済は絶好調だ。経常収支では中国を凌ぐ世界一の黒字。国家予算のプライマリーバランスも2014年から連続黒字。だがそんなドイツで、貧困問題が深刻化しつつある。助け合いの精神で運営されてきた草の根の貧困層支援活動が大混乱しているという。なにが起きているのか——。


ドイツの社会は、政治家やマスコミ、大手企業の経営者が見ようとしない「不都合な真実」に囚われている——トラックや入り口に「ナチ」と落書きされたエッセンの「ターフェル」の前で、食料の配給開始を待つ人々(写真=AFP/時事通信フォト)

ドイツ経済は強い。経常収支では中国を抜いて世界一の黒字国で、EU(欧州連合)の稼ぎ出した黒字のうちの8割を、ドイツ1国が担っている。国の歳入と歳出の収支であるプライマリーバランスも、2014年から連続黒字。新しい借金をしなくても過去の借金を返せるという、多くの国から見ればうらやましいかぎりの状況だ。


2017年9月の総選挙のあと、ドイツでは6カ月近くも政治の空白が続き、新しい予算を組めなかった。それでも大して支障がなかったのは、新しい借金をしなければ資金切れで何かの機能が止まってしまうような、差し迫った状況に陥らなかったからだ。


政治の空白期間に、学校や病院といった公共施設がストップしてしまうような状況を防ぐため、必要最小限の臨時予算を組むためのシステムも完備しているが、その発動すら必要なかった。財政的に余裕のある国は、しばらく政府がなくても、それほど困らない。


■大混乱に巻き込まれた食料ボランティア


これほど裕福で、EUでは独り勝ちといわれているドイツだが、実は国内では昨今、貧富の格差が大きな社会問題になっている。外からは見えにくい、意外な事実だろう。


ドイツに、ターフェル(Tafel)という運動がある。ターフェルには「食卓」という意味があり、1993年にベルリンで、1人の女性が始めた慈善事業だ。お店で売れ残ってしまった食料品(期限切れではないもの)を、企業やスーパー、あるいは個人から寄付してもらい、それをお金のない人々に無料、あるいは廉価で提供している。


最初は1軒から始まったこの活動が、いまではドイツ全土に広がり、1000近くのターフェルが2100カ所もの配給所を運営している。日本でも、フードバンクと呼ばれる同じような援助活動がある。


ドイツのターフェルの経費は草の根の人々の寄付で賄われている。働いている人たちは主にボランティアで、6万人。お店は週に1度か2度、時間を限って開かれ、食料だけでなく衣料品の配布、炊き出しなどをしているところもある。訪れるのは主に、何らかの理由で満足な年金がもらえないお年寄りや、シングルマザーたちだ。


ところがここ数年、そこに多くの難民が加わり、各地で援助が困難な状況になってしまった。列に並ぶ習慣のない人たちが押しかけ、内側に人がいるのに開かないドア(まだ時間になっていないから開かない)を突き破ったり、子供を使って勝手に食べ物をとらせたりと、多くのターフェルで大混乱が起こった。



そうこうするうちに、ボランティアで働いていた人が押し寄せる若い難民たちを怖がりはじめ、それまで食料をもらいに来ていた人たちもターフェルを離れていった。ここに至って、分け隔てなく助け合うというのがモットーで、皆が決まりを守って運営されていたターフェルが、機能しなくなってしまったのだ。


■善意の活動が「ナチ」という中傷の標的に


これはもう限界ということで、2018年1月、エッセン市のターフェルの代表がついに、「混乱が収まるまで、新規加入者はドイツ国籍の所有者に限る」と発表した。「私たちは、ターフェルに皆が再び来られるように努力します。いま、ドイツのおばあちゃんたちや、小さな子供を抱えたシングルマザーたちが、来られなくなっています。新規加入者の制限は一時的なもので、夏休みのあとまで続くことはないしょう」。




『そしてドイツは理想を見失った』(川口マーン惠美著・KADOKAWA刊)

ところがその途端、人種差別であるとして大非難が巻き起こったのだ! 間もなく夜中に、この配給所のドアと外に止まっていたクルマに、「ナチ(Nazis)」「くたばれナチ(Fuck Nazis)」とスプレーで落書きが吹き付けられた。ドイツでナチというのは、最も強い誹謗(ひぼう)だ。


それに追い打ちをかけるように、ベルリンのSPD(ドイツ社会民主党)の政務次官(39歳・元パレスチナ難民の女性)がツイッターで、「背筋がゾッとする。ドイツ人だけに食料。難民はシャットアウト」と意見表明。


しかし、これらは事実とは違う。ターフェルにおける外国人の割合は、この2年で35%から75%にまで膨れ上がっている。中東難民だけではなく、東欧から職を探しに入っているEU内の外国人も多い。いずれにしても4人に3人が外国人で、元いたドイツ人たちを押しのけている、というのが現状だった。


それにもかかわらず、エッセン市のターフェル叩きは止まらなかった。やはりSPDのカール・ラウターバッハ議員(55歳・男性)が、「空腹は皆、同じだ。外国人排斥がもっとも貧困な者たちのあいだにまで広まったのは残念」とツイート。そして2月28日、メルケル首相までがRTLテレビのインタヴューで、「このような分け隔てはよくない」。さらに同じくCDU(キリスト教民主同盟)のノートライン−ヴェストファレン州の社会相も、「隣人愛と慈愛には国籍はないはず」などなど、要するに、同ターフェルは、政治家たちの非難のターゲットとなってしまったわけだ。



実際問題として、ボランティアの人たちは自分たちの余暇を割き、ここで長年にわたって人助けをしている。いうなれば、メルケル首相の「失政」の後始末をしているわけで、非難されるいわれはない。そう感じた人は多かったらしく、案の定、国民のなかから続々とターフェルを擁護する声が上がりはじめた。


■ドイツが囚われた2つの「不都合な真実」


この一連の出来事は、現在のドイツの雰囲気をよく表している。ここには、二つの事実が絡んでいる。


一つ目は、ドイツでは難民に関する議論が一切認められていないことだ。難民について何か発言すれば、たちまち「ナチ」の烙印(らくいん)を押されてしまうので、建設的な議論はなされず、効果的な政策が生まれない。現在のドイツ社会において、難民についての自由な発言がいかに阻害されているかについては、拙著『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)に詳しく書いている。


そして、もう一つは、急速に進む貧富の格差だ。問題は、ターフェルが外国人を受け入れるか否かではなく、なぜこの豊かなドイツという国で、そうした貧困が存在するのか、ということだろう。当然のことながら、ターフェルの事件後、国民の批判の矛先は、一斉に政治家へと向かいはじめた。


ドイツの貧困率は人口の16.5%(2016年の統計。ここでの「貧困」とは、収入が平均収入の60%に満たない例を指す)。特に最近問題化しているのが、「子供の貧困」だ。労働局が発表した数字によると、18歳未満の青少年の、なんと5人に1人が貧困状態で暮らしているという。ひとり親の場合(ほとんどがシングルマザー)には、その割合が45%にまで増える。しかも、この数字は、いまも上昇中だ。


その一方で、ドイツでは、豊かな人がさらに豊かになっていく。排ガス規制を逃れるために不正な制御ソフトを使ったスキャンダルで、大打撃を受けたかのように思われているフォルクスワーゲン社だが、2017年の純利益は114億ユーロ(約1兆5000億円)と、前年に比べ倍増。それを受けて、2018年3月に発表された同社の重役たちのボーナスの額は、CEO(最高経営責任者)のマティアス・ミュラーの場合で1010万ユーロ(約13億円)にのぼった。



しかし、「クリーンディーゼル」という宣伝文句を信じて、ガソリン車より割高なディーゼル車を買ったドイツ人たちは、それがクリーンでないということがわかったあとも何の補償もしてもらっていないし、これからしてもらう予定もない(アメリカのユーザーには補償が行われたのに)。彼らにとっては、フォルクスワーゲンの重役たちのボーナスのニュースは、とりわけ腹立たしかったに違いない。なお、メルセデス・ベンツのブランドで知られるダイムラー社も、去年は、販売数、売上高、利潤のすべてが史上最高だったそうだ。


■エリートの偽善のツケを払わされる貧困層


そういえば、ダイムラー社CEOのディーター・ツェッチェは、2015年にメルケル氏が国境を開いた途端、「難民は第二の経済の奇跡となるかもしれない」とメルケルを鼓舞し、その背中を押した人物だ。だが現在、ドイツの最優良企業30社で働く難民の数は、全部合わせてたったの54人。しかも、そのうち50人は、ドイツ郵便が雇用した人々だ。


つまり、難民の労働界への統合など、夢のまた夢なのだ。一方で、これから何十年にもわたってかかる膨大な難民対策の経費は、ドイツ国民のお財布にとって大きな負担となるだろう。


そして、難民の増加で一番打撃を受けているのは、ドイツの低所得者層である。低価格の住居は極端に不足し、難民が賃金水準を下に引っ張るので、労働条件闘争もやりにくい。つまり、難民と貧富の格差という二つの問題は、みごとな相乗効果を生みながら、まさしくドイツの貧困層にダメージを与えている。


だからこそ、ターフェルのような慈善事業が活発になる。しかし、その善意を「ナチ」と呼んで毀損(きそん)するほど、いまのドイツ社会には、日本から見ていると想像もできないほどの大きなひずみが生じているのだ。


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川口マーン惠美

作家(ドイツ・シュトゥットガルト在住)

日本大学芸術学部卒業後、渡独。85年、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。著書に、『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)ほか多数。16年、『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)で第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞、18年、『復興の日本人論』(グッドブックス)で第38回エネルギーフォーラム賞・特別賞を受賞。

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(作家(ドイツ・シュトゥットガルト在住) 川口 マーン 惠美 写真=AFP/時事通信フォト)

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