売り手市場の"舐めプ"新卒が大量退職中…退職代行「モームリ」繁盛のウラで引き止め代行「マダイケル」願う声

2025年4月10日(木)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/koumaru

新卒社員が入社して約1週間、早くも退社する新人からの退職代行依頼が業者のもとに殺到している。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「会社の事前の説明と全く異なる待遇・職場環境など辞めたほうがいケースもあるが、自重して経験を積み、どの組織・企業にもある“理不尽さ”への耐性をつければ新しい景色も見えてくる」という——。
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■新人研修期間に4000人超の退職者がいる


今年も4月入社の新社会人の退職が止まらない。退職代行サービス「モームリ」の発表によると、4月1日の入社式当日に2025年度新卒の退職代行依頼は5人もいた。


以降、一般的に合同研修が始まる2日8人、3日18人、4日13人、週明け7日の月曜日は42人。7日間で計90人を超えているという。


プレスリリース「退職代行モームリ2024年度新卒1,814名分の最新退職データを公開」より
プレスリリース「退職代行モームリ2024年度新卒1,814名分の最新退職データを公開」より

研修中に突然来なくなり、後日、本人から電話で「辞めます」と言ってくる新人がいるという話は人事担当者からよく聞く。


大卒就職者は約45万人。厚生労働省調査の1年以内の離職率約12%を考慮すると、他の退職代行会社への依頼を含めて研修期間に4000人超の退職者がいると推測される。


せっかく入社式までこぎつけたのに、なぜ早々と辞めてしまうのか。「モームリ」が公表している退職理由を確認してみると、


① ブラック系だと知らずに入った
② 入社前に聞いた労働条件のギャップ
③ 早まった微妙な退職


——の3つに分けられる。


① では以下のような企業である。


「社長が入社式の最中に新卒社員ともめて、みんなの前で怒鳴ったことに加え、廊下に出して『なめてんのか』と説教」(女性・事務関連)


「新年会参加時、先輩から『彼女と今年はもうしたの?』『ヤリまくってるんでしょう?』などの発言をされた。新年会中は終始上司が下ネタをいい、社長も女性社員にセクハラをしている」(建築/建設業・男性)


パワハラ、セクハラなど人権侵害の甚だしい企業であり、辞めて当然だろう。


② については以下のような理由がある。


「入社前に給料は26万円あると聞いていたが、入社後20万円と書かれた契約書にサインさせられた」(販売業・女性)


「入社後に休日出勤の必要があると説明を受けた。入社前はそのような説明は一切受けていなかった」(教育関連・女性)


「入社前に聞いていた出勤日数、休日日数と入社後に受けたそれらの説明の内容が違った」(製造業・女性)


■なぜ、すぐ辞めてしまうのか…希望を見いだせない社会背景


今の若者は労働条件に敏感である。昔は採用説明会に際しては「人事の言うことは話半分で聞け」というのが常識だったが、今は少しでも会社が言ったことと食い違うとブラックかもと思い、すぐに退職してしまう。


そもそも会社が「一生安泰」の場所だとはつゆほども思っていないし、自己防衛の意識が強く、「失敗したくない」という思いが人一倍強いとされる。それは当然だろう。


彼らが生まれた時には日本は不況真っただ中で経済の先行きも楽観が許されず、世界では戦争や紛争が勃発し、政治家は不祥事や不正を繰り返している。終身雇用制度は崩れ、給料から天引きされる税金や社会保障費は増えるばかり。その一方で少子高齢化による老後の社会保障も危ぶまれる。直近では、生成系AIの登場で仕事を奪われる人が多数発生するとも言われている。


このような希望が見いだせないなか、誰もが不安に感じている時代であれば、社会人1年目の新人が危機意識を持つのは不思議ではない。


都内の大学でキャリア教育を担当している講師は「誰もがすぐに転職したいと思っているわけではない。ただし、嫌なこと、自分には無理と思ったらファーストキャリアだし、辞めてもいいやという感覚はほぼ全員が持っているのではないか」と指摘する。


写真=iStock.com/SetsukoN
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SNSなどによる情報量は豊富だが、コミュニケーションなど対人関係の距離感の取り方に不得手とされる。それだけに入社する職場での新たな人間関係の構築に大きな不安を抱えている。


今年4月に入社した2025年卒を対象にしたラーニングイノベーション総合研究所の「内定者意識調査(内定期間中の心境編)」(2025年1月27日)によると、「社会人になるにあたりどのような気持ちが強いか」を聞いたところ、69.3%が「不安・心配な気持ち」と回答し、最も多い。


「どのような不安を感じているか」の質問では「自分の能力で仕事についていけるか」が最も多く68.4%(複数回答)。続いて「しっかりと成果は出せるか」(54.1%)、「先輩・同期とうまくやっていけるか」(42.5%)、「上司とうまくやっていけるか」(38.4%)となっている。


初めての仕事に対する不安、職場での人間関係に不安を抱いているのがわかる。


しかしだからといって会社で理解できないこと、理不尽と感じたとしても早期退職はお勧めしない。③の早まった微妙な退職の理由としてこういうケースがある。


「話を聞く際に頷きの数や深さまで注意される」(美容関連・女性)


「入職前の研修があり、マナーやコミュニケーションなどの5時間ほどの研修で講師の方が脅しのような言葉、看護学生と社会人とは違うとの言葉があり、自信をなくしてしまった」(医療関連・男性)


「地下にある研修室で息苦しく『講義中は水分補給を禁止します』と言われた」(IT関連・男性)


「思っていた接客業務と違い、やりがいを感じる機会がないと感じた」(飲食業・女性)


■退職代行「モームリ」に対抗して引き止め代行「マダイケル」を


もし就活中に自分がやりたい仕事とは何かを探し続け、希望の職種を見つけ、この会社でスキルを磨きたいと思っていたとしたら、退職を決めるのは早過ぎはしないだろうか。こうした理由での退職に対して、社会を完全に甘くみた“舐めプ新卒”だと言う先輩社員もいるだろう。


冒頭の美容関連の女性は研修中に頷きの数や深さを指導されたのだろう。本人は不可解、理不尽と感じたのかもしれないが、おそらく顧客相手の経験則から生まれた基礎的訓練だろう。しかし実際の接客の場面では相手に合わせて頷いたりするのが一般的であり、そこまでマニュアル化しているとは思えない。


2番目の講師から「看護学生と社会人とは違う」という脅し口調のような言い方は褒めたやり方ではないが、これから遭遇するであろう医療の現場では、それ以上の罵詈雑言や理不尽な言葉を浴びる可能性もある。


3番目の講義中の水分補給の禁止は学生時代にはあり得なかったかもしれない。しかしIT企業のSEとして顧客先を訪問する場合、自らペットボトルを持参し、飲みながら商談することは非常識と思う会社もある。


新入社員研修とは学んだことをその通りに実践するものではない。基礎を叩き込み、自分なりに応用して使いこなすためのものだと考えればよい。


写真=iStock.com/kyonntra
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さらに言えば研修とは「社会の理不尽」そのものを修得する場であると考えたほうがよい。研修を経てこれからそれぞれの職場に配属される。そこには手のつけられないわがままな先輩や上司も生息している。


自分の言っていることが正しいと信じて疑わない上司、話を聞いても何を言っているのか意味不明の論理的思考が欠如した上司、少し意見を発すると、しどろもどろになって逃げ回る上司など、とにかく得体の知れない人たちがどこにでもいる。おそらく転職しても同じだろう。


新人にとって大事なことは「やりたい仕事のスキルを磨き、キャリア築くこと」であるはずだ。それをそのままやらせてもらえる理想の職場はめったにない。


自分のめざす方向性を信じ、多少の理不尽さにうまく対処しながら続けていけばきっと新しい景色も見えてくるはずだ。辞める決断はその後でもよい。最初はつらく、苦しくても「自分がこの世の中で生きていくストレッチだ」と考えるのはどうだろう。ある意味、最初は稼ぐためにやっている一時的なアルバイト感覚でもよいかもしれない。


4月9日、情報ライブ「ミヤネ屋」に出演していた元ユニクロ史上最年少上席執行役員の神保拓也さんは、「入社早々退職する人の中には一定数辞めたほうがいい精神状態の人もいるが、本人が抱いている悩みや課題をよく解きほぐせば85%の人はその仕事にとどまる。だから、退職代行の『モームリ』に対抗して引き止め代行『マダイケル』を作るといい」といった趣旨のコメントをした。


アルバイトと違って会社員は有給休暇もあれば、福利厚生、そして学ぶためのeラーニングなどの研修機会にも恵まれている。会社にいる間はとこととん利用することをお勧めしたい。いわば会社を利用してプロフェッショナルへの道を切り開こうとする姿勢がもっとも大事なのではないだろうか。


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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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