なぜ不景気の中国で「ハイテク株」が絶好調なのか…「WeChat」にあって、「日本のLINE」に決定的に足りないもの

2025年4月7日(月)7時15分 プレジデント社

プレジデントオンライン編集部作成 ※2025年3月時点、増減率は24年末比

中国のメガテック企業群「セブン・タイタンズ(巨人7銘柄)」に注目が集まっている。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「その中でも中国時価総額トップ企業、テンセントの進化がめざましい。生成AIをめぐる世界的競争の潮流を捉え、一気に攻勢を強めている」という——。

■中国株「セブン・タイタンズ」の躍進


AIスタートアップ企業「DeepSeek(ディープシーク)」の成功を機に、中国の主力ハイテク株が再評価されはじめている。


特に仏金融大手のソシエテ・ジェネラルが「セブン・タイタンズ」と名付けたテンセント、アリババ、シャオミ、BYD、網易(ネットイース)、JDドットコム、SMICの7社は軒並み好調である。


これらは米「マグニフィセント・セブン(壮大な7銘柄)」より高い時価総額増加率を示し、半導体受託製造中国最大手のSMIC(約5000億香港ドル=約9兆円)は米インテル(約1000億ドル=約15兆円)に急接近するなど、米制裁を逆手に取る動きも目立つ。


6年前に拙著『GAFA×BATH』(日本経済新聞出版社)を上梓した時点では、中国のメガテック企業「BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)」が米国「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」に迫る勢いを見せていた。しかし、その後の中国政府によるテック企業への締め付け、とりわけアリババの分割要請は同社に大きな打撃となり、その時価総額は大幅に目減りしてしまった。


プレジデントオンライン編集部作成 ※2025年3月時点、増減率は24年末比

■テンセントの戦略を「孫子の兵法」で読み解く


一方で、テンセントは「国家的プラットフォーム」と評されるほどに成長を続け、現在では「セブン・タイタンズ」の中でも時価総額トップの座に君臨している。さらに、生成AIをめぐる世界的競争の潮流を捉え、一気に攻勢を強めている。


中国トップ企業であるテンセントは今、どのように進化しているのか。そして、何をもくろんでいるのか。本稿では、テンセントの戦略を「5ファクターメソッド」というアプローチで分析する。


筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.

このメソッドは、中国の古典的な戦略論である「孫子の兵法」の中でも特に重要な要素「五事」について、筆者が現代マネジメントの視点から再構築したものだ。五事とは「道」「天」「地」「将」「法」のことであり、孫子は戦力の優劣を判定するカギとしてこの5項目を挙げている。


■AIを中核とする社会基盤企業へ


「道」:ミッション・ビジョン・バリュー

まずは、テンセントにおける「道」を見ていきたい。「道」は戦略の中核であり、企業としてどのようにあるべきか、という目標を具体化したミッション、ビジョン、バリューにあたるものだ。


筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.

テンセントは創業以来「人と人、人と情報、人とサービスをつなぐ」ことを使命に掲げている。SNS(微信=WeChat、QQ)を通じて、中国の13億人以上が日常的に接する生活インフラとしての地位を確立してきた。そして、2025年現在では「AIを中核とする社会基盤企業」としての立ち位置に進化しつつある。


そのビジョンは「生活と経済のすべてを再設計するプラットフォームの構築」である。象徴的なのが、AIアシスタント「元宝(ユェンバオ)」のWeChatへの統合である。チャットや検索機能をプラットフォームに組み込み、コミュニケーションから情報収集、サービス利用までをAIで再設計しようとしている点は注目に値する。


テンセントは単なるインターネットサービス企業から脱皮し、生活領域全般をAIで支える存在を目指していると考えられる。


■「好機」を見極め、一気呵成にAI投資を拡大


「天」:天の時/タイミング・スピード・変化

次の「天」は「天の時」、外部環境の変化を予測したタイミング戦略である。テンセントは2023〜2024年前半の生成AIブームに当初は慎重な姿勢をとっていたようにみえる。しかし、2024年後半になると一転してGPUへの投資や、大規模AIモデル「混元(フンユェン)T1」と外部の先端モデル「DeepSeek R1」との統合を一気呵成に拡大し、AIインフラを強化してきた。


市場の成熟度やニーズから「天の時」を見極め、熟した段階で巨額のリソースを投下するのがテンセントの戦略といえる。初期の過剰投資を回避しながら、勝負どころで一気に資源を注ぎ込むことで市場を席巻しようとする周到さがうかがえる。


■13億8000ユーザーのWeChatを中心とした「地の利」


「地」:地の利/市場環境・構造的優位・空間戦略

3番目の「地」は「地の利」、環境を活かす戦略は、テンセントの最大の強みである。WeChatは月間アクティブユーザー13億8000人を抱え、SNSのみならずモバイル決済(WeChat Pay)、クラウド、行政、ECなど多岐にわたるサービスを横断する巨大なエコシステムを形成している。


ここに生成AIを組み込み、サービス間のデータと機能を統合することで、UX(ユーザー体験)を飛躍的に向上させているのが近年のテンセントの動きである。ユーザーにとって「生活OS」とも呼ぶべき包括的なプラットフォームにAIを浸透させることで、収益機会とエコシステムの価値をさらに高めているとみられる。


■創業者の「構想力」と、社長の「実行力」


「将」:リーダーシップ・人材・統率力

4つ目の「将」にあたるリーダーシップは、創業者の馬化騰(ポニー・マー)と社長の劉熾平(マーティン・ラウ)のツートップ体制が支えている。馬化騰が長期的かつ構想主導型のトップ戦略を描き、劉熾平がそれを着実に実行する。両者のコンビネーションが、テンセントのAI戦略を加速させてきた背景にある。


また、注目すべきは事業部門ごとの自律性(分権)と社内の統合(集中)を巧みに使い分けている点である。各プロダクトチームが個別にAIを活用する一方、基盤となる大規模モデルやインフラは社内共有される。この分権と集中を組み合わせるハイブリッドな組織運営が、イノベーションの連鎖と全社的なスケールメリットを同時に実現していると考えられる。


写真提供=新華社/共同通信イメージズ
テンセント創業者の馬化騰(ポニー・マー)=2019年3月31日 - 写真提供=新華社/共同通信イメージズ

■「自己進化型」のマネジメント体制


「法」:マネジメント・運営・制度設計

最後の「法」、つまりマネジメントに関しては、生成AIを全社戦略の柱に据え、あらゆる事業部門がAI前提で動く体制を構築している点が目を引く。経営陣の強いリーダーシップのもと、AIファーストを徹底する姿勢は明確である。


さらに、高速のPDCAサイクルでAIの訓練→サービス適用→ユーザー反応分析→改良を繰り返し、組織もプロダクトも絶えずアップデートする「自己進化型のマネジメント体制」を構築していることは、業界内でも特筆すべき動きだ。AI開発・運用プロセス自体にAIツールを取り入れ、人間とAIの協働体制を整えている点は、競合他社との差別化要素として今後さらに注目されるだろう。


以上のように、「道・天・地・将・法」の5ファクターすべてにおいて、テンセントは戦略的完成度を高めている。生成AIという時代の転換点を単なるサービス追加ではなく、構造変革としてとらえたテンセントは、中国のみならず世界におけるAI時代の規範モデルとなりつつある。


■LINEとWeChatの決定的な違い


こうしたテンセントの動きを俯瞰すると、同社がもくろむ未来はユーザーの時間と行動をWeChatエコシステム内に囲い込み、そこに搭載した生成AIが意思決定を代行する世界ではないかと推察できる。


先述したAIアシスタント「元宝」の事例が象徴的だ。テンセントが「エコシステムの核」と位置づける元宝は、WeChatとの連携を進めたことで短期間に1300万超の月間アクティブユーザー(2025年2月末時点)を獲得。AI検索や「紅包(ホンバオ=お年玉)」の機能など、多角的なAIサービスをWeChat内に統合している。


写真=iStock.com/stockcam
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockcam

これにより、ユーザーは購入から決済、予約、行政手続きにいたるまでの行動をすべてWeChatで完結できるようになる。テンセントは生活動線をまるごとプラットフォーム内に囲い込み、その文脈や履歴をAIが学習し、次の行動を提案・実行するという極めて強力なUX(ユーザー体験)を実現しつつあるといえる。


WeChatはかつて、日本メディアから「中国版LINE」ともいわれた。しかし、決済サービスを起点に社会インフラ機能を徹底的に組み込んだWeChatと、コミュニケーションアプリにとどまったLINEとの間には大きな差が生じている。ユーザーがアプリ内で生活の大半を完結できるか否かは、そのままエコシステムの規模とデータ活用の深さに直結するのである。


■日本企業にも問われる「発想の転換」


テンセントの事例は、日本企業に対して重要な示唆を投げかける。


生成AIの進化により、企業の競争力は「どんなAIを持っているか」ではなく、「どこに、どう使っているか」に移りつつある。テンセントが実践するのは、AIを自社サービスに“溶け込ませる”ことで、UXのすべてをアップグレードするというアプローチである。


たとえば、ECサイトであれば検索やレコメンドの文脈に、店舗ビジネスであれば顧客応対や在庫補充の判断に、製造業であれば工程計画やメンテナンス通知にAIを埋め込むことが可能だ。重要なのは、「生成AI=万能回答装置」として一括導入するのではなく、ユーザーの日常的な動作の“間”にそっと入れ込み、行動を後押しするようなインターフェースに仕立てていくことにある。


テンセントがWeChat内で実現しているのは、まさに「アプリの中に自然に存在するAI」であり、これこそが定着率とエンゲージメントのカギになっている。


また、テンセントはAIの導入を単なる業務効率化ではなく、「経済圏の設計」にまで昇華させている点も重要だ。WeChatを中心としたテンセントのミニプログラム群は、ユーザーの行動、決済、移動、会話、学習すべてをカバーする「生活OS」のように進化しており、そこに生成AIを統合することで、AIを中心に再構築されたサービス網が生まれている。


つまり、日本企業にとっても問われるのは「何を作るか」ではなく、「どこに埋め込むか」そして「どう動かすか」である。これまでのアプリ中心の思考から、AIによって編成される体験中心の思考へと発想を転換すること。それこそが、生成AI時代における競争力の源泉となるだろう。


■テンセントはGAFAMを超えるのか


もちろん、テンセントにもリスク要因は存在する。2024年12月、同社は米国国防総省により「中国人民解放軍とのつながりがある企業」に指定された。テクノロジーの覇権と安全保障の覇権は表裏一体であり、米国の対中規制は厳しさを増している。そのため、欧米市場でのAI・クラウドビジネスには一定の制約が生じる可能性がある。


また、中国政府による統制リスクが常に付きまとっている。経済低迷を背景に中国当局のスタンスもやや軟化しているが、株式市場においては「中国リスク」を警戒する動きはいまだに大きい。


しかし、これらのリスクを織り込んでも、テンセントが今後GAFAM級の時価総額に台頭するシナリオは十分にあるだろう。


生成AIをめぐる競争はまだ始まったばかりである。中国政府の統制と国際的な地政学リスクを抱えながらも、テンセントが狙う未来は「AIが生活を運転する」社会インフラそのものである。日本企業もこの動きを他人事と捉えるのではなく、自社のサービスやUXをいかに再構築するかを真剣に検討しなければならない時期に来ているのではないか。


写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=プレジデントオンライン編集部)

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