誰がプレゼンテーションを殺すのか?  チャンスを棒にふる3つの害悪

4月17日(火)7時0分 Forbes JAPAN

さまざまな企業の戦略に携わっている仕事柄、筆者はほぼ毎日のようにプレゼンテーションを行っている。多いときは日に8回ほど。とは言っても、99%は小さなものだ。大きなホールで、巨大なスクリーンを前にして、大勢の人に向かって行うものではない。

でも、だからこそ、ちょっとした落とし穴がある。

上司への報告やクライアントとのミーティングなど、日常的なプレゼンでときに億単位の売り上げを捨ててしまうともあれば、下手なプレゼンで会社の業績を悪化させてしまうケースもある。プレゼンテーションは大切なものだ。よく見かける、プレゼンテーションを殺してしまう3つの「犯人」を挙げてみよう。

スタイリストが消費意欲を殺している

業績の悪い某社のプレゼンテーションが、筆者はいつも気になって仕方がない。その会社の経営者は、毎回、有名な欧米ブランドのスーツで登壇する。下手すると100万円以上するものを身につけていることもある。

人間は、聴覚よりも視覚のインプットが先だ。挨拶の声を聴く前に、プレゼンに臨む人の姿を見て、「なんでまた、こんな高級な服を?」と思う。しかも業績が悪い会社。兆単位の売上を出す絶好調の経営者でもそんなスーツは着ないし、庶民的なサービスを提供する企業であるからなおさら悪目立ちする。その経営者のプレゼンを見るたびに、いつも頓珍漢だと思っていた。

そこで調べてみると、その経営者にはスタイリストがついていた。確かにお洒落ではあるが、プレゼンの現場でそれは必要ない。経営に当たる者にとっては、洋服選びもすべて意味を持つ。お洒落は休みの日にでもすればいい。利害関係のないパーティか友人の結婚式で楽しめばいいのだ。

会社のお金でスタイリストを雇っているなら、そのプレゼンの目的、会社の現在の状況、消費者がどう思うのか、ということを考えて洋服を選ぶべきである。「そんな高級スーツを着て、そのプロダクトがいくら売れるのか?」という話だ。

もし、筆者がその会社のコンサルタントだったら、以下のようにアドバイスする。

1. 安価なサービスだし、業績が悪いのだから、スーツは10万円以下のものへ

2. ノーマルなコーディネートを。男性ならシングルの2つボタン。シャツは白色のプレーンな襟のもの。ネクタイは無地。

3. 髪型もお洒落は不要。敬意を払った清潔な感じ。メイクをするなら、業歴が悪いなら質素かつ、できれば懸命に頑張っているのを表すために、やつれている感じがいい。

以前、「アパホテル」で問題が起こったとき、いつもは派手なファッションの元谷芙美子社長が、シックな装いをしていたのは印象が良かった。

筆者は以前、クライアントが雇っていたスタイリストに、会見の場で注意したことがある。「今日のプレゼンテーションでは、格好いい必要性はないので、シャツやネクタイを変えて欲しい」と依頼したのだが、換えの服の準備はなかった。そのまま登壇したのだが、案の定マスコミの評判が悪かった。

また別のスタイリストは、ある経営者の洋服を選んだのは私だと、SNSやあちこちで自慢していたので、秘密保持契約を結ばせた。芸能人やモデルならかまわないが、経営者などのスタイリングはあくまで本人がやっていることが前提だ。「洋服も選べない人間に会社を任せられるか」という評価になってしまう。

ヘッドセットのマイクが登壇者を殺している

最近は、ヘッドセットのマイクを使うプレゼンテーションも多い。先端のスポンジが黄色だったり、赤色だったりして、「何か食べているのか?」と思ったことが何度もある。

ヘッドセットのマイクは欧米人には似合うが、日本人にはちょっと難しいものがある。アジア系の顔には微妙だ。そのうち似合うようになるとは思うのだが……。ときどき、筆者もあれを用意されるのだが、元々がドカベン顔なので似合わない。結果、洋服につけるピンマイクか、ハンドマイクにしてもらう。

あれが似合うのは、プレゼンテーションを根本的に習得できている人だけだと思う。つまり、言葉だけなく、全身を使って、エネルギーを放出できる人には似合う。

プレゼンテーションは想いを伝える場所だ。流行でやってはいけない。聴衆者が「?」と感じることはやめたほうがいい。実際、いくつか聴取者として参加したイベントで、「何だあの格好は?」「マイクに合わないな」と思っている間に、冒頭の大切な部分を聴き逃したことが幾度もある。多分、他の人も同じだろう。

既存の理論を述べるならAIの方がマシ

プレゼンテーションで理論を並べる経営者がたまにいる。マーケティング用語、手法などを並べて、「〇〇という事によって」「市場の動向が……」「〇〇の分析によると」っと、自分の意見がどこにもない。分析官であるコンサルタントはそれでOKだが、プレゼンテーションに立つ人間でそれはNGだ。

「私は、こう考える」「私はこうしたい」という想いを、情熱を込めて語ることが必要だ。既存の理論をなぞるなら、AIに説明させても一緒。説明を聞きたいわけではない。プレゼンテーションを聞きたいのだ。

その他にも、ストーリーのつくり方や長さなど、プレゼンショーションを殺す要因は沢山ある。でも、大きくは以上の3つだ。大切なのは、「格好をつけないこと」である。

プレゼンテーションは、想いを放出させる場所である。そして、聴取者やマスコミの先にいる消費者を感動させ、消費活動に結びつけることにある。せっかくのチャンスを、ちょっとしたことで棒にふるのはもったいない。

もちろん、悪い事を説明するときも同様だ。そんなときにこそ、自分の想いを放出させる必要がある。某仮想通貨会社の謝罪会見もひどいものだった。社長と取締役のシャツのサイズも合ってないし、頭を下げるときは目を閉じる必要もあった。消費者にとってどんなプレゼンテーションが必要かを考えれば、場所も時間も不適切だった。

あの会見を殺した人間は誰なのだろうか? 筆者は警察や探偵ではないので、犯人探しが目的ではない。できれば、殺されるプレゼンテーションをひとつでも減らしたいと、いつも思っている。

【連載】野呂エイシロウの「誰が〇〇を殺すのか?」
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