まだ世の中にないものを生み出すには? アップル創業前のジョブズも学んだ井深イズムとソニーの新製品開発プロセス
2025年4月8日(火)4時0分 JBpress
ソニー創業者・井深大(いぶか まさる)と、アップルを立ち上げたスティーブ・ジョブズ。互いの企業を世界レベルへと押し上げた2人のリーダーは、イノベーションの未来を的確に予測するたぐいまれな思考力を備えていた。本稿では『スティーブ・ジョブズと井深大 二人の“イノベーション”が世界を変えた』(豊島文雄著/ごま書房新社)から、内容の一部を抜粋・再編集。井深、ジョブズの遺訓から、これからの日本で求められるリーダー像に迫る。
老朽化した市場を破壊し、新しい市場を生み出す「井深イズム」にアップル創業前のジョブズも感銘を受けたという。井深のポリシーを具現化したソニーの開発手法「FCAPS」とは?
ソニー新製品のポリシー!「世の中になかったもの」、「人のやらないこと」
「ソニーは我々が知る唯一の連続破壊者である。1950年から1982年の間、途切れることなく12回にわたって破壊的な成長事業を生み出した」(クレイトン、マイケル共著『イノベーションへの解』翔泳社)
井深は、「新製品は、老朽化した市場を破壊し、新しい市場をクリエートする所に企業活動の真髄がある」と遺訓している。
アップルを創業する数年前、ジョブズは東京のソニー本社を訪れている。そこで、発売当時アメリカ人のライフスタイルを変えさせたといわれたポケットサイズのトランジスタラジオ、アメリカ人家庭の夕食の一家団欒の時に、部屋を暗くしなくとも見える明るい画面のトリニトロンカラーテレビ、これ等を目の当たりにする。新製品のこれらのポリシーは「世の中になかったもの」、「人のやらないこと」であった。彼はこの井深イズムを学んで感銘を受けた。
「『世の中が必要だと思ってもいないテクノロジーを提供することで、世の中の人が想像もしなかった人々の暮らしを変えよう』というジョブズのひらめきは、ソニーから学びました」(ブレント・シュレンダー他著『スティーブ・ジョブズ 無謀な男が真のリーダーになるまで上巻』日本経済新聞出版社)
公開されたソニーの新製品開発手法:FCAPS
1972年秋に日米の産業界および学界の代表者が東京の経団連会館に集まり、第1回イノベーション国際会議が開催された。その時、日本側のキーノートプレゼンテーションをソニーの井深社長(当時)がおこなった。
『S社の秘密』は1962年に田口憲一氏が新潮社から出版したソニー急成長の秘密を解説した本のタイトルだが、井深社長よりはじめてS社の秘密が公にされ、日米の聴衆に感銘を与えたといわれている。
ソニーの新製品開発のやり方:「FLEXIBLE CONTROL AND PROGRAMING SYSTEM」(略称FCAPS)が当事者より初めて公開されたのは、画期的なことだった。
「プロジェクトのリーダーに開発から、製造、販売までの、新製品に関してのプロフィットセンター的責任と権限を持たせる」あたかも映画監督が一気呵成に劇場映画を世に出すやり方をソニー新製品開発に持ち込んだものだった。(2020年ごま書房新社刊「井深大の箴言」の128頁1行目)
「基本とするスケジュールは、最も楽観的見方で立てた最短のものとする」
楽観的見方とは、たとえば新規に起こした半導体も、一発完動で手に入り、生産も垂直立ち上げで出来る、といったリスクはあるが出来ない相談ではない次元を、あらゆるプロセスに適応して、最速となる基本スケジュールを打ちたてる、ということなのだ。
そして次のステップは、スケジュールに組み込まれている全てのイベントのリスクを数値評価してAランク、Bランクといった、リスクの高いもの順に評価する。
評価し終われば、基本スケジュールを妨げるリスクの高いAランクのイベントには、問題となる部分を、別のやり方の代替案を2つも3つも並行して走らせ、危ない部分で一つのやり方が失敗したとしても、他のやり方が走っているからリスクが大幅に下がって、全体スケジュールに影響を与えなくなるのだ。
井深が現役で最後の製品プロジェクトリーダーを務めたトリニトロンカラーテレビの開発では、ブラウン管の真空中で、アパーチャーグリルを支えるフレームを開発するときに、「パイプを使う」、「板金でやる」、「シェルボンド」、「ロストワックス」、「リム溶接」等、5通りのやり方を考えて、成功確率が高くなるよう並行に走らせたという。
結果的に早く出来た最初の1件を使った。残る4件は使わないことになったので、プロジェクトの責任者自らが一軒一軒頭を下げてまわったという。このようにリスクを避けるため、並行して走ってもらう外部との折衝は、リーダー自らが行った。
さらにプロジェクト進行中は一番遅れている部署にリーダーが介入して、一番早く進んでいる部署に合わせるように重点的にバックアップする。このようなフレキシビリティをリーダー自身が状況に応じて対応するから 、全体スケジュールが守られていくのだ。
新製品に関してのプロフィットセンター的責任をプロジェクトリーダーは負っているので、開発計画と製造計画は同じ次元で進める。
井深自身が壇上で説明した、このようなやり方で、日本初、世界初となる、人々の暮らしを豊かにするエレクトロニクス製品を、短期間で次々と世界に送り出すことが出来た。
後年、2002年5月21日の(社)日本経営工学会春季大会ショートコースで、井深のFCAPSの詳細の解説がなされた。その、内容の要点を次に説明する。
■ 最終商品のイメージ・目的を明確化する
新しい発見、発明や放置されていた最高の技術と出合ったならば、夜も眠らない気迫をもって、真剣に短期間で一気呵成に最終商品のイメージを明確にする。
そのイメージした形をスケッチや、モックアップにして形として表現する。
井深が唱えている1・10・100の法則のなかの、具体的な商品としての応用分野を形にする10のプロセスは、時間をかけたからといって出てくるものではない。
トランジスタのライセンスはソニーよりもNTTの研究所や富士通や、日本電気や東芝の方が早く手に入れていた。こうした大企業の研究所は、得てして蛸壺のような存在で、ああでもない、こうでもないと、いじり腐し、論文は発表できるが、ビジネスにはつながらない。
こうした会社の特徴は、トップが多額の研究費を与えて「何かを発明してくれ」といったところで、成果は全く望めないのだ。
中小企業だったソニーは、イメージした最終商品を構成する部品や材料が世の中に無くても、ゴールのイメージを明確化することが成功する上での1番大事なこととしていた。トップの役割は、エンジニアたちに目標を与えるが、やり方はすべて任すという姿勢が必要なのだ。
そうすれば、大勢の専門家がプロジェクトチームとして形で示されたターゲットを目指して協働出来るのだ。
<連載ラインアップ>
■第1回 60年前にAIを予測した井深大、iPhoneで革命を起こしたジョブズ…2人のイノベーターに共通する「ある考え方」とは?
■第2回 まだ世の中にないものを生み出すには? アップル創業前のジョブズも学んだ井深イズムとソニーの新製品開発プロセス(本稿)
■第3回 「品質」「コスト」「納期」ソニー創業者・井深が唯一こだわった条件は? 短期間で成果を出すプロジェクトの進め方
■第4回 なぜソニーのFDDがMacに搭載されることになったのか? ジョブズの日本出張時に土壇場でひっくり返ったこととは(4月22日公開)
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筆者:豊島 文雄