一人勝ちだった三井が失速し、住友が躍進…戦後財閥の明暗を分けた「学歴と出世の仕組み」決定的な違い

2025年4月15日(火)16時15分 プレジデント社

出典=『財閥と学閥』

企業に学閥ができ、社員が高学歴化するとどうなるのか。財閥の歴史に詳しい菊地浩之さんは「三井、三菱に次ぐ財閥だった住友は、基本的には東大学閥だったが、住友銀行はどんどん支店を増やして、高学歴でなくても支店長になれるようにし、戦後に躍進した」という——。

※本稿は菊地浩之『財閥と学閥 三菱・三井・住友・安田、エリートの系図』(角川新書)の一部を再編集したものです。


■住友の直系企業は15代目当主が創設した住友銀行など10社


1940年時点の住友財閥の直系企業(連系会社)は、住友銀行、住友信託、住友生命保険、住友倉庫、住友金属工業、住友鉱業、住友化学工業、住友電気工業、大阪北港で、これに住友本社が加わる(ただし、住友生命保険の支部長クラス34人を除いた。明らかに学歴が異なる集団だったからである)。人数は331人。平均年齢は47.4歳。最年長は住友銀行監査役・植野繁太郎の80歳(万延元年生まれ)。最年少は住友生命保険代理店課長心得・光谷巌の32歳。ともに東京高商(現在の一橋大学)卒である。


住友一族および社外取締役は集計から除き、役員兼任で重複している者はいずれかの企業に振り分けた。ちなみに、住友一族で役職に就いているのは当主の住友吉左衛門(16代目)のみ、何社かの取締役を兼務している。


出典=『財閥と学閥

■住友としては多いが、三菱などには劣る東大閥


1940年における住友財閥の学歴構成の特徴は、以下の2点に集約される。


東京大学卒が多いが、三菱と違って理系(6.3%)より文系(23.9%)の差が大きい。
商業学校卒が42人(12.7%)と異様に多い。

以下、順にみていこう。


まず、東京大学理系であるが、鉱山会社に強い東京大学採鉱冶金科卒は、のちの総理事・古田俊之助一人しかいない。帝大卒全体に拡げても採鉱冶金科系は6人(4.5%)のみ。なお、三菱財閥は採鉱冶金科(採鉱科、冶金科を含む)が15人である。住友財閥では採鉱冶金系出身者が圧倒的に少ない。このことが東京大学理系全体の採用数に響いているものと考えられる。


ちなみに、住友財閥幹部の帝大理系卒の出身学科を大まかに分けると、採鉱冶金系以外は、化学科(応用化学科を含む)が10人(7.6%)、電気科が7人(5.3%)、機械科(機械工学科を含む)が5人(3.8%)である。


■住友銀行は他社と人事交流がない「独立王国」だった


当たり前ではあるが、化学科卒は住友化学工業に多く、電気科は住友電気工業、機械科は住友金属工業が多い。これらに対し、住友鉱業には採鉱冶金科がいない。住友財閥は三井・三菱に比べて鉱山経営の規模が小さかった。採鉱冶金科の学生にとって、同社の魅力が低かったのだろう。


一方、東京大学文系であるが、住友銀行(22人)、住友信託(12人)、および住友本社(18人)が圧倒的に多く、この3社で全体の3分の2(65.8%)を占めている。住友信託は1925年に設立された比較的若い企業で、銀行からの転籍が多いと想定される。住友銀行は他社と人事交流がない「独立王国」であるから、東京大学文系の多くは住友銀行(+住友信託)に振り分けられたと考えるべきであろう。


なお、各社の事実上のトップ(専務・常務を含む)の学歴を調べたところ、すべて東京大学卒だった。住友財閥は結局、東大閥だといえるのだろう。


写真=時事通信フォト
住友銀行本店、大阪府大阪市中央区、1999年 - 写真=時事通信フォト

■商業学校卒でも住友銀行の支店長にはなれた


次いで、商業学校卒が42人(12.7%)と異様に多い点についてであるが、1940年の三菱財閥では253人のうち、商業学校卒が10人(4.0%)、三井財閥は350人のうち10人(2.9%)で、商業学校に類する師範学校卒などの3人を加えても13人(3.7%)に過ぎない。両者に比べて、住友財閥における商業学校卒の人数は他を圧倒している。


商業学校卒の多くは住友銀行行員である。実に42人のうち、27人(64.3%)が住友銀行なのだ。ただし、商業学校卒のほとんどは支店長止まりで、課長が一人いるに過ぎない。これには、住友銀行の支店数が三井銀行・三菱銀行に比べて多いことが関連している。1930年代後半の支店数を比べると、三井銀行が22店、三菱銀行が25店に比べ、住友銀行は79店舗。その差はおおよそ3倍以上あるのだ(ちなみに、傘下の銀行を大合同した安田銀行は128店舗! である)。


出典=『財閥と学閥

■住友が勢いを増し、銀行の支店数では三井の約4倍に


5代目総理事・湯川寛吉は優秀な人物で、彼は1915年に住友銀行常務(行務総轄者)に就任し、25年の総理事就任にともない離任するが、翌26年に社長の住友吉左衛門友純が死去すると、取締役会長を兼務している。


左:住友5代目総理事の湯川寛吉(画像=国立国会図書館デジタルコレクション/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)/右:住友家15代当主の住友友純(画像=住友史料館所蔵品/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

住友銀行は湯川の常務就任時(1915年)に23店舗しかなかったものが、常務離任時(1925年)には57店舗、さらに会長離任時(1930年)に81店舗と倍々ゲームで店舗数を増やしている。支店数の急増で支店長にあてる学卒者(大卒・高商卒)が足りなくなり、商業学校卒で充当したのではないか。戦後においても、住友銀行は熾烈な人事競争を展開した「モーレツ」企業だったが、その萌芽は支店長クラスに比較的容易に昇進できる戦前の人事構造に内包されていたに違いない。


住友財閥では1907年から一括採用をはじめたが、思うような採用が出来ていなかった可能性が高い。住友では採用時に配属先の希望を聞いていた。おそらく東京大学文系卒は本社・銀行以外を希望しなかったのではないか。鈴木馬左也が採用に時間をかけたのは、住友ブランドでは思うような人材が簡単に集まらなかったので、熟考せざるを得なかったのだろう。その結果、人材の層の厚さも不十分で、銀行では商業学校卒で充当せざるを得ず、銀行以外では何社も渡り鳥をする経営者層が出現したのではないか。


出典=『財閥と学閥

■関西商人の住友、戦後は京都大・大阪大卒の採用を増やす


住友でも現在(1999年)の状況について附言しておこう。


住友グループ企業というと、一般的には社長会「白水会(はくすいかい)」加盟メンバーを指すが、ここでも戦前に連系会社でなかった企業、戦後発祥の企業は除いた。


東京大学卒が戦前の3割強(30.2%)から2割半強(25.3%)に減少しているが、東京大学以外の旧帝大卒が3倍近くに激増している(13.3%→39.0%)。特に京都大学(10.3%→31.1%)・大阪大学卒(0%→9.6%)の増加が著しい。地元関西の京都大学・大阪大学があるのだから、あえて東京大学卒にこだわる必要はなかろうという、関西商人のしたたかな打算が透けて見える。


かくして東京大学以下の旧帝大卒が占める比率は、半数以下(43.5%)から6割半弱(64.2%)まで激増した。


一方、東京高商卒は17.2%から5.8%に激減。関西を基盤とする神戸大学卒(旧神戸高商卒)ですら減少している(7.9%→4.7%)。 旧帝大卒の台頭に、旧高商という看板では立ち向かえなかったということか。


■1960年代には資産比較でも住友が三井をしのぐ


三井・三菱・住友財閥の資産比較は


7対5対2


といわれ、住友と三井・三菱の差は歴然であった。


それが1945年頃には国内会社の払込資本金額の比で


10対9対6


くらいに差が縮まり、さらに1960年代には


6対10対8


くらいになり、ついには三井を凌いだ。当時の三菱商事社長・藤野忠次郎は、住友に学ぶことは多々あるが、三井に学ぶことは何もないと喝破したといわれる。



菊地浩之『財閥と学閥 三菱・三井・住友・安田、エリートの系図』(角川新書)

住友の名声は関東にも轟き、戦前にほぼいなかった慶応義塾卒(0.3%)が1割強(10.2%)に激増。早稲田大学卒も増加している(0.6%→4.7%)。住友財閥は早慶以外の私大卒(主に関西系)を結構採用していたが(5.7%)、早稲田・慶応卒の台頭に従って減少した(3.5%)。


高卒以下は少ない(2人、0.6%)、中卒以下・不明はいない。たまたま1999年のデータでは高卒の住友銀行役員はいないが、かつては商業高校卒の副頭取が存在した。


住友銀行の営業攻勢の激しさは有名で、その代わり、成績がよければ高い学歴がなくても役員になれた。これは戦前の支店急増で高卒以下でも支店長になれた人事構造が残っているからではないか。


一方、東京三菱銀行はいくら営業成績をあげても人事に影響しない超学歴会社だったため、バブル期にさえ踊らず、バブルの傷が浅かったと噂されている。


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菊地 浩之(きくち・ひろゆき)
経営史学者・系図研究者
1963年北海道生まれ。國學院大學経済学部を卒業後、ソフトウェア会社に入社。勤務の傍ら、論文・著作を発表。専門は企業集団、企業系列の研究。2005〜06年、明治学院大学経済学部非常勤講師を兼務。06年、國學院大學博士(経済学)号を取得。著書に『企業集団の形成と解体』(日本経済評論社)、『日本の地方財閥30家』(平凡社新書)、『最新版 日本の15大財閥』『織田家臣団の系図』『豊臣家臣団の系図』『徳川家臣団の系図』(角川新書)、『三菱グループの研究』(洋泉社歴史新書)など多数。
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(経営史学者・系図研究者 菊地 浩之)

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