技術者が続々、盛岡に集結 不思議歯車から始まった「理想郷づくり」

4月17日(火)16時30分 Forbes JAPAN

東北を「医療機器の聖地」にしようとする動きがある。主役は、10社ほどの民間企業。世界を相手に、働ける地域をつくろう─中心には、盛岡を愛するひとりの技術者がいた。

片野圭二は1984年に上智大学理工学部を卒業後、電子部品メーカーとして有名なアルプス電気に就職した。片野がいた盛岡工場は、単に部品の製造を請け負う工場ではなく、企画・設計から製造までを一括して担う独立採算の事業所であり、プリンター製造では国内でトップクラスの実績を誇っていた。

実は、盛岡工場は、部品メーカーから脱却して総合的な物作り企業へと発展を遂げる、挑戦の拠点として位置づけられていたのである。この進取性に富んだ空気の中で、片野は大学や官庁と連携し、社内ベンチャー的な動きをしていた。

盛岡工場のプリンター事業部は、熱転写方式という当時としては画期的な印字法を開発し、社に大きな利益をもたらした。さらに、さまざまなメーカーにワープロ用のプリンターユニットを提供し、自社ブランド製品を製造するまでに至った。つまり、アルプス電気の高いプリンター技術は、本社ではなく、盛岡工場が独自に開発したものだったのである。
 
しかし、2002年盛岡工場は閉鎖された。これは盛岡市民にとって降って湧いたような大事件だった。多くの人が、なぜだと首を傾げた。片野によれば、創業者の息子があらたに社長の椅子に座ったことで、会社の空気が一変したからだという。
 
工場閉鎖が決まると片野は、自分の会社を起こし、アルプス電気で培った技術で新しいプリンターを製品化するプランを胸に、迷いなく辞表を出した。片野は盛岡に残った。いわて産業振興センターの小山康文は当時を振り返り、「よく残ってくれたと思いました。あれだけのネットワークを持つ人だから、どこかの大学の教員になるのかなと思っていたんですよ」と言う。

小山は、スタートアップにかかる費用を「経済産業省が、地域新生コンソーシアム研究開発事業というものを募集しているので、この補助金に申し込んだらどうだろうか」と提案し、岩手大学地域共同研究センターの一室に片野の机を用意した。

「ただ、申請者にはなんらかの肩書が必要だった。でも、当時の片野さんは一個人にすぎず、なんの身分もありませんでした。そこで僕が”いわて産業振興センターの研究員”という肩書をひねり出したんですよ」。申請は通り、アイカムス・ラボが設立された。

いよいよ、携帯電話につながる新型プリンター「プリンパクト」を満を持してリリースすることになる。
 
ところが、プリンパクトはヒットするどころか話題にもならなかった。片野は「性能にばかり囚われて、その性能が消費者にとってどのような場面で活用されるのかがイメージできていなかった」と反省する。

当座の資金を食い潰した片野は、フューチャーベンチャーキャピタルのファンドマネジャー小川淳を訪ねた。この投資ファンドからは、プリンパクトの事業に対してすでにいくばくかの資金提供を受けていた。しかし片野は、プリンパクトの失敗をあっさり認めて見切りをつけると、新たな事業戦略を説明した。

当初の事業計画に失敗し、今度は別案件で投資を求めるのだから、虫のいい話ではある。片野の説明を聞き終わると、小川は一言こう聞いた。「で、その計画にはいくら必要なんですか」。

小川はこの時のことを振り返り、「個々のビジネスプランというよりも、片野社長という経営者に投資しているつもりでしたので。社長が東北でやろうとしていることを考えた場合、この程度で敗退してもらっては困るし、また、そんな簡単に白旗を揚げないだろうとは思ってました」。

片野の人格とビジョンに寄せるこのような信頼と期待は、先のいわて産業振興センターの小山にも共通するところだ。

窮地を救ったのは、高い技術力と精度を誇る部品だった。プリンパクトには「不思議歯車」という特殊な部品が使われていた。「不思議歯車」とはまた不思議な名称だが、奇をてらっているわけではない。機械工学で「不思議遊星歯車機構」として知られる装置である。

”遊星”という語が入っているのは、真ん中に太陽のような歯車があり、その周りを遊星(惑星)のように回る歯車が嵌めこまれているからだ。つまり「不思議遊星歯車機構」とは歯数の異なる複数の歯車を太陽と惑星のようにかみ合わせて配置し、パーツを動かすしくみのことである。

では、この装置の狙いはなにかというと、大きくいえば減速である。

減速の目的はパワーアップだ。100分の1に減速すれば、力は100倍になる(動力伝達効率が100%の場合)。つまり小さな力で大きな仕事をさせることができ、小型化には非常に有効だ。モーターが小型化すると、出力は落ちる。そこを不思議歯車でリカバリーするのである。

この歯車が大量生産を受注した。かつては、部品を作ることだけでは飽き足らず、完成品に執着していた片野だったが、窮地を救ってくれたのは、部品だったというのは興味深い。

次第に、この不思議歯車がさまざまな機器に応用され始める。そして、決定的な転換点が医療分野で起こる。片野が開発した、ピペッティと呼ばれるペン型電動ピペットが医療業界で注目を集めたのだ。

医療・製薬の現場で微量の液体を垂らす時に用いるペン状の器具がピペットだ。片野は不思議歯車を使って、ペンのように握れるようこれに改良を加えた。その結果、精密に垂下でき、さらに腱鞘炎の予防にもなると医療界で話題になった。片野は医療という分野にビジネスの可能性を見いだし、この分野で産官学での情報交換会や勉強会を積極的に推進し始めた。


不思議歯車を使うことで、従来の電動ピペットの重さを3分の2に減量することに成功した。

この動きは、東北の医療界でなにやら興味深い動きが起きているという噂になって、やがて千葉でメタロジェニクスという医療系ベンチャー企業を経営する岩渕拓也の耳に届いた。興味を持った岩渕は、東北に出かけ、片野を中心とする勉強会に参加する。

「僕はバイオを囓ったこともあり、臨床の現場にも通じているという自負はあったんです。けれど、医療機器についてはイマイチよくわからないところがあった」と語る岩渕が、機器に関する片野のメカニックな知識と技術に魅力を感じたのは自然な流れだろう。

「でも、この人はスゴい! と僕が心底感動したのは、知識やビジネスセンスではなくて、医療のベンチャー企業が連携して東北を活性化していこう、再興していくんだっていう片野社長の思いだったんです。このオジサンとがっぷり四つに組むためには僕も本気にならなきゃいけないなと思い、セルスペクトという会社を興して、岩手に引っ越したんです」。

さらに、岩渕の口から思いがけない提案が発せられ、これがまた新たな転換点となる。

「世界に売りましょう、今すぐに」と言われた時、片野は正直戸惑いを感じた。「世界を目指すにしても、まずは地元で実績を積み上げ、次に東京に進出し」などと思っていたからである。しかし、「無駄な段取りを踏む必要はありませんよ。もうすぐデュッセルドルフで医療界の国際マーケットがあります、そこにブースを出しましょう」と岩渕は強く勧めた。

そうか、と思い直した片野はドイツに飛び、さまざまな国の人間と商談し、さらに息子の友貴を東京から呼び寄せ、海外販売をあつかう商社トリムスまで作ってしまった。

興味深いのは、息子の友貴の他にも、一度県外で就職した人間が、Uターンしてアイカムス・ラボで働くようになっていったことだ。現在、取締役開発部長を務める上山忠孝行、そして生産技術部部長の阿部雄司をはじめ、社員の中には多くのUターン組がいる。

さて、盛岡工場の閉鎖後に生まれたベンチャー企業の中に、イグノスという会社があった。社長は大和田功という片野の同期である。片野グループに参加した大和田は、プリンター製造で培った画像処理の高度な技術を持ち込んだ。こうしてさまざまな技術が片野のもとに集積していく。

片野・岩渕・大和田という先端技術に強い三人のビジネスマンに〈官〉と〈学〉が絡む形で、医療界のベンチャービジネスを東北で活性化していくことをめざすTOLIC(Tohoku Life science Instruments Cluster)が立ち上がった。

医療という旗の下、臨床機器、画像処理、ソフトウェア、薬剤、基礎医学などのベンチャーの高い専門性が激しく交じり合い、化学反応を起こしながら、大きなうねりとなって、東北を覆い、さらに海を越えようとしている。

先に挙げたトリムスは、アイカムス・ラボの商品の販売会社ではない。TOLICの参加企業すべてを担当する、いわば東北の医療ビジネスを海外に伝えるスポークスマンである。

「大企業が地方に工場を作って指示を出し、地方は労働力を提供するなんて構造から脱却しなければならないんですよ」と片野は言う。

しかし、このような〈中央が設計し、地方が製造する〉構造が地方に雇用を生み出してきたことも確かである。

「だから、どんどん起業して、ベンチャー同士が連携していかなければならないんです。なので、うちの社員には独立を勧めています。勧めるからには援助もします。家族を連れてきてもいい。東京に出た者もどんどん戻ってきて欲しい。とにかくベンチャーを増やす。そして一緒に仕事をする。互いの技術によって助け合いながら、小さな力と声を大きくしていくんです」

社名、アイカムス・ラボのアイ(i)は、宮沢賢治がとなえた理想郷イーハトーブ(ihatov)に由来する。「お好きなんですか」と聞くと、「好きというか誇りに思っていますよ、東北の人はみんな」と静かに答える片野は、現在TOLICの保育園の運営を模索中だという。

片野圭二◎1961年、岩手県生まれ。上智大学理工学部機械工学科卒業。84年、アルプス電気に入社。盛岡工場にて、おもにプリンターの開発設計や技術開発業務を担当。2003年、アイカムス・ラボを創業した。14年、TOLIC(Tohoku Life science Instruments Cluster)を共同設立。大阪工業大学で博士号を取得している。

Forbes JAPAN

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