どんなに給与を増やしても「国家公務員離れ」は止まらない…霞が関が今こそ本気で検討すべき"人材確保の手段"
2025年4月7日(月)16時15分 プレジデント社
国家公務員のなり手不足解消に向け、人事院の川本裕子総裁(右)に提言を手渡す人事行政諮問会議の森田朗座長=2025年3月24日午後、東京都千代田区 - 写真提供=共同通信社
■新聞の見出しは「給与引き上げ」に集中した
結局、「給与を上げろ」という霞が関の誰もが喜ぶ結論に終わった。だが本当に、キャリア官僚の給与を大企業並みにすることが「国家公務員離れ」の解決策なのだろうか。
人事院の有識者会議である人事行政諮問会議(座長・森田朗東大名誉教授)がこのほど最終提言をまとめた。
写真提供=共同通信社
国家公務員のなり手不足解消に向け、人事院の川本裕子総裁(右)に提言を手渡す人事行政諮問会議の森田朗座長=2025年3月24日午後、東京都千代田区 - 写真提供=共同通信社
これを報じた新聞各紙の見出しはこうだ。
◇朝日新聞 「キャリア官僚給与『大企業並みに』有識者会議、人事院に引き上げ提言」
◇読売新聞 「キャリア官僚の給与、『大企業並み」に引き上げを提言 優秀な人材確保しやすく」
◇日本経済新聞 「キャリア官僚らの待遇上げ提言 給与比較は『大企業と』」
◇毎日新聞 「国家公務員の人材確保『危機的状況』人事院の有識者会議が提言」
◇東京新聞 「給与増へ官民比較見直しを提言 国家公務員のなり手不足解消へ」
こんな具合に、国家公務員の志望者減少や、若手職員の離職増加といった「危機的状況」を打開するには、給与を大企業並みに引き上げることが切り札だと、提言内容を総括して報じている。報告書は給与引き上げだけを解決策として提示したわけではないのだが、結局、新聞の見出しは「給与引き上げ」に集中した。
■「公務が危機に瀕している」は本当なのか
人事院は毎年夏に、国家公務員の人件費の増減を政府に勧告し、政府は基本的にこれを受け入れる。いわゆる「人事院勧告」を出す役所だ。トップの総裁はコンサルタントや早稲田大学大学院教授を務めた川本裕子氏が務めるが、スタッフの大半は霞が関の一員である公務員が占める。要は政治に介入されずに自分たちの給与水準を決めるための仕組みだ。これまでも人事院勧告での給与引き上げ率は「民間並み」と言いながら、中小企業から見れば羨ましい賃上げ、待遇改善を求め、実現してきた。今回の提言を受けて、大きな収益を上げている民間大企業並みの給与引き上げを、堂々と勧告できることになるのだろう。結局、国民感覚からずれた我田引水の提言になった。
「公務が危機に瀕している。公務の危機は、国民の危機である」
いきなり、こんなフレーズから提言は始まる。
本当にそうなのか。人口が本格的に減少し始めている中で、これまでの肥大化した「公務」を維持していく必要があるのか。そのために、給与を引き上げれば、増税など国民負担を増やすことになるが、それを国民は受け入れられるのか。
■働き手にとって「厳しい話」は封印
提言には「外部労働市場と比較して見劣りしない報酬水準」とか「納得感があり成長へとつながる(人事)評価」「魅力ある勤務環境」「長時間労働の是正」といった働き手にとって「良い話」はたくさん出てくるが、「リストラ」や「構造改革」「業務削減」といった言葉はまったく出てこず、働き手にとって「厳しい話」は封印されている。人事院の所管からはみ出す公務員制度全体の話はできないということなのかもしれないが、「公務」がどこまでを担うのか、という前提を整理せずに、人事評価制度や働き方改革をいくら言っても根本的な問題解決にはならない。
かねて指摘されてきた「降格」の議論も避けている。提言では、「能力・実績に基づく人事管理の原則を徹底させることが不可欠である」としているが、公務員の報酬は「俸給表」に従って給与が上がっていく仕組みで、等級が一度上がれば、それが下げられることはまずない。入省年次に従って、揃って昇進・昇給していくわけで、民間企業では当たり前の、人事異動で給与が下がる、という仕組みがないのだ。
写真=iStock.com/RerF
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RerF
■「降格などありえない」霞が関の現状
提言には「登用された者がそのポストで能力を発揮できなかったような場合に、元の役職段階へと戻すことができる柔軟な運用をしていくことも必要である」という一文がある。「現行制度でも、原則として昇任後の6か月間は条件付きでの昇任期間となり、その後の人事評価結果により正式な昇任の可否が判断されるが、その際に昇任不可となるのは極めて稀である」と、現状を吐露している。
せいぜい昇任を取り消すのが精一杯で、降格などあり得ない、というのが霞が関の常識なのだ。降格がなければ、若手の抜擢というのもほとんどできない。せいぜい、昇進を数年早くするのが関の山だ。公務員として守られている「既得権」は一切手放さず、給与だけ「民間大手企業並み」とすることに合理性があるのか。
提言には「参考資料」として、「採用10年未満の在職年数別退職者数」というグラフが載っている。2017年度に78人だった在職10年未満の退職者が、2023年度には203人に達したという。就職して7、8年で転職するのは公務員に限らず、民間企業でも増えているが、彼らは「給与」が問題で辞めているのか。もちろん、中にはより給与の高い企業に転職している人もいるだろうが、大半は、自分のキャリアパスを考えて、この仕事を続けていく価値を見出せるかどうか、ということが大きいのではないか。
■コンサルに入る若手は給与だけが目的ではない
それまでの7、8年の仕事で得た力が、本当に世の中で役に立つのか。このまま同じ職場にいたら、その職場でしか通用しない人材になってしまうのではないか。そんな切迫感を抱えて転職する人が多いように思う。自分の力量を違う分野で試してみたい、という人もいるだろう。今の職場に愛想を尽かして辞めるとすれば、給与よりも、現状の仕事での達成感が薄いことや、責任ある仕事を任せてもらえないことなどが多いように、霞が関を辞めた若手官僚OBと話していると感じる。
今回の提言を読んで、一番がっかりしているのは、霞が関の若手官僚の中でもバリバリ活躍したいと考えている人たちに違いない。東大の新卒学生に人気のあるコンサルティングファームは、入社して1年もすれば大きな仕事の重要な役割を任される。もちろん日本の伝統的な企業に比べれば給与は高いが、その給与だけが目的でコンサルを選んでいるわけではない。平気で長時間労働の職場に投げ込まれ、それに文句を言う人はいない。労働時間が短く、福利厚生を求めるような人は、そもそもコンサルには行かないし、入ってもすぐに辞めてしまう。若い頃、コンサルで活躍していた川本総裁はそんなこと先刻承知なはずだ。
写真=iStock.com/kieferpix
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■民間から若手を呼び戻す制度を拡充すべきではないか
では霞が関がキャリア官僚にコンサル並みの高給を支払ったとしよう。下積み仕事が多い現在の官僚たちが、給与が上がったらそれを嬉々としてこなし始めるか。下積み仕事に10年以上も耐えて、いずれ課長になれば、まともな権限を持てるようになると思えるか。果たして、この提言を見た若手が、転職を思いとどまって、10年以上働こうと思うのか。大いに疑問だ。
若手が7、8年で辞めるのは、給与の高い総合商社などでも同じだ。民間では中途採用を増やすなど苦慮しているが、大組織になればなるほど、若手への権限移譲はなかなか進まず、面白い仕事ができないからと、給与が安いベンチャー企業などに転職していく。霞が関も若手キャリア官僚を給与で繋ぎ止めることは無理だと考え、一度、民間に出て活躍した若手を再度呼び戻すことが容易になる制度などを拡大していくべきではないか。
■米国などで定着する「リボルビングドア」型
先進国では「公務」を担う人たちの給与が民間に比べて低いのは半ば当たり前だ。公務員が特権階級で給与が高いのは発展途上国である。米国などでは、公務員での経験がキャリアパスとして評価され、民間に転職した際に生き、高い給与を得られる。民間と政府を行き来する「リボルビングドア」型が定着している。日本のキャリア官僚もいずれ、政府と民間を自由に行き来するようになっていくだろう。それに適合できる人事制度に変えていくことが何より人事院に求められているはずだ。
若者がキャリア官僚を目指さなくなったのには、「国家観」の変化があるようにも思う。近代国家が軋む中で、薄給でも政府に入って国家の発展のために尽くそうという若者が減っているのではないか。提言の冒頭にあった「公務の危機は、国民の危機」という前提を疑わずに人事制度を考えても、無駄なのかもしれない。20世紀型の近代国家の役割を離れ、公務はいったい何をどこまで担うのか。国家の役割とは何かを考え直さないと、公務員離れは止まらないように思う。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)