備蓄米が消えていく…「コメの値段は下がらない」備蓄米の9割を"国内屈指の利益団体"に流す農水省の愚策
2025年4月10日(木)19時15分 プレジデント社
精米工場に搬入された備蓄米=2025年3月、埼玉県内 - 写真提供=共同通信社
写真提供=共同通信社
精米工場に搬入された備蓄米=2025年3月、埼玉県内 - 写真提供=共同通信社
■備蓄米放出後も価格上昇が止まらないワケ
備蓄米を21万トン放出しても、コメの値段は下がるどころか上昇している。
農水省の調査でも13週連続して値上がりして3月末には5キログラムで4206円に高騰している。1年前の2000円程度の水準から倍増である。とうとう石破総理の指示で、農水省は7月まで10万トンずつ備蓄米の放出を行うことを決めた。私にはマスコミからこれでコメの値段は下がるのかという問い合わせが来ている。
私の答えは、「3400円くらいには下がるが、それ以下にはならないだろう」というものだ。エコノミストの株価や為替の予想と同じで当たるかどうか分からないが、根拠を示しておこう。
私は昨年から、今回の米価上昇は、24年産米を昨年8〜9月に40万トン先食いした結果、本来同年産が供給される24年10月から今年9月までの供給がその分減少したからだと説明してきた。
現に今年の2月まで民間の在庫は前年同月比で40万トン程度減少している。政府が既に放出した21万トンに加え、4月、5月に10万トンずつ放出すれば、40万トンの不足は解消される。消費者が購入するコメの値段は1年前の2000円程度まで下がるはずである。
しかし、既に21万トン放出したのにコメの値段は逆に上昇している。備蓄米を追加放出してもコメの値段は下がりそうにない。
それは、農水省の備蓄米放出に米価を下げないカラクリが巧妙に用意されているからだ(「この人に任せればコメ価格は下げられる…農政の専門家が名前をあげるJA農協にメスを入れられる唯一の人物」参照)。
■JAの「仕入れ値」と「売値」
一つは、消費者に近い卸売業者や大手スーパーではなく、米価を低下させたくないJA農協(全農)に備蓄米を売り渡したことである。その量は、放出された備蓄米の9割を超える。
米価は需要と供給で決まる。備蓄米を放出しても、その分JA農協が卸売業者への販売を減らせば、市場への供給量は増えない。また、JA農協が備蓄米を落札した値段は60キログラム当たり2万1000円である。これより安く売ると損失を被るので、これ以上の価格で卸売業者に販売する。
もう一つは、1年後に買い戻すという前代未聞の条件を設定したたことである。米価の上昇によって、農家は25年産の主食用米の作付けを増加させることが予想される。しかし、7月まで売り渡す予定の備蓄米61万トンと同量を市場から買い上げ隔離すれば、1年後も米価は下がらない。そもそも、放出して買い戻すのであれば、市場への供給量は増えない。備蓄米の放出には、米価を下げないという農水省の意図が隠されているのだ。
卸売業者がスーパーや小売店に販売するコメは主としてJA農協から仕入れている。その時の価格が「相対価格」と言われるもので、現在60キログラム当たり2万6000円まで高騰している。
■農家が「米価が上がった実感がない」と語るワケ
相対価格からJA農協の手数料を引いたものが生産者(農家)価格となる。農家は、まずコメをJA農協に引き渡した時に概算金という仮渡金を受け取り、JA農協から卸売業者への販売が終了した後、実現した米価(相対価格)を踏まえて代金が調整される。
つまり昨年の出来秋時の60キログラム当たり1万6000円程度の概算金から現在の2万6485円(2025年2月)まで上昇した部分は、24年産米の取引終了後に追加払いされることになる。今の時点で、農家が「米価が上がった実感がない」と言うのは当然である。
写真=iStock.com/tdub303
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tdub303
■価格を操作しているのはJA農協
卸売業者は相対価格をベースに自らのマージンを加えてスーパーや小売店に販売する。
相対価格が下がらなければ、小売価格も下がらない。相対価格を操作できるのはJA農協である。その市場シェアは減少したとはいえ5割を占める。この独占事業体は、在庫量を調整(増や)して市場への流通量をコントロールする(減少させる)ことで、相対価格を高く維持できる。
農水省は、JA農協以外の流通ルートが増えたから米価が上昇していると説明しているが、これは全くの虚偽である。米価を高く操作してきたのは、JA農協そのものである。
その手段として利用してきたのが在庫調整だった。
JA農協は米価を操作したいために、2005年には全国米穀取引・価格形成センターを利用して架空取引によって米価を高く設定する「全農あきた事件」(※編集部注)を起こしたし、2011年には価格を操作しやすい相対取引に移行するために同センターへの上場を減少し廃止に追い込んでいる。また、農家にとってはリスクヘッジの機能を持つ先物取引に反対してきた。公正な価格が形成されると価格操作ができにくくなるからである。
農水省の主張は経済学的にもナンセンスである。JA農協という独占事業体の市場占有度(独占度)を高めれば、価格は下がると言っているのである。他の事業者の市場参入を増やさなければ、米価は下がらない。さまざまな事業者がコメの集荷に参入することは、コメ市場をより競争的なものとし、JA農協の独占的な価格形成を防止する効果を持つ。
※2005年1月に発覚した全国農業協同組合連合会秋田県本部(全農あきた)の「米横流し事件」と「米架空取引事件」。全農あきたの子会社のパール秋田が、取引先の経営不振により2億5100万円が不良債権化した。パール秋田は赤字に陥ることを防ぐため、農家から販売目的で預かっていたコメを横流しして簿外販売し、取引先から債務弁済があったように装い利益を計上した。また、全国米穀取引・価格形成センターにおいて、全農あきたはパール秋田等との間で架空取引を行い、パール秋田等に高値で落札させ、米価を高く操作した。
■追加放出でやむなく20%は下げる
ただし、JA農協もある程度相対価格を下げなければ、政府から何のために備蓄米を放出したのかという批判を受ける。しかし、備蓄米を2万1000円で買っているので、それ以下に下げると損をする。
つまり、現在の相対価格2万6000円を2万1000円に20%減少させることが限度となる。同じ割合で小売価格が低下すると仮定すると、それは3400円となる。
今回の備蓄米放出には、JA農協救済というもう一つのカラクリがある。
■追加放出はJA農協の在庫積み増しが目的
7月まで10万トンずつ放出すると、農水省は合計して61万トンの備蓄米を放出することになる。
今回JA農協の集荷量が減少したことを、農水省は意図的に問題とした。農水省自身の調査で否定されたが、様々な業者が集荷に参入したので、米価がつり上がったという虚偽の主張を展開した。
既に放出した21万トンの根拠は、JA農協と卸売業者を合わせた民間在庫量が減った40万トンを補填(ほてん)すると言うのではなく、JA農協の集荷量が21万トン減ったからだというものだった。この時点で、JA農協救済という疑いが持たれるものだった。米価維持のためJA農協が在庫調整すれば、61万トンのかなりの部分は市場への供給量の増加ではなく、JA農協の在庫積み増しとなる。JA農協の独占力が向上し、卸売業者との相対価格交渉に有利に働く。
さらに、農水省は1年後に61万トンを買い戻す。
これだけの量を市場から買い上げ隔離すれば、農家が25年産の生産を相当増やしたとしても米価は下がらない。JA農協は米価操作をやりやすくなる。
■追加放出されるのは「古古米」
最後に、農水省は毎年20万トンを備蓄米として玄米で積み増ししている。
備蓄米として放出した21万トンは、24年産米が中心である。4・5月に放出されるのは、23年産米の古米が中心となる。さらに、6・7月に放出されるのは、22年産米の古古米となる。もみ貯蔵なら食味は維持されるが、技術が進歩しているとしても、玄米の保管で品質や食味はどうなのだろうか?
70年代から80年代初めに、政府が過剰米在庫を抱えていたころ、古米は食べられても古古米はかなり食味が落ちた。古古米を放出しても消費者が食べなければ、流通量を増やして米価を下げることにはつながらない。タイ等から大量のインディカ種のコメを輸入して消費者に嫌われて廃棄処分した平成のコメ騒動の二の舞になる。
写真=iStock.com/Promo_Link
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Promo_Link
■輸入拡大を招き、自らの首を絞めたJA
石破総理が本気でコメの値段を下げようとするなら、無税で輸入しているミニマムアクセスのうちの10万トンの主食用輸入枠(SBS米)の輸入量を拡大するか、キログラム当たり341円という枠外輸入の関税を引き下げるかして、ジャポニカ米の輸入量を増やすしかない。
JA農協は猛反対するだろうが、身から出た錆びとはこのことだろう。
東京・大手町にあるJAビル(画像=Jo/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons)
----------
山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
----------
(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)