F-35操縦士はどこに? 救難活動が極めて困難な理由

4月13日(土)6時0分 JBpress

航空自衛隊のステルス戦闘機「F-35」。陸上自衛隊朝霞駐屯地の朝霞訓練場で行われた自衛隊観閲式で(2018年10月14日撮影、資料写真)。(c)Kazuhiro NOGI / AFP〔AFPBB News〕

 必死の捜索が続く、墜落したF-35Aステルス戦闘機の操縦士。一体、どんな捜索が行われているのか? 捜索はどれだけ困難なのか? 元幹部自衛官で小説家・軍事評論家の数多久遠(あまた・くおん)氏が、自衛隊による航空救難活動の方法を解説する。(JBpress)


救難活動の指揮官は誰か?

 4月9日19時27分頃、航空自衛隊三沢基地(青森県三沢市)所属のF-35A型機が消息を絶ちました。航空自衛隊は墜落と断定し、12日現在も乗員と機体の捜索を続けています。

 防衛省の発表では、通信が途絶する間際に「4機での対戦闘機戦闘訓練だった」とか、「『ノック・イット・オフ』(訓練の中止)が伝えられていた」といった情報が出ていますが、極めて断片的で、これらの情報だけで事故原因等について評論を行うことは困難です。そこで本稿では、こうした航空救難の際にどのような活動が行われているか、今回の事故で考えられる可能性について言及しながら紹介したいと思います。

「ノック・イット・オフ」の宣言を地上で聞いていたのは、三沢DC(Direction Center:防空指令所)で当該編隊を管制していた管制官です。その他のボイス(無線での発声)もあったかもしれませんが、現段階では発表されておらず不明です。続いて、この管制官は、不正確ながらも、レーダーからの消失も確認したでしょう。

 この時点で、墜落の可能性のある事態であることが推定されるため、上級部隊である北部航空方面隊司令部に即座に報告されたはずです。ここから、本格的な航空救難活動がスタートすることになります。

 陸海を含めた自衛隊の航空救難は、日本を4つのエリアに分け、その区域ごとに空自の航空方面隊司令官が区域指揮官となって、航空救難の指揮を執ることになっています。今回の事故では、三沢基地に救難隊が存在しないということもあり、救難実施の主体は、北部航空方面隊司令官が務める第1救難区域の区域指揮官となります。

(基地に救難隊が存在する場合は、基地司令が救難の主体になることもありえます。ただし、今回のように大々的な救難が行われる事態では、やはり区域指揮官が指揮を執ります)

 なお、この編隊の訓練状況は三沢基地の飛行隊でも把握していたはずなので、ほぼ同時に、飛行隊から第3航空団にも報告されたでしょう。


海自部隊も迅速に協力

 北部航空方面隊司令官は、第1救難区域指揮官として、ただちに「救難運用本部」(ROC)を開設します。ROCは通常の場合、方面隊の指揮所である「作戦指揮所」(SOC)の中に開設されます。

 墜落の可能性が懸念されたため、ROCは、即座に関係部署、特に救難を専任とする救難隊に連絡したはずです(今回の場合、時刻が19時27分頃なので、当直であったかもしれません)。

 指揮系統としては、救難隊は方面隊司令官の指揮下にはありません。航空総隊、そして航空救難団の指揮を受けているため、正式な航空救難の命令は、総隊、そして航空救難団が出すことになります。ただし、“統制”と呼ばれる実質的な指揮は区域指揮官が行いますので、救難隊は区域指揮官から連絡を受けた段階で緊急発進の準備を始めたはずです。

 今回の場合、航空救難を専任とする救難隊が三沢基地には存在しないため、初動は、近隣の松島基地(宮城県東松山市)と秋田分屯基地(秋田市)から発進した模様です。また、洋上にいる海自艦艇も、航空救難の大きな力となるため、ROCは、関係部隊として海自部隊に通報するとともに協力を依頼したでしょう。航空救難に関しては、相互に協力することが定められており、今回も海自部隊は、救難隊にほとんど遅れることなく(わずか3分後に)迅速に協力を開始したようです。また、協力を期待できる米軍や海保にも連絡します。


「ベイルアウト」した位置はどこか?

 洋上で捜索・救難にあたるのは、こうした救難隊の航空機や、海自などの艦艇および航空機ですが、ROCには非常に重要な仕事があります。それは、捜索すべき場所を決定し、捜索にあたる各種ユニットの分担を決めることです。

 レーダーロスト(レーダーから消失)した場所が分かっているのだから捜索は簡単だろうと思う人が多いかもしれません。しかし、それほど単純ではありません。というのも、地球が球形であることから、地上のレーダーサイトからは低高度が見えないのです。そのため、レーダーから消失した地点は上空なのです。他国の例では、乗員が脱出した航空機が、そのまま飛び続けて別の国まで飛んで行ってしまったなどという事例もあります。

 ただし、今回の場合は、この点では、それほど困難ではなかったと思われます。レーダーロストした位置は、三沢基地の東約135キロメートルと発表されていますが、位置からして、当該機をモニターしていたレーダーサイトは、下北半島にある大湊基地(青森県むつ市)のレーダーサイトでしょう。大湊基地のレーダーサイトから、レーダーロストした位置までは約150キロメートル離れていますが、レーダーがある釜臥山頂上付近は約880mほどの標高がありますので、レーダーロストの際には、機体は200m以下の低高度まで降下していたものと思われます。

 なお、機体位置を発信しながら訓練していたとの報道もありますが、恐らくSIFと呼ばれるもののことだと思われますので、基本的にレーダーサイトが、レーダーと同じように観測していたと思われます。そのため、この機体位置情報では、やはり落下時の位置は不明です。

 乗員の捜索にあたっては、まず乗員が機体からベイルアウト(脱出)した位置を推定します。レーダーロストする前、「ノック・イット・オフ」等の最後のボイスが発信された位置から、レーダーロストした後もある程度飛び続けた可能性のある位置が、乗員がベイルアウトし、落下傘で降下した推定位置となります。

 このレーダーロストした後もある程度飛び続けた可能性のある位置は、レーダーロストした位置から、その時の高度と機首の角度などの情報を使って推定することになります。しかし、特に機首の角度などは正確に分かりませんし、そもそもレーダーロストした後に、機首の引き上げが行われた可能性があるため、この落下推定位置は、相当広い範囲となってしまいます。また、この機体落下推定位置は、機体の残骸等を捜索するためにも必要です。


命を奪う冷たい海水

 上記のような推定を行わなければならないとしても、まずは正確な情報が必要です。レーダーサイトやDCではレーダーの詳細な記録をとっています。事故の可能性が生じた瞬間からこれらの記録を見直し、この情報を元に、落下地点の推定作業が始まります。

 同時に、訓練していた残りの3機からも情報を収集します。ベイルアウトした可能性があるのか、「ノック・イット・オフ」等の宣言があった際、機体はどのような状態だった可能性があるのか、などです。

 この作業は、ほぼDCが行いますが、ROCでも検討され、機体とベイルアウトできていた場合の乗員の着水推定場所が決定されます。事故発生直後は、その場所を探せば良いため、救難隊はそこに急行します。また、近隣にいた海自艦艇、協力してくれる海保庁の巡視船等も急行します。

 今回、レーダーロストした高度はかなり低高度ですが、当初はベイルアウトしているかどうかが不明だったこともあり、この範囲は結構な広範囲だった可能性もあります。その範囲を、効果的な捜索と、特に捜索に当たる航空機の2次災害(空中衝突等)を勘案して、捜索にあたるユニットに分担を決めるのがROCの仕事です。

 しかも、この分担は、常に変更しなければなりません。艦艇は長時間にわたって捜索可能ですが、航空機、特にヘリは滞空時間が短いためです。

 そして、この捜索範囲と分担の決定は、時間の経過とともに、困難の度合いを深めていきます。降下した乗員は、この季節ではまだまだ冷たい海水の中で海流に流されてしまうからです。三沢沖の主要な海流は親潮と呼ばれる千島海流ですが、対馬海流の分岐流である対馬暖流が沿岸を南下している他、季節によっては黒潮と呼ばれる日本海流の影響も受けます。空自では、こうした海流に関する詳しい知識がありません。そのため、海自や海保のサポートを受け、時間経過とともに海流に流されることを前提に捜索範囲を更新しなければなりません。こうした協力態勢を構築するため、ROCには海自や海保の連絡官が詰めています。

 こうした活動は、極めて限られた時間で行わなければなりません。墜落時の三沢沖の海水温は、摂氏10度もなかったはずです。低温の水に浸かっていると、体温が急速に奪われます。怪我をしていなかったとしても、低体温により命が危険にさらされます。10度以下の海水に浸かっている場合、人間が意識を保てる時間は30分から1時間程度とされています。生存可能時間も1時間から数時間しかありません。海流とともに、海水温の情報や、こうした有意識時間や生存可能時間の算定にも、海自や海保の協力を得ることになります。


海流と風に流される救命浮舟

 本稿を執筆している現時点(4月12日)で、この生存可能時間は大幅に超えています。そのため、乗員が海水に浸かったままであれば、生存は残念ながらほぼ絶望的と言わざるをえません。

 ですが、海面に着水した乗員の生存可能時間を延ばすため、サバイバルキットが用意されています。ベイルアウトした際には、座席とともに、このサバイバルキットが射出され、着水後、直ちに使用可能なように準備されています。

 このサバイバルキットの中身は食料や無線機などですが、生存可能時間を延ばすために最も重要なのは「救命浮舟」と呼ばれる一人乗りの小型ゴムボートです。これに乗り込めば、海水による体温の低下は防げます。またこのゴムボートにはテントのようなシートもついており、寒風から身を守ることもできます。水中での生存可能時間を大幅に超えた現在でも捜索が続けられている理由は、乗員が救命浮舟に乗り込んで救助を待っている可能性があるからです。

 また、パイロットは、落水後に救命浮舟に乗り込み、サバイバルキットを使用して、救助を待つための水上保命訓練も実施しています。

 ただし、もしもこの救命浮舟に乗り込んでいるとすると、ROCが行う捜索範囲と分担の決定はさらに困難なものになります。救命浮舟は、海流による影響に加え、それ以上に風により、ものすごい速度で流されるためです。

 4月9日以降、現場海域では、非常に強い風が吹いていました。たとえば風速20m/秒の風に押し流されると1時間で70キロメートル以上も移動することになります。24時間経つと1700キロメートル以上の移動です。ROCでは風によって流された可能性を踏まえ、気象隊からの情報や海自や海保の協力を得ながら捜索エリアを更新していかなければなりません。

 救命浮舟に乗り込まず「海流だけ」で流される範囲と、救命浮舟に乗り込んだことにより「海流+風」に流される可能性のある範囲は、大幅に異なります。そのため、救命浮舟に乗り込めていない場合の生存可能時間内は、ROCは捜索の重点をどのエリアにするのか、非常に迷うことになります。

 同時に、捜索にあたる部隊の割り当てや指示にも困難が伴います。救命浮舟は非常に目立ちますが、海上に浮いただけの乗員の捜索は、特殊な装備をもった機体や艦艇でなければ、近くを通過しても発見は困難です。U-125Aなどの高度な捜索能力を持ったユニットを、いつまで救命浮舟に乗り込めておらず、海流だけで流されていると予想されるエリアに割り当てるのか判断しなければならないのです。

 救命浮舟に乗り込めていない場合の生存可能時間を大きく越えた場合は、乗員の捜索は、救命浮舟に乗り込めたことを前提に、風によって流されたと予想されるエリアを捜索します。

 4月12日時点で、機体の破片などの漂流物は、海流の影響を考慮して沿岸から200キロ程度のエリアを捜索していると思われます。一方、乗員の捜索は、救命浮舟に乗り込んでいることを前提に沿岸から数百キロから数千キロも離れた位置を捜索しているでしょう。

 4月11日、自衛隊は、緊急脱出した形跡はなかったと発表しています。また、乗員の氏名も公表しました。あくまでも憶測に過ぎませんが、自衛隊は、家族には通知した上で、生存している乗員の捜索は、足の長い固定翼航空機(空自U−125A、海自P−3C、米軍P−8)などに絞り、艦艇やヘリは、機体の慰留物などの捜索に移っているのかもしれません。

 また、今回の墜落の後、米軍のB−52が現場付近をたびたび飛行しています。一部のミリタリーマニアは、爆撃機であるB−52も捜索に加わっているのではないかと噂しましたが、米軍はこれを否定しています。

 救命浮舟が流された可能性のある範囲は、広大です。B−52の飛行は別任務だったとしても、手の空いている乗員は海面を見つめていたかもしれません。

筆者:数多 久遠

JBpress

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