なぜ日本の製造業は「トヨタの一人勝ち」になったのか…トヨタ以外で「カイゼン」がうまく機能しない根本原因

2024年4月17日(水)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gerenme

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日本のデジタル化の遅れは、生産現場でも深刻な課題になっている。製造業の現場をYouTubeで解説しているものづくり太郎さんは「私は日本のレベルが低いとは思わない。むしろ、優秀すぎたためにデジタル化が遅れたと考えている」という——。

※本稿は、ものづくり太郎『日本メーカー超進化論 デジタル統合で製造業は生まれ変わる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/gerenme
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■日本が遅れた理由は優秀すぎたから?


拙著『日本メーカー超進化論 デジタル統合で製造業は生まれ変わる』(KADOKAWA)を読まれた方の中には、日本の製造業に批判的な内容が多いのではないかという印象を持たれた人もいるかと思います。


しかし、好きこのんで批判をしているわけではありません。問題点などをまず示していかなければ改善につながらないと考えているので、包み隠さず書いているだけです。


ものづくり太郎は、誰より日本の製造業を応援しています。その気持ちがホンモノだということはご理解いただければと思います。


日本の製造業に救いはないのかといえば、そんなふうにはまったく考えていません。本稿では、あらためて日本の問題点と課題を整理して、ドイツをはじめとしてヨーロッパが進めてきた改革とも比較しながら、日本の長所、希望と言える部分を紹介していきたいと考えています。


まず確認しておきたいのは、日本の製造業では、なぜこれだけデジタル化が遅れたのかということです。標準化の遅れともつなげて考えられることであり、ある意味、日本人の優秀さの裏返しと言えるのかもしれません。


■学校のテストもいまだに手作業で採点している


例えば、教育現場です。


テストの採点をする教師は、いまだに手作業で答案に○を付けたり×を打ったりしている場合がほとんどです。ICT(情報通信技術)を利用して、デジタルで集計していけばいいのではないかと思ってしまいます。


今は学校でタブレットが配布されて、教材も定期的にダウンロードできるようになっています。テストもタブレットで行うようにすれば、採点も成績の管理もデジタル化するのは難しいことではありません。


導入している学校もあるのかもしれませんが、全国の学校が一律に変わっていくことはなかなか望みにくいようです。


通知表の付け方も全国で標準化されていないので、学校ごとのやり方を受け継いでいくのが自然になっているためです。それでも不満を漏らさず、なんとかやってしまいます。そういう気質と適応力があるからこそ、標準化、デジタル化が遅れたという見方もできなくはありません。


製造業の世界も同じです。デンソーなどの企業がいまだに二次元データをやり取りしている根本的な理由がどこにあるかといえば“これまでそれでやってこられていた”という事実が大きいのでしょう。各社各様ですり合わせのルールをつくって対応していく優秀さがあったので、個別に最適化ができていたということです。


■欧米では電子データの規格が統合されているが…


欧米では業界VANが統合されているのに日本ではいまだ統合されていません。この事実もまた、標準化の遅れと無関係ではない気がします。


VANというのはEDIの一種です。EDI(Electronic Data Interchange)は「電子データ交換」と訳されます。経産省の定義では「異なる組織間で、取引のためのメッセージを、通信回線を介して標準的な規約を用いて、コンピュータ間で交換すること」となっています。


ある程度より上のレベルになると、コンピュータ同士で電子データをやり取りすることになります。業界VANは特定の業界に特化したネットワークサービスです。


欧米では統合されてデファクトスタンダード(事実上の標準)ができているのに対し、日本にはものすごい数の業界VANがあります。おそらく数百といったレベルです。それでは電子データの連携がとれません。


大手メーカーがEDIシステムの伝票をサプライヤーに送ってきたときにも、受け取った側はそれを手打ちして通常の伝票に直す作業を行うことがあります。入力を行うための業者も存在しているのが実態です。


データの標準化といった部分における成功例を見つけにくいのが日本です。


標準化の必要性を感じることが少なかっただけでなく、他組織と連携することに消極的だったのだろうとも振り返られます。


■ガラパゴス化していく日本の製造業


早くからVANを統合していた欧米はその点が違いました。データをリアルタイムでやり取りするのが当たり前になっていたので、データの標準化を進めることなども自然にできたのだと考えられます。


P2Pもそうです。企業同士でネットワークの連携を果たしていくことは、似た事例で成功していなければ難しかったのではないかと思います。


いざデータの連携ができてしまうと、メリットは大きいものがあります。人が介在する必要がある部分は減り、工数を減らせます。


バラバラにやっているより圧倒的に効率が良くなることがわかっているので、データ連携に前向きになれるのだろうと考えられます。


日本ではビジネスの世界でいまだにファックスのやり取りが行われていることも揶揄(やゆ)されがちです。笑われても仕方がない部分です。


EDIの連携などができてこなかったからこそ、前時代的にファックスを送受信しているのだと見ていいでしょう。データ連携することに対してアレルギーのようなものを持っているところもあるかもしれません。データの扱いに対する感度が低くなっているのは間違いなさそうです。


■かつて世界は「日本式」を懸命に学んだ


どうしてアメリカやヨーロッパが、早くから官民が連携した産業戦略を考えるようになったのかといえば、その原点はかつての日本経済の躍進にあったのかもしれません。


1979年には、日本経済の成長要因を分析した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(著:エズラ・ヴォーゲル)という本が出されて世界的なベストセラーになりました。


欧米では、日本の生産システム、とくにトヨタの生産方式=TPSを学ぼうという機運が高まっていました。TPS(Toyota Production System)は、必要なものを必要なだけムダなく生産していくための管理システムです。


写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

マサチューセッツ工科大学でもTPSが研究され、その成果は「リーン生産方式(Lean Product System)」としてまとめられました。Leanには「贅肉(ぜいにく)がとれた状態」という意味があるように、徹底してムダを省くやり方を考えたもので、リーン生産方式≒TPSと見られる場合がほとんどです。


1984年には『ザ・ゴール』(著:エリヤフ・ゴールドラット)という本が出て、やはりベストセラーになりました。小説仕立ての本書は、TPSを読み解き、「TOC(Theory of Constraints=制約条件の理論)」について説明しています。


■トヨタ以外の日本企業はTPSをうまく応用できなかった


『ザ・ゴール』は長く日本語訳が出版されずにいました。日本人には内容を知られたくなかったというのが理由だそうです。日本人がさらに生産効率を高めるのをおそれたからだと言われています。


アメリカは、日本式、トヨタ式を学んで生産効率を高めて、ドイツはそのアメリカから学んできました。


リーン生産方式≒TPSは、あらゆる産業で現場ナイズされていき、そこに後年、ITを掛け合わせていったと見ることもできます。


そうして欧米は、情報化、デジタル化を進めていきました。しかし日本は、本家のトヨタを除けばTPSをうまく応用できず、遅れをとってしまったわけです。


ドイツでは標準化の取り組みに対する実証実験までが行われるようになっています。


ハノーファーメッセ2023でも「How Catena-X Works——GAIA-X Ready Architecture」という展示がありました。


Catena-Xを介して、VolkswagenとBASFの工場で、同じデータシステムを運用していくフレームワークができていることが示されました。トレース情報も稼働情報も電力情報も共有されています。


■名目GDPが世界4位に転落した本当の理由


VolkswagenもBASFも世界に名だたる企業です。日本であれば、これだけの規模の企業同士が情報までも共有することは考えにくいのではないでしょうか。


発想そのものが持たれにくいだけではありません。互いの情報を取得するためには、システムを構築する必要があります。


しかしVolkswagenやBASFの工場ではもともと標準化された同じ基幹システムが使われていました。それぞれカスタマイズしていただけなので、あらためて一からシステムを構築していくようなことはしないで済んだのです。


日本はこれから、こうした相手との戦いを強いられていくことになります。


2023年のGDPでついに日本はドイツに抜かれ、世界4位に転落しました。この結果にしても、これまでにどのような取り組みをしてきたかの差が出たものだと言っていいかもしれません。


今、振り返ってみれば、インダストリー4.0は突然現れた構想などではなく、将来標準化という日本のキーポイント的な逆転を目論(もくろ)み、段階的に進められてきたものではないかと感じられるくらいです。


長期的な展望を持ち、企業同士が手を組み、エコシステムをつくりあげてきたようにも見えるのです。


■グループが違っても手をつないだほうがいい


日本の場合、グループが異なる企業間で足並みを揃えるようなことはほぼなかったと言えます。システムなどに進歩がなかったわけではありませんが、各企業がそれぞれに独自のシステムをつくってきました。



ものづくり太郎『日本メーカー超進化論 デジタル統合で製造業は生まれ変わる』(KADOKAWA)

制御の方法にしても、個別に考えていくよりも、大きな枠組みから戦略的に構築していくのが望ましかったのに、そうしてきませんでした。標準化を進める背景と骨組みがなかったことが今の苦境を招いてしまったのです。


これからは、日本の企業同士、手をつなげるところはつないでいけばいいのではないでしょうか。


欧米のやり方にしても、見習えるところは見習ってしまえばいいのです。どれだけの速さでどこまで巻き返していけるかが問われています。


経産省を中心として、ウラノス・エコ・システムの活動を展開しており、大手自動車メーカーを中心としたサプライチェーン全体でデータを共有する日本独自の活動も始まっており、こうした活動を活発化していくことがとくに重要です。


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ものづくり太郎(ものづくりたろう)
ブーステック代表取締役/製造業系YouTuber
本名は永井夏男。1988年、愛知県尾張旭市生まれ。(株)製造業盛り上げ隊代表取締役。2012年に京都産業大学卒業後、大手認証機関に入社。電気用品安全法業務に携わった後、(株)ミスミグループ本社やパナソニックグループでFAや装置の拡販業務に携わる。20年から本格的にYouTuberとして活動を開始。製造業や関連する政治、経済、国際情勢に至るまで、さまざまな事象に関するテーマを平易な言葉と資料を交えて解説する動画が製造業関係者の間で話題。YouTube「ものづくり太郎チャンネル」の登録者数は27万人(24年3月現在)。
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(ブーステック代表取締役/製造業系YouTuber ものづくり太郎)

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