アマゾンはこうして省庁を動かした 前例なき「置き配」を実現した交渉術とは

2024年4月16日(火)5時55分 JBpress

 欧米を中心として、ビッグテック企業への反発を意味する「テックラッシュ」が相次いでいる。その中身は、テクノロジーの負の側面への非難から事実に基づかない批判や風評などまでさまざまだ。そうしたテックラッシュの逆風に対して「ロビイスト」の立場から対処してきた元アマゾンジャパン顧問・渉外本部長の渡辺弘美氏が2024年1月、書籍『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)を出版した。知られざるロビイストの役割や、ロビイングの実例について、同氏に話を聞いた。

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政府・省庁関係者の認識や行動を「補正」する

──著書『テックラッシュ戦記』では、アマゾンの重要業務を担う謎多き存在として「ロビイスト」を紹介し、渡辺さんが取り組まれてきた業務について解説しています。そもそもロビイストは、どのような役割を担っているのでしょうか。


渡辺弘美氏(以下敬称略) ロビイストとは、ホテルなどのロビーで議員を待ち伏せし、政府の政策に何らかの影響を及ぼすように働き掛ける人というのが語源です。企業・団体のミッションを達成するために政府関係者に接触して、彼らの認識や行動を望ましい方向に補正することが役割です。

 日本人がロビイストに対して抱くイメージというと、時代劇に出てくる悪代官に袖の下を渡す商人のような、ネガティブなものかもしれません。しかし、それは実態とは異なります。例えば、アマゾンのロビイストは政府や省庁の方々に正しい情報提供を行い、公共の利益となるように働き掛けています。

 政府や省庁には優秀な方々が多くいらっしゃいます。しかし、日々業務に忙殺されていますし、知見が不足している分野も存在します。だからこそ、ロビイストが正しい情報提供を行うことは、政府や省庁のみならず、民間企業、消費者にもメリットをもたらすと考えています。

──著書のタイトルにある「テックラッシュ」は耳慣れない言葉ですが、ロビイストとはどのように関係するのでしょうか。

渡辺 昨今、欧米ではテック企業に対するさまざまな反発が巻き起こっています。これが「テックラッシュ」と呼ばれるものです。誤解に基づく批判もあれば、事実に基づかない風評もあります。これらが生まれる背景にあるのは、メディアや一般消費者がテクノロジー企業に対して抱くさまざまな不安や不信です。

 こうしたテックラッシュの逆風の中で、重要な役割を担うのがロビイストです。例えば、欧州を中心にアマゾンに対して「物流センターのワーカーや配達ドライバーに過酷な労働を強いているのではないか」「巨大な売り上げがありながら、納税を回避しているのではないか」などと批判する声が散見されました。

 このようなエビデンスに基づかない反発があれば、ロビイストが政府に対して事実に基づいた情報をお伝えすることで、企業や商品サービスについて正しく理解していただけるように努めるのです。


アマゾンのロビイングは「日本の伝統的企業」と大きく異なる

──アマゾンのようなテック企業と、他業界に属する企業では、ロビイングの中身は異なるのでしょうか。

渡辺 アマゾンのようなグローバルなテック企業が行うロビイングと、日本の伝統的な企業が行うロビイングとでは、その目的や活動の中身が異なります。加えて、アマゾンでは「公共政策チーム」と呼ばれる部署がロビイングを行っていますが、その仕事の内容も年々変化しています。

 ロビイングには、大きく分けて3つのパターンがあります。1つ目は「伝統的なロビイング」です。企業のロビイストが各省庁に足を運び、最新の情報を収集して企業に持ち帰ります。各社に持ち帰った情報は、経営陣が今後の経営方針を立てる際に役立てているはずです。

 この場合、ロビイストは各省庁と企業の間に立つ「伝書バト」のようなものなので、ロビイスト側から省庁に何かを働き掛けるようなことはほとんどありません。

 2つ目は「静的(スタティック)なロビイング」です。このパターンは、製薬・医療機器といったヘルスケア分野の他、電気通信、金融、エネルギー、タバコ・酒類など、事業自体に許認可を伴う規制業種が多く該当します。規制の見直しが入れば各社の経営判断が変わるため、ロビイストの役割は非常に大きくなります。しかし、これらの業種のロビイングは毎年同じような要望を繰り返し働き掛けることにとどまっており、新たな問題に対応することはまれです。

 3つ目は「動的(ダイナミック)なロビイング」です。アマゾンのようなグローバルなテック企業は速いスピードでイノベーティブな商品サービスを市場に送り出します。そのため、実際の商品サービスと既存の法制度の間に「想定していないギャップ」が生じることが多々あります。

 新たなテクノロジーやビジネスモデルに関する情報を持つ企業側と、法制度を作る政府側との間には「大きな情報格差」が存在しています。だからこそ、時代遅れの法制度や、現場感覚からずれた不条理な政策が出てきた場合には、是正してもらうよう働き掛けることが求められます。

 加えて、誤解や間違ったうわさがあれば、政府や省庁に正しい情報提供をすることで、より良い関係を築くことも欠かせません。こうした動的なロビイングはテック企業に多く見られるもので、私自身もアマゾンで動的なロビイングを行っていました。


規制を回避し、社会から受け入れられた「置き配」

──実際にアマゾンでは、どのようなロビイングを行ったのでしょうか。

渡辺 玄関前などに非対面で荷物を届ける「置き配」の取り組みが挙げられます。今でこそ、置き配は日本社会に浸透していますが、新型コロナウイルスの感染拡大前にはなじみのないものでした。政府は以前より、宅配便の再配達率の抑制をミッションとして活動していたものの、当時考えられていた方法は、駅のロッカーやコンビニでの受け取りが中心だったのです。

 アマゾンとしても、荷物を配達するドライバーの負担を軽減するために、アメリカでは常識となっていた置き配を日本でも浸透させたいと考えていました。また、お客さまからも「せっかく寝付いた赤ちゃんを配達のインターホンの音で起こしたくない」「配達員と顔を合わせたくない」「すっぴんの顔を見られたくない」などの声をいただいており、置き配は魅力的な選択肢でした。

 しかし、その導入は慎重に進める必要がありました。なぜならば当時、置き配が社会的に認知されておらず、置き配がどのようなものか人々に理解されない段階で「盗難」や「消防法への抵触」といったリスク情報ばかりが広まってしまう恐れがあったからです。

 もしも置き配のリスクばかりが注目されてしまうと、先に社会的な拒否感が醸成されてしまい、置き配が規制される恐れも出てきます。置き配が日本社会に受け入れられるようにするためにも、宅配事業者とお客さまの双方にメリットが大きいことを広く伝え、置き配導入のための「レールを敷くこと」が必要でした。

──社会の意識を変えるための取り組みが求められていたのですね。具体的には、どのようなことをしたのでしょうか。

渡辺 置き配の法的な論点を整理して、経済産業省や国土交通省の方々に「各省庁が連携して、再配達率を抑制する打ち手の一つとして置き配を行うことの必要性」を訴えました。置き配はアマゾンのためだけでなく、宅配事業者やお客さまなど社会全体の利益になることも伝えました。

 その結果、2019年3月に置き配検討会が設置され、第1回の会合の冒頭にはメディアの取材が入り、置き配に対して好意的に報道してもらうことができました。アマゾンとしては、置き配の形態として、例えば「玄関だけでなく、宅配ボックスなど希望の置き場所が指定できる」「専用アプリを利用して、配達完了時の様子の写真を撮影し、お客さまに送信して知らせることができる」といった方法を政府経由で紹介することも実現しています。

 こうした取り組みを通じて、置き配は社会的に受け入れてもらうことができたと実感しています。ロビイングの仕事の中でも、最もお客さまに近い視点で仕事を進めることができた貴重な経験でした。

──ロビイングの内容はさまざまだと思いますが、アマゾンがロビイングを行う際の「共通した指針」はありますか。

渡辺 置き配の事例に限らず、ロビイングをする際には「アマゾンのミッションを実現できるかどうか」が重要なポイントになります。なぜならば、アマゾンのロビイングは経営戦略の中に組み込まれているものだからです。

 アマゾンは「地球上で最もお客さまを大切にする企業になる」をミッションに掲げています。アマゾンの言う「お客さま」とは、商品を購入される方々だけを指す言葉ではありません。マーケットプレースで商品を販売する企業、電子書籍「Kindle」やビデオストリーミングサービス「Prime Video」にコンテンツを提供するクリエーターなど、アマゾンに関わるあらゆるステークホルダーを指します。もちろん、宅配事業者の方々もそこに含まれます。全ての「お客さま」にメリットをもたらすことが、アマゾンの一員として求められることなのです。

 そして、アマゾンにはミッションを実現するための世界共通の行動原理「リーダーシップ・プリンシプル」があります。置き配のケースでは、リーダーシップ・プリンシプルの一丁目一番地として掲げられている「Customer Obsession」(お客さまを起点に考え、お客さまのニーズに基づき行動します)に従って行動しました。

 ここでのポイントは、競合の動きよりも「お客さま」を中心に考えることです。置き配が社会的に受け入れられたことも、「Customer Obsession」に基づいて行動した結果だと考えています。

【後編に続く】「日本のユニコーン企業を潰す気ですか」業界結束で法案止めたアマゾンの戦術

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筆者:三上 佳大

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