トランプ大統領と"まともな交渉"ができるわけない…「10万円商品券」だけで倒壊しそうな石破政権の"虚弱体質"
2025年4月8日(火)16時15分 プレジデント社
ファッションイベント「マイナビTGC 大阪・関西万博」に参加した石破茂首相(右から2人目)=2025年4月5日、大阪市此花区 - 写真=時事通信フォト
■トランプ関税砲の衝撃、成す術のない石破政権
アメリカのトランプ大統領が相互関税の発動を表明、世界貿易戦争の火ぶたが切られた。日本に対しても24%の関税(自動車は25%の追加関税をすでに発動)をかけると言明、すでに物価高騰の影響が深刻化している日本経済に追い打ちをかけることは確実だ。
この理不尽なトランプ砲に、日本はどう対処するのか。政財界全体が身構えるなか、肝心のトップリーダー、石破茂首相の判断力は、「自分自身を見失って」新人議員に商品券を配ってしまうほど、お粗末でひ弱なものであることが露呈した。
このままでは夏の参院選で自民党は再び大敗することは避けられないが、奇妙なことに、石破首相を直ぐに替えてでも体制を立て直そうという声は広がらない。衆院の議席数では自民・公明を上回る野党側も、むしろひ弱な石破首相の方が戦いやすいと見てか、直ちに政権を倒そうという構えはない。
少数与党のハング・パーラメント(宙吊り議会)が、そんな不安定で「宙ぶらりん」な状態を生んでいる。しかし、それで迷惑を被るのは日本国民の側だ。この危機を乗り越えるために、限界が露わになったハング・パーラメントを解消して政治を安定させることができるのか。そのことが、いま日本政治に問われている。
■「10万円商品券」で支持率は危険水域に
二度の修正に追い込まれたとはいえ、少数与党のもとで年度内に予算を成立させたのは間違いなく画期的なことだ。ところが1日、予算成立を受けて記者会見した石破首相は、そう言って胸を張るどころか、冒頭からお詫びと釈明、説明に追われた。
なかでも、新人議員に10万円の商品券を配ったことについて、「自分自身を見失っていた」と反省の弁を述べたのには驚かされた。自民党の政治とカネの問題が問われているなかで、自分の足元からカネにまつわる問題が露呈したのだ。
謝るのは当然としても、一国の首相が「自分自身を見失っていた」と、自らの判断力に重大な欠陥があると告白したのである。首相の信頼性に重大な疑問符がついてしまった。それが石破内閣のスローガンである「納得と共感」を得られないことは、誰よりも石破首相自身がよくわかっていたはずだ。
その後の会見では表情こそ柔和で淡々としたものだったが、プロンプターに視線を向けて慎重に原稿を読み上げる姿には、やはり石破首相らしさは感じられなかった。
途中、大阪万博の開幕に触れて、マスコットの「ミャクミャク」を手にしてヒクヒクさせたあたりが、「キモかわいい」と言われる石破の持ち味なのだろうが、この大事な記者会見の演出としては正直、違和感しか覚えない。
写真=時事通信フォト
ファッションイベント「マイナビTGC 大阪・関西万博」に参加した石破茂首相(右から2人目)=2025年4月5日、大阪市此花区 - 写真=時事通信フォト
もう一つ見過ごせないのは、石破首相が事実上の「武装解除宣言」をしたことだ。
会見で石破首相は「少数与党の政治状況を打開するため、夏の参院選にあわせた衆院解散・総選挙や、現在の自民・公明の連立の枠組みを拡大する可能性があるか」と問われたのに対して「現在考えているものでは全くない」と述べた。
■「自分自身を見失った」石破首相
商品券問題で信頼を失い支持率低下が続いている状況では、解散に踏み切ることなどできるはずもない。連立の拡大についても、今のところ国民民主党や日本維新の会は消極姿勢だ。まして立憲民主党との大連立は、石破首相の下では現実味がなくなった。
去年暮れから石破首相は、度々、「衆参ダブル選挙」と「立憲民主との大連立」の可能性に言及した。少数与党を解消するには、衆院を解散して議席を回復するか、連立を拡大するか、そのどちらかしかないからだ。
もちろんダブル選挙は、衆参ともに大敗すれば直ちに政権を失うリスクがあり、実際には難しい。だが、解散カードを持っていることは、野党だけでなく与党内の反対勢力に対しても強力な抑止力になる。
大連立は、実は、より現実的な選択肢だった。実際、石破首相は立民代表の野田佳彦氏と密かに水面下で接触し、互いの側近を通じて可能性を探り続けていた。同い年の野田氏と石破首相は相性がいい。政策的にも保守・中道の考え方で近い。
二人が手を握れば、それぞれが党内に抱える抵抗勢力(自民でいえば岩盤保守派、立民でいえばリベラル左派)も抑えることができる。予算審議で野田氏が最後まで日程闘争に消極的で予算の年度内成立を許したのには、そういう背景があった。
それが、商品券問題での石破首相自身のイメージダウンと内閣支持率の低下で、いったん交渉は白紙になっていた。武装解除したというより、肝心の強力なカードが石破首相の手からするりと落ちていたのだ。
「自分自身を見失った」
そう言いたくなる石破首相の気持ちも分からないではない。
2025年4月1日、記者会見で冒頭に発言する石破首相(出所=首相官邸ウェブサイト)
■ハング・パーラメント(宙吊り議会)の限界
日本は議会制民主主義の国だ。民主政治の世界の常識では、二院制であれば下院(日本では衆議院)で多数を占める党派が首相を出し政権を担う。選挙で示された民意に忠実に権力を形成しなければならない。しかし、どの政治勢力も過半数を得られないハング・パーラメント(宙吊り議会)も稀に起きることがある。
二大政党による政権交代のお手本と言われるイギリスでもしばしばハング・パーラメントを経験している。この時、少数与党のままで内閣を組織するのか、あるいは連立によって過半数を確保するのか、政治の本当の力量が試されるのだとイギリス議会の記録には記されている。
去年の総選挙で自民・公明が過半数を割り、日本でも1994年の羽田孜内閣以来、30年ぶりにハング・パーラメントが出現した。少数与党で内閣を組織した石破首相は、「ハング・パーラメントの妙味を生かしたい」と野党の主張も一部取り入れ、二度も予算を修正して年度内成立に漕ぎつけた。
石破首相は、少数与党だからこそ野党の意見も取り入れ合意形成ができたと「熟議の国会」の成果を強調するが、その内実は、修正できたのは3000億円余り、115兆5000億円の予算全体のわずか0.3%にとどまり、その政策効果の検証も不十分なものだった。
しかも、ほとんどが国会審議の場ではなく、政党間協議やトップ同士の密室での話し合いで決まったもので熟議とは程遠い。
■少数与党政権の代償
このように中途半端な結果に終わったのも、ハング・パーラメントで、政治権力の正統性も中途半端、宙ぶらりんの状態になっていたからだ。
写真=iStock.com/kanzilyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kanzilyou
本来なら、去年の衆議院選挙で自民・公明の与党が過半数を失った時点で政権を野党に渡すべきだった。野党がバラバラでとても政権を任せられる状態ではなかった、と野党側の議員までも言っていたが、そんな野党の事情は有権者には関心はない。
自公で過半数が足りないなら、それ以外の政党を加えるか、あるいはドイツで今起きているように、選挙で戦った党どうしであっても手を握る「大連立」をつくるか、どちらかしかない。
野党に連立や公式な部分連合を呼びかけずに、少数与党での首班指名を急いだ石破氏も、自公にすり寄ることで政治的な果実を得ようとして、首班指名で事実上白票を投じた維新も国民も、そして、指をくわえてそれを見ていた立民も、同じように選挙で示された民意をないがしろにした無責任な対応だった。
この時の場当たり的な対応が、高額療養費問題で迷走し参院での再修正に追い込まれるなどの一連の混乱の背景にある。民主主義のルールからはイレギュラーな少数与党政権をつくったツケがいま回ってきているのだ。
■「何を目指すのか見えてこない」党内で広がる“石破降ろし”
予算が成立したことで、普通なら石破はフリーハンドを持って、指導力を発揮しやすくなるはずだ。ところが、支持率低下のところに自ら武装解除を宣言したことで、かえって石破降ろしを活発化させた。
石破首相の後をうかがう高市早苗氏や小林鷹之氏は、自らに近い議員を集めた会合を重ね、参院選を前に大胆な政策を打ち出すべきだとか、石破首相が何を目指すのか見えてこないといった批判の声を公然と上げ始めている。
総裁選で最後に石破支持に回り、政権の生みの親とも言える岸田文雄前首相も、地方県連の会合で「予算が終わると今度はいよいよ参院選だ。公約を練り上げ自民党の大きな決断はこれなんだと示していかなければならない」と打ち上げた。
派閥の裏金問題の処理に手間取り、内閣支持率の低下に歯止めがかけられずに退陣した岸田前首相に、そんなことが言えるのかという気もするが、ともかく参院選に向けて何か目玉になる政策が必要だという危機感だけは伝わってくる。裏を返すと、いまの石破首相からは、そうしたメッセージが出ていないという不満の表明でもあるだろう。
商品券問題で、「支持率が下がるとリーダーを引きずりおろす文化は変えなければならない」と石破首相を擁護するような発言をした小泉進次郎氏も、参院選は非常に厳しいとして「思い切った物価高対策などを打ち出すべきだ」と注文を付けている。
■小泉進次郎カードを使っても…
今すぐ石破首相を降ろすことは難しいが、参院選まで漫然とこのままで行けるとは誰も思っていない。まして、政権基盤が揺らぎ始めた石破首相に、大胆な政策が打ち出せるわけもない。自民党内では、次第に焦りにも似た感情が広がり始めている。とりわけ選挙が迫る参院議員の間では、ここに来てあるシナリオがささやかれ始めた。
できるだけ早い時期に、石破首相が自ら退陣を表明し、後継総裁に小泉氏を擁立する。そして小泉新首相のもとで例えば消費税の食料品非課税などの大胆な景気対策を打ち出して選挙を戦うというものだ。
石破首相に劣らず国民的な人気があった小泉氏ならば局面を転換できるのではないか、という期待からだ。小泉氏の支持率が高ければ一気に衆参ダブル選挙に打って出ることもできる、というのだが……。
今のところ石破首相にそれに応じる気配はない。それに仮にシナリオが実現したからと言って、小泉氏で参院選に勝てるかどうかは別問題だ。「支持率が下がると選挙の顔を変えたがる」と小泉氏自身が指摘したように、問われているのは自民党のそうした古い政治文化であり、選挙の顔を変えたところで必ず勝てるものでもないことは、今の石破政権が何より物語っている。
■自信喪失の万年野党
問題は、与党側以上に野党の側に、政局を動かして局面を大きく変えようという動きがないことだ。
2024年10月20日、日暮里駅前で演説をする野田佳彦(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
とりわけ、野党第一党・立民代表の野田氏の責任は大きい。無謀な解散で大敗し安倍一強の時代をつくってしまった十字架を背負う野田氏だが、去年の代表選挙では恩讐を超えて「顔も見たくない」関係だった小沢一郎氏と手を握り、再登板の足掛かりを得た。総選挙でも、中道保守の票を国民に相当奪われたとはいえ、50議席増の躍進で大きな成果を得た。
だが、その後は、どっしりと構えてはいるが、積極的に仕掛けるわけでもなく、何を考えているのか分からない。
自公を過半数割れに追い込んでいながら、その後の首班指名選挙では、野党をまとめられず、石破氏の首相就任を阻めなかった。野田氏を担いで党代表に押し上げた小沢氏が、当時、「数の上では野党政権ができたのに、漫然と石破政権を許してしまった。本当に信じられない」と悔やんでいたが、その小沢氏は、石破政権が低迷しているいまも野田が内閣不信任案の提出に逡巡していることに強い不満を示している。
■本気で政権獲得を狙っているのか
小沢氏に言われるまでもなく、野田氏も政権獲得に意欲はある。ただ、捕らえどころのない石破首相のしっぽをどうつかむか、その手を考えあぐねている。
予算審議のヤマ場で日程闘争に意味はないと「武装解除」してみたり、与党ペースで進み過ぎると党内から批判が出ると「戦闘モードにはいる」と言ってみたり。内閣不信任案の提出についても、いつ出すのか、そもそも出せるのか、煮え切らない状態が続いている。
与党との政策協議を受け入れた国民も維新も、石破政権とどこまで距離をつめるのかで揺れ続けている。現状では連立入りは難しいが、といって野党が一致して政権を組めるとも思えない。結局、政権交代を望んでいるのかどうか世論の動向が読み切れないのだ。
そんな与野党の自信のなさが、何も決められないままダラダラと少数与党の石破政権が続く、文字通り「宙ぶらりん」の状態を生んでいる。
こうしたなか、3月の読売新聞の世論調査に注目すべき数字があった。
「いまの自民党中心の政権が続いた方が良いか、それとも野党中心の政権に交代したほうがいいか」という設問に対し、「野党中心」が半数近い46%と「自民中心」の36%を大きく上回ったのだ。読売の調査では、政権交代よりも自民中心の政権を望む方が多い傾向が続いていたが、その読売で政権交代を望む意識が上回った。
世論は、政治的混乱が続く今の自民党政権そのものに厳しい目を向け始めている。野党が結束して行動すれば、一気に政権交代までいくかどうかは別としても、世論の後押しによって政局が大きく動く可能性は残っているのだ。
■商品券で揺らぐ首相には荷が重い
実は、野党が一致して不信任案を提出すれば可決される可能性が高い。そうなれば石破首相は嫌でも解散か総辞職を迫られる。そこから何が起きるかは分からないが、政治が大きく動くきっかけになることだけは間違いない。
政局の混迷を打開する伝家の宝刀は今、野田氏の手中にある。選挙に有利かどうかではなく、多数の力で政治を安定させ、大胆に動かす覚悟があるのかどうかが問われているのだ。
二度目のトランプ政権の登場で、21世紀の国際社会は、安全保障でも経済面でも、国際協調体制が崩れようとしている。第二次世界大戦終結から80年経って、新たな動乱の時代が始まろうとしているのだ。
2025年2月7日、トランプ大統領と歩く石破首相(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
石破首相は、国難ともいえるこの事態に対処するため、党首会談を開いて各党の党首に協力を求めた。しかし、たかだか10万円の商品券で足元が揺らぐような首相が、いくら協力を呼び掛けてもアリバイづくり以上の効果は期待できない。
どのような形であれ、1億2000万人の生命財産と国土の安全を託すことができる強力な政権が求められている。限界が見えてきたハング・パーラメントを解消して、どのような政治の枠組みをつくることができるのか。石破首相だけでなくすべての政治家にその問いが突き付けられている。
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城本 勝(しろもと・まさる)
ジャーナリスト、元NHK解説委員
1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。
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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)