資本主義の父が"裏目の人生"を歩んだワケ

4月17日(火)9時15分 プレジデント社

国立国会図書館「近代日本人の肖像」=写真

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「時間」という資産は、誰にとっても有限だ。ところが、その使い方は人によって驚くほど違う。いつも時間が足りない人と、仕事が終わる人の違いはどこにあるのか。「プレジデント」(2017年3月6日号)より識者の助言を紹介しよう。今回は「不本意な逆境」について——。

■やることなすこと裏目の人生


渋沢栄一といえば、明治から昭和にかけて約500の企業、そして約600の社会事業にかかわり、「日本資本主義の父」「実業界の父」として知られる偉人です。




国立国会図書館「近代日本人の肖像」=写真

それほど膨大な業績を残しえた人なら、さぞかし順風満帆な人生を送ったのだろう——そう思ってもおかしくないのですが、さにあらず、彼の20代まではまさしく逆境の連続。正確にいえば、やることなすこと裏目に出ていた人生だったのです。実際、彼はみずからの青年期を次のように述懐しています。


「わたしは、最初は尊王討幕(天皇を奉じて徳川幕府を討つ)や攘夷鎖港(外国を打ち払い鎖国する)を論じて、東西を走り回っていた。しかし後には一橋家の家来となって幕府の臣下に加わり、その後に民部公子・徳川昭武に随行してフランスに渡航したのである。ところが日本に帰ってみれば幕府はすでに亡びて、世は王政に変わっていた。


この間の変化にさいして、もしかしたら自分には知恵や能力の足りないこともあったかもしれない。しかし勉強の点については、自己の力一杯にやったつもりで不足はなかったと思う。それなのに、社会の移り変わりや政治体制の刷新に直面すると、これをどうすることもできず、わたしは何とも逆境の人となってしまったのである」


実際、彼が20代最後の年の正月、どのような立場にいたのかといえば、こうでした。


「尊王攘夷の志士として活躍するはずだったのに、心ならずも幕臣となり、その幕府もつぶれて失業武士として静岡にいる」


しかし、彼はここから運命を逆転させて、「日本資本主義の父」にまで上り詰めていきます。



■強みを一言でいえば「数字に明るいこと」


そこには、彼自身の2つの武器がありました。


まず1つ目。それは大義を掲げて、それ以外はすべて手段とする態度。彼には、「日本を欧米列強に伍する強い国にしたい」という志がありました。だからこそ、まず志士として「政治改革」を目指しました。


以後、一橋家に仕官したときは「幕府の改革」。やがてフランスに渡り、近代国家の国力のもとは経済であることを目の当たりにし、それを移植するために「大蔵官僚」「経済人」として活躍します。


いずれも分野は違えども、根底に共通する大義は1つ。この点だけはブレることなく、しかし後は柔軟に対処する——この態度が彼の生き残りのもととなったのです。


そして、もう1つは、自分の強みを熟知し、それぞれの立場でうまく発揮させていったこと。彼の強み、それは一言でいえば「数字に明るいこと」にほかなりませんでした。


もともと彼は豪農出身であり、若いころから商売に携わっていました。その経験を活かし、一橋家では、財政の改善を成功させ、評価を得ています。フランスに渡ったさいも金庫番として収支をまっとうし、それが評価されて大蔵省出仕の声がかかりました。さらに、大蔵省での経験が足がかりになって、第一国立銀行(みずほ銀行の前身)の責任者、そして実業界の父へと飛躍していくのです。


ブレない大義、そして自らの強みの熟知——この2つこそ、栄一の武器だったのです。


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▼日本資本主義の父・渋沢栄一の歩み

1840年(0歳)

2月13日、現在の埼玉県深谷市血洗島に生まれる。

1863年(23歳)

高崎城乗っ取り、横浜焼き討ちを企てるが、計画を中止し京都に出奔。

1866年(26歳)

徳川慶喜、征夷大将軍となり、栄一は幕臣となる。

1867年(27歳)

徳川昭武に従ってフランスへ出立(パリ万博使節団)。

1869年(29歳)

静岡藩に「商法会所」設立。

1869年(29歳)

明治政府に仕え、民部省租税正 兼 改正掛掛長となる。

1873年(33歳)

大蔵省を辞める。第一国立銀行(現みずほ銀行)開業・総監役。

1878年(38歳)

東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。以後、東京ガス、日本郵船、帝国ホテル、サッポロビールなど約500社の設立に関わる。

1931年(91歳)

11月11日永眠

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▼やることなすこと裏目でも、「大義」だけはブレなかった!


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守屋 淳

作家・中国古典研究家

1965年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、独立。『組織サバイバルの教科書 韓非子』『現代語訳 論語と算盤』など著書・訳書多数。

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(中国古典研究家 守屋 淳 写真=国立国会図書館)

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