「失言の責任を取る」でも「リニア延期が決まったから」でもない…川勝知事が辞意を固めた本当の理由

2024年4月6日(土)8時15分 プレジデント社

辞職理由について会見する川勝知事(静岡県庁で4月3日) - 筆者撮影

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静岡県の川勝平太知事が4月2日、突然辞意を表明した。なぜ任期半ばで知事職を放り投げるのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「会見では『リニア問題に区切りがついた』と説明したが、それは真っ赤な嘘だ」という——。

■「リニア問題の解決」が最大の選挙公約だった


川勝平太知事の4月2日夕方の突然の辞意表明は、静岡県だけでなく、日本全国を驚かせた。その驚きのまま、翌日の3日午後、急遽、静岡県庁で記者会見が開かれた。


筆者撮影
辞職理由について会見する川勝知事(静岡県庁で4月3日) - 筆者撮影

その席で、川勝知事は、辞意表明のきっかけから理由に至るまで、内容の全くない空疎な説明を繰り返した。


リニア問題の解決を4期目の最大の選挙公約に掲げて、当選を果たしたはずなのに、任期半ばで知事職を辞す大きな理由に、「リニア問題は大きな区切りを迎えた。これが一番大きい」などとうそぶいた。


「リニア問題に区切りがついた」という真っ赤な嘘が、知事会見の内容のない空疎さの象徴となった。


■川勝知事の狙いは「静岡空港新駅の設置」


もともと川勝知事の腹の中では、リニア問題の解決とは、東海道新幹線「静岡空港新駅」設置をJR東海に約束させることと結びついていた。


静岡空港新駅の設置がリニア問題の落としどころと考えていたのだ。


そのために2018年夏から、「大井川流域の命の水を守る」「南アルプスの自然環境保全」をテーマにした2つの専門部会を設けて、JR東海との『対話』を始めた。


当初、川勝知事は記者会見などで「JR東海は誠意を示せ」と何度も強い口調で繰り返した。


知事側が具体的な手の内を見せていなくても、JR東海には何を求めているのかちゃんとわかっていた。


ところが、前知事時代からの悲願でもある静岡空港新駅の設置について、JR東海は当初から聞く耳を一切、持たなかった。


■JR東海の最高責任者にプライドを傷つけられた


ただ川勝知事には自信があったようだ。


昔から昵懇だったというJR東海の最高責任者だった葛西敬之・名誉会長(故人)に直談判を要請したのだ。


ところが、あっさりと、面会を断られてしまった。当時の側近によると、これが、知事のプライドをあまりにも深く傷つけたという。


何とかJR東海の翻意を促すよう、その後、川勝知事は反リニアを貫き、水環境の保全、自然環境保全で次から次へと無理難題を持ち出した。


はたからは、さまざまなリニア妨害を続けることで鬱憤ばらしをしているかのように見えた。


今回の4月1日の人事異動で、リニア問題に専念にする「南アルプス担当部長」を新設したことなどを見れば、今後とも反リニアに徹する川勝知事の姿勢に変わりないはずだった。


それなのに、翌日の2日夕方に突然の辞意表明を行ったのだ。


もし、辞職するのであれば、知事職の座をかけて、静岡空港新駅という大井川流域の県民の願いをかなえるのが本来の政治家としての務めである。


■知事が頭を下げれば「新駅」の可能性はあった


川勝知事の突然の退場に、JR東海は驚きとともに快哉(かいさい)の声を上げたのだろう。


それとともに、「リニア問題に区切りがついた」という知事会見を聞いていれば、何のために6年近くも「対話」を重ねてきたのか、JR東海にとっても疑問は大きいはずである。


当然、川勝知事が自身の首を差し出すことを条件にすれば、静岡空港新駅の設置に、JR東海から何らかの譲歩を引き出すことができたはずだ。


知事職には、静岡県の最高責任者という権力者としての重みと権限がある。JR東海はそれを十分に理解していた。


辞職届を懐に携えて、JR東海本社に出向き、丹羽俊介社長と直談判を行うことができた。あるいは頭を下げればよかったのだ。


ところが、川勝知事は知事職という権力者の座の重さを全く理解できないのか、あるいは面倒事を避けたいのか、いとも簡単に放り投げてしまった。


これでは知事というだけでなく、政治家としても「失格」としか言いようがない。


■「県庁は知性高い」「野菜売るのとは違う」と職業差別


まず3日行われた知事会見のもようを振り返ってみる。


筆者撮影
4月3日の記者会見 - 筆者撮影

川勝知事は「辞職の経緯となる理由は2つある。わたしの不十分な言葉遣いで、人の心に傷をつけた。これはやはり大きい。これは意図せざる形で人が傷ついていることを指摘された。気づいてなくて、言われて気がついたことだから、大きく反省すべきだ。これが繰り返されていることもあり、大きな辞任の理由だ。


これ自体はことばの使い方あるいは説明不足ということがあったので、これを直すことはできる」と述べている。


川勝知事の辞意表明の直接のきっかけは、4月1日の新規採用職員向けの訓示で職業差別ととれる発言を行ったこととされていた。


2日付読売新聞のみが地方版で「知事訓示『県庁は知性高い』『野菜売るのとは違う』」という見出しの囲み記事を報じた。


読売の記事には、川勝知事が「県庁はシンクタンク(政策研究機関)だ。毎日毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかと違い、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い方たち。それを磨く必要がある」などと述べたとある。


この記事をテレビ各局が追い掛け、SNSなどで知事の「差別発言」が広がり、県庁には400件を超える抗議の電話やメールが殺到した。


筆者は、2日午後6時から、この件で、川勝知事の説明を求める囲み取材が行われることを聞いた。当然、いつも通りにわけのわからない釈明を聞かされて終わると考えていた。


■2021年には「御殿場にはコシヒカリしかない」と地域差別


まさか、その席で辞意表明をするなど県幹部も全く知らず、その後のテレビ報道を見て、筆者も驚きの声を上げた。


これまで川勝知事は失言暴言などさまざまな不適切な発言を繰り返しても、何とか切り抜けてきたからだ。


2021年暮れ、静岡県議会で、「御殿場にはコシヒカリしかない」とする地域差別発言を理由に辞職勧告決議が採択された。


それに対して、川勝知事は「(わたしは)権力のある方に対しても、間違っていると思えば、失礼であることを承知しながらも、はっきりと物申す。南アルプスのトンネル工事は責任をもって県民にどうなっているのかを伝えるという、これまで通りの仕事をしながら責任を取っていく」などと述べた。


これが、これまでの不適切発言を行ったあとの逃げ方だった。


リニア問題を挙げれば、それで良かったのだ。失言暴言の多い川勝知事だが、リニア問題に関して水や環境を守るという主張を正しいと思い込んでいる県民が多いのも確かである。


今回、その神通力が失われたのには、伏線がある。3月26日の記者会見だった。


■若い記者たちには「いつものごまかし」が通用しない


26日の会見は、朝日新聞を皮切りに、共同通信、テレビ静岡、中日新聞、日経新聞の5人もの記者が、「男の子はお母さんに育てられる」「磐田は浜松より文化が高かった」などの川勝知事の一連の発言に対して強い疑問を投げ掛ける異常事態となった。


記者たちは「発言を撤回して、謝罪すべきではないのか」とあらためて求めた。


その要請に対して、川勝知事は「誤解を与えたが、(真意を)話せばわかる」などと一切、受け入れる姿勢を見せなかった。


筆者撮影
3月26日の知事会見(静岡県庁) - 筆者撮影

一連の質疑応答では、いつも通りのごまかしだけでは通用せず、川勝知事の時代錯誤の価値観が、社会の変化に追いついておらず、若い記者たちとは全く違っていることが明らかになった。


それなのに、川勝知事は自分勝手な解釈で説明すれば、周囲はちゃんと理解できると思い込もうとしていた。


その背景には、次に「不適切発言」をすれば、知事を辞職すると公言したことが大きく左右していた。


昨年の6月、9月、12月県議会だけでなく、3月18日に閉会したばかりの2月県議会でも知事の不適切な発言、対応に批判が集中した。


6月県議会で不信任決議案の採択が行われ、1票差で否決された。9月、12月、2月県議会では、毎回、県政の最高責任者としての自覚を求める決議案可決されるなど大騒ぎの連続だった。


2月県議会では、「男の子はお母さんに育てられる」「磐田は浜松より文化が高かった」などの発言は自民党県議、公明党県議が異例の苦言や抗議の声を上げただけで、議会として何らかの対応はなかった。


■最後に日経記者に「なぜ謝れないのか」と聞かれて…


ところが、県議会の場ではなく、定例会見で、5人の記者たちから不適切発言として“集中砲火”を浴びせられることになった。


最後に、日経新聞記者が「(不適切発言があれば)基本はやっぱり撤回したり、まずは謝るのが筋ではないか。不適切発言をしたら辞職すると公言したことで、なかなか謝れないのか」と疑問を投げ掛けた。


川勝知事は「いやそんなことはない」と答えたため、記者は「であれば撤回あるいは謝罪すべきだ。なぜそうしないのか」と突っ込んだ。


川勝知事は「誤解を与えているところは話せばわかる。この場でもそうなっている」などと逃げた。


結局、同じ回答の繰り返しとなり、記者が「今回の一連の発言は不適切ではなく、謝罪も撤回もしないのか」と確認すると、川勝知事は「そうですね」と締め括った。


そして、2日夕方には同じく「職業差別発言」が問題となり、またもや若い記者たちに詰め寄られ、川勝知事は辞意表明を行った。


■辞任表明の直前にリニア問題を「丸投げ」


3日の会見で、「(不適切発言は)ことばの使い方あるいは説明不足ということがあったので、これを直すことはできる」と述べて、陳謝したが、撤回はしなかった。


そのあとで、「リニア問題に区切りがついたことが大きかった」として、辞職の最大の理由をリニア問題の解決の道筋ができたことを挙げたのだ。


国のリニア静岡工区モニタリング会議座長の矢野宏典氏が2日、辞意表明の直前に県庁を訪れたことを明かした。


国のモニタリング会議であいさつする矢野座長(都内)

そこで、矢野氏と2人で話す機会ができた川勝知事は「あとはお任せします」「仕切りをお願いしたい」と言うと、矢野氏からは「君は(モニタリング会議に)来なくていい」とのことだった、という。


それで、知事の手はもう離れた状況となり、川勝知事は「従来とは全く違う次元にきて、矢野流で解決できるので、注目してほしい」などと述べた。


実際には、これではいまのところ何が何だか全くわからない。


冒頭に説明したように、リニア問題に区切りがついたのではなく、単に古くから関係が深く、県の一般社団法人ふじのくにづくり支援センター理事長でもある矢野氏に丸投げしただけで、何の解決にもなっていない。


■尊敬を集めた「博覧強記」は、身勝手な時代錯誤となった


辞意表明の本当の理由は何か?


毎回、会見ごとに若い記者たちからこぞって“攻撃”されることに耐えられなくなったのが本音だろう。


筆者の目には、御年75歳の知事が、孫世代とほぼ同じ若い記者たちにたじたじとさせられる疲れ切った姿は、あまりにも哀れに映った。


過去の記者会見では、オックスフォード大学の博士号を持つ元早稲田大学教授である川勝知事が、記者たちを学生のように教える余裕があり、その博覧強記には取材陣からも尊敬を集めていた。過去と現在のギャップはあまりにも大きい。


リニア問題を通して、川勝知事の嘘つきの「本性」が明らかになり、若い記者たちとの価値観の違いがはっきりとした。


エリート意識、差別意識が強く、それが当たり前の時代に生きてきた川勝知事にとって、多くの若い記者たちからの“総攻撃”は何よりも屈辱的だったはずだ。


時代が変わったのに、自分自身を変えられない時代錯誤の価値観に固執したことで墓穴を掘ったのである。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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