夫の浮気を義母がかばう理由…孤立する「サレ妻」が直面する遺伝子の残酷なメカニズム

2025年4月17日(木)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

嫁と姑の関係は、なぜうまくいかないのか。多摩大学大学院客員教授の冨島佑允さんは「嫁姑問題は日本に限ったことではなく、多くの社会や文化で見られる現象だ。両者の不仲は、遺伝子が大いに関係している」という——。(第1回)

※本稿は、冨島佑允『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』(アルク)の一部を再編集したものです。


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■嫁姑問題は日本に限らない


家族関係は、人生においてもっとも重要でありながら、もっとも難しいものの1つです。家族は愛情やサポート、安全を提供してくれる場所ですが、ときには摩擦や対立も生じます。特に、結婚によって新しい家庭が生まれるとき、さまざまな問題が浮上することがあります。よく聞く話の1つが、結婚した女性(嫁)と夫の母親(姑)との間に生じる対立、いわゆる「嫁姑問題」です。


この問題は、日本に限らず多くの文化や社会で見られます。例えばアメリカでは、「Toxic In-Laws」(毒になる姑)という言葉があるほどです。この問題は、当事者からすると悩ましく腹立たしいものですが、いくつかのよく知られた原因があります。ありふれた原因でどの家庭にも起こりうるものだ、とあらかじめ知っておけば、少しは気もまぎれるのではないでしょうか。


嫁姑問題が発生する理由をひも解いてみると、大きく分けて「社会的な理由」と「生物学的な理由」があります。まず、社会的な理由ですが、嫁と姑は世代が違うので、持っている常識や価値観にギャップがあります。そんななかで、姑が嫁に対して特定の期待を抱くことがあります。


■“遺伝子レベル”の原因が潜んでいる


例えば、実家との付き合い方、家庭内での役割分担、孫の養育方法などです。嫁の行動が期待に沿っていないと姑が感じると、嫁と姑との間に緊張が生じます。さらに、一緒に暮らしている場合は、家庭内のちょっとしたことに対する流儀の違いも、互いのストレスに繋がるようです。どこのスーパーへ買い出しに行くか(そして、ちゃんと節約できているのか)、食器洗いをどれくらい丁寧にやるか、夕食のメニューを何にするか、など些細なこともきっかけとしては十分です。


出典=『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ

それだけでなく生物学的な理由もあり、ここではこちらが本題です。実は、遺伝子レベルの原因が潜んでいるのです。というわけで、嫁姑問題を理解するために、「利己的遺伝子仮説」について見ていきましょう。利己的遺伝子仮説は、人間を含むあらゆる生物の行動を、遺伝子のしくみをベースに説明する理論です。


利己的遺伝子仮説は、1976年にイギリスの生物学者リチャード・ドーキンスによって提唱されました。要点だけを簡単にいえば、生物の行動や特性は、遺伝子を後世に伝えやすくする方向に進化してきたという仮説です。


■進化の主役は「遺伝子」だと考えた


生物の進化については、18世紀にチャールズ・ダーウィンが提唱した「進化論(ダーウィニズム)」が長らく定説になっていました。しかし、本書で説明しますが、ミツバチなどいろいろな生物の観察をしていくうちに、説明のつかない現象が現れてきて、ダーウィニズムを一歩前に進めた理論として「利己的遺伝子仮説」が登場したのです。


利己的遺伝子仮説の革新的な点は、進化の主役は「生物」ではなく「遺伝子」だと考えたことです。ダーウィンは1匹1匹の動物や植物、すなわち「生物個体」が生存競争を繰り広げていると考えたのですが、利己的遺伝子仮説では、「遺伝子」が生存競争を繰り広げているのだと考えます。つまり、注目すべき対象を「生物」そのものから「遺伝子」に切り替えたのです。


出典=『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ

例えば、ミツバチの巣の中でせわしなく働いている働きバチたちは、実はすべてメスです。しかし、子どもを産むのは巣の中でたった1匹の女王バチだけで、働きバチたちは自ら子どもを産むことはありません。それなのに、彼女たちは女王バチの産んだ卵や幼虫を献身的に世話しながら一生を終えます。なぜ働きバチたちは、自ら子孫を残さないのでしょうか? ダーウィン流の、「より多くの子を残せる生物個体の特徴が、後世に伝わり広まっていく」という考え方では、敢えて子を残さない個体がいることを説明できません。


■ミツバチの姉妹は血縁度が高い


この奇妙な行動は、利己的遺伝子仮説によって説明できます。実は、女王バチと働きバチは人間の家族よりも強い血縁で結ばれているのです。働きバチはみなメスであり、同じ巣の働きバチはすべて、同じ女王バチから生まれた姉妹です。


人間の場合、兄弟姉妹の血縁度(遺伝子の共有率)は2分の1で、つまり遺伝子の50%が共通です。同じく、親と子の血縁度も2分の1です。ところがミツバチの場合、姉妹の血縁度は4分の3、つまり遺伝子の75%が共通(理由は本書で説明します)であり、親子関係よりも血縁度が高いのです。


そのため、働きバチにとっては、自分の子ども(血縁度2分の1)を産むよりも、女王バチを世話して姉妹を増やした方が(自分も女王の子どもなので、女王が生むメスはすべて自分自身との血縁度が4分の3の姉妹となる)、より確実に自分の遺伝子のコピーを増やすことができます。だから働きバチは、自分の子どもを産まずに、女王バチの子どもを世話し続けるのだと考えられます。


以上がざっくりとした説明ですが、利己的遺伝子仮説をより正確に理解するには、遺伝のしくみを知る必要があります。本書で詳しく説明していますので、さらに興味のある人は読んでみてください。


■子どもは「自分の遺伝子の乗り物」


なぜ自分の子どもをかわいいと感じるのかも、利己的遺伝子仮説で説明することができます。利己的遺伝子仮説によれば、我が子は「自分の遺伝子をのせた乗り物」です。自分の子どもが他人の子どもよりかわいく感じるのは、それが「自分の遺伝子の乗り物」であり、「他人の遺伝子の乗り物」である他人の子どもよりも自分にとって重要だからです。だからこそ親は、お金や労力をかけてその「乗り物(子ども)」を「メンテナンス(育成)」するのだと解釈できます。


しかし、ここでちょっと疑問も出てきます。自分と我が子の血縁度は2分の1ですが、自分と自分の兄弟姉妹との血縁度も同じく2分の1です。でも、多くの人は兄弟姉妹よりも、我が子の方がより大切だと感じるのではないでしょうか。


この点は、乗り物としての有効期間を考えると説明できます。一般的には自分や兄弟姉妹よりも子どもの方が長生きするため、「乗り物」として活動できる期間が長いということです。このように、生物を「遺伝子の乗り物」と考えると、家族との関係についても理解を深めることができます。


写真=iStock.com/spawns
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/spawns

■姑にとっては「嫁を大切にする動機」がわきにくい


この利己的遺伝子仮説を使って、嫁姑問題を考えてみましょう。姑が息子(夫)をかわいがるのは、姑にとって息子が「自分の遺伝子の乗り物」だからだといえます。一方で、姑と嫁は血縁がない(いとこ婚だとしても血縁は薄い)ため、姑にとって嫁は「自分の遺伝子の乗り物」ではなく、メンテナンスする(=大切にする、気遣いする)動機がわきにくいのだと考えられます。



冨島佑允『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』(アルク)

どんなに嫁に厳しい姑も、孫には優しかったりします。孫は、姑から見て「自分の遺伝子の乗り物」であるうえに、「乗り物」として活動できる期間が長いので、メンテナンスする(=かわいがる)意義が大きいからでしょう。もちろん、複雑な人間関係を遺伝子だけで理解するのには無理があります。でも、遺伝子が生物個体の手綱を引いている限り、無関係ではいられないでしょう。


このようなしくみを知ることは、家族関係のトラブルを冷静に対処するために多少は役に立つかもしれません。例えば、夫の浮気が発覚して姑に相談したときに、姑が思ったほど同情的でなかったとしましょう。「お義母さんならわかってくれると思ったのに、なぜ?」という怒りを感じるかもしれませんが、利己的遺伝子仮説によって、ある程度は理由づけができます。


■“姑を味方につける戦略”は見直しが必要


姑と孫の血縁度は4分の1です。ただし、夫と浮気相手の間に子どもができたとすると、その子どもと姑の血縁度も同じく4分の1になります。つまり、浮気で生まれた子どもであったとしても、姑にとっては「遺伝子の乗り物」としての価値は同じということになります。


もちろん浮気はあってはならないことですが、もしこうした事態に巻き込まれたときは、このように陰で遺伝子が暗躍しているかもしれません。だとすると、姑を味方につけるという戦略は見直しが必要そうです。


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冨島 佑允(とみしま・ゆうすけ)
データサイエンティスト、多摩大学大学院客員教授
1982年福岡県生まれ。京都大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科修了(素粒子物理学専攻)。MBA in Finance(一橋大学大学院)、CFA協会認定証券アナリスト。大学院時代は欧州原子核研究機構(CERN)で研究員として世界最大の素粒子実験プロジェクトに参加。修了後はメガバンクでクオンツ(金融に関する数理分析の専門職)として各種デリバティブや日本国債・日本株の運用を担当、ニューヨークのヘッジファンドを経て、2016年より保険会社の運用部門に勤務。2023年より多摩大学大学院客員教授。
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(データサイエンティスト、多摩大学大学院客員教授 冨島 佑允)

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